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『因縁の再会』~全てはフリッパーの上で~


 『SIDE:逃亡者ドナ』


 北部を徘徊するキツネと女傑の逃亡劇。

 女傑の威厳を取り戻したドナは紳士姿のキツネを連れて馬車の中。

 御者の操る馬の蹄鉄には炎の魔術が刻まれていて、ガタリガタリと揺れる車輪にも炎の魔術が刻印されていた。

 雪道を進むための魔道具であるが、闇夜を進んでいるので馬車の火はよく目立つ。


 コークスクィパーの長が、ツゥっと細めていた瞳を半分開き。


『闇夜の火垂るはよく目立ちましょう、火を隠す幻影でも使いますかな?』

「やめときな、炎の蹄鉄で雪道を進むのが”普通”なんだ。それを隠して進んでるんじゃあ、ここにやましいナニかがありますって教えてるようなもんさね」


 それに――と、言葉を漏らし。

 ドナは席から立ち上がり、御者の背に銃口をグッと突き付け。


「もう遅い。人質でも取った方が早いだろうさ」

『ドナ様?』

「気づかないのかい? こいつはおまえさんの天敵さね」

『な!? タヌヌーア!?』


 キツネ男の瞳が見開かれる。

 本当に驚愕していたのだろう。

 御者が反応する。


『はは、まさかキツネ臭いコークスクィパーの民ではなく閣下に気づかれるとは予想外でありました。はてしかし、軽率なことはおやめなさい。今この場で吾輩を撃てばどうなるか、賢きドナ殿ならお気づきの筈ですが』

「貴重な人質さ、殺す筈もない。だが教えてくれないかい? どうやって潜り込んだ。あたしらが馬車に乗ると決めたのはちょうど一日前の話、いくらなんでも早すぎる」


 コークスクィパーの長と合流したのは昨夜の話。

 そして今もまた深夜。

 二十四時間の猶予しかない。


 御者が言う。


『簡単な話です――が、それは吾輩の口からではなく主の口から説明させていただければと』


 御者が振り返ると、その顔が美形の狸獣人タヌヌーアへと変貌する。

 見知った顔だったのだろう。

 紳士姿のコークスクィパーの長は、ぐぐぐぐっと鼻梁に邪悪な皺を刻んでいた。


 タヌヌーアの顔を見て、キツネは明らかに敵意をむき出しにしていたのだ。


『狡猾のマロン……っ、キサマか』

『これはこれはコークスクィパーの長、下劣のキンカン様ではございませんか、いやはや、あまりにも矮小な気配でしたので、あなただとは気づきませんでした。とんだ失礼を』

『キサマだけは、キサマだけは許さんぞ――マロォオォォォォォォンっ……!』


 コークスクィパーの長は<キツネ火>を纏い、紳士姿の背から無数のモフモフ尾を膨らませるが。

 冷静さを取り戻しているドナが言う。


「やめときな」

『しかしこやつはタヌヌーアの長、マロン! 当方らの怨敵』

『嫌ですねえ、吾輩は主の命で貴殿への殺気を噛み殺しているのですが、その辺りを配慮していただきたいのですが』


 キツネとタヌキの因縁は深い。

 銃を下ろし頬に汗を浮かべるドナは言う。


「主の命ねえ。つまりはあんたはあの腐れ外道ペンギンに言われて”あたし”に会いに来たって事だろう? もしここであんたを人質にしたら」

『あの方は自分のために数字を稼いでくる人材を大事にしておりますので』

「ちっ――しかし分からない。本当にどうやってあたしたちの場所を知った」


 思わず叫んでしまった以外には失敗していない。

 客観的に見ても完璧だった筈だとドナは確信していた。

 タヌヌーアの長マロンが困った顔をして見せ。


『ドナ閣下の性格を考えますと、手配書の財源保証欄にあの方の名が記されていると目撃した時に、あなたは必ず憤怒に吠えるはずだろうと。全ての手配書に叫びに反応する魔術を掛けていたとのことですよ』

