六人の神殿長~僕の弱点、メンチカツさんの長所~
豪雪地帯の上に、険しい渓谷。
滅んだ小国の王女が建国するには、そのような厳しい土地しかなかったのだろうが……。
なんつーか、この聖王国バニランテ……なかなかどうして住みにくそうな国家である。
まあ金で買ったのか徴収したのか。
沿岸にも土地を持っていて、女王の統治の下そちらで交易を行い資源を確保していたらしいが。
それも今回の裁定で途絶。
実際、バニランテ女王の威光がなければこの国は衰退する運命にあるのだろう。
荘厳な作りの迎賓館に案内された僕らは、だいぶ歓迎されていた。
出迎えたのは、創世の女神を崇める神殿のそれぞれの神殿長。
女王の不在を治める彼らは僕こと氷竜帝マカロニと、毒竜帝メンチカツに目をやり……相談。
神殿長ともなると鑑定能力でもあるのか、僕とメンチカツが本物だと察したのだろう。
六人ともに腕も年齢も熟練した……ようするに爺さん婆さんの聖職者なのだろうが、ヘヘー!
っと、秒で平伏していた。
まあ、こっちはガチの眷属なので、こうなるわな。
六人の神殿長が平伏するなど騎士団や武官、文官にとっても初だったようで、滅茶苦茶驚いた様子だが。
構わず、僕らに彼らは言う。
「お待ちしておりました、いと尊き女神の御使い様。氷竜帝マカロニ陛下に、毒竜帝メンチカツ様とお聞きしておりますが……聖名に相違ございませんでしょうか?」
『ああ、合ってるが……随分と仰々しいな、なんだおまえたちそんなに僕らに会いたかったのか?』
「――夜の女神さまよりご神託を賜っております、”そのモフモフどもは主神のお気に入りだから、くれぐれも丁重に扱え”と」
夜の女神といえば、月の女神とも言われているあのヤンキー女神様だろう。
見た目に反し、結構常識的なので事前に信徒にフォローをいれていたようだ。
『それでこの対応ってわけか』
「それと、その……夜の女神さまは人類の魔術の悪用に多少の懸念を抱いていると……仰っておりました。それは、本当なのでしょうか?」
『いや主神と話したけど、そーいう話にはならなかったから。どーなんだろうな』
「で、では! 天の女神さまが人類を審判するべくあなたがたを顕現させた、その真意は!」
爺さんが、くわっと瞳を見開き問いかけてくるのはなかなかにインパクトがある。
いや、しらんし。
僕をこの地で転生させた女神のあれは、絶対ただのきまぐれだっただろう。
ただまあきまぐれであっても、神の意志。
獣王として僕が顕現したのも事実であるし、僕と最初に対話した時に主神は人類による魔術の悪用について、口にしていたのも事実。
僕自身も魔術の悪用には釘を刺されている。
まあその辺を馬鹿正直に話したら、人類が混乱するから伏せておくが。
ともあれ――あんなテキトーな神々の真意など読めるはずもなく、だからこそ答えは”知らん”になる。
縋るように平伏しながらこちらをみる連中に、どーいったもんか。
反応に困る僕に助け舟を出したのは、こちらの最高司祭リーズナブルだった。
女神に愛される美しきエルフの血を継ぐ彼女は、僕を守るように前に出て。
アシュトレト圏内の美貌オーラをぺかー!
「神殿長様。恐れ入りますが陛下は長旅で疲れておりますので、ご質問は後にしていただければ幸いと存じます」
騎士団連中は簡単に魅了できているが、神殿長クラスとなると通じないようだ。
最高司祭リーズナブルは僕の直属として仕えている……。
獣王の側近という立場は神殿長たちの嫉妬というよりは、羨望の対象のようで、うらやましい限りですとリーズナブルまでをも拝み始めている。
案内に交じっている……というよりもおそらく僕たちの監視をしている女王派の騎士団のおっさんが、鼻の下を伸ばしリーズナブルを眺め。
「失礼ながらマカロニ陛下、このエルフ……いやハーフエルフの女は――」
ん? 鼻の下を伸ばしてはいるが……この女王派のオッサン騎士。
リーズナブルの魅了が通じていないのか。
僕に対しての質問だったのだが、それを不敬と受け取ったのか。
それぞれの神殿長はギロリとオッサンを睨み、爺さん婆さんは一致団結。
精密な魔術式をくみ上げ、喝!
