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海の女神の真意~すげえ厄介な飼い主に買われたペットってどんな気分なんだろうか。僕はペットじゃないけどな!~


 その後、うちの外交カードの一つともいえる最高司祭――。

 リーズナブルが到着し、状況は少し変化。

 幻影で架空な僕と死闘を繰り広げているカモノハシこと、毒竜帝メンチカツの後ろ頭に僕は<ダブルフリッパーチョップ>を決めて気絶させ。

 最強の駒の魅了が解けてあわあわする”アデリーペンギンの群れ”を捕獲した。


 現在、バシムとかいう店長のオッサンとリーズナブルが会談中。

 見た目が聖女で人類最強たる知名度を誇るリーズナブルは、なかなかに優秀。

 とりあえず揉めることはなく、祭壇についてや今後についての話は進んでいるようだ。


 実は魔術通信でマキシム外交官がリーズナブルに指示を出していて……。

 知恵者の二人場織ににんばおり、腹話術状態の彼女は外交官の言葉を自分流に砕き、にっこり。

 完璧な聖女スマイル。


 女神アシュトレトの信仰圏は美形であふれているというのは本当だったらしく。

 その破壊力たるや……。

 聖女独特な神聖なる笑顔の耐性や、神が愛するほどの美形への免疫のないカルナックの連中にはよく効いた。


 特に元軍人グループの連中は、彼女の美貌にすっかり虜になっているようである。

 ちなみに、気絶した毒竜帝メンチカツはまた他の魔物に魅了されても面倒だという事で、カモノハシを抱えながらのアランティアが転移――僕の部屋に連れ帰っている最中である。


 あのメンチカツ……。

 放置してると面倒だが、味方としても微妙に厄介である。


 僕はその裏で行動。

 捕獲済み”アデリーペンギンの群れ”の対応を保留した状態で、氷海の底へと向かっていた。

 招待を受けたのだ。


 そこは暗くて冷たい場所だが、耐熱性能の高い僕には問題なし。

 そこにいるのは、女神ダゴン。

 目的地に着いた僕は言う。


『お初にお目にかかります、女神陛下――とでも言った方がいいのかな?』


 海底の床。

 深淵の中に浮かぶ水の泡が、ふふふふっと声を発生する。


『そう緊張なさらないでください、あなたのことは眺めていたので知っております。アシュちゃん、あの子が拾った流れていた命……氷竜帝マカロニさん。先に言っておきますが、ここでは他の女神の目もない。誰も覗くことのできない、あたくしとあなただけの空間です。どうぞ、ご存分に本音でお語りください』


 アシュトレトの目がない、という事は悪くない環境である。

 もしかしたら彼女と交信できなくなっているのは、この女神ダゴンがなんらかの妨害をしていた可能性もあるが。

 この辺りの真偽は分からない。

 ひとしきり女神アシュトレトの悪口を叫び、本当に聞いていないことを確かめた僕は、こほん。


 改めて泡に向かい言う。


『悪いが、僕は地球って場所にいた人間だ。つまり、こっちの世界は異世界であってあくまでも僕は異邦人、あんたたちを僕の神とは認めていないからな。畏まった敬語とかは勘弁させてもらうよ』


 水の泡から、再びふふふふっと声がする。


『ふふ、旦那様が気に入りそうな方ですね。それではこちらも自己紹介を、あたくしは女神ダゴン。もうご存じだとは思いますが創世の女神の一柱でございます。この世界を創る際に司った力は海。水や海を担当させていただいておりますの』


 僕は自己紹介をしていないのだが、どうも慇懃無礼タイプなのだろう。

 物腰は柔らかいが人の話を聞きそうにない……少し、創造神と傾向が似ているか。


『まあ! 旦那様と似ているだなんて、最高の賛辞をいただき嬉しく存じますわ』

『まーた、勝手に人の心まで読むヤツか……あのさあ、神だからってそーいうのはどうなんだ?』

『読まれたくないのなら精神耐性を上げて防げばいいだけの話。それをしていないのに文句を言うのは、マナー違反かもしれませんわね』


 いけしゃあしゃあと……。

 やはりどうもこの世界の神とはそりが合わない、というか、この連中の精神性は理解したくない。


『その心を旦那様は気に入っておられるのかと』

『もう心を読んでくれちゃってる事はどーでもいいけど、それで、何の用なんだ?』

『あら? 会いたいと仰っていたのはマカロニちゃんの方だと思ったのですが』

『そりゃあまあね、でもあんた、僕の願いを知ってるくせにそれを叶える気はないんだろう?』


 僕の希望は人間に戻り、元の世界に帰ることにある。

 深淵の中で煌々と輝く水の泡が、ぶくぶくと音を鳴らし。


『六柱の女神に上下関係などありません。けれど、そうですね……実力は違うのです。あなたをこの世界で拾うことにしたアシュちゃん……天の女神は六柱の女神の中で最も強き神。第一席といったところでしょうか。あの子がそうしたいと本気で言いだした今回のケースですと、”あたくし”にはどうしようもできないのです』


