詐欺師のアイテム~たたかいは既に始まっている~
深く黒い海底に広がる魔術波動。
詠唱によって発生した世界法則を書き換えるための魔力は、渦となって周囲を揺らしている。
……。
ま、まあ見た目はアデリーペンギンの群れこと、正式名称が確定してしまった”マカロニ隊”を率いるマカロニペンギン姿の王様。
賢き僕、氷竜帝マカロニが海の中でクチバシをグワグワグワ! 詠唱を重ねているという、ちょっと愉快な姿なのだが。
詠唱自体は完ぺきだった。
海の女神ダゴンは海の中で器用に拍手をしてみせ。
女神の微笑。
『驚きましたわ。眷属との多重詠唱による補助を受けているとはいえ、まさか、アシュちゃんが得意とする<天体魔術>を行使できるとは。あたくしの想定の三倍以上の成長をしているという事でしょう』
僕は詠唱しているので対応できないが。
マカロニ隊の一匹が、アデリーペンギン特有の腹黒な顔でペギィ!
『上から目線でえらそうなこといいやがって、そーいうのはぼくらの魔術に耐えてからにしろ!』
おー!
こいつは偉い! 僕の考えを通訳して……というか、腹話術のような状態になっているようだ。
ぼくたち使えるでしょ? と、マカロニ隊が、ニヒィ!
どうやら主神に加護を授けて貰ったようだが、ともあれ。
僕は三分の間に、完璧に詠唱を終了させなおかつ隕石のような天体魔術を、女神に直撃させる必要がある。
のだが――。
白魚の手を口元にあて、闇で顔を隠す女神はうっとりと微笑み。
『あらあらまあまあ! なかなか術の制御に苦労なさっているのですね。無理もありませんわ、本来ならまだ届かぬ領域にある魔術の最奥を、無理やりに引き出そうとしているのですから』
『ずいぶんとよゆうだな! こっちは一でもダメージを与えれば勝ちなんだぞ!』
マカロニ隊の一匹が僕の身振り手振りを真似て、ビシ!
『確かに、あなたが天体魔術をあたくしに直撃させればダメージを受けます。神話時代の魔術の中でも、最強とされた天体落下魔術を使用する……その時点であなたは既にあたくしたち女神の期待値を超えている。その英知と手腕をあたくしは認めましょう、褒めましょう、愛しましょう。けれど、あたくしには届かない。その理由はあなたが一番ご存じのはず』
……。
その通りなのだ。
僕はジト目でマカロニ隊を眺め……、はぁ……と詠唱しながらも息を漏らす。
マカロニ隊は、ぼくたちのせいじゃないもーん、と、つーんと目線を逸らしていた。
代弁するように女神ダゴンが苦笑に言葉を乗せる。
『あなたは魔術の速度、効果を計算し制限時間ギリギリにようやくダメージが発生するようにされていたのでしょう? けれど、マカロニ隊の一瞬の反逆は計算外。あなたは緊急でサインをし、彼らを従えましたがその一瞬が命取り。一瞬の間のせいで、制限時間内には間に合わない』
ぼくたちのせーにするなー!
王様、こいつウソをついてますよ!
と、マカロニ隊は自分たちの無罪を訴えているが、こいつらもたぶん自分のせいだと気付いている上でこの発言である。
神経ずぶといなぁ……こいつら。
『ふふふふ、まるでマカロニさんのようですわね』
満面の笑みを浮かべているようだ。
今から魔力で制御と強化された天体が降ってくるっていうのに、こいつも神経ずぶといなぁ……。
ともあれ僕がやれることは魔術を完成させること。
海の底で僕の声が響く。
『我はマカロニ。氷竜帝マカロニ――天の女神の眷属にして、三つの獣性を持つ飛べぬ鳥の王』
『ペンギンの声ではなく人類の発音は難しいのでしょうね。ペペペペの詠唱の方が好きなのですが、天体魔術の詠唱は非常に繊細で高度。ペンギンの鳴き声だとニュアンスに差異が生じてしまう、だからあなたは慣れない詠唱に戸惑っているのでしょう。このままではあなた、負けてしまいますわね?』
くすっと女神は微笑み。
ぼやけた闇の中で、邪悪な三日月型の形を作り。
『どうですか? いっそあたくしの眷属になりませんか?』
何を言い出すのかと思ったら……。
勧誘である。
ねーわ、と呆れる僕の顔色を眺めている様子で、女神ダゴンはそのまま勧誘を継続。
『あなたが心から望むのでしたら、あなたを人間の姿に戻してあげても構いませんよ? ですが、元の世界には戻らず……あたくしの下で働く。いえ、直属でなくてもいいのです。そうですね……あなたが遠き青き星から来たのでしたら、”リモートワーク”、というのでしたか。遠隔魔術での勤務でも構いません』
”蠢く聖女の邪神”とでも形容したくなる女神から、リモートワークなんて言葉はあまり聞きたくなかったが。
まあ、彼らがかつて地球にいたのなら、そういう知識があっても不思議ではないのか。
『あなたはとてもずる賢い。力よりも狡猾さで相手を負かすことに長けた存在。あなたはあたくしの下でこそ、その実力を発揮できるのではないでしょうか』
ちなみに。
全てにスキルとしての<勧誘>による確率判定が走っているのだが、僕は全てレジスト。
これがゲームならば、ダイス判定が繰り返されまくっているはずだ。
『マカロニさん。どうでしょうか。一緒に、この世界を維持しませんか?』
いや、あの連中の制御なんて絶対に無理だし。
マカロニ隊が、王様は断ってるぞー! と僕の代わりに拒否しているが。
懲りずに女神は再度<勧誘>を発動。
『お断り、なんて言いませんわよね?』
断るにきまっとるわ!