六柱の女神の力を借りた魔術を合成させ、重力を発生させたのだろう。
「ぐあぁぁぁあ! き、きさまら! 神殿のものが、いったい、なにを!」
無礼なオッサンは、強制平伏状態の刑にあっていた。
この神殿長たち……神への信仰心がかなりはっきりとしているようで、狂信者としての一面もあるリーズナブルの同類のようだ。
オッサン騎士を無視して、神殿長たちは僕とリーズナブルに深々と頭を下げ。
「俗物がとんだ失礼を――お望みでしたら全寺院、全教会、全神殿の名のもとにすぐにでも処刑いたします!」
「根切でも! 晒し首でも! 一族郎党の責任を問うのでしたら、十分ほどの猶予をくださいますれば!」
「血の雨とて、天上の恵み。我らはそのお役目を果たして見せましょうぞ!」
目がマジである。
ちなみに、それぞれ宗派が違う施設でもある。
なのだがおそらく、本当に全会一致で承認できるほどに彼らは神を愛し、信仰しているのだろう。
こいつらもこいつらで、なーんかぶっとんでるなぁ……。
神のためならばなんでもしてしまうタイプか。
若き騎士団長ハーゲンくんはこの状況に困惑しつつも、こほんと咳ばらいをし。
「部下が失礼いたしました――ですが、ここがスナワチア魔導王国のみならず他国の方も招く迎賓館である以上、こちらもゲストの方々を把握したいと願っておりますが、いかがでしょうか?」
神殿長の爺さん婆さんたちも、若い騎士団長ハーゲンにはまだ友好的なのか。
孫を見る顔でありつつも、厳しい声で。
「いと麗しくも美しきこちらの方こそが、天の女神さまの寵愛を受け神託を賜る力を有した聖職者の頂点。最高司祭リーズナブル殿じゃよ」
「この方が、あの!?」
騎士団連中は彼女がリーズナブルだとは知らなかったらしく、反応は驚愕である。
どう、”あの”なのかは想像に難くない。
少しでもこの世界の近代史を調べれば誰にでもわかる。
『あぁん!? おい、相棒。こいつらなんで、こんな姉ちゃんに驚いてやがるんだ?』
……。
調べても分からないヤツもいるらしい。
いや、調べたこともないのかもしれないか。
毒竜帝メンチカツさんの妙なアクセントなマカロニ呼びに、なにやら付属効果を感じつつも。
『リーズナブルはこれでもそこそこ有名ってか……人類最強って恐れられてる存在なんだよ』
『へえ、毎晩ドンペリを奢ってくれるってだけの、ただ気前のいい姉ちゃんじゃねえのか』
『おまえなぁ……』
倉庫のドンペリが減りつつあるのはこの<飲んだくれ>のせいか……。
メンチカツの行動をいちいち気にするのは、アランティアの行動にいちいち目くじらを立てる程に無意味。
もう、そういう存在だと割り切り僕は言う。
『どうやら魔海峡を挟んだ北と南では昔から敵同士。北部の民にとってはリーズナブルは出会ってはならない強敵扱い、それもエルフの血が流れている彼女はかなりの長い期間、防衛の要となっている。他国からの侵攻を防いでいたのも事実だし、生きる伝説なんだとさ』
説明されたリーズナブルは、女神ダゴンを彷彿とさせる淑やかさで、まあっと頬に手を添え。
テレテレ。
耳先を赤く染め、丁寧に編まれた金糸のような美しい髪を指に絡め。
「生きる伝説などと、お恥ずかしい話ですわ」
『はぁ、この姉ちゃんがなあ』
アランティアの母の雷撃の魔女王ダリアが外に出向く暴力装置だとしたら、こちらのリーズナブルはスナワチア魔導王国を強国と認定させた鉄壁の守り。
……。
南は個として強い厄介な連中がいる国……。
そー考えると、ドナが搦め手でダガシュカシュ帝国を落とし、あの広大な砂漠を押さえる計画を立てていた理由も頷ける。
あの地を確保すれば、リーズナブルや次、いつか現れるだろう”雷撃の魔女王”の後継者対策がしやすくなる。
人間同士の戦争や縄張り争いなのだから、どちらが正しいと断定する気は皆無。
お互いさまという一面もあるのだろう。
だからこそ神も介入しない。
唯一の線引きこそが、魔術の悪用、ということだろう。
そう考えると僕たち獣王はかなり重要な存在なのだが。
それをあの女神は、気まぐれで降臨させた。
はじめ、女神ダゴンが僕の転生に反対した理由も分かりやすい。
リーズナブルを観察したメンチカツが、カモノハシの素朴な眼を僕に向け。
『で? どーするんだ、この国、ぶっ飛ばしちまってもいいのか?』
『それをどーするかを決めるための視察だろう』
『あぁん!? どーせてめえのことだ、国が亡びる前に自分に呪いをかけた女神の情報を探りに来ただけだろ? そこの爺さん婆さんに情報聞いたら、もう用はねえだろうが。違うか?』
こいつ、意外に鋭いな。
『そんなことないっての。ただ、僕たちがあまり干渉するのはどうかとも思ってはいるけどな』
『いきなり国家転覆させて王権奪っておいてなにいってんだ、おまえ』
