寵愛されしその秘密~この世界は本当にどーしようもない~
女神たちの視線がドナや関係者に移っている、その内に。
監視役の毒竜帝メンチカツを負かし、監視が一時的に解かれているこの時こそがチャンス。
メンチカツさんは現在、スナワチア魔導王国の自分の部屋にて療養中。
”アデリーペンギンの群れ”を連れた僕がやってきたのは、天上に広がっている神のエリア。
言葉にするならば<空中庭園>といった趣のある場所である。
氷竜帝マカロニと表示される僕は、ニヒィ!
『あーあー! ウォーターサーバーの売り込みに来ましたよ~! とでも言った方がいいのか? やいやいやい! テキトー女神たちを束ねるテキトー最高神! この氷竜帝マカロニ様が殴り込みに来てやったぞ! 感謝しろ!』
直視できないほどに神々しい光が、おや、と飄々とした声を上げる。
これがこの世界の主神だろう。
レベル差がありすぎて全ての鑑定情報が拒否される。
光の先。
胡散臭い微笑と共に、光で素顔を隠す男が言う。
『これは驚きました。まさか私だけではなく女神たちの目まで欺くとは』
『伊達に詐欺師じゃないって事だろうな! どーだ! 女神ども! みてるかー! おまえたちが遊んでいる間に、おまえたちが大事にしてる神様のところに突入しちゃったぞー!』
僕が急ぎこちらに向かっている女神たちに挑発すると。
連れている”アデリーペンギンの群れ”も同じポーズで挑発!
神が言う。
『マカロニ隊を使役しているのですか?』
『ああ、この”アデリーペンギンの群れ”のことか? こいつらには神との戦いに勝ったらウチの領土に住んでいいって契約したんだ。同じペンギン同士だから相性はいいらしくてさ』
『戦い、ですか?』
強すぎる逆光を想像して欲しい。
相手は常に太陽を背にし、光で顔を隠している状態に見えているのだが……これはあくまでも僕の目線での話。
たぶん相手が強すぎるので魔力が太陽に見えているのだろう。
よーするに、それだけの差があるということであり……勝機などない。
だから神は困惑の声を上げている。
だが、その困惑の中に少しの好奇心がある事に僕は気付いていた。
神が言う。
『戦う理由などない筈ですが』
『いやいやいやいや、あんたの奥さんが僕を有無を言わさずペンギンにしたのもアウトだし、いきなり獣王に転生させるのも問題外だし! だいたい! この世界はテキトーすぎるんだよ! 僕としては早く帰りたい! 戦う理由としては十分だと思うんだけど? どーなんだよ!?』
『おや、痛いところを突きますね』
しかし、この神。
ほんとーにうさんくさい笑みである。
『ペンギンのジト目というのも、ふむ悪くないですね』
『うっわ、ネコの行商人ニャイリスから聞いてる通り……もふもふ動物に弱いのか、あんた……』
『そうですね、私個人の趣味の話となりますと――もふもふ動物は全て愛すべき、愛されるべき存在であるとは感じております。だからこそあなたもこちらが下手に攻撃できないように、そして女神たちが力を発揮できないように”マカロニ隊”を連れてきたのでしょう?』
まあその通りである。
マカロニ隊は……じゃなかった、アデリーペンギンの群れは毒竜帝メンチカツを魅了できるほどの可愛らしさを持っている。
ペンギンは単体でもかわいいが、群れとなりペタペタ歩くと超かわいいのだ。
『聞いての通りだ、女神ども! 僕を排除しようとしたら、こいつらも巻き込まれるからな!』
呼びかけに応じたのは、やはり太陽のような光。
この光は見たことがある、僕をこの世界に連れ込んだ張本人、天の女神アシュトレトだろう。
前よりも実体がかすかに見えている。
僕のレベルが上がっているからだろう。
光を纏う女神が言う。
『ふふ、壮健そうじゃな。妾が眷属マカロニよ』
『でたなっ、諸悪の根源!』
『ほほほほほほ! そう邪険にするでない、それにしても妾は嬉しいぞ。よもや妾ら創世の女神の目を盗みここまでやってくるとは、その不敬、妾は許そう。じゃが、これは少々困った悪戯じゃ。そなただから許すが、我が夫への不敬は最も重き罪、次はない』
ん?
