エピローグ―麓町カルナックの乱―
勝利を収めた僕は、ブスーっとクチバシをとがらせトテトテトテ。
ペンギンのペタ足で麓町カルナックの酒場に戻り。
マカロニ隊が用意した玉座に座り、マカロニ隊が用意したジュースを飲みつつ事情を説明。
ちょ!? マカロニさんのお世話はあたしの仕事なんすけど!?
と、アデリーペンギンと本気で縄張り争いするアランティアを横目に……。
僕は六柱の女神の魔術ではない、僕オリジナルの創作魔術を発動。
僕が望む魔術を一から作り出す、女神アシュトレトが僕に授けたチート能力は健在。
<かくかくしかじか>という、ほぼ一瞬で事情を説明する便利な魔術を編み出してみたのだが。
どうやら成功したようだ。
神々の目線を集めるためだけに集合させた彼らに、一応の義理は果たしたわけだ。
『とまあ、そんなわけで勝つには勝ったんだが――』
『マカロニの野郎はこうしてまたペンギンに戻っちまったってわけだな』
『メンチカツ……おまえ、なんかすごい上機嫌だな。よっぽどあの女神に一泡吹かせたのが楽しかったのか?』
『まあ! それもあるがな!』
やはり上機嫌である。
どうもこのメンチカツ。
あの戦いと共闘のせいか、僕との距離をかなり縮めた様子。
暴力装置が懐いてくるというのは、なんかヤクザに妙に気に入られてしまった生前を思い出すが……。
まあ……強いのは確かだし、こいつもこいつでうまく使いたいところではある。
が、もっと状態異常耐性装備を身に着けさせる必要があるか。
ともあれ。
僕とメンチカツの説明に大きな嘘はない。
まあだいたい事実を伝えた。
カルナックの面々は顔を見合わせて、代表するように流星のバシムが頬に汗を浮かべたまま。
「つまり……あの何度も発生した世界を揺らした咆哮は、おまえさんのせいってことか」
『ダゴンが僕でも戦いになるようにって自分の耐性を下げていたからな。もしかしたら咆哮による怯みが発生するかと思って試行数を稼いだんだよ』
まさか神に文句を言うためだけの咆哮を、何度も上げていたとは言いたくない。
横にいるアランティアが、負けペンギンの遠吠えじゃないんすかぁ? と、妙に鋭いツッコミをしているが、無視。
バシムや他の面々と同じく顔色を失っているドナが言う。
「じゃあ観測史上最大の魔力波動は、あんたが海の女神相手に惑星を落下させる……アホみたいな意味の分からない魔術を直撃させた衝撃……ってことかい?」
あ!
そういえば……女神と戦った時の余波とか。
世界に与える影響とか考えていなかったが……。
僕は言う。
『まあそーなるな』
「そーなるな。じゃないっすよ!? あれ、絶対全世界に観測されちゃってますしっ、なんなら海の女神さまのマジのガチの顕現なんすからっ――海の魔術を信仰してる国家や組織や宗教はたぶん、滅茶苦茶な大騒動になってるはずっすよ!?」
と、珍しくアランティアがまともな発言である。
そう思っていたのだが、すぐにしたり顔になり。
「あーあー、マカロニさん。やっちゃいましたねえ!」
まるで教師が失敗した時に、鬼の首を取ったように指摘する女子高生のようである。
神々も変人だらけだったが……こいつもこいつで、ほんとうにどーしようもないな……。
バカ娘を無視するとして、僕はまともなマキシム外交官と最高司祭リーズナブルに目線をやり。
『海の女神と戦ったのはさすがにまずかったか?』
彼らは目線を合わせ、宗教のことなのでリーズナブルがスゥっと前に出て告げる。
「そう、ですわね。もしジズ陛下がダゴン神と戦っている場面を他国が観測、あるいは、誰と誰が戦っていたのかを観測されてしまっていた場合は……少なくとも事情を説明する必要はあるかと。ですが……」
『その顔から察するに、事実を語っても』
「ええ、信じてもらえるかどうかは少し難しいかと」
『だよなあ……』
まあ、神にケンカを売ってきた。
流れでこうなった。
といっても、僕もたぶん信じない。
『おい、マキシム外交官。影からの連絡は』
「優先順位もありますからな――あの者には今、マカロニ陛下がこの辺りを氷海化してしまった件についての情報操作を行わせております。ここ麓町カルナックにいた者や、ここから避難した者の何人かは陛下が雪山を消失させたと知っておりますので、その口止めに――」
『命までは取るなよ、口止めだけでいいからな』
「既に、そのように取り計らっております」
僕の外交官は相変わらず優秀である。
まあその分、あの密偵は大忙しだろう。
無駄な美貌がうざったいので装備で隠させたりしていることもあり、僕への忠誠心がどーなっているかは分からない。
今度、多忙なあの密偵が裏切らないようになんか与えるとして。
『んじゃそっちは任せるけど。そーだ、タヌヌーアの情報網だとどーなってる? さすがにこの一瞬じゃあ情報は入って来てないだろうけど』
「申し訳ありません、ご推察の通りです。ベヒーモス陛下と女神との戦いの影響でしょうか、魔導による通信が乱れておりますので……吾輩らが仕込んでいる部下からの情報はまだ」
