緊急ボス戦、海底の邪神~ペンギンの腹は白いけど黒い~
最高神たる胡散臭い主神に許可をもらい。
僕は”アデリーペンギンの群れ”を引き連れ、空中庭園から急降下。
落ちた先は深い深い闇の海底。
水中エリアが得意な僕は通常時の三倍の速度で、ビシ!
フリッパーを構えて。
邪悪に微笑む闇の塊に告げる。
『やいやいやい! この悪女め……! おまえ、この僕を騙すとはいい度胸じゃないか!』
海底で待ち構えていたのは女神ダゴン。
海と水を司る神にして、毒竜帝メンチカツの主人。
聖職者姿の闇は、暗澹とした漆黒に包まれた見えない顔……その頬に手を添えて。
『あらあらまあまあ、ふふふふふ! ようこそマカロニさん。あたくしの旦那さま……あなた方が最高神と呼ぶあの方やアシュちゃん、キュベレーちゃんとお話をしていたのではなかったのですか?』
暗闇の顔の下の部分に、傾けた三日月型の笑みが浮かんでいる。
本来ならそこには、邪悪だが清楚で麗しい女神の美貌がそこにあるのだろう。
だが、僕のレベル不足できちんと認識できていない。
それが純然たるレベル差。
それでも僕は余裕の笑み。
耐水性能は抜群な、最高神が用意した魔導契約書……魔術による儀式書を提示。
『ああ、ちゃんとお話ししてきたさ! こうしておまえの旦那さまからも契約付きの許可を取ってな!』
『まあ! あたくしと戦いたいと?』
『制限時間は三分! ダメージを与えたら僕の勝ち。そっちは一切の攻撃は禁止、カウンター魔術も禁止、アデリーペンギンの群れに傷をつけた時点でそっちの負け! 負けたら僕を人間に戻して貰うぞ!』
ふふふふふっと邪悪な微笑を漏らし、海の女神ダゴンは言う、
『あたくしではアシュちゃんに勝てない。ですからマカロニさん、あなたを元に戻すことは――』
『そりゃあ勝てないのは本当なんだろうな。だが! あんたはテキトーな女神や最高神と違って、ちゃんと考えて行動している。この世界を維持するために動いている。つまりは、あいつらはあんたが本気で願ったらその願いを受諾する。テキトーじゃないあんたに他の神々は頭が上がらないんじゃないのか? え!? どうなんだ!?』
そう、別に勝てなくても願うという事は出来る。
毒竜帝メンチカツは暴力こそが世界のルールだと宣言していたが、暴力とも違うルールもある。
僕も使うが、恩による鎖とて世界を動かすルールの一つ。
世界は暴力だけで済むほど単純な作りになってはいない。
『ふふふふ、お見事です。確かにあたくしが心からお願いすれば、「ぬしが言うなら仕方ないのう」と彼女も渋々頷くでしょう』
しかし、「ふ」の数が多い女神である。
どうやら僕の挑戦を心底喜び、楽しんでいるようだが。
女神は最高神から授かった契約書を眺めると。
『訂正と確認をひとつ、ここの負けたら僕を人間に戻して貰う、この部分を明確にしておきたいのですが。よろしいですね?』
『……っち、気付いたか』
『ええ、このままではあなたが負けても人間に戻して貰う契約とも受け取れますし、あなたもそれが分かっていて敢えてこの文のままにしたのでしょう?』
こいつ、本当にあいつらと違って細かいな。
海の中を漂う僕はジト目を作り。
『僕の詐欺を見破るなんて、おまえ……本当に創世の女神なのか?』
『どういう意味でしょう?』
『いや、どーいうもなにも……最高神と天の女神、あと夜の女神様と会ったんだけどさ。こうなんていうか、すごいテキトーだろう? なのにあんたはちゃんとしっかりしている。サンプル数が少ないから何とも言えないが、神になる条件にテキトーさが必要なのかもしれないってそー思ったんだが。違うのか?』
海の女神ダゴンは、困った様子で。
『まあ……そう勘違いしてしまっても仕方ないかもしれませんね。あたくし以外の女神も旦那様も、こう……”おおらか”ですから』
やわらかい表現に言い換えたようだ。
『……あんたも苦労してるんだな』
『皆様のフォローをするのも楽しくはあるのですけれど、たまに、さすがにこれは……とふふふふ、本気で突っ込んでしまうことはありますわね』
僕と同じく、アシュトレトや主神に振り回されているのは事実なのだろう。
だがそれと同時に彼女も彼女で一筋縄ではいかない、かなり面倒な女神だとは確定している。
多くの一面を持つのは神も女神も、そして人間とて同じ。
どれくらいの実力差かも、正直僕にはわからない。
それほどの差がある。
そもそも神がどのような存在なのかを、僕たちは知らない。
うちの側近アランティアが……。
神とはただステータスとしての<神性>を有した存在であって、<神性>とは多くの他人から神と思われることが取得条件の、ただの能力に過ぎない。
そして魔術の根底にあるのは、心の力。
他者の心が影響し、信仰された者……信仰対象を神たらしめるのならば結局のところ、神とは人の心が生み出した魔術のようなものかもしれない。
と言っていた。
僕の頭の中に、あの能天気ムスメの声が響く。
たとえば、海はすごいじゃないっすか。
すごいなら神がいるって思うじゃないっすか。
すごいって思う心をみんなが持ったら、それって集団儀式魔術っすよね?