僕の計画だともっと怒っているはずなのだが。
そして女神の一撃で消滅した僕を、もふもふ動物好きでまだまともそうな主神が再生してくれてだ。
いきなり何をしてくれたんだ! これはもう人間の姿に戻してくれて、元の世界に戻して貰わないとダメですよね?
と、交渉材料の一つにするつもりでもあった。
実際、マキシム外交官には作戦を通達済み。
もし僕が元の世界に戻った場合を想定し、打ち合わせは済ませてある。
あのオッサンというか爺さんもなかなかに野心家……自分自身が王を継ぐ、或いは王を継いだものを後ろから操れるのならと僕の計画の補佐をしてくれていたのだ。
『は? おい女神』
『なんじゃ妾の面白きペンギン』
『あんたって主神様大好きで、主神様に歯向かうものは全て敵ってタイプの邪神じゃないのか?』
『ほう、さすがであるな――その見解に相違はない。さすが妾の眷属、見事な観察眼ぞ!』
褒めて遣わす!
と、女神が満足げに高笑い。
あれ? なんだこれ。
思った以上に僕に対する女神アシュトレトの好感度が高すぎる。
うさんくさい笑顔を浮かべているだろう主神が言う。
『彼女はあなたが自分以外の女神を出し抜いたのが面白くて仕方ないのでしょうね。まあそれ以外にもあなたを気に入っている理由が複数あるようですが、ともあれ、おめでとうございます。アシュトレトはあなたを本当に気に入っているようだ』
『うげ! じゃあなかなか手放して貰えないじゃないか!?』
僕の計算ミスは好感度。
なんでだ、なんで天の女神からの評価がここまで高いんだ。
主神が心底、愉快そうに言う。
『アシュトレトは変わり者ですからね、変わった存在が好きなのでしょう』
『これ、妻を変人扱いするでない』
こいつら……仲いいなあ……。
変人お似合い夫婦なのだろうが。
主神は太陽のごとき輝きを纏い、おそらくにっこりとこちらに微笑みかけ。
『ああ、ご安心ください。マカロニさん。私個人もあなたを気に入っておりますよ。あなたはこの停滞気味だった世界に新しい風を運んでくれていますし、なによりあなたはモフモフなる魔獣。どうです? この際、天界でお暮しになられてはいかがでしょうか』
ぞく!
僕のペタ足の先から飾り羽の先までぶわりと震える。
半分ぐらい本気だと察した僕は、ササっとフィギュアスケート選手みたいに回転ダッシュ。
”アデリーペンギンの群れ”とポーズを取り、警戒態勢。
『怖っ……おまえ! もふもふならなんでもいいのか!?』
『なんでもではありませんが、アシュトレトもあなたを気に入っておりますし。私もあなたを気に入りました。ですからまあ断られるだろうとは思っておりましたが、お声がけしたまでです』
あぁ、やっぱり女神が変人なら主神も変人だ。
僕と”アデリーペンギンの群れ”はビシっとフリッパーで主神夫妻を指差し。
『と、とにかく! 変人なおまえらにはモフモフなる僕らは攻撃できないんだろう!?』
『まあそうじゃな、妾には攻撃する理由もない。だいたいそなたは妾の所有物、妾は妾の持ち物を大事にする。おぬしはほんとうによくやっておるぞ、妾のマカロニよ』
全体的にやりすぎだと罵倒されがちな僕を、心から肯定する。
もうそれだけでこの女神がどれほどに厄介か。
あくまでも常識的な心理を読み取り行動する僕としては、こーいうタイプは苦手。心理を読みづらいのが何より危険。
ある意味で詐欺師の天敵なのだ、こういう女は……。
そして主神の方も、余裕の笑み。
『まあそうですね、折角いらしてくださったのです。戦いをお望みなのでしたら――それもやぶさかではありませんが』
『ふむ、どうやら来たようじゃな』
彼らが目線をやった先に、月光が輝きだす。
主神や天の女神よりは実力的な意味では、少し下なのだろう。
僕でも直視できる月光を纏った女神が、シュンっと顕現。
まるで月と狩猟の女神アルテミスと言った様子の金髪の女神が、天界にやってきたのだ。
鋭い目つきの、少し男勝りに見える容姿の女神はアシュトレトを見つけると。
ギロ!
