神々との交渉~嗚呼、女神様~
殴り込みにやってきた空の上。
周囲を見渡せば、どこか異世界の神殿や王級にも見える場所。
空中庭園とも言うべき最高神の住処で、色々と交渉やら戦いをするつもりだったのだが。
はじめは敵対的だったヤンキー美女風な女神。
夜の女神さまはこちらに完全に同情しているようで。
かったるそうに自らのプリン色の長髪をガシガシと掻き、コンビニ前にたむろっていそうなヤンキー座りで僕の顔を見て。
『ペンギン、おまえ……こいつらに好かれるとか、もう終わりだろ』
『いや、まあその通りかもしれないから、すごい嫌なんだが。あんたさあ、最高神と自分より実力が上の女神さまにそんなこといって大丈夫なのか?』
『ま、こいつらとの付き合いも長いしな』
僕は思わず同情するような目線を向けてしまう。
天の女神アシュトレトの光が、ムムムっと光りだす。
『これ! マカロニよ! そなたは妾の眷属なのだぞ! なにを夜に懐いておる!』
『懐くとかそーいうのじゃなくて。こう、なんだろうな。今まで会った女神の中で一番まともそうだから。ちょっとお近づきになっておきたいとは思ってるぞ』
『ん? 他の女神に会うたのか?』
海の女神ダゴンと契約していることは伏せておくべきか。
おそらくあの抜け目のない女神なら、彼女に関しての情報はガード……僕の心を覗いても、その部分は表示されないように細工でもしているはず。
胡麻化すことにした僕だったが。
しれっと主神が言う。
『ああ、マカロニさんはダゴンとも既に会っていますよ。どうやら、なにやら内密の契約もしたようで』
『って!? おい、ふつう勝手にバラすか!?』
『密談をしていたのはあなたとダゴンとの話、私と契約しているわけではないので問題はないでしょう』
はははは!
と、また胡散臭い笑い声である。
逆に夜の女神はダゴンの名を聞いてますます僕に同情したようで。
『うっわ、ペンギン。おまえ、あの腹黒にまで好かれてるのかよ』
『契約しただけだ、好かれてはいないかもな』
『いやいやいやいや、ウチの連中の中であいつがある意味で一番邪悪だからな。契約したって時点で滅茶苦茶気に入られてるぞ、おまえ……あの腹黒のことだ、どーせ誰々を殺せとかストレートな契約を持ち掛けてきたんだろ?』
どうやら相手の行動が読める程度には仲がいいらしい。
僕は両のフリッパーを上げ、肩を竦める動作をしてみせる。
『契約は契約だからな。内容までは話せない』
『ドナを殺せとお願いしたみたいですよ、ダゴンは』
ちなみに、今のも主神である。
こ、こいつ……ほんとうにろくでもない神だな。
『いやあ、それほどでもないですよ』
『女神たちが勝手に心を読む悪癖を持ってるのは、あんたがそうやって心を読むせいか……』
『いえ彼女たちは昔からです』
どちらにしてもろくでもない。
『いや、大将……堂々と言えることでもねえだろう』
見た目はたむろしてるヤンキー美女な夜の女神だが、凄いまともである。
人は見かけによらないというが、神もそうなのか。
僕の主人を名乗る変人アシュトレト神が言う。
『ふむ、ダゴンめ。神々では直接に手を出せぬからと妾の眷属を誑かすとは、戯れが過ぎるぞ』
『おい、女神』
『なんじゃ眷属』
『その口ぶりからするとだ、あんたらもドナ元大統領が何をやらかしたのか知ってるみたいだが』
『まあ御前会議の議題に上がったからのう。創世の女神ならば皆知っておる』
ん? 少し僕の中に引っ掛かりが生まれる。
女神が会議をするほどの事件があったという事だろうが。
女神アシュトレトが知っているのは変だ……。
ダゴンが秘匿空間で契約……他の女神たちには内緒にしていた理由がいまいちわからない。
まあ。
秘密をあっさりばらす最高神なら、これもすぐにバラしてくれそうだが。
僕が光を見上げても、主神は何も言わず……おそらく太陽のごとき魔力の中でニッコリしているだけ。
『おい! なんでここはバラさないんだよ!』
『ご自分で答えを見つけた方が楽しいのでは?』
こ、こいつ……っ!
