勝利者への報酬~女神からの贈り物~
三分間の戦い。
能力を大幅に下げた女神は、それでも余裕の笑みを浮かべていた。
これは神々にとってはおそらく、ただの余興だった筈。
けれど、天と海の境界線では超規模爆発。
金星ほどの魔力質量を持った、攻撃魔術の最高峰たる天体魔術が女神に直撃していて。
僕の手にするログを保存する装置には、1のダメージが確認されている。
制限時間内ギリギリだが、時間内は時間内。
つまりは、僕たちの勝ち。
マカロニ隊と共に、氷竜帝マカロニこと僕は結界を張りつつ海の底から海面に上がり。
ザパーン!
海から氷海に上がるペンギンのしぐさで、海面に着地。
いまだ呆然とする女神に向かい、勝利の煽り。
『グペペペペペペ! どーだ見たか! あんたら女神は強すぎるから、自分より弱い存在の気配を察知する能力に疎い。どーせ! マカロニ隊と毒竜帝の魔力の区別がつかないだろうと思っていたら、案の定だったな!』
『よっしゃぁぁぁぁぁ! ハハハハハハ! 見たか女神! たまには敗北の味を知りやがれ!』
僕に続いて勝利宣言したのは、丸いフォルムのカモノハシ。
サクサク衣色の獣毛をぶわっと膨らませ。
にひぃ!
パンと大きく、氷竜帝と毒竜帝の僕らはハイタッチ。
なにやら天から、見てくださいキュベレー、ペンギンとカモノハシの戯れですよ! と、興奮気味に夜の女神を困らせる主神の声がするが……まあ気にしない。
主神が見ていたこともあるからか。
素直に負けを認めた様子で、女神ダゴンは僕らを眺め。
『ふふふふふ、お見事ですわ。確かに、戦いに参加するのがあなたがたペンギンだけと制限されていませんでしたし。いいでしょう、契約に従いあなたを人間の姿に戻しましょう』
随分と素直な様子に、毒竜帝メンチカツさんが『あぁん?』と訝しみ。
ペタ足で海面を、ペタペタペタ。
海の女神を見上げ。
『どーいうことだ、随分とあっさりと認めたじゃねえか』
『契約は契約ですし、旦那様もマカロニさんと愉快なアニマルたちの奮闘に満足なさっているようなので。あたくしは旦那様が幸せならばそれで良いのです』
『……おい、マカロニよ。この女神、どーせまーだなんか企んでやがるぞ』
『だろうな――』
神々に振り回される者たち、僕とメンチカツの女神を見上げるジト目は重い。
まあ実際なにやら企んでいそうではあるが。
それはそれとして。
眷属となったマカロニ隊がいそいそいそ!
海面に浮かぶ玉座を用意してくれたので、ドヤ顔で座り僕はペギィ!
女神に目をやり、勝者の顔で告げる。
『さて、あんたの敗因はちゃんとそいつに給料を与えなかったことだろうな』
『お給金、ですか? ふふ、こちらにも色々と事情がありまして』
『いや、ふふ……って、まあそっちの雇用形態がどうなってるのか知らないから、僕は口を出さないけど……まあいいや、契約通り、僕をもとの姿に戻して貰おうじゃないか!』
女神は頷き。
海面に複雑怪奇な魔法陣を展開――天を見上げて告げていた。
『よろしいですね?』
『仕方あるまい』
天で見ていただろうアシュトレトの声に微笑んだ様子で、ダゴンの顔の暗闇が一瞬解除される。
そこには――慈悲に満ちた美貌の女神の相貌がある。
さりとてそれも一瞬で消えて、すぐに闇に戻ってしまうが。
ダゴンが言う。
『あたくしが司る海と水の魔術、それらはこの世界においては回復系の力を得意としております。天の魔術でも地の魔術でも回復魔術は当然ありますが、治癒ならばあたくしの魔術が一番』
『アランティアもそう言っていたな、それがどーしたんだ?』
早く直せ。
そう暗に訴えていると気付いているのだろう、女神は微笑み。
『どうしてあなたはあまりあたくしの魔術をご利用なさらないのですか?』
『いや、回復魔術って覚えたら最後……使えるって分かったら一生利用されるって分かり切ってるからに決まってるだろう……』
そう。
攻撃魔術の多い天の魔術、それも聖職者ではない魔術系統ならばあまり問題にならないのだが……回復魔術とはいわば呪い。
治せると分かった途端、その力で他人を癒し続けるのが義務だと勘違いする輩が絶対に現れる。
僕ほどの存在ならばおそらく、本気で水の魔術を会得すれば途端に最高位のヒーラー確定。
瀕死の重傷となった人間の完治も可能だろう。
勘違いした他国のお偉いさんが、下心満々で近づいてくることも分かり切っている。
だから僕は攻撃魔術ならばともかく、回復魔術を極める気はない。
