再審請求~羽毛ブラッシングは欠かせない~
狂える女王バニランテの魔術悪用の裁判は終わり。
めでたしめでたし……となるわけもなく。
そして謁見要請を無視するわけにもいかないが、正直どーでもいい他国の今後についてなんて……あまり興味はない。
興味はない……が。
ここで動かないと、余計に面倒なことになるとはわかりきっている。
なので僕は側近たるマキシム外交官に、最高司祭リーズナブル。
そしていつもの能天気代表、アランティアを従え。
ついでに列となり、まるで騎士のように仕えるマカロニ隊もセット。
玉座の上から、僕は儀礼用のマントと杖を揺らし。
謁見の間にて跪く聖王国バニランテの騎士団の中央、騎士団長ハーゲンに告げる。
『で? いったいなんのようなんだ?』
「このような場を設けていただき、恐悦至極に……」
『ああ、そーいうのもいいから。悪いんだけど、どっかの女神のせいで僕は最近忙しくてね、手短に頼むよ』
面倒ごとはごめんだぞオーラを隠さぬ僕に、アランティアが、ははは……と苦笑し。
「すんません、うちのマカロニさん最近ガチで忙しくて。正直、本気で機嫌悪いんっすよ。くだらない話題なら御帰りいただいた方がいいかもしれないっすよ?」
「貴殿は……雷撃の魔女王の娘の」
「あの、いまあたしの出自とか関係あります?」
あいかわらずアランティアは結構他国に厳しい。
ダガシュカシュ帝国の時もそうだったが、母親が関係していた……アランティアにとって敵対国判定の場所にはいつものアレがないのだ。
そしてアランティアの母はどうもかつて色々と暴れていたらしく、近代の記録を覗いてみるとその名がよく出てくる。
ダガシュカシュ帝国が雷撃の魔女王を見捨てたことも、そこと繋がっているのだろう……。
かつて、そんな雷撃の魔女王を討ち取ったスナワチア魔導王国は、本当に大国と呼ばれるのにふさわしい戦力を持っていたということでもあるか。
謁見を望んだ騎士団の視線はアランティアに向いたままだった。
相手にとってもソレドリア連邦を半壊させた”魔女王の娘アランティア”に思うところはあるようだ。
まあ元大統領ドナが必死になって、なりふり構わず国のために動いていたのも”雷撃の魔女王”に資源の殆どを焼かれたせいだというのだから、おそろしい。
北部が不毛の地となっているのは、雷撃の魔女王ダリアの呪いとされているが、実はそれも事実だったりするようだ。
彼らにとってはアランティアは仇敵の身内ということでもあり。
わりと空気は重くなっている。
マキシム外交官がアランティアを弟子にし、囲っていた理由も今となっては理解できなくもない。
――が!
『あのなあ、外の世界からきた僕にとってはかつてのゴタゴタなんてほんとうに、どーでもいいんだ。その辺でウダウダするならもう帰ってくれないか』
「し、失礼しました」
騎士団長ハーゲンはまだ若い。
二十歳そこそこの彼は過去のわだかまりなどあまりないようだが。
若くはない騎士たちは面白くないらしく、マカロニ隊とアランティアを値踏みするように睨み。
「それにしてもマカロニ陛下はお優しいのですな。このような得体のしれない連中を囲うとは。それに、あの大悪人ドナまでも従えているとのこと。それは裁定者として、いかがなものかと具申いたしますが」
どうやら騎士も騎士で内部に派閥があるようだ。
発言は嫌味なのだろうが。
僕は心底同意しながら頷き。
『分かってくれるか。ほら、おまえら言われてるぞ!』
「は!? あたしもマカロニ隊もこんなに頑張ってるのにひどくないっすか!?」
『あのなあ……って話がそれるからキャンセルだキャンセル! そっちのおまえらも、くだらない嫌味を言いに来ただけなら強制転移で本国に送り返すぞ!』
「部下が失礼しました――!」
今の謝罪も騎士団長ハーゲンくんである。
どうも苦労人体質な気配を感じ、僕はわずかに親近感を覚える。
なので優しくフォローするように、詐欺師の瞳を開き。
『よーするに、そっちのおっさんどもは女王派の連中って事か』
「さすがの御慧眼、感服いたします」
『そりゃどーも。だが本当にもうそういう駆け引きはウンザリなんだ。あと三分以内に本題に入らないなら解散にする。僕も暇じゃない、羽毛の手入れもしないといけないし、日光浴をしてタンパク質を吸収したいしな――なにかあるなら今のうちに言ってくれ』
冗談みたいな話だが、アシュトレトによる美の審査があるこの世界では、見た目も強さの一つだったりする。
そして主神はモフモフなアニマルに対しての加護と恩寵を有しており、この世界のモフモフ系の存在は見た目の可愛さも強さの一つ。
能力に大幅な上昇補正がかかることもあり……。
いつか女神の横っ面をベシっとする予定の僕としては日課の手入れは必須、羽毛ブラッシングは本当に欠かせないレベルアップ手段でもある。
見知らぬ他国より、ブラッシング!