『おいこらてめえ、アシュトレト!』
『なんじゃ月のおぬしか』
『だぁあああああああぁぁぁ! 昔の神性じゃなくて、今の神性で呼ぶ約束だっただろう!? オレは月の女神じゃなくて、夜の女神だっての!』
『そうであったか、しかし……ふふふふ! 汝は相変わらず愚かよのう、この妾が、たかが全員との約束や取り決めを守るとでも思うたか!?』
断言する様はいっそ清々しい。
僕を好いている変な女神は、取り決め破りの常習犯らしいが……。
『がぁぁぁぁ! てめえは相変わらず変わってねえな! もう少し恥とか責任とか、そういうまともな感性を鍛えろ!』
『ふふ、そう褒めるでない。自由に生きる妾は美しい、そう言いたいのじゃな?』
『どこをどうしたらそうなるんだ! てめえ、マジでぶっ飛ばすぞ!?』
一瞬だけ、空気が変わる。
鑑定の魔術を用いたのだろう。
『はて、そなたが妾を? 何千年かかるやら……』
『あぁぁ、どうしててめえはそう嫌味なんだ! ぐぐぐぐっ、少し強いからって調子に乗るなよ!』
『少しならばよかったのだがな。はぁ……そなたはその性格と同じく、ちと常識的すぎる力じゃからな。もう少し精進せい。弱い者いじめは好かぬ』
おそらく本当にそれくらいの差があるのだろう。
僕よりは上なのだろうが……。
この夜の女神の姿は、かなりはっきりと見えている。
黒と金のグラデーションが見事な……まあ言い方を変えると脱色をサボったようなプリン色の長髪を靡かせる、スレンダーな美女ヤンキーといったイメージ……か。
主神やアシュトレトとは違い、イメージが浮かぶほどにかなりはっきりと見えている、それがそのまま実力差となっているのだろう。
夜の女神の容姿はともあれだ。
アシュトレトだろう光を見上げ僕は言う。
『あんた……普段からこんなだったんだな』
『妾はどんな時でもブレぬ、どんな時でも美しく、そしてただただ強い存在であり続けよう。それこそが天の女神アシュトレト。そなたの主人じゃ、覚えておれ』
そこでようやく夜の女神は僕に気づいたのだろう。
『げぇ!? てめえが最近世界を荒らしまわってるペンギン野郎、マカロニか!』
言った女は――僕の目にも映らぬ速度で、ギリ!
夜の女神は月の光を放つ弓矢を構え。
ギィィィィィ!
今まで見たことも感じたこともない魔力の渦が、構える弓矢に集中されている。
あ、やばい。
この夜の女神は常識的……モフモフ生物に対する慈しみ的なオーラを感じない。
イケニエを受け取る神性だということは確定している。
つまりは狩猟の神だという性質上、ペンギンを狩る事とて厭わないのだろう。
こっちはこちらに攻撃できないだろう主神相手だから余裕があった。
主神に直談判に来たのであって、他の女神が到着するのは想定外。
そして。
アシュトレトとこの主神が変人なのは知っていた、だからこそこちらも余裕があった。
しかし、少しでもまともな女神だったらまずいかもしれないのだ。
余裕を失いつつある僕が結界を展開するより先に、主神はスゥっと前に出て。
夜の女神の溜めた魔力を指先だけで散らし。
『ええ、マカロニさんがようやく私のところに遊びに来てくれたのです』
『あぁん!? なんだ大将、庇うのか?』
『彼は私に会いに来てくれたのです、申し訳ありませんが――ここは私に任せてくれませんか?』
『……大将。あんたも、相変わらずモフモフに弱いんだな』
ちっと舌打ちをしつつも、夜の女神が弓を下ろす中。
主神は静かに、しかし苦笑していそうなニュアンスで。
『モフモフこそが世界の癒し。私は真剣にそう思い、先日もいっそ世界全ての人類をモフモフに書き換えようとしたのですが。ははは! さすがに反対されてしまいまして』
『大将……あんまダゴンを困らせるんじゃねえぞ』
『彼女にはいつも苦労を掛けてばかりで、いやはや恐縮です』
ダゴンとは、僕もあったことのある海の女神のことだろう。
やはり彼女が世界のバランスを保っている苦労人のようだ。
主神が言う。
『しかし――来たのはあなただけですか』
『あん? アシュトレトもいるだろうが』
『まあアシュトレトはアシュトレトですから』
アランティアみたいな扱いである。