脳筋とはいえリーズナブルもかなり高位の天の魔術による回復が扱える、現実的な範囲での治療ができれば我が国はそれで問題ない。
なのにだ。
おそらく女神ダゴンは闇の相貌の下で、ニコニコニコニコ。
『それでは、お手本をお見せしましょう』
『いや、人の話を聞けっての!』
『あら? アシュちゃんの掛けたペンギン姿のロック……どんな姿になったとしてもペンギンの姿に戻る魔術を解かなくとも良いと?』
あ、こいつ……っ。
確かに、天才な僕は一度魔術を見ればたぶんその魔術式を習得してしまう。
つまりは女神が用いる水の治癒魔術、しかも天の女神アシュトレトがかけた魔術の解除ができるほどの高度な回復魔術を自動で習得してしまうだろう。
しかし、まあ……人間の姿に戻れるのならば受け入れるしかない。
人間に戻れれば、あとは最長でも百年待てばいいだけ。
不老の魔術ぐらいならば僕も既に使える、地球に戻ったら不老の魔術を解除すれば全てが元に戻るのだ。
僕は女神に言う。
『あんた、ほんとうにイイ性格してるなぁ……』
『賞賛と受け止めて――さあそれでは手をお貸しください』
僕はフリッパーを差し出し。
女神もフリッパーを握り。
女神の足元に浮かんでいた魔法陣が、回転する。
僕の中に水属性の回復魔術の情報が刻まれていく中、姿も徐々に変化していく。
人間の姿に戻っていたのだ。
人間に戻った僕の目線の端に映るのは、ペンギンのようなモノトーン。
黒のコートと白いシャツ。
冷凍死した時の姿だろう。
なぜだろうか、毒竜帝メンチカツが呆然とした顔で僕を見上げていた。
おそらく先に人間に戻ったことで、嫉妬しているのだろう。
人間に戻った僕は、ふふんと勝ち誇り。
『お? なんだなんだ? 嫉妬かぁ、毒竜帝。ふははははは! 僕はちゃんと契約と勝負に勝ってこの姿を取り戻したんだ、どうだ! 嫉妬は見苦しいぞ!』
『おまえ……その顔……』
『ん? ああ、そうか知らなかったのか。僕は生前から詐欺師だからな、なかなかの美形だろう?』
自惚れとは言うなかれ。
自画自賛しても許されるほどの美貌だと、僕は自らの美醜を把握していた。
優秀な詐欺師は美形が少ない、むしろ親しみやすい容姿だとされているが――その逆を突くのも詐欺師の手腕。あまりにもあの説が浸透しすぎたせいで、美形な僕への警戒心は逆に下がっている。
だからこそ、僕はこの顔を最大限に利用していた。
メンチカツの人間時代の姿を僕は知らないが。
きっと、僕の容姿には敵わないはず。
つまりはこいつ! 僕に敗北感を覚えているのだろう!
美しさは罪、と玉座に腰掛けフフンとする僕を天のアシュトレトが撮影する中。
メンチカツは女神を振り向き。
『……なるほど、そういう事だったのかよ』
『あたくしもブラック上司ではないですもの。仕事でしたらちゃんとお給金も払っていましたわ』
『はは、そうか。幸せの青い鳥はすぐ傍にいた……ってか。そりゃあオレが悪かったわ』
なにやら二人だけで会話を続けている。
はて、僕は頭脳をフル回転させるが。
その時だった。
ポンと、音が鳴った。
ん?
なぜだろうか。
先ほどまでとは目線が下がっている。
メンチカツを完全に見下ろしていた筈なのだが、今は玉座の分だけ高いだけ。
これは、まさか!
恐る恐る僕は玉座の上から自然の鏡、つまりは海面に顔を向ける。
そこには、麗しい黄金の飾り羽をつけた愛らしいペンギンさんの顔がある。
……。
先ほど僕を撮影していたアシュトレトに代わり、呆然とする僕を天から撮影する気配を感じる。
おそらくはモフモフ狂いの主神様だろう。
つまり……。
マカロニペンギンの姿に戻っているという事で。
クワっと顔を上げて僕は吠えていた。
『は!? おい! 女神、これはどーいうことだ!?』
『なにか?』
『なにか? じゃない、どーなってるんだよ!? またマカロニペンギンに戻ってるだろう、これ!?』
<氷竜帝の咆哮>を連続発動しているが、もちろん無効化。
海の女神は澄ました声で、ふふふふふ。
『おそらくは、これは仕返し。自分を罠に嵌めたということで……あたくしでもアシュちゃんでもキュベレーちゃんでもない女神の誰かが、あたくしが掛けた人間化を解除し、元の姿に戻る呪いをかけたのかと』
まあ確かに、僕はあの酒場に女神の視線を集中させるように誘導した。
それは罠とも言えるだろう。
元の姿がペンギン判定になってるのも気になるが。
それよりも!
