獣王様のおしごと~これが本職だってのは理解はしたから、せめて給料をよこせ~
当たってほしくない予想ほど、なかなかどうしてよく当たるもので。
人はそれを虫の知らせと呼ぶのだろうか。
女神アシュトレトとは違い、女神ダゴンの行動には必ず意味がある。
旧ソレドリア連邦を掌握していた元大統領ドナと、賢い僕こと氷竜帝マカロニを接近させたことにも必ず何らかの意味がある。
そして、女神アシュトレトが人類を滅ぼす可能性のある地雷であることも、おそらくは事実。
そんなわけで、あの事件の後。
ドナを囲った僕は、彼女が行っていた政治的な活動のひとつひとつを遡りチェック。
面倒とは思いながらも、女神アシュトレトが人類を滅してしまいそうな案件を漁っていたのだが。
アホかぁぁぁぁぁ! と、言いたくなるほどに悪事が次々とでてくること。
それもドナ自身ではなく、ドナが関係した人物ばかり。
ドナの行動は一貫していた。
資源も財源も乏しいソレドリア連邦を維持するため、一応は国と国民のために動いていた。
ただ大義名分があった分だけ、文字通りなりふり構わず動いていたらしく……。
そしてあの不毛な地で連邦を維持するためには、善悪問わず様々な組織の力を利用する必要があったらしく。
マキシム外交官が積んだ資料の数は膨大、執務室の僕の机を圧迫。
密偵からの内偵書類も山積み。
タヌヌーアとコークスクィパーたちが上げてくる報告書も、どっさり。
書類仕事の役には立たないアランティアと毒竜帝メンチカツは暇そうにしているが、僕らは大忙し。
いったい、これで何人目だろうか。
今、目の前でこちらを睨んでいる聖王国バニランテの女王もそのうちの一人。
もはや悪事はばれているのに、女王はおろおろとした様子を演じ僕を見上げていた。
「これはいったい、どういう事でしょうか……っ」
謁見の間で……玉座の上でペタ足を投げ出し、どよーん……。
またこのパターンかと……僕はついつい辟易してしまう。
『それはあんたが一番わかっているんじゃないか?』
「なんのことでしょう? ワタクシはただ、信用できない部下が怖くて、それで!」
『あー、はいはい……そーいうのはいいから』
詐欺師の僕なら、それくらいの演技は即座に看破できる。
聖王国バニランテの建国の女王、ラテーヌ=トルネリア=バニランテ一世。
見た目だけを清楚に装いながらも、彼女の性質は極めて邪悪。
キツネとタヌキの報告書を見る限り、清純ぶっていた国であるがだいぶ真っ黒だったようである。
面通しをさせるべく呼んでおいたドナに僕は言う。
『ドナ、こいつがバニランテ女王で間違いないか?』
「さあね、あたしはバニランテの女王陛下と直接の面識がないからね。けれど、そうさね……あたしが取引したのは間違いなくこいつさ」
ドナが彼女との取引とその詳細を告白。
まさか<戒めの鎖>を求めていたのが女王陛下だなんて知らなかったがね、とドナが淡々と告げる中。
僕は言う。
『で? おまえはちゃんと確かめることなく、戒めの鎖をこいつに売ったと?』
「責めるように言うじゃないか?」
『いや――ようにじゃなくて、責めてるんだよ』
ジト目でペンギン眼を細める僕に、ドナは豊満な胸を覗かせた女傑姿のままあっさりと。
「ま……そうさね。このお客様からは凶暴で言うことを聞かない罪人につけるって聞いたんだ。まさかバニランテ女王陛下だなんて思ってもいなかったし、いちいち客の言葉の真偽を確かめる程、ウチも余裕がなかった。違うかい?」
『へえ、装備者のみならず、その呪われた魔術によって”装備者の関係者にまで呪いの鎖を首に巻く”――超広範囲に及ぶまさに最悪な魔術アイテムを、ちゃんとチェックもせずにねえ……』
めんどうなことをしやがってと、僕は更にジト目であるが。
自暴自棄も極めれば一種の強さとなるのか、ドナは苦笑に皮肉を乗せるように、じっと僕を見つめ返し。
「だいたい、あたしがこれを売るはめになったのはどこかの誰かさんのせいだろう?」
『おい、なんで僕を見てやがる』
「なんでって賢い陛下なら分かるだろうさ。獣王にケンカを売って魔導船を失い、勢力を大幅に弱めたとされた南の国があったんだが。はて、おかしいねえ。どうも様子が違う。なにやら強大な魔獣だか魔物に国を乗っ取られちまったって話じゃないか。それも敵か味方かも分からない強大な魔獣さ。そりゃあこっちも、ソレドリア連邦を守るために緊急で即金が必要になるってもんさ。だから、あたしも金策のためにソレを売った。違うかい?」
実際、その通りなのだろう。
だからこそ僕はこーして後処理をやっているわけで。
僕は視線を罪人バニランテ女王に移し、クチバシをグワグワグワ!