『いやいやいや、あれはスナワチア魔導王国の方が先に魔導船で僕に襲い掛かってきたんだし。正当防衛だし』
こーいうのは言い切った方が勝ちである。
しかしこれらの情報は北部ではあまり入っていなかったのか、神殿長たちは興味津々の様子。
僕はなんというか……爺さん婆さんには弱いというか、あまりキツくできず。
『なんだ、もしかして興味があるのか?』
「獣王陛下の物語ともなれば、後の伝説となりましょう――可能ならば、お話を多くお聞かせ願いたく」
『しょーがないな。まあこっちも聞きたい話もあるから、ちょうどいいか。ああ、悪いんだけど、そーいうわけだから騎士団の皆様にはまた後日の会談ってことで構わないだろう?』
僕たちを崇める聖職者たちの前での発言なので、これは許可や確認ではなくほぼ強制に近かった。
案の定、騎士団の反応はしぶしぶの承諾である。
この世界の回復魔術は稀少、それらの力を行使できる神殿長に逆らう気はないのだろう。
女王派の騎士団が去ったあと。
他の騎士団も退室しようとするが、なぜかハーゲン君だけは残ったまま。
深々と頭を下げ――。
「女王陛下の手にかかったものたちの件……本当にありがとうございました」
蘇生の件だろう。
『まあ裁判に必要だったし気にしてもらう必要は少ししかないぞ』
「それで、その、厚かましい願いだとは分かっているのですが――」
神殿長たちもやはりこの若き苦労人には甘いらしい。
「ハーゲンの坊や、どうしたんだい? なにか、マカロニ様にしてもらいたい事でも?」
「女王陛下が狂う原因となってしまったお方の蘇生をお願いしたいのです! あの方が騎士団を憎むようになってしまったのもっ、溜まる憎悪を発散しなければならない性質になってしまったのも、全てはその方の死にあるとされているのです! ですから、どうか――っ、どうか!」
やはり面倒そうな案件だった。
神殿長たちの視線は同情である。
そしてその視線は、マカロニ様ならなんとかしてくださるかもしれないと……じぃぃぃぃぃぃ。
爺さん婆さんにこう期待されてしまうと、僕としても無下にはできない。
僕はため息に言葉を乗せていた。
『話は聞いてもいいが、あまり期待はするなよ。というか……女王が狂う原因ってなると、だいぶ前の話だろう?』
「ええ、まあ……そうなりますが」
『僕の蘇生の魔術には発動条件が多くある、その中で一番大きいのは効果対象にできる範囲なんだよ。この世界には転生の概念があるだろう? すでに人類に転生しちゃってる人間の蘇生はできないし、動物や魔物に転生してる連中は誰かに狩られることで”魂の浄化”が行われないと蘇生対象外になる。そもそも今の僕の蘇生で遡れるのは、せいぜいが五年以内ぐらいだからな』
五年と聞いたハーゲン君の美形顔が歪む。
おそらく、五年以上前なのだろう。
ようするに、無理なのだ。
まあ、変に対象範囲内だと面倒な話となっただろうし。
これはこれで仕方ないと諦めて貰えるか。
そう思っていたのだが。
観察していたメンチカツさんが、あぁん? と不思議そうに僕を見て。
『なんだ、てめえ魔術が得意とか言ってたくせに五年しか遡れねえのか?』
『……いや、暴力担当のおまえにだけは言われたくないんだが』
『は? オレなら制限なしに遡って蘇生できるぞ?』
ん?
『は!? 暴力装置のおまえが、蘇生魔術をつかえるのか!?』
『オレをこの世界に落としたのはあの腹黒女神だぞ? そりゃあ天の女神とやらに招待されたてめえよりも、うまく回復魔術が使えるにきまってるだろうが』
言って、メンチカツは複雑で繊細な回復魔術の魔法陣をくみ上げて見せ。
あ、マジだこいつ。
しかも僕より高度な回復の式を組み立てやがってる。
そーいやこいつ、魔術が使えないとは言っていなかったような気も……。
バカなので、当然魔術も使えないと思っていたのだが。
回復が扱える格闘術使いとなると、分類するなら<モンク僧>系の職業になるのか……。
しかし、これだけの回復魔術が使えるのに、本人は大したこととは思っていない様子。
……。
なんか。
すげえ、腹立つな。
『な? って、なんで眉間にアホみたいな数の皺を作ってやがる』
『うわぁ、こんなやつに魔術で負けたかと思うと素直に腹が立っただけだ』
『ダハハハハハハ! なんか知らねえけど、てめえの鼻を明かせたならなんでもいいわ!』
この何も考えていない馬鹿笑い、やっぱりメンチカツさんはメンチカツさんである。
しかし困ったな。
出来ないことを口実に断るつもりだったのだが、できてしまうとなると。
これは色々とまずいことになるかもしれない。
僕はメンチカツの無駄な有能っぷりに辟易しつつ、期待を浮かべたハーゲンくんに言う。
『ま、とりあえず話を聞かせて貰おうじゃないか』
騎士団長は語りだした。