『他の連中はそこのペンギンの策にハマって、麓町カルナックを観測し続けてるよ。やってくれるじゃねえか、オレたち女神さまの目を欺こうたぁ、いい度胸してくれてるなぁ!?』
威圧感が僕を襲うが、モフモフであるアドバンテージはかなり高い。
僕は肩を竦めてみせ。
『そりゃあどうも、でもこうでもしないと主神に直談判もできなかったのさ。非礼は詫びるが、勝手に覗いて、勝手にあそこに意識を集中させたのはそっち。僕は状況を作り出しただけ。だいたい神だからって盗撮し放題っていうのもどうなんだ?』
『減らず口を。おい、大将! こいつは放置してたらぜってぇやらかすぞ!? それに、こいつがまだそこそこの強さだから問題なかったが、もし主神クラスの実力を持ってやがったらあんたに傷をつけていた可能性もある。そりゃあダメだろう?』
どーやら、神々にとっては僕はまだ実力不足。
まあ、神に勝てる、神に並ぶほどと思うほど己惚れるつもりも、驕っているつもりもないが。
奇襲の可能性を考慮すると、夜の女神にとってはアウト判定だったのだろう。
主神が言う。
『まあいいじゃないですか。今はまだ無理でも――いつか私を倒せるのなら、それはそれで構いませんよ。私は死んでも死にませんしね』
『心から楽しみにしてるんじゃねえよ……だいたいアシュトレト! こいつが第一で全てにおいて優先するはずのてめえが、なんでこんなペンギンの不敬を許してやがる! てめえ、何か隠してやがるな?』
『隠してなどおらぬ、妾はこやつ氷竜帝マカロニを気に入った。それだけの話じゃ』
想像以上の溺愛ぶりで、正直かなり不気味なのだが……。
『大将はそれでいいのか!?』
『実はなぜアシュトレトがここまで彼を気に入っているのか、理由を知っているのですよ』
『やっぱり何かあるんじゃねえか――なんだこいつ、昔の関係者の転生体だったりするのか?』
まあ僕もこの溺愛ぶりの理由は少し気になる。
相手の行動理念を探るのが詐欺師の基本。
人間が何か行動を起こす際には、なにかしらの理由がどこかにはあるはず。そこを探り、心の弱みを握るのが手腕なのだがまあ今はそれはいいか。
この世界の神々の様子を見るに、神々には明白な自我がある。
与えられた役割で動き続けるような、そんな機械的な存在ではない。
意思がありすぎる。
意思があるのならば、その行動には必ず理由が発生しているはず。
そう考えると、僕をこの世界に転生させたことにもなにか理由が……。
しかし、どうしても判断できない。
僕も僕で主神を見上げる。
知りたいなぁオーラを、全開にしたのだ。
モフモフに弱き主神は、困ったような声で言う。
『違いますよ、まあこれを見ていただければすぐに理解して貰えるかと』
『これ?』
『ふむ、《世界を映す鏡よ》――』
言って主神の光は、ペカー!
おそらく過去を映す魔術だろう魔術式を刻み。
空中庭園の天に投射。
そこには生前の、つまりは人間だった頃の僕の姿が映されていた。
夜の女神は、なぁっ……!?
と驚愕、僕を振り返り。
『あ、ありえねえぐらいの美形じゃねえか!?』
『妾は美を尊ぶ女神であるからな。どうじゃ! 我が夫には敵わぬが、なかなかであろう!?』
まあたしかに。
生前の僕は美形と呼ばれるカテゴリーには入っていただろう。
『なるほどな、そういう事なら納得だ』
『納得するなよ! 僕は絶対やらかすぞ!? ほら! もっと抗議して、僕をもとの世界に帰すように促してくれればそれでいいんだが!?』
『ペンギンおまえ……ガチでもう逃げられねえぞ、たぶん……』
同情のまなざしが、僕に向けられていた。
どうしたものか、夜の女神が納得しているということは。
『あんた、マジでそんな理由で僕を気に入っているのかよ』
『我が夫に愛されるモフモフペンギンの姿でありながら、その魂は実は超美形。ふっふっふ、妾の眷属にふさわしき逸材じゃ!』
え、えぇぇぇぇ……。
どーしようもねえな、こいつ。
『どーしようもねえな、おまえ』
あ、夜の女神の声と僕の心の声が被った。
色々と同情してしまうが……。
ともあれ、こちらの目的は果たせていない。
神々との邂逅はまだ続く。