『おまえ……っ。こーなることが分かっててわざと負けやがったのか!?』
『いえ、あれは本当にあたくしの計算外。旦那様に誓っても構いません。特殊な条件下とはいえ、マカロニさん……あなたがあたくしとの勝負に勝ったのは事実です。そしてあたくしはあなたの知恵を確かめたかった、女神さえも出し抜き勝つことを望んでおりました。だからとても嬉しいのです。どうか、その武勲を誇りになさってくださいまし』
わざと負けたわけではないのは事実のようだが。
『つまりはっ、僕を人間に戻しても他の女神がこーするってのは』
『ええ、分かっておりましたわ』
こいつっ、こいつっ、こいつ!
つまり、勝っても負けてもどちらでも結果は同じだったのだろう。
まさか僕の人間姿を毒竜帝メンチカツに見せるだけ、などという意味不明な行動を取るとは思えない。
『やい、女神! 僕を元に戻せ!』
『困りましたわねえ、あたくしはちゃんとあなたをペンギンの姿から人間の姿へと変えた。それで契約は果たされておりますので』
『ペペペ! ペン、ペギギギギギィ!』
怒りのあまり、ペンギン声での憤怒が漏れてしまう。
『そうですわね、これではあまりにもあなたが可哀そう。ですので、ご褒美です。実はですね? 先ほどの戦い、あたくしとの修行、そして加護の試練ともなっていたのです。あなたを正式に海の支配者リヴァイアサンと認めると同時に、更にご褒美ですわ! あなたを人間へと戻したときに、あなたに海と水の女神からの最大の恩寵を刻んでおきました!』
意気揚々と女神は告げる。
こいつ、まさか……っ。
『ええ、賢いあなたならばもうお分かりですわね? あなたは既に水の魔術を極めました、あたくしのお気に入りとなったのですから蘇生魔術さえも行使可能となっているでしょう』
実際、僕は今の戦いと海の女神の恩寵を得て、大幅にレベルを上げたのだろう。
女神の素顔を前よりも鮮明にみることができていた。
ステータス欄にも、ばっちりと蘇生魔術の文字が刻まれている。
蘇生魔術が使えるだなんて分かったら、超面倒なのは確定。
これは商品を勝手に送り付ける詐欺行為のようなもの。
僕は羽毛を逆立て、猛抗議。
『要らないって言ってるだろう! 返品だ、返品!』
『申し訳ありませんが、生憎と当世界にはクーリングオフはございません』
女神はそれはもう邪悪で腹黒な笑みを浮かべていたのだろう。
まだ直視できないが――海に反射する女神の微笑みが、キラキラキラと輝いている。
女神は腹黒な笑みであるが、本当にさきほどの戦いに満足しているようで……。
愉快げに告げる。
『ふふふふふふ! 此度の騒動……大変、面白かったですわ。いずれまたお会いしましょうねマカロニさん。それではメンチカツさん、後は頼みましたわ』
『ちっ、わぁったよ。てめえはてめえで、どーやらオレの願いを叶えていたらしいからな。しばらくは使われてやる、ただし――しばらくだからな!』
なにやらメンチカツと女神との間に、僕が察することのできなかったやりとりがあったらしいが。
女神は姿を海に溶かしながら言う。
『ドナの件は、あなたが習得なさった蘇生魔術が答えを教えてくれますわ』
『ドナなんてどーでもいい! それよりも、僕にまた呪いをかけたのは、だれ――』
『ご自分で答えを見つけた方が楽しいかと存じますわ』
主神と同じようなことを告げ、女神は海のモズクとなり消えていく。
藻屑とモズクをかけたしょーもなさが、ますます主神にそっくり。
勝負には勝った。
けれど、結局は振出しに戻った。
僕は回復魔術と蘇生魔術を無理やりに極めた状態にされてしまい、それもかなり大きな呪いといえるだろう。
主神に殴り込みを仕掛けた。
その意趣返しといったところか。
最後に、海のモズクが集合し海にメッセージを刻む。
あなたが本当にあたくしの眷属となりたければ、いつでもご連絡ください。大歓迎ですわ。
と、本気の一筆が刻まれていて。
その文字を眺めたメンチカツが、同情のまなざしを僕に向け、ぼそり。
『マカロニよ、てめえ……マジであのクソ女神に好かれちまったようだな』
僕は、ぶち!
『がぁぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁぁぁ! おぼえてろよっ、クソ女神どもぉぉおおぉぉぉ……っ!』
天に向かい。
氷竜帝の咆哮をまき散らしたのだった。