『ま、そーいうわけだ。前はドナの指名手配に協力して貰ったが、今度はあんたが罪人だ。なんか申し開きはあるのか?』
「無実なワタクシにこのようなことをして、ただで済むとでも!?」
『あのなあ……騎士団長のハーゲンくんから事情も聞いてるし、他の騎士団からも聞き込みは終えてるし。いまさら言い逃れできると思ってるのか?』
まあここで相手が言ってくることはだいたい読めている。
制御できない部下を諫めるため、そして反乱を未然に防ぐために<戒めの鎖>を装備させる……それ自体は他所でも行われている、よくある話だろう。
彼女の場合はそれを悪用し、弄んでいたのが問題なわけで。
そして、騎士団が信用できなかったので試していたと言われたら、おそらくはその発言は情状酌量の余地ありと判定されるだろう。
このバニランテ女王。
かつては小国の王女であり、既にその国家は消失。
アランティアの母にあたる”雷撃の魔女王”による攻撃……領海侵犯への報復の奇襲を受け、壊滅しているのだ。
その際、騎士団はバニランテ女王の父や母を見捨てて逃げたらしく……その騎士団の残党とも言えるのが、彼女が<戒めの鎖>をかけていた騎士達。
彼女に言わせれば、本当に信用できなかったのだろう。
案の定、僕の想像通りの事実を語り。
「――そんな連中っ、信用できるはずがありませんでしょう!」
『ま、そりゃそーかもしれないけど、もう十年以上も前の話だろう? 二十歳そこそこの現騎士団長のハーゲンは関係ない筈じゃないか』
「彼は当時騎士団長だった男の息子ですもの、それも、よりにもよって南の女との間に生まれた”合いの子”。雷撃の魔女王ダリアの暮らす大陸の女を娶った男の子など、信用できるはずがないでしょう! いいえ、騎士そのものがワタクシに反意を抱こうとする可能性があった! ならばこそ、女王としてそれを諫める必要があった! ええ、そうでしょう! 間違ってなどいないのです!」
なにやら自分に酔っていらっしゃるようだが。
『悪いんだが、その辺はどーでもよくてだな。僕が言ってるのは、その<戒めの鎖>でやらかした事自体。背景なんて僕の知ったことじゃないし』
「……だいたい、何の権限があってワタクシを拘束しているのですか」
同情攻撃が効かないとなると、次はこれである。
僕は言う。
『何が言いたいのさ』
「あなたはたしかにスナワチア魔導王国の王であり、解体された旧ソレドリア連邦の管理を任された存在かもしれません。ですが、ワタクシの聖王国バニランテはソレドリア連邦とは独立した地域。ワタクシの国ではワタクシの国のルールがある。これは違法な拘束ではありませんか?」
まあ、そうなるか。
あまり口にしたくないのだが。
『残念だけどさあ、僕には権限があるんだよ』
「どこを根拠にしていらっしゃるのかしら?」
バニランテ女王の言うことも尤もなのだ。
他国の女王が騎士団や、その家族を迫害していてもそれはその国家の問題。
そこに介入するのは内政干渉になってしまう。
だからこそこれは不当な拘束であると言えなくもない。
普通ならばだが。
僕は言う。
『あのさあ、おまえ……<戒めの鎖>を悪用しただろ?』
「悪用かどうかは、神が決める事でしょう」
『だーかーらー! なんで分からないかな。それを決めるのは神の代行者である僕であって、動かないわけにはいかないんだっての! 僕だって、こんな面倒な事したくないんだからな!』
腹いせに叫ぶ僕に女王はようやく気が付いたのだろう。
僕という存在がなんと噂されていたかを。
そして、僕の後ろで誰がここを眺めているかを。
瞳に畏怖を抱き、女王は僕が放つ後光を眺め。
「まさか……神話時代にあったとされる神々との契約!?」
『ああ、そうさ。おまえ”魔術を悪用”しただろ?』
そう。
女神アシュトレトとは違い、女神ダゴンは全世界の自分の神殿に伝達をした。
僕こそが契約の獣。
神話の時代からの盟約により降臨した、海の支配者リヴァイアサンであると。
獣王の役割は、魔術の悪用を禁じる裁定者。
ようするに、魔術の悪用を裁く義務が、僕に発生。
僕はすっかり、人類を裁く獣王として動かされているというわけなのだ。
この裁判は全てにおいて優先される。
神話時代の契約なので、国家間の契約よりも優先順位は上。
いわば人類と神との魔導契約なので、人類である以上、逃れることはできない。
本来ならば毒竜帝メンチカツも獣王なので、動いてもらう必要がある。
僕はそこを利用し交代制にしろと抗議したのだが。
直談判に来た僕に、女神ダゴンは目線を逸らし……。
あの子は、知恵の値がちょっと……わかりますよね?