「……そうかい」

『おや、発狂なさらないので?』

「言いたいことは山ほどあるけれどね。まだあたしにチャンスがあるって分かったからねえ」


 ドナの冷静さに怒りを鎮めたコークスクィパーの長キンカンは、紳士姿のまま眉を顰め。


『どういうことですかな』

「お優しいマカロニ陛下は即座の捕縛ではなく対話を望んでいるのさ。理由は分からないがね」


 肯定するように、馬車の床に転移魔法陣が発生する。


『これは……転移!? ドナ様! お下がりください!』

「慌てるんじゃないよ、必要ないだろうさ」


 ドナは察していた。

 移動する馬車に転移をする、そんな高度な技術を持つ者はこの世界に何人いるだろうか。そもそも転移魔術を扱えるモノなど、おとぎ話や神話の登場人物。

 ならば、転移してくるのはあの腐れペンギン。


 の筈だったのだが。

 妙に若い声が響きだす。


「えーと……ここでいいんすかねえ。座標を合わせて、慣性を逆算して……重力を仮に設定して。てい!」


 転移魔方陣が光り出し。

 シュンと音を立ててやってきたのは、改良された砂漠騎士の鎧を装備した一人の女騎士。


「は!? アランティア元王女!?」

「っと、あなたがドナさんっすね。マカロニさんはちょっと女神に監視されちゃって動きにくいそうなんで、あたしが代わりに来たんすけど。ちょっとマロンさん、どーしたんすかこのおばさん……なんか滅茶苦茶驚いてますけど」


 タヌヌーアの長マロンは再び困った苦笑を浮かべ。


『あの、アランティア様。できれば吾輩の名は呼ばないで欲しいのですが』

「ええ!? なんでっすか? めちゃくちゃいい名前じゃないっすか! マカロニさんと響きが似てますし、そっちが本名なんっすよね? あたし、偽名の方だったスナワチアって名前、あの王様を思い出すんであんまり好きじゃないんでえ。マロンさんの方が呼びやすいんっすけど」

『……そうやって、あなたはうっかり情報を漏らすからですよ』

「え?! なんかあたしやっちゃってます? ちゃんと命令を守って、『ドナを絶対に殺させずに確保しろ、これは最優先事項だ』って話は内緒にしてましたよね?」


 タヌヌーアの長マロンは、頬をヒクつかせ。


『あの、すみません本当にもう勘弁してください。吾輩がマカロニさんに怒られそうなんで』

「ほへー、マロンさんもなんか大変そうっすねえ」


 普段はクールで飄々としているだろうタヌキの長が、獣毛部分を逆立て。

 グググググッと牙を覗かせ、くわ!


『がががががあぁあああああああぁぁぁぁ! なんなんですかこの人はっ、マカロニさんはどうやってこの人を制御してるんだ……っ!』


 そんなタヌヌーアの長マロンの姿は、コークスクィパーの長キンカンも初めてみるのだろう。

 怨敵を絶叫させる小娘はなんだ!? とばかりな目線を向け。


『ドナ様、この小娘は一体……転移魔術が使える時点で、ただモノではないとわかるのですが』

「気をつけな。ただのバカに見えるが、こいつは本物だよ。あの雷撃の魔女王の娘っていえば、あんたもどれほどヤバイ人材かってのは理解できるだろう?」

『ダリアの娘!?』


 ぞっと怯えるようにキツネは尻尾を隠し、目線を落とし。

 しゅぅぅぅぅぅっと馬車の隅へと身を隠し始める。

 母の名に怯えられたアランティアは、そこは少し面白くなかったのだろう。


「別に、いいっすけどねえ。えーと……とりあえず、マカロニさんが用があるのはそっちのドナさんだけなんですけど、キツネさんはどーします? このまま帰っていただいてもこっちは問題ないっすよ」

『アランティア様』

「なんすか?」

『なんすかじゃないですよ、タヌヌーアにとってコークスクィパーは仇敵。このまま逃せと言われたら、さすがに長として納得できません』


 アランティアは何も考えてない能天気そうな顔で、唇に指をあて。


「だってたぶんマカロニさん。時と場合によるとは思いますけど。今回の件もそうですけど――片方の言い分だけを聞いて行動するの嫌いなタイプっすよ? もしここでマロンさんがキツネさんをやっちゃったら、信用失っちゃいますよ? やるにしても、キツネの話をマカロニさんが聞いてからじゃないとって思いますけど、どーです?」