無論、生きてはいるのですが、と安全確認済みであることを報告した。
その直後。
紳士姿のキツネ、コークスクィパーの長がモフモフな尾を振りながらタヌキを押しのけ前に出て。
「陛下、発言をお許しいただいても?」
『ん? おまえは……』
「コークスクィパー、狐族を治める亜人の長キンカンにございます! そこのタヌキの長マロンめは情報を掴んでいないようでありますが、当方は既に少しの情報を掴んでおります。いかがでしょうか?」
そういえばタヌヌーアの長はマロンとかいう名前だったか……。
どうも最初に化けていたスナワチア八世の印象が強いので、マロンと言われてしまうと違和感があるが。
ともあれ。
『おいマロン、こいつって信用できるのか?』
タヌヌーアの長は、ギリっと歯を剥き出しにしキンカンを睨むが。
「まったく信用はできません。できませんが……ここで嘘の情報を渡すほどに愚かではないでしょう。おそらくはドナの終わりを察し、情報提供をコネとしたいのかと」
『だそうだが、キンカンだっけ? おまえ僕の傘下に入りたいのか』
人類に化けたキツネは犬のように尾を振り。
「それはもちろん、ええはい! 当方らは勝ち馬に乗るのが性分でございまして」
『なら残念だ。勝ち馬はこっちじゃないかもしれないぞ』
「はて? 女傑たる元大統領ドナはもはや薄氷。そして海の女神ダゴン様を崇める国家、神殿では既に動きがあり……ダゴン様のご神託が下りました。氷竜帝マカロニ陛下こそが海の支配者リヴァイアサンであると正式に宣言なさり、敵対するなら自身の不興を買うと忠告した。そう聞き及んでおります」
こいつ、勝手に情報の押し売りをしやがった。
女神も女神で勝手にそんな神託を下ろしやがった。
この世界の連中はどうも、こう……。
まあ気にしてもキリがないか。
尾を振るキンカンとやらは、自分がタヌヌーアにはない情報網を持っているとアピールしたいのだろう。
ズイズイズイとマロンを押しのけ、僕に近づき。
「女神ダゴン様のご神託、女神アシュトレト様のご神託! 二つの神託を授かっている陛下が獣王であることは間違いない。陛下を勝ち馬といわず、なにを勝ち馬といいましょう!」
『それが人類だけの話ならな』
「……と、おっしゃいますと」
『神々と直接会ってきて確信したが、あいつらはこの世界を愛している』
皆が困惑する。
何が言いたいのかと。
自暴自棄になりつつあるドナが言う。
「だから、なんだってんだい。神に愛されてるなら人類も安泰じゃないか」
『分からない時点で、おまえたちは前提条件を勘違いしてるんだよ。神々は世界全部を愛しているんであって、特定の種族を愛しているわけじゃない。たとえばそーだな、タヌヌーアとコークスクィパーはずっと対立してるだろう? どちらも愛しているのなら、どちらにも加担はしないわけだ。じゃあ種族の対立じゃなくてももっと大きな視点に変えるとどうなると思う? もっと大きく対立してる存在があるんじゃないか』
アランティアが言う。
「あー、なるほど……マカロニさんは人類が魔物や魔獣に滅ぼされる可能性を言ってるんすね」
「はて? ですが、マカロニ陛下が勝ち馬であることに違いはないのでは? 二柱の神から寵愛を受けているあなたならば、魔物に負けるとは思えませんが」
キンカンの言葉は世辞ではなく事実。
だが、アランティアが――分かってないっすねえっとドヤ顔で指を立て、チッチッチ!
「マカロニさんもたぶん神々と一緒なんすよ。異邦人っすから、極端な話、魔物側がマカロニさんを元の姿に戻して元の世界に帰れる手段を用意してきたら」
『ああ、僕が魔物の側につくことだってあり得るだろうな。良くも悪くも平等な神と同じ、僕も良くも悪くも異邦人。この世界のことよりも自分の損得を優先させるだろう。ま、さすがに人道には配慮するけどな』
察しが良すぎるアランティアの言葉を肯定した僕に続き。
ペタ足で、ペタペタペタ。
振り返り邪悪な顔を作ったメンチカツが言う。
『だがオレたちはこんな姿だし、ここの連中はともかく他の国のやつらはどう思ってるのか分からねえ。ケモノが王だと? ふざけるな! ってケンカを売ってきそうな場所だってあるんじゃねえか?』
メンチカツの発言を、どこか揶揄するように肯定したのはドナだった。
「ああ、そうさね――マカロニ陛下。あんたがあたしを捕らえるために正式に許可を取ったっていうあの聖王国だって、どちらかといえば獣人や亜人に排他的な地域。魔獣王のあんたに対し、内心じゃ何を思っていたのやら。実際、そちら様の分類は獣王……あくまでもカテゴリーとしてわけりゃあ魔獣側なんだろう?」
さすが元大統領。
感覚派のアランティアとは違い、推察が鋭いようだ。
『そーいうことだ。つまり! おまえらは僕らが魔獣側につかないように、もっと崇め奉る必要があるんじゃないか!』
『ハハハハハ! いいぞマカロニ、もっと言ってやれ!』
僕らは二匹並んで、崇めろ~!