まあ……それくらいテキトーな世界だと思って欲しい。
マキシム外交官がこほんと咳ばらいをし、騎士団長ハーゲンに目線をやる。
僕が本気でお開きにすると警告したのだろう。
「実は……助けていただいた手前、大変申し上げにくいのですが……バニランテ女王の罰を軽減していただきたいと思い、今回謁見を希望させていただいたのです」
『ん? おまえたちやその関係者の命を弄んでいたのにか?』
「その、こちらにはこちらのルールもありますので……」
言いにくい事だったらしく、言葉を濁しているが。
おっさん騎士に睨まれた意趣返しか、マカロニ隊がくちばしに魔力を浮かべ言う。
『聖王国バニランテはー』
『あのおばさんがいないとー』
『成り立たないんだよー、かわいそー、かわいそー』
補足するようにマキシム外交官が瞳を閉じ。
「騎士団への私怨はとても強かったようではありますが、他国に対しての聖王国バニランテはまさに聖なる国家。そして、国民からの評判も非常に良い。バニランテ女王が忌み嫌い、惨い仕打ちを行っていたのはあくまでも騎士団のみだったようです。ですので――」
『なるほど、あの住み辛い北部の渓谷地を治める女王としてはふつうに優秀だったのか』
「そのようで――ですから騎士団としても女王の魔術や神からの恩寵がなくなると困るのでしょうな」
そのまま滅べー!
と、マカロニ隊が合唱する中。
騎士団長ハーゲンは、キリっと使命を帯びた騎士の顔で。
「我らが女王より虐げられていたのは、かつての父や騎士団が王女だった頃の陛下を裏切ったことにあるとされております。おそらくは、事実なのでしょう。ですので、どうか――どうかご再考を」
僕はマキシム外交官の傍に隠れる密偵に目線をやる。
優秀ゆえに裏切っても困ると僕が新たに下賜した、<マカロニ印のペンギン色マフラー>を装備する密偵は、肯定するようにすぅっと頷いている。
ハーゲンくんの発言もどうやら事実らしい。
過去にどういう経緯があったのかは知らないが……女王としてみれば、本当に騎士団を信用できなかったというわけだ。
被害者が減刑を求めているわけだが。
僕は言う。
『いや、関係ないし』
「ですが!」
『僕はあくまでも魔術の悪用を裁く存在であって、他の事情を考慮する必要もない。そう女神からは言われている。そして僕は<戒めの鎖>による直接関係のないモノの命を取った行為を、悪用と決めた。だから裁定は覆さないし、覆せない。僕の判断じゃなくて、僕が悪用だと思っちゃったらもうそれで勝手に判定されちゃうからな。文句があるなら神に言って欲しいんだが?』
それでもバニランテ女王に魔術が戻らないと国が滅ぶ。
騎士団としては、それは絶対に回避したいのだろう。
「お待ちください! <戒めの鎖>は魔道具でありましょう!? 魔術の悪用にあたらないのでは?」
『んー、僕が悪用だって思ったら自動でアウト判定だから、無理だね』
ハーゲンくん個人は女王を憎悪していても、それでも国のためには減刑を願うしかないのだろう。
女王が恨んでいるのは騎士団だけ。
他のことではまともという、なかなかどーして面倒な状況である。
ならば騎士団を解体すればいいのではと思うが、それはそれで国が成り立たないのだろう。
