火種 ~過激思想は怖いが、僕は知らん~
深夜の迎賓館を駆けるペンギン!
僕こと氷竜帝マカロニが向かう先は、礼拝堂。
天の女神と交信するために、ペタタタタタ!
絨毯の道を進んで、ダダダダダダ!
さすがに既に夜更けであり、もう礼拝の時間は終わっていそうだったが――。
バン!
と扉を開き、僕は大慌てで叫んでいた。
『夜分遅くにすまないけどさっ、交信させて貰えないかな!』
ちょうどミサの時間だったのか、一斉に皆が振り返る。
見えるのは人間とエルフっぽい種族。
天の女神を神と仰いでいる聖職者たちは聖職者にしては、妙に開放的な格好だが……。
ともあれ相手にとってこちらは怪しい侵入者、滅茶苦茶に驚かれている。
天の女神アシュトレトを模っただろうグラマラスな神像に祈りを捧げていた信者たちが、ざわざわざわ。
だが!
そんなことに構っていられるほど僕は軟弱ではない。
とっととこのマカロニペンギンから人間に戻せぇぇぇぇぇ! と抗議するつもりでペタタタ!
神と交信できる祭壇に向かい、猛ダッシュ!
女神の横っ面にフリッパーを決めてやる勢いで跳んだのだが。
「お、お待ちください!」
『あぁぁああぁぁぁ! なにするんだ!』
「天の女神様にお祈りしたい心は、よぉおおぉぉぉく分かりますがっ。そ、その前に確認させてくださいまし!」
跳躍した僕の脇を掴み抱き上げたのは、金髪碧眼の一人の女性。
大人のお姉さんといった感じの、エルフっぽい種族の聖職者だった。
清楚で敬虔そうなエルフ女神官を想像して貰えば、まあ見た目はそのまんまかもしれない。
僕はこれでも獣王、その行動をペンギン抱っこで妨害できるところをみるとかなりの高レベルなのだろう。
『確認?! なんのさ!?』
「あ、あなたさまがもしや、魔導船団の艦隊を破壊なされた魔獣様で?」
……。
僕はスゥっと冷静になり。
ごく自然な、いつもの口調でこほん。
『あれ? 何か誤解をしているようですね。僕は魔導船団を救助した商人ペンギン、マカロニなんですけど?』
「ふふふふふふ! やはりマカロニ様でしたのね!」
『うわ、なんだ!』
僕が驚いたのはこの金髪碧眼のエルフお姉さんが、ものすっごい不気味な顔で僕をぎゅっと抱きしめていたからだ。
それはまるで、神を腕に抱く狂信者のソレで。
ねっとりじっとりとした声が響く。
「お話は女神様から聞いておりますわ!」
『女神”さま”から話を……?』
「はい! 滅多に天啓を下してくださらないアシュトレト様が、珍しく我ら天の教会の信者らを叩き起こしになられ仰ったのです。今から妾の遣わせたお気に入りが汝らの大地に足を踏み入れる。大事な客人だ、歓待せよ――と」
あの女神、まーた余計な事をしやがったのだろう。
『僕はただのペンギンだし、勘違いじゃないかな?』
「いいえいいえ! あなたこそが天の魔獣、神鳥ジズ様に違いありません! あたくしがそう決めたのです! さあ皆の者! ジズ様のご降臨です! 御神酒たるドンペリを持ってくるのです!」
ちなみにドンペリとは。
大人のお姉さんやらお兄さんが夜のお店で勲章とするような、お高いお酒である。
『いや、御神酒がドンペリて……』
「古から伝わる、アシュトレト様に捧げるためのアイテムに御座います」
『あ、はい……アレなら確かに御神酒がそれでも……』
エルフお姉さんの指示に従った信者たちは頷き、急ぎ儀式の準備を開始。
ちなみに。
こいつら全員目がマジである。
ファンタジーな装いで。
荘厳な空気の中でドンペリを聖杯のような器に注ぎ始めているのだ。
めちゃくちゃシュールである。
異世界とは異文化の塊。
これが伝統ならば否定するのも問題になるのだろうが。
賢い僕は察していた、こいつらは異世界であっても異端児なのだろう、と。
『確認したいんだけどさ』
「はい、なんでしょう我が神の遣いよ」
『これ、冗談とかギャグじゃなくてマジでやってる?』
「ガチのマジでございますが?」
僕を腕に抱き、わざと胸を押し付ける例の高レベルエルフがそのまま言う。
「それでは自己紹介させていただきます、あたくしは我が教団の最高司祭リーズナブル。天の女神アシュトレトさまを愛し、愛される忠僕にございます。どうか、親しみを込めて下僕とお呼びください」
ちなみに、めちゃくちゃ清廉な声である。
清楚そうな声でこの発言。
色々と反応に困るのだが、どうも彼らにとってはこれが本当に神への信仰の証。よーするに、あのアシュトレトが変人だから彼らもそれに合わせて、変わり者なのだろう。
僕は全力でフリッパーに力を込め、狂信者リーズナブル嬢の腕から脱出。
……。
『できない!?』
この世界で無双できるほどの力があるのは確かだった筈。
ならば――このリーズナブル嬢が特殊な存在ということか。
清楚なエルフが僕を見つめ、照れた表情でうっとり。
「恐れながらあたくしは最高司祭。これでも全人類の中で最強の存在とされている者の一人、たとえジズ様であろうとも力ではあたくしに敵わないかと」
『だぁあああああああぁぁっぁ! あの糞女神っ、信者まで面倒じゃないか!』
しかしあくまでもこのリーズナブル嬢の強みは腕力なようだ。
僕は祈り念じ。
『<すり抜けの華麗なるペンギン>!』
魔術で腕から脱出!