こいつっ……この状況を逆手にとって、僕をスキルで眷属にしようとしていたのか。
これはあくまでも勧誘しているだけ。
攻撃ではないので、契約の範囲内。
三分の間に相手が勧誘系のスキルを成功させたら終わり。
僕はあの、超面倒な神々の尻ぬぐいをすることが確定してしまう。
僕は間近で天の世界を眺めてきた。
空中庭園みたいな謎空間には、神以外も存在した……なにやら主神に仕える存在の気配を感じたのだ。
エルフのような姿だったが……。
そいつらは皆、主人を尊敬してはいるが振り回されている。
そんなオーラを発していた。
あれの一員になるなど、ごめんである。
マカロニ隊としても、せっかく安寧の地と地位を得られそうなのに、僕という主人を奪われるのは困るのだろう。
僕の羽毛の隙間から勝手にアイテムを取り出し。
相手のスキル成功判定にマイナスの負荷を与える”イカサマダイス”を発動。
よし、やれ!
僕の詐欺アイテムを全部使ってもいいぞ!
僕の職業は<詐欺師>、これは詐欺師系の職業の専用アイテムといってもいい偽証グッズ。
ファンタジーな世界にやってきたのならその世界の流儀も身につける必要がある!
確率をいじれる?
そりゃあ絶対に確保するしかない! と、賭け事や交渉を有利にさせるアイテムを大量に隠し持っている。
グペペペペペ!
それらを全て発動させれば、確率判定を大幅に操作できる。
これで<勧誘>が成功することはない。
僕たちは大規模魔術を詠唱しながらも、ブペペペペペペ!
思わず揃って邪悪スマイルをしてしまう。
これで安全。
そう思っていたのだが。
女神ダゴンも多重勧誘を発動。
『あたくしの眷属になれば、回復魔術も深く理解できるようになるでしょう。たとえばそうですね、蘇生魔術とて修行次第では発動できるのではないでしょうか?』
次々に勧誘の謳い文句が追加されていく。
下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる。
試行数を増やす作戦に切り替えたようだ。
成否判定が繰り返される。
海の中でぶわぶわっと広がる僕のペンギン羽毛が、ぞわぞわぞわ!
相手の勧誘が本気だと分かってしまったせいだろう。
羽毛の震えが止まらない。
だが。
さすがにこれだけ時間を稼げば詠唱も終わる。
三分間のタイムリミットの中、僕は最後の詠唱を綴り。
『天体操作魔術:”<暁眺める金星の女帝>”!』
魔術を開放!
天高くに生まれた極大魔法陣から、それは顕現した。
金星ほどの魔力質量を持った惑星。
もっとも、サイズは実際の惑星とは程遠い。
けれど、その破壊力は惑星サイズ。
周囲を破壊しないように、ターゲット指定は女神ダゴンに絞っている。
僕の計算に抜かりはない!
『本当に、惜しかったですわね。これがあたくしに直撃していたら、些細ではありますが……確かにダメージを受けていたでしょう。けれどこれが届くころには時間切れ。あたくしの勧誘も届きませんでしたので、痛み分け。引き分けでしょうか』
『いいや! 違うね!』
僕はフリッパーを両の胸の前で叩き。
合図!
『ブラック女神に一発あてるには今しかないって分かるだろう? やれ! メンチカツ!』
『しゃぁぁぁぁぁ! こき使ってくれやがって、たまには腹黒女も痛い目にあいやがれ!』
僕の合図で行動開始!
海中を超高速で進んだのは、一匹のカモノハシ。
そう、マカロニ隊に紛れて動く脳筋は毒竜帝!
ブラック企業のような女神に、安月給で使われていた彼が握るのは僕の渡した賄賂!
彼は僕に敗れ療養していた、筈。
だった。
けれど、女神たちは彼が既に復帰していると気づかず、主要人物が集まっていたあの酒場に意識を集中させていた。
女神たちはまだ、僕の策にハマっていたままだったのだ。
この本命は想定外だったのか。
海の女神ダゴンは慌てて結界を張ろうと、聖職者の異装の隙間から触手を伸ばすも。
間に合わない。
『あら!? あらららら、ちょっと!? メンチカツさん!?』
『ふははははは! バーカ! 金の力を舐めるなよ! 僕の監視なんていう面倒な仕事を任せていたんならな、ちゃんと給料を渡しておくんだったな!』
僕とメンチカツの心は一緒。
女神に許される範囲でちょっとした制裁を!
メンチカツの暴力の力が、水中回転蹴りとなって女神ダゴンに直撃。
それ自体にダメージはない。
女神の防御を貫けない。
だが、女神の体はノーダメージのまま――空から急降下している僕の天体魔術の方向に飛ばされ。
そして。
空と海の境目に――超特大の衝撃波が走る。
カチ!
僕はすかさず、戦闘をログとして表示する魔道具で証拠を確保。
女神ダゴンに1のダメージを与えることに成功していたのだ。
僕の。
いや、僕たちの勝ちである。