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水の支配者 ~ルールの隙間は作る方が悪い~


 意見の割れた権力者たちの口論が続く。


 それぞれの部下も困惑。

 まるで国が三つに割れたような様子である。

 僕は他人事のように、この中でこの様子を冷静に眺めていた、外交官の連れだった護衛女に言う。


『なあ、これってもしかしてさ』

「はい……おそらくは新しい火種、宗教戦争の始まりっすね」


 本来なら大問題なはずだが、存外にこの女護衛は冷静だ。

 どこか僕のような。

 そう! 他人事のようなのだ!


 僕はこれでも獣王でマジもんの神の眷属。

 訝しみ、じぃぃぃぃぃっと護衛女に目をやって。


「な、なんですか?」

『いや、別にふーん。そうか、なるほどね』


 ……。

 まあ、いっか。

 ニヒィっと僕は嘴の端を吊り上げたまま、議論し合う三者に目をやる。


 魔導船から僕を滅ぼそうとした連中だが、それでもこうして堂々と降臨している僕をどうこうできないだろう。


 そして、僕はどう転んでも信仰対象なのだ、これはこれで僕的には問題ない!

 ここを利用し、人間に戻る方法を探す手段を確保するべきだろう!

 なにしろ僕はこの世界に疎い。

 ここを拠点に情報収集すればかなり動きやすくなる。


 ペペペペ、プペペペペペペ!

 思わず笑いがこぼれてしまっても仕方がない!

 まあ、やりすぎるつもりはないが。

 護衛女が言う。


「うわ、なに邪悪な顔をしてるんですか」

『まずはあんたたちスナワチア魔導王国とやらが魔術でどんな悪事をしたのか、聞かせてくれないかな?』


 僕はこの護衛女を使う事にした。


「いや、言えるわけないっすよね」

『そうかい? ならたぶんあんたがこの国に潜入してる他国からのスパイだってことをバラ……』

「わぁぁぁぁ! わぁぁぁぁぁ!」


 護衛女は慌てて僕を抱え上げる。

 彼女の師匠たるマキシム外交官が振り返り。


「ど、どうしたのですかな!? うちのバカがまた何か」


 またって部分が気になるが。

 ペタ足をびろーんと伸ばした僕は口論する三者に向かい。


『しばらくあんたたちの国でお世話になるから! この子……えーと』


 再びマキシム外交官が訝しむように振り返り。


「アランティアが何か?」

『アランティアちゃんがこの子の名前ね、秘書に借りるからー! あんたらはそうやって偉い人同士で僕の正体を議論してなよー! あ、完全な正解を出した勢力の”味方になってもいい”から! よく考えておくんだねー!』


 最後に特大な火種を撒いて、僕は魔術を組み上げる。

 既に慣れてきたので、理論も完璧。例の狂信者エルフから逃げる時に取得した転移魔術を発動。


『<格好よく退散する(ペンペッペペ・)素敵な僕(ペンペペ)>!』


 座標をアランティアの意識から読み取り、騒動の間をあとにした。


 ◇


 ここは護衛女騎士ことスパイの部屋。

 工作員Aのアランティアとの面談は開始される。

 相手は明らかに動揺していた――、彼女の見た目は女騎士といった感じだが……。


 なんかこう。

 脅しには屈しない!

 といった清廉な空気はない。


 どちらかといえば、バイト感覚で軽犯罪を犯す女子高生っぽい空気なのだ。

 実際、そうなのかもしれないが。

 ともあれ、さすがに僕ほどの魔獣に面接されるのは、あっけらかんとしている彼女にも重い出来事のようだ。


 僕は黄金に輝く飾り羽の隙間から、ペンギン眼を光らせ。


『まあそんなに緊張することはないだろう。なにしろ僕は文字通りの異邦人。アランティアさんだっけ? あんたがどこの国のスパイでここで何をやらかそうとしているのかなんて、ぶっちゃけどーでもいいんだしね』


 実際、本当にどーでもいいというのは強みである。

 僕は魔術の練習を兼ねて、勝手に彼女の引き出しからティーセットを取り出し、ズズズズ!