僕にもうちょっと実力があったら、その顔にペンギンフリッパーをぶちかましていた事だろう。
『ドナとかいう女は”人体の蘇生”まがいな事をやらかそうとしたんだよ』
今の声は夜の女神である。
しかし、やはりこれも分からない。
海の女神ダゴンの話によるとこれは世界の一大事。
もし女神アシュトレトが知ったら人類を脅威と判断し、下手をすると人類という種を絶滅させかねない……そんな流れだったはず。
それに、蘇生魔術の存在は僕も把握している。
現状の僕では扱えない。
だが理論として実現可能だという事は調査できているのだ。
僕で理論が把握できているという事は――おそらくここにいる神々ならば、蘇生魔術ぐらいできてしまうだろう。
ようするに神がいまさら”人類の蘇生を”危険視するとは思えない。
まして状況次第では、アシュトレトが主神を守るために人類を滅ぼす可能性さえあると海の女神は言っていた。
まだ何かあるのか。
僕は月光を纏う”女神さま”を見上げ。
『って、蘇生とか御前会議の内容とか。そういうのを教えて貰っちゃって良かったのですか?』
『ペンギンの情報を勝手に漏らしたのに、こっちが情報を出してやらねえのはフェアじゃねえだろうが。って、なんだおい、すげえ同情した目で見やがって』
『いえ、夜の女神さまがまともな神だったものですから……絶対に”こいつらに”振り回されて苦労しているのでしょうと』
思わず敬意を浮かべた僕に、アシュトレトが「んぬ?」と息を漏らし。
『マカロニよ、なぜ夜の女神にだけ敬いを?』
『当たり前だろうが! 少しでも自分の胸に手を当てて考えてみれば、答えなんて即答レベル!』
『はて妾の胸に手を? 豊穣の女神の神性たる”たわわな双丘”しかないが?』
天の女神アシュトレトはこんな反応であるし、主神に至っては満足そうに頷き。
いつの間にか、アデリーペンギンの群れを一匹一匹と抱き上げ。
『私に対し、実力差を悟りながらも変わらぬ不遜な態度を向ける。愛らしいもふもふペンギンが私を睨む、実に素晴らしい。実に愛らしい。私はとても満足していますよ』
『おめえらがそーいう感じだから、ペンギンが尊敬しないんだろう……ったく』
夜の女神は残念な神々に苦言を漏らしつつ、こちらを振り返り。
『うちのバカどもが悪かったな――もう知ってると思うがオレは夜の女神。名はそうだな、キュベレーでもアルテミスでもディアナでもなんとでも好きなように呼べばいい。それと、畏敬の念を持ってもらうのはありがてえが、オレはこんなんだからな。普通でいいぞ、普通で』
『アルテミスって、あのアルテミスなのか?』
僕でも知っている、ゲームでもたまに出てくる有名な神の名である。
『ん? なんだ、ペンギンおまえ地球の出身か』
地球を知っているという事は。
『は!? もしかしてあんたら、地球の神だったのか!?』
『ふーむ、厳密にはどうだろうな。だが、二つ前の時代には、”遠き青き星”って今は呼ばれてる世界にいたのはマジだぞ? ま、色々とあって、オレはあそこが好きじゃねえし、今のこの世界を創造神の一柱として愛している。あそこで神と呼ばれていたのも昔の話だ、昔のな』
接点が全くないと思っていたが、これは本当に帰れる可能性が高いかもしれない。
『てか、遠き青き星のある世界……三千世界って呼ばれてる宇宙に帰りてえなら、簡単だぞ? 百年に一度、この宇宙とあっちの宇宙が繋がるからな。ネコの足跡みたいな星々があるだろう? あそこから帰ればいいだけだ。ん? なんだもう知ってるみたいな顔してやがるな』
『いや、最長でも百年待つって時点でふつうの人間の僕からすると』
『はは、そりゃそうか。悪いな、どーも神ってのは自分基準で考えがちになるんだよ。まあ帰る手段は最終的には待てばいいだけだが、人間に戻るってのは……まああいつらがこれじゃあ、難しいだろうな』
ダゴンと同じく、夜の女神も神アシュトレトが本気で譲らない部分はどうにもできないのだろう。
それでも僕はマカロニペンギンの魅力の一つである黄金の飾り羽を整え。
うるうるうる!
ひっさつ! かわいいペンギンの上目遣い攻撃!