と、珍しく口ごもって沈黙。
キャラビルドに失敗、というか。
本当にやらかしたのだろう。
まああの暴力装置に裁判などできるはずがないのは確かで、だから僕がこうして動かないといけないのだ。
まさかドナがここまで魔術悪用案件を抱えていたとは……。
いっそ、殺してしまいたくなってしまった女神ダゴンの気持ちもよくわかる。
こーいう人類への不信が溜まれば、女神アシュトレトが人類は要らぬと言い出す可能性も高い。
魔術の悪用とはつまり主神への反逆にもなるのだから、主神第一のアシュトレトがどう動くか分からない……本当に人類を一から作り直すと言い出す可能性もある。
とは女神ダゴンの言葉。
つまりは、これもちゃんと撤去しておかないとならない地雷原。
女神ダゴンとしても僕を巻き込むしかなかったのだろう。
僕は僕で役割を果たすべくクチバシを開く。
『困るんだよなあ、こーいうことされちゃうとさあ……。人類と創世の神々がかつて交わした契約のせいで、ここまで大規模な悪用だと隠すこともできない、動かないわけにはいかないんだよ』
はぁ……と、心から”しんどい感情”を漏らし。
僕は水の魔術の力を利用し、蘇生魔術を発動。
バニランテ女王の被害者……魔術により虐め殺された家臣たちを証人として蘇生させ。
ジト目で罪人を見下ろしつつ、蘇生された彼らに僕は言う。
『おまえたち、この女に見覚えはあるか?』
「蘇生……魔術!?」
『はいはい、そーいうリアクションももう飽きてるからカットで。で? 女王陛下、あんたに殺されたこいつらの前で嘘を語る気があるか?』
これこそが、女神ダゴンが無理やりこの能力を僕に押し付けた理由の一つだろう。
まあ殺された相手の証言じゃあ、たいていの魔術悪用者も罪を認める。
殺すという最終手段をもって口封じをした相手なのだ、ほとんどの存在が核心に迫る情報を握っている。
今回もそうであったようで。
さしものバニランテ女王も、がくりと膝から崩れ落ちていた。
観念したのだろう。
僕は裁定者として瞳を、きぃぃぃぃぃぃん!
断罪する赤き眼光で、罪人に告げる。
『今後、あんたの一族には一切の魔術の素養が与えられない。六属性の魔術、創世の女神の魔術の恩寵は二度と授けられない。主神も嘆いているとの事で、神からの祝福も二度と訪れない。それがおまえに与えられた罰だ。んじゃあ、もう帰ってもらっていいから。あとはそっちで好きなようにやってくれ。獣王としての僕からは以上だ』
僕が裁くのはあくまでも魔術の悪用のみ。
今後、魔術の悪用をしたら次はないと警告――女王の身柄を罪人として聖王国バニランテに引き渡して、裁判は終了。
後の処罰やら国家の事は、聖王国の連中に任せたいのだが。
……。
まあそうはならないだろうなぁとは、簡単にわかる。
案の定、マキシム外交官が、お話があるとやってきたのは一時間後。
騎士団長ハーゲンたちが、国の今後について謁見を求めているとのことだった。