 クッキーまで召喚し、げぷう!


 こちらが心底、本音からどーでもいいと感じていると察したのだろう。

 僅かなジト目を作った後、彼女は言う。


「その前に、いったいどうやってあたしがスパイだって知ったんです」

『……権力者たる彼らは僕をベヒーモスといい、リヴァイアサンといいジズといった。あれって半分以上は正解なのさ、僕は神が送り込んできたこの世界に対しての爆弾といったところだろう。例の獣王を名乗るつもりはないが神的な存在なのはマジってことさ』


 こちらの言葉に嘘はない。

 だからこそスパイの女は察したようで、緊張にごくりと息を呑み。


「つまり……」

『上位存在の目から見れば、相手の素性なんて簡単にわかっちゃうんだよねえ』


 まあ実際は、鑑定っぽい魔術を発動させて相手を観察。

 そのステータス欄にスパイと堂々と答えが書いてあるだけなのだが、僕はあくまでも推理や洞察力でそれを見極めた顔で。


『で? なんでまたスパイなんて』

「それ言う必要あります?」

『ふむ――察するにあんたは昔、どこかの国の王族だった。けれどこの魔導国家スナワチアとの戦争で敗戦。属国へと落とされた。かつての祖国の復興と威信のためにスパイ活動に興じている。どうだい?』


 やる気のなさそうな騎士姿のアランティアは、はっと顔を上げる。

 まあ実はこれもカンニング。

 だって、僕の鑑定でみえる職業欄的な場所に、元王女なんて書いてあるし。


 護衛女ことアランティア元王女はモブでは作らない、まるで斜陽を眺めるような表情で視線を斜めに落とし。

 深い息に言葉を乗せる。


「これは、復讐なんすよ」

『復讐ねえ』


 まあ国家をほぼ滅ぼされたようなものなのだろう。

 このスナワチア魔導王国が彼女の国をどこまで属国扱いにしているのか知らないが。少なくとも王族だった彼女が外交官の弟子となっている、下に置かれているのは確かなのだ。

 民族浄化などがあったとしても不思議とは思わない。


 アランティア元王女はクッキーを貪る僕のフリッパーをじっと眺めていた。

 僕は相手が何を言いたいのか気付いていたが、何も言わなかった。

 アランティアが口を開き始める。


「マカロニさん、あなたがあの神話にある契約の獣王だってのは」

『ああ、たぶんまじだよ。だけど悪いが魔術の悪用が云々っていう調停やら審判のケモノになるつもりはない。つまりは復讐したいのなら自分の手でやりなよ。僕の発生を予見して先制攻撃を仕掛けさせて、この国の軍部を滅ぼしてやろうとしたみたいにさ』


 アランティアの瞳が僅かに揺れる。


「気付いていたんすか」

『いや、あてずっぽうだよ?』

「は!? かまかけたんっすか!?」

『いやあ、この国を少し散歩してみてわかったけど、彼らが僕をわざわざ狙う理由なんてあんまりなさそうだったからねえ。賢い僕は考えたのさ。なら誰かが偉い人たちを唆して僕を攻撃させ、僕に反撃させようとしたんじゃないかってさ』


 だからこれからそれっぽい相手、全員にカマをかけて回ろうと思ってたんだけど。

 と、ざまぁ! といった表情で言ってやる。


「この国があなたを狙う理由、あるじゃないっすか」

『ん? ああ、この国が魔術の悪用をしているってことかな』

「そうっすよ! この国は魔術であたしの国を貶めたっ、それって魔術の悪用にっ!」


 興奮しかける彼女の鼻先にフリッパーをビシっと立て。


『それはないよ、甘いね。神がそんな人類たちの小競り合いにいちいち干渉するとでも?』

「だって魔術の悪用は禁忌だって!」

『じゃあ聞くけどさ。どこからが悪用で、どこからが正当な権利の行使になるか。説明できる? この国家だってあんたの国家と戦いになって仕方なく、生きるために魔術を使ったと主張したら神はそれを受け入れるだろうね。ここの連中、変人が多いけど悪人と断ずるのはちょっと違うっぽいし』