主神とアシュトレトがおお! と、猛反応する中。
夜の女神キュベレー様は、ははっと僕のチャームを鼻で笑い。
『悪いが、オレにはそういうのは効かねえよ、ま、人間に戻すのはともかく元の世界に帰るのに協力してやってもいいが……それには今の行動は悪手だったな』
『っと、さすがに魅了は失礼だったか。謝罪させて貰おうじゃないか!』
『うっわ……おまえ、本当に神相手でも偉そうだな。まあそーじゃなくてだな、今の上目遣い……オレにはどこがいいのかよく分からんが、あいつらにクリーンヒットしちまってるぞ』
女神さまの指がクイっと指す先にあるのは、二つの太陽。
氷竜帝マカロニは我らのモノ!
絶対にこの世界に引き留めよう! と一致団結する、主神で最高神な光と、アシュトレトの光の姿。
バカ夫婦は放置して。
『まともそうなあんたに何個か質問があるんだが』
『あいつらに好かれちまった可哀そうな異邦人だしな、ま、答えられる範囲なら答えてやるよ』
この女神様、本当にまっとうな神様過ぎて、尊い。
見た目は厄介そうなヤンキーなのだが。
ともあれ。
『女神ダゴン、あの女……そこの主神と同じくらい胡散臭かったが……どーいう神なんだ』
『おまえが思ってる通りの女だよ。神々の中で一番胡散臭いっつか、あいつ、夢世界って呼ばれる場所の邪神としての性質も持っちまってるからなあ。さっきもちらっと言ったかもしれねえが、たぶんオレらの中で一番邪悪だぞ』
『まあ邪悪なのはなんとなくは分かってたが、コレよりもか?』
僕はコレとアシュトレトを示したのだが。
『まあこいつもこいつで世界の終末に顕現されると伝承された、黙示録の女帝。ヤベエ神性なんだけどな……』
どーやら。
邪悪なドングリの背比べなようだ。
『ペンギン、おまえがダゴンとどんな契約を結んだかは知らねえが。あいつが警告してたのなら、たぶんその警告はガチのマジだ。オレらが把握してねえってことは、あいつはあいつでこの世界のバランスを取るために動いているのは確かだろう。悪い女だが、意味もなく動く女じゃねえ。そりゃあ殺せって命令されてるのはどーかと思うし、殺すかどうかは自分で判断すりゃいいと思うが……協力してやってくれると助かる』
僕としてみれば、既にこうして夜の女神キュベレー様とコネが作れた時点であの契約に旨味はない。
だが。
もし状況次第で、アシュトレト神が人類を滅ぼす可能性があるとしたら。
……。
まあ、僕の世界の人類ではないにしても。
放置する……ってわけにもいかないだろうなあ。
『まだ何か聞きたいことがあるなら遠慮なく言っていいぞ。オレもこうして民草と話すのは嫌いじゃねえしな、なによりペンギンは嫌いじゃねえ。狩猟本能がウズウズするからな! 狩りとは獲物の魂を次の世代へと転生させる神聖な文化。無暗な殺生とは異なる魂循環に必要な魔術儀式だ。どうだ? おまえもオレに狩られてみねえか?』
あっちのアホ夫婦二人とはベクトルが違う好きである。
まあ転生がある世界ならば、その理論も理解できなくもない。
狩りの獲物になり他者の糧となることで魂を昇華、知恵ある魔物や人類に生まれ変わるための儀式ならば……狩られる側にもメリットがあるともいえる。
『それは遠慮しとく』
『そうか、残念だ。おまえなら立派な魔獣に生まれ変われるだろうが、まあ王様だもんな』
『生まれ変わる……なああんたに狩ってもらって人間に転生してもらうって手段は』
『ふつーならそれもできるんだが、……あいつらが狩りによる転生に干渉しないと思うか?』
ですよねえ。
『じゃああんた以外であの二人に逆らって、僕を人間に戻してくれる可能性のある存在に心当たりとかは』
『ん? ダゴンならできるぞ』
ビキっと僕のくちばしの根元がヒクついた。
やられた。
『てっきりそういう契約をしたんだと思ったんだが、違ったのか?』
『あぁぁぁぁのっ、腹黒女神……!』
『おまえ……あいつに揶揄われてるなら、それってマジで好かれてる証拠だからな? どーいう生き方してると、あの邪悪な二柱からここまで気にいられるんだよ』
夜の女神さまの目はこう物語っていた。
うわぁ……かわいそうなヤツだぜ。
と。
僕はアデリーペンギンの群れにデレデレと頬を寄せている光……。
最高神たる主神に目をやり。
『なあ、あんたにちょっと頼みがあるんだが――』
ひっさつ! うるうる上目遣い攻撃を仕掛けていた!
ものすごい情けない話だが、効果はてきめん。
主神は簡単に頷いた。