 自分自身の時だけはあの人、片方の言い分で行動しちゃいますけどねえっと呆れた顔をして見せるアランティアであったが――その意見は存外に外れてもいなかったのか。

 タヌヌーアの長マロンははっとモフ耳を動かし。


『確かに、そうでありますね。失礼しました、アランティア様』

「いいってことっすよ!」


 なにやらマカロニの部下たちが勝手に納得しあっているが。

 ドナは悠然と構えたまま。


「つまりは、こっちの言い分も聞いてくれるってことかい?」

「少なくともマカロニさんはそのつもりみたいっすね」

「で? 腐れペンギン……いや、お優しいマカロニ陛下にあたしの指名手配をさせたバカはどこの誰なんだい?」


 アランティアはきょとんとした顔をして。


「あれ? 知らないんすか?」

「嬢ちゃんは……変わってるね。はぁ、同性の年上としての忠告さ。自分が知ってる情報を他人も知ってるって勘違いする、相手とのボーダーラインが曖昧になってるその性格を直した方がいいんじゃないかい。若いうちは可愛いって言ってもらえるだろうけど、あたしの歳となるとだんだんきつくなるよ?」

「まあなんかわかんないっすけど、心配して貰えてます?」


 正確に言うなら、イラっとするが正しいか。


「まあ……ほんとうにあんたは色々と心配そうだし、あんたを駒として使えているあのペンギン陛下への評価が上がってるところさね」

「それほどでもないっすよ! あんまり褒めないでくださいよ~!」


 こいつは本当にダメだ……とドナは呆れつつ。


「で? 本当に誰なんだい」

「なにがっすか?」

「あたしを探しているのはあんたの主人じゃなくて、さらに先があるんだろう? どちらの言い分も聞くって部分から判断したんだが、違うのかい」

「あー、そーいうことっすね! ドナさんの殺害を依頼したのはダゴンさんっすよ」


 ダゴン。

 どこかで聞いた響きだとドナもコークスクィパーの長キンカンも、そしてそこまでは情報を貰っていなかったのかタヌヌーアの長マロンも考え込むが。

 ドナが言う。


「ダゴンってどこのダゴンだい。有名人かい」

「え? 有名人も何も、教育機関の授業で習うじゃないっすか。海の女神ダゴンさんっすよ」


 一瞬。

 言葉の意味が分からなかったのだろう。

 だが、確かにダゴンといえば六柱の女神、その名の一つ。

 そしてマカロニは女神に監視されていると言っていた。


 つまり。

 ――。

 ドナは馬車の天を見上げ。


「創世の、女神……?」


 ほぼ同時に答えに至ったのか皆が一斉に、な!? と声を上げ。

 意味を理解したドナの全身は硬直し、歯を打ち鳴らす勢いで腰を抜かし。


「な、なんだって神があたしを……っ!?」

「その辺りを詳しく聞きたいって話でしたよ」

「ちょっと待ちなよ! じゃああのペンギンは神の命令に従って……っ、か、神があたしを殺したがってるって」

「いやあ、どーなんすかね。マカロニさんの性格上、殺せって言われたら反発する天邪鬼でしょうし。そもそも神の命令に従うかどうかも判断したいから、生きたままのドナさんと会いたいんじゃないっすか?」


 まさか神が自分を殺そうとしているとは考えてもいなかったのだろう。

 ドナは口元を押さえ、しかし冷静になろうと努め。


「嬢ちゃん、それ、話していい内容だったのかい?」

「大丈夫っすよ、たぶんマカロニさん、本気で漏らしたらまずい内容はあたしには教えないみたいっすし。案外こうやってあたしがうっかり情報を漏らすのを狙って、自分の口以外からドナさんに聞かせた可能性もありますからねえ」


 そうすれば故意ではない。

 故意ではないのなら、或いは知らなかったという状況なら免れる契約も多くある。

 ともあれドナに選択肢はない。


 神が相手だとしたら……。

 マカロニという獣王は、まだ話が通じそうだと判断し。

 ドナはおとなしく、馬車に揺られてガタガタゴトゴト。


 御者に扮していたタヌキが示す道へと、馬車は進んだ。


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