 アランティア元王女はぐっと唇を噛み。


「でも、でも! あたしのお母さんは……っ、立派な魔術師だった。でも、あの戦争でっ、あの戦争で、魔術でこいつらに殺されたんすよ!」

『被害者だっていいたいのならさ、じゃああんたのお母さんは魔術でこの国の民を殺したことはないってことか? 優秀な魔術師だっていうのなら、たぶん戦果も挙げていた筈だろう? 神としてみれば、どっちもただ自分の国家のために殺し合っているだけ。そこに神の意思や介入が入る余地はないと僕は思うけれどねえ』


 戸惑う女騎士姿の元王女アランティアに、僕は言う。


『一方的な殺戮や無慈悲な凌辱でもあったのなら、そりゃあ神も怒るだろうさ。見てて不快だからね。けれど、どうやら見る限り、そっちの国とこの国との戦争はあくまでも勢力争い。神は人類をアリに例えるらしいが、群れの違うアリ同士が戦いになってどっちが勝ったからって腹を立てたりすると思う? ないない、神もそこまで暇じゃない』


 ……まああの天の女神アシュトレトなら贔屓にしているアリが負けたら、腹を立てたりしそうだが。

 ともあれ。


「あたしの復讐は逆恨みだって言うんすか?」

『いいや、負けて隷属を強いられたんなら復讐は復讐だろうさ。そこに神の審判はくだらないって話だよ』

「でも! 力を貸してはくれないんでしょう!?」


 それは、初めて漏れた彼女の王女らしい声だった。


『まあ待ちなよ。別にあんたの復讐がどーなろうといいけどさ、僕には僕の利害ってもんがあるのさ。実は僕もこの国に興味があってね』


 どーいう事情か知らないが、これは亡国の姫を助けるための救済。

 僕が動いたとしても一定の正当性はあるだろう。

 ようするに、この国。


 貰っちゃってもいいよね?


 そして!

 僕がこの状況を利用しあくまでも魔術抜きで国家を乗っ取ったとしたら、それは禁忌に抵触しない。

 つまり!


『状況次第で、やりたい放題できるってことじゃないか!』

「え? ちょ! あ、あたしにもこの国に知り合いとか同胞とか、友人とかいるんすからね!?」

『まあまあ些事は気にしないさ。ところで、スパイならこの国の飲料水を確保している拠点の場所を把握している筈だよね? 全部提示して欲しいんだけど』


 僕は既にオリジナル魔術を使いこなし、このスナワチア魔導王国の地図を作製。

 精製した眼鏡を装備しフリッパーで、クイ!


『ああ、あとあんたの名前で商会を作るから。準備をしておいてくれると助かるよ。スパイ活動をしているんだ、それくらいの地盤はあるんだろう? で、水路に……』

「あぁああああああああぁぁぁ! あんた! 何を企んでやがるんすか!」

『なにって、僕は人間に戻るためにまずこの国家を自由に使える”僕の国”にしてだな』


 スパイのくせに意外にも倫理観はあるのか。


「水路に毒の魔術を撒くのとかはなしっすよ!? それをやらかした魔術師がどうなるか、神罰で滅びる悪の魔術師の童話を知らないんすか!?」

『はぁ? そんなことするわけないだろう』

「じゃあ具体的に言ってくださいっすよ! 仲間に顔向けできない作戦は駄目っすからね!?」


 色々と不安がっているが。


『ああ、面倒な女だな! 僕の国家にするつもりなんだから邪悪な事をするわけないだろう!』

「だから具体的に!」

『あの三馬鹿権力者たちが僕の正体の答えを必死になって探ってるうちに、この国の生活基盤を全部掌握するんだよ。で、具体的にはまず水質を改善させる。紅茶を飲んでクッキーを食べたからわかったが、この国の水はまずい。だからあくまでも悪事ではなく善意によって、僕の魔術で水を浄化する』