と、獣毛を膨らませ胸を張っている。
マカロニ隊も、ポーズを真似てペギギギギギ!
まあこれは冗談ではあったが、まじめな部分もある。
実際、人の心が魔力となるこの世界の魔術の仕様を考えると、実は、信仰対象にされるという事もけっこう重要な要素だったりする。
あの女神どもの好き勝手に反抗できるような、そんな力をつけたいのだ。
そしていつか一発、その頬にフリッパーによる鉄拳制裁を決めてやりたい!
状況を眺め、流れを読んだのだろう。
マキシム外交官が安堵と落胆、両方の感情を混ぜた顔で口の皺を動かす。
「しかし――こうなると、まだワタシがあなたから王権を引き継ぐ日は先……ということですかな」
『ああ、次は僕にペンギン化の呪いをかけた女神を探さないといけないしな。お前の情報収集能力には期待してる、さっそくで悪いが帰還したら動いてくれると助かる』
「御意」
マキシム外交官は魔導によって延命していることもあり、僕が帰還した後に王権を渡す最有力候補。彼本人、または彼が選んだ傀儡を利用しスナワチア魔導王国を導いてくれるだろう。
元の世界に帰るための引継ぎもちゃんと準備している僕はさすがなのだが。
話を聞いていた元大統領ドナが、自らの額に手を当て。
指の隙間に垂れた前髪ごと指を強く握り。
「ったく……わけが分からないね。あたしを殺す云々言ってたのはどうなってたんだい。まさかアレもふかしだったんじゃないだろうね」
『そうだったら良かったんだが、実はあの契約、まだ生きてるんだよなあ』
「そうかい……で? あたしはどうなる」
『しばらくは同行してもらう、ちょっと確かめたいことと金儲けがしたいからな』
否定はない。
それが肯定の意思なのだろう。
神に狙われている状態で、僕に逆らう気はないようだ。
女神ダゴンは意味のない行動はあまりしないと思われる。
僕との戯れも、結局は僕に蘇生魔術を教えるためといえなくもなかった。
つまり――。
……。
僕は口にはしなかったが。
可能性の一つとして。
女神アシュトレト――僕の主人たるあの美貌の神が、人類を滅ぼしてしまう未来もあるのかもしれない。
あの能天気を体現しまくっている女神の不興を買い、人類すべてが消えてしまうような案件か。
……。
どーかんがえても、滅茶苦茶面倒そうである。
考え込む僕の背をメンチカツは、バシバシと平たい手でたたき。
『お? なんだなんだ暗い顔をして、どうした兄弟?』
『……いや、勝手に変な呼び方しないで貰いたいんだが』
こいつもこいつでなんか距離が近くなりすぎてるし……。
僕がため息を漏らすと、ジュースの表面が僅かに揺れる。
ジュースとて水の属性を含んでいるのだろう。
そして水は海の女神ダゴンの領域。
その波紋が僕に向かい。
任せましたよ、と言っているような気がして。
結局、女神に利用されている今を受け入れるしかない状況に辟易しつつも。
僕は、冷静に状況を考えていた。
女神が降臨し、一国の王にして契約の獣たる僕と交戦。
女神はスナワチア魔導王国の王を獣王と認め、敵対せぬようにと神殿に神託を下ろした。
天と海との境に起こった大規模魔術の衝撃は、さすがに全世界が把握しているので事実として受け入れられるだろう。
果たして、平然としていられる国などあるだろうか?
敵か味方かは別として、どーかんがえても、様子を探りにうちに来る。
そのほかにも。
ドナの蘇生魔術案件に、女神アシュトレトが人類を滅してしまうかもしれない地雷案件。
冷静に……。
冷静に……。
……。
ぐぐぐぐ、ぐがぁあぁあああああああああああぁぁぁぁぁぁ!
『冷静になんてなれるかぁぁぁぁぁっ!』
「ちょ!? マカロニさん!?」
癇癪を起こさないでくださいよと宥める側近に押さえられながら。
僕は天井を見上げ、ペギィ。
いつか絶対に、あいつらとまともにやり合えるほどの力をつけてやると。
アッカンベーをするのであった。
エピローグ―麓町カルナックの乱―終
【次章へ続く】