だから海に神が生まれて、海から生まれた神は心を持つ。心を持てば魔術を使えますよね? 魔術って、結局は心の力でルールを捻じ曲げる事が基本じゃないっすか――世界の物理法則を式によって上書きする現象なんすから……って!
なんでジト目なんすか!? 今何時だと思ってるんだ? はぁ!? せっかくあたしが思いついた理論をマカロニさんにいち早く教えにきて上げたっていうのに、なんなんすか!
と、夜中の二時に瞳に魔力を流しながら解析していたことがあったが。
はてさて。
僕は言う。
『それで、ここからはまじめな話だ。なぜ、ドナを殺せなんて命令をした』
『そうですわね――それはこの戦いの後で、勝敗は問わず教えますわ。ですが、聞いたことは全て他言無用で、他の女神にも旦那さまにも内緒。よろしいですか?』
やはり何かあるのか、前のようにプライベートな空間で語る気らしい。
僕は頷き。
胸を張るようにフリッパーを広げ。
『悪いが――僕はあんたにダメージを与えて人に戻る! で! 夜の女神さまに頼み込んで、元の世界に帰還する!』
『ふふふふふ、ではどうぞ。胸を貸して差し上げますわ』
言って海の女神ダゴンは、全ての魔力を遮断。
魔術防御が極端に下がるデバフを自らに多重掛け。
ごめんなさいね、と非礼を詫びるように、やはり頬に白魚のような手を添えて。
『これくらい能力を下げないと、”今のあなたでは”あたくしに一のダメージも与えられないので……それではこの戦いをご覧になっている旦那様も、他の女神たちも面白くないでしょう?』
バカにされているのではない。
本当に、それほどの差ということか。
既に戦闘は開始。
三分の猶予の中。
僕は恐竜を彷彿とさせる瞳を、きぃぃぃぃぃぃんと輝かせ。
引き連れていた”アデリーペンギンの群れ”に詠唱を命令。
大規模儀式魔術を展開!
……する筈だったのだが。
魔物牧場に生息していた魔物が進化した姿の”アデリーペンギンの群れ”の一匹が、僕の前に耐水性の契約書をクイクイっと見せつけ。
ペギィ!
邪悪で腹黒いペンギンスマイル。
その契約書には、僕たちを”マカロニ隊”と認め正式な眷属にしろと刻まれていて……彼らはサインを求めて戦闘放棄。
アデリーペンギンはペンギンの中でも腹黒い、ずる賢い、悪辣と評判だったが……っ。
『おま!? こんな時にっ』
制限時間のカウントが始まった途端にこれならば、確信犯。
サインをしないと詠唱手伝ってやらないもん!
と、緊急ストライキ。
これはおそらく――。
『あらあらまあまあ。ふふふふ、旦那様の入れ知恵、でしょうね』
どうせ、もふもふな僕の周りにもふもふなアデリーペンギンの群れがいれば、相乗効果でもふもふ可愛い。
とかいう、くだらない企みだろうが。
こちらに選択肢はない。
緊急にサインをすると、”マカロニ隊”が僕と同じく胸を張り詠唱の構え。
この邪悪ペンギン共の対処は後でするとして。
僕は最も適性値が高い天の魔術、アシュトレトの力を借りた魔術を詠唱開始。
本来なら僕ではまだ届かない領域にある魔術とて、集団儀式魔術ならば手が届く。
マカロニ隊は一種の外付けの電池や計算機。
僕単体では処理の間に合わない魔術式を、彼らの魔力と頭脳を介し――。
ペギギギギギギ!
海中に、膨大な魔法陣が発生し始める。
荒れる海の、荒れる渦の中。
僕のクチバシが、呪を刻む。
『――天に遍く星々よ! 夜空に煌めく金星よ!』
『その詠唱は、天体魔術……!?』
詠唱を耳にした女神ダゴンが、闇の中で目を見開く。
本当に、驚いているのだろう。
その声には普段の神々が持つ飄々さは感じられなかった。
僕が詠唱しているのは天を操作する魔術の究極系。
つまりは、ゲームでよくある隕石とかを降らせる魔術である。
どうやら――この魔術を直撃させることができれば、ダメージが入るのだろう。
僕は全神経と魔力を集中させ、詠唱を続けた。