そのまま祭壇に着地し、ビシ!
『おい女神! 今回はおとなしく退散してやるが、次来たときにはめちゃくちゃ文句を言ってやるからな! 覚えとけよ! これは礼だ、とっとけ!』
女神の神像にドロップキックをかましてやった。
獣王の飛び蹴りだけあり、神像は粉々になる。
さすがに信者たちもこれには怒り心頭となり、僕を崇めるのを止める。
……筈だったのだが。
それを阻止しようという魂胆なのだろう、神々しい光が祭壇を包み始め。
声が――響く。
『ふふ、どうやらその体を使いこなしておるようじゃな』
『その声は!』
『ふふふふ、元気な童を見ていると笑いが止まらぬ! 良いぞ、良い。波のない世界に退屈しかけていた所に良い清涼剤じゃ。天を司る我の眷属マカロニよ、存分にこの世界を乱してみせよ』
あぁあああああああああああああぁぁぁぁ!
こいつ!
神の声で、神の神託などという特殊エフェクトを発生させながら僕を眷属扱いしやがった。
正真正銘の神の声だとさすがに皆理解したのだろう。
むろん。
その神託はこの礼拝堂全体に伝わっていて。
ざわざわざわ!
ぱぁぁぁぁぁぁぁっと目を輝かせたリーズナブル嬢が、口元に手を当て感涙。
「まあ! 女神様との交信と神託! あなたこそやはりジズの神鳥!」
『だから違うって言ってるだろう!』
他の信者たちも僕のことを、ものすっごいヤバイ瞳で見始めて。
全員が全員、神を崇める顔で平伏。
こんなやばい連中に祀られたら転生人生が台無しだ!
声と顔だけは清楚なリーズナブル嬢が声高に叫ぶ。
「いいえいいえ! あなたこそが神の鳥! あ、あら!? こ、これは転移波動。ど、どこに行かれるのですか! 今からジズ様の生誕を祝うドンペリ大会を!」
『知るかぁぁぁ! 勝手に飲んでろ!』
「せめてその飾り羽を一本! 飾り羽の一本を御恵みくださいませ!」
僕は転移魔術を編み出し、緊急退避!
純粋な物理破壊力のみで転移魔術に割り込もうとしてくる乙女の腕を、ぐぐぐぐぐぐ!
羽毛を逆立て必死に押し返した僕はクワ!
<氷竜帝の咆哮>を発動し唸る。
『がぁぁぁぁぁぁ! 怪力過ぎる!』
「ああ! ジズさまぁぁぁぁあっぁ!」
ちなみに僕の咆哮は自分より弱い存在を怯ませる効果があるようだが。
リーズナブル嬢だけは、その咆哮の中でも動いている。
純粋なフィジカル、肉体能力はまだこの聖職者の方が上だという事か。
まじで駄目だこいつら。
絶対に関わっちゃいけない連中だ。
そう感じた僕は全力で逃げ出した。
転移の魔術を成功させ元の部屋に戻ったのだが。
初めての転移だったからか、座標が少しずれていたようだ。
僕のペンギンヒップの下に、何かがある。
それが人間だと気付いたのは、妙に覇気を纏ったロイヤルな声が響いたからで。
「結界を張り巡らせた余の私室に侵入するとは――何者だ」
『おや、これは失礼――だけどペンギンのしたことだから、どうか大目に見て貰いたいんだけど。どうかな?』
僕はペンギン。
そして魔導船団を救った英雄。
これくらい傲慢でも問題ないだろう。
「はは、これはおかしなペンギンであるな。そうか貴様が余の部下を救ったという魔獣であるか」
『そうだけど、あんたは? 王族っぽいけど』
まあマキシム外交官だって王族だったのだ。
迎賓館にロイヤルな存在がいても不思議ではない。
偉そうなオッサンは僕を眺めニッコリ。
「まあ家柄だけは立派な道化といったところだ。それよりもせっかく来たのだ、どうだ、余の寝酒に付き合わぬか?」
言って、ロイヤルな男は豪勢な夜食を指さした。
◇
翌日の事。
見知らぬオッサンと盛り上がりながらのグルメを楽しんだ僕は、ふわぁぁぁぁぁっと大あくび。
今日は僕の歓迎会という事で、国を挙げての宴会が行われるらしいのだが。
呼び出された場所は、謁見の間。
そこはまるで勇者を出迎えるような神聖な空間だった。
フィールド属性なるモノも聖なる属性で満たされている。
かなり多くの者が集まっているようで、観衆の目もすごい。
それでも臆せず、僕はペタペタペタ!