北部はそれだけ過酷な地域なのだ。
まあ……それもアランティアの母、雷撃の魔女王ダリアのせいだというのだから……これもなんとも複雑である。
「基準が曖昧過ぎます! もっと具体的な線引きを求めます!」
『問題外だ。考えてもみろ、明確な線引きをしちゃったらここまでの魔術の悪用は大丈夫だ! って勝手に曲解する連中が絶対に出るだろう? 基準はあいまいだからこそ警告になる。これはラインを越えるか、越えないか。それを人類が考えずに基準に従って行動するようになるのは、非常に危険だと僕は考えるが、どうだ?』
実際、女神アシュトレトの人類不信ポイント的なものが溜まり続けたら、たぶん本当にアウト。
「ならば、マカロニ陛下がなされた銀杏による襲撃はどうなるのです! あれも魔術の悪用でありましょう!」
『あれはダガシュカシュ帝国の弟帝と、元大統領ドナがやらかしただけ。僕のせいにされても困る』
僕はちゃんと言い逃れできる抜け道を用意しているので、どうどうと言い切ってやった!
そもそも詐欺師の僕に口論で勝とうとするのは下策である。
うわぁ……滅茶苦茶いきいきしてますね……とアランティアが相手側に同情しつつある中。
騎士団長ハーゲンは国を守るために告げる。
「恩あるあなたに失礼だとは存じますが、それでも我が国のためには女王の力を返してもらわなくてはなりません。他の方による再審をお願いできないでしょうか?」
お!
きたきたきた!
僕はにっこりと頷き。
『いいねえ、それ』
というわけで。
降臨しているもう一匹の獣王。
毒竜帝メンチカツを呼ぶことになった。
あいつにも徐々に裁定を覚えて貰い、いつか僕の代わりに面倒な仕事ができるようになって欲しい。
そう思った完璧な作戦!
だった!
のだが。
◇
……。
なんというか。
毒竜帝メンチカツさんは僕が思っているより、武闘派だったらしく。
『話は分かった。オレのダチの裁定に文句があるだぁ? いい度胸じゃねえか、ああ、分かったぜ、分かった。暴走する頭を止められなかった連帯責任だろ? じゃあ、国ごと死だな。オレがそのババアごと渓谷の形を変えてやろうじゃねえか!』
つまんねー話を聞かせやがって!
と。
獣毛をモフモフ。
指の関節を鳴らすしぐさで、カモノハシハンドをモフモフ。
ペタ足で、ペタペタペタ!
暴力を司る裁定者は、進軍開始。
聖王国バニランテを滅ぼすべくあの国に向かいましたとさ。
めでたしめでたし。
……。
って、わけにはいかないので。
国を亡ぼすと裁定を下した毒竜帝を止めようとする、哀れな騎士団が吹き飛ばされたことを確認した後。
とりあえず、毒竜帝メンチカツを引きとめ説得。
既に僕が先に罰を与えているという事で再審は保留で、様子見。
現地視察という名目で僕らは聖王国バニランテに向かうことになった。
まあ僕としても他の女神の情報を集めたい。
聖王国と名乗るだけあり、あの地には多くの祭壇や神殿があると聞く。
海の女神は教えてくれないが、月の女神の神殿に行けば僕に呪いをかけた犯人の話も聞けるかもしれない。
そんな打算がありつつ――、遠征準備。
リーズナブルが信者勧誘のビラを。
アランティアが、ペンギン印のウォーターサーバーの契約書を。
それぞれに抱え――いざ!
聖王国バニランテへ!