「水を浄化……?」


 アランティア元王女は訝しみ。


「いや、それって聖女とか最高司祭クラス……つまり狂信者リーズナブルぐらいの法力がないと無理なんじゃ」

『あの女……ふつうに狂信者扱いなんだな。まあいいけど、あのなあ僕は本物の獣王だぞ。祈り念じれば、大抵の魔術は発動できるんだよ』

「よく分からないんすけど、まあ浄化できるってことっすか」

『ああ、もしここの聖職者たちが水の浄化を利用し権力としているならその時点でダメージを与えることができるしな。第一の目標は国民全員に美味しい水の味を覚えさせる事』


 計画書を、魔術によって生み出したパソコンでカタカタカタ!

 この世界の文字に変換しながら、僕はニヒィ!


『で! どっかのタイミングでそれを取り上げる!』

「は!?」

『よーするに! 無料で提供した美味しい水にどっぷり依存させた後に、商売にするんだよ!』

「外道じゃないっすか!?」


 倫理観という文字がちらつく中。

 チッチッチっと僕は嘴の前で翼をフリフリ。


『あくまでも普通に買える値段で販売するさ。買えない層には労働で補って貰えばいいし。ただし、国民全員の心にちょっとした不安を与えるのさ。何かあったら販売してくれないかもしれないっていう猜疑心を植え付けてな』


 グペペペペペ!

 と嗤ったまま未来観測の魔術を編み出し、成功率が上がるルートを選択し。

 カタタタタタ!


 魔力によるブルーライトのモニター前で計画を精密に組み上げる僕に、彼女はドン引きした様子で。


「え? いや……そ、それって魔術の悪用になるんじゃ」

『はぁぁぁ? なんでだい? 僕は美味しい水を一時的に無償で提供して、脅しもせずに適正価格で販売するだけだろ? どの辺りが魔術の悪用に抵触するのか説明できるか? できないだろう? つまり、問題ないってことだ』

「そ、それはまあ。で、でも水を支配しただけで国家を乗っ取る事には……」

『そうかな? 水ってのは生活すべてに影響するだろう? 飲料水はもちろん、穀物だって家畜にだって水は必要さ。そして、水の質はすべてに派生し影響する。それにだ、たとえ誰かが魔術で今まで通りの水を作りだしたとしても、一度知った蜜の味は忘れられない。一度上げた生活レベルってのを下げるのはなかなかできることじゃない。まあ、見てなよ失敗したらしたで別の手段を使うだけだし』


 訝しむ元王女スパイの横で、僕はターン!

 キーボードをたたくペンギンよろしく。


『僕は水を支配する!』

「いや……えーと、水の支配者リヴァイアサンって、こーいう感じじゃない気がするんすけど……」


 頬を申し訳なさそうに指で掻く秘書一号に構わず、印刷魔術を開発。

 彼女の仲間にも渡す書類を作製!

 この魔術だけでもおそらく成金にはなれるだろうが、今回の主旨とはズレるので割愛!

 組み上げた計画書を渡し。


『それじゃあ実行はそちらで頼むよ。僕がやるのは魔術で美味しい水を作り、美味しい水を恒常的に生産できる技術を開発し、提供するだけ。ここに悪意はない、断言しても良いよ!』


 こうすれば禁忌には触れない。

 確信を持った僕は、暗躍を開始した。


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[良い点] マカロニ氏よ…。君は悪どいね。(-ω-;) [一言] 魔術の悪用には当たらないけど、一般的にそれはゲスってやつではないかね( ´艸`)
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