周囲を見渡し。
『おいこら、人類! 僕は見世物じゃないぞ!?』
と威嚇!
ペンギンの威嚇に怯んだことを確認し、僕は満足。
クワワワワワ! やってやったと勝ち誇ったドヤ顔をし、ペタペタペタ。
再び謁見の間を進む。
そして、ジト目で三者を眺めていた。
この国のお偉いさん三名との顔合わせ、という話だったが――。
そこにいたのは、見知った三人。
まず左に、かつて異業を成したという例の外交官。
中身は爺さんのマキシム外交官。
一人を挟んだその隣には、清楚という字が聖職者のローブを纏った感じの聖女、最高司祭リーズナブル。
そしてその真ん中には。
昨日晩酌をしたオッサン。
さすがの僕も気付いていた。
『へえ、昨日はどうも。おっさん、あんた王様だったんだ』
「いかにも、というか気付かなかったのか?」
『生憎と、この辺の人類の文化には疎いからね』
平然と言ってのけた僕に王様だったオッサンは苦笑し。
「はて、それは人類の文化に疎いのか、或いはこの世界そのものに疎いのか――まあ余はどちらでも構わん。昨夜は会食をした仲だ、ある程度は無礼講で構わぬな?」
『まあいいけれどね』
王様だったオッサンは外交官とリーズナブル嬢に目をやり。
「我が国を支える忠臣よ、このマカロニ氏の正体――貴公らも既に気付いておるな?」
王を狂王と陰で思っていそうなマキシム外交官は、裏の心を見せずに頷き。
「御意、おそらくは間違いなく」
昨夜の怪力を見せることなくリーズナブル嬢も聖女の仕草で、完璧に微笑み。
「存じておりますわ陛下」
「そうか、そなたらも気付いているのならば話は早い。どうやら、今こそが我らの転機。神に試されている瞬間であろう」
空気が重くなる。
僕を眺めていたのは、王に仕える武官や文官。
外交官の前に並ぶ魔術を操る騎士たち。
そして聖女に従う僧侶や聖職者たちが多くいるのだが。
その全ての視線が僕に向かう。
どうやらそれぞれが王の勢力、外交官の勢力、聖女の勢力と別れているようだ。
ようは派閥争いである。
それぞれの代表が僕に平伏し。
王が言う。
「改めてようこそおいでくださいました、神の獣。獣王たる魔獣マカロニ殿」
「我がスナワチア魔導王国は、貴殿の降臨を歓迎いたします」
外交官に続き、まるで儀式のようにリーズナブル嬢も胸の前で手を合わせ。
「この出会いに感謝を――」
こいつらがこの国を動かす、まあようするに権力者なのだろう。
スナワチア魔導王国だか何だか知らないが。
その代表たちは、まるで神話の一ページのような仕草で、同時に――。
荘厳たる声で告げた。
「お待ちしておりましたぞ、地の神獣ベヒーモス閣下」
「あなたこそが海より来たりし神の龍リヴァイアサン殿」
「マカロニ様こそが天駆ける女神の遣い……神たるジズの大怪鳥」
重い空気は散っていく。
……。
めちゃくちゃキメポーズ的な感じで告げたのに。
おもいっきし三人の言葉は被っていた。
それぞれの部下たちも、え? あれ? は? と困惑気味。
まあ、ある意味全部正解なんだけど。
三人は目を点にして。
目線を合わせ、バチバチバチ。
「ぬしらの目は節穴であるか! この方こそがベヒーモスであろう!」
「陛下はやはり狂っておいでだ、この方こそがリヴァイアサンに相違ありませぬ」
「いいえいいえ! この方こそが我らが神の遣いジズ様ですわ!」
再びバチバチバチと目を合わせ。
それぞれが魔力を浮かべて、ゴゴゴゴゴゴ!
どうやらこの状況がこの国家の縮図、権力が三分されているのだろう。
権力者たちの威圧に部下たちは怯えているが。
そんな中、賢い僕はニヤりと考える。
この状況は使えると。