 ごめんなさいね、と泡はさして申し訳なさそうに言葉を付け足していた。

 本体の姿は見えないが、きっと頬に手を添え白々しい微笑を浮かべているのだと想像できる。


『第一席ねえ、じゃあダゴンさんあんたはどうなんだ』

『そうですわね、あくまでも戦った時にどうなるかという話でしたら、戦いの相性もありますので――あたくしが第二席になると自負しておりますわ』

『ならその第二席さまの眷属のあのメンチカツは』

『ふふふ、ええご想像の通り。第一席のアシュちゃんの眷属たるあなたの次に、この世界で強い存在となるでしょう』


 よーするに。


『あんたはそんな存在の耐性に穴を開けまくったってことか?』

『ふふふ、そうなりますわね』

『どういう意図だか、聞かせて貰いたいんだけどね』


 そこには深い意味があるとは思えない。

 だが、どうもこの女神からは腹黒な気配を感じる。

 あまり認めたくないが、僕と同類の空気を感じるのだ。

 僕は少しだけ気を引き締めて言葉を待った。


 だが。

 泡は少し、恥ずかしそうにぷくっと膨らみ。


『”うっかり”という言葉をご存じでしょうか?』


 どーしようもないことを言い出した。


『は!? うっかりで状態異常耐性を上げ忘れただ!?』

『あたくしったら、ついうっかり……恥ずかしいばかりですわ』


 あ、これ。

 マジのやつだ……。

 僕の中で、聡明で腹黒な女神像は崩れていく。


『あれが簡単に操れるって知られたら、世界がどーなるかとか考えなかったのか!?』

『そうは仰いますが、これはあなたのせいでもあるのですよ?』

『は? なんでだよ!』

『なにしろアシュちゃんが急にあなたと契約の獣王の、その生まれる前の魂を合成してこの世界に降臨させたもので……あたくしも急いで世界に干渉できる子を用意したのです。多少の抜けがあっても、仕方がない事と存じております』


 再び、いけしゃあしゃあと告げる泡に、僕はブスっと唇を動かし。


『今からでも状態異常耐性を上げられないのか?』

『一度世界に降臨させてしまったのなら、それはもはや不干渉の対象。あたくしにはできません。なのでこうしてあなたをお呼びしたという経緯もあります。あの子に耐性装備を作ってあげてくれませんか?』

『まあ……それはこっちもそのつもりだったから構わないが、報酬は?』

『朝と昼と夜の女神、そのいずれかの女神との交渉権――というのはどうでしょう?』


 確かに、僕は三女神と呼ばれる天と地と海の女神ではない、残りの三柱との接触を試みてこの大陸にきてはいるが。


『最強のアシュトレト”さま”が監視してるんじゃあ、そいつらでも僕の姿は戻せないんじゃないか。あんたでも無理だって話じゃないか』

『あたくしが無理なのは、あの子が家族だから。けれど朝と昼と夜の女神は親しい友人といった関係性に近いのです。身内の言葉よりも仲は良いけれど、家族ではないモノの言葉の方が通る時もある。人間だってそうなんじゃないでしょうか?』


 時と場合によるだろうが。

 僕は考える。


『まあ……会ってみたいってのはあるが』

『なにか?』

『相手は一癖も二癖もある女神様なんだろう? 会えるだけは会えるが、願いを聞いてもらえる保証はない。約束だから会えた、けれど直後に追い出され門前払いをされるってことは十分にあり得る。違うか?』


 泡は満足したように、ぶくぶくぶくっと微笑み。


『ですから、もう一つ交渉です』


 こちらが本題だったようだ。

 やはり腹黒なのだろう。

 いったい何を要求してくれるのか。


『氷竜帝よ。あたくしはあなたの望みを彼女たちに伝えます。それを叶えてくれるかどうかは別として、少なくとも考慮するように”お願いを”しておきます』

『お願い、ねえ』


 ここで先ほど言った第二席の言葉が重要になるのか。

 こいつ、よーするに実力的に劣る女神を脅すつもりなのだ。

 まあ、そういうことなら僕にとっては悪くないと思えるのだが。

 問題は――。


『それで、わざわざ僕を誘導させて――何をしてもらいたいんだ。悪いが、その辺りのあんたの目的が全く見えない』

『ドナを殺しなさい』


 なんとまあ、直球だった。

 ドナとはこの旧ソレドリア連邦の元大統領である。


『理解できないな、あんたらは人類に過度な干渉はしない……いや、正確に言うならできないんだろう?』

『ええ、ですからあなたを使いたいのです』

『はっきりと言って、意図が分からない。言っちゃ悪いがあの大統領は小物だ、世界の多くが些事に見えているだろう神々がわざわざ消したいと願うほどの器じゃない。違うか』


 意図や理由が分からないなら、断る。

 それが僕の本音だと、心を読んでいるダゴンは知っているはず。

 それに答えようとしているのだろう。


 深淵の中で浮かぶ泡が、沸騰したように加速度的に泡立ちはじめる。

 そして。

 泡の中から、聖職者姿の、けれど顔のない真っ黒な闇を纏った女神が姿を覗かせ。


『あたくしは人類が嫌いではありません。魔物も嫌いではありません。旦那様がそうしているように……その全てを愛し、慈しみましょう。けれど、例外があるのです。旦那様……創造神さまへの反逆だけは、あたくしは許しません。おそらく、他の五柱の女神もそうでしょう……ですから、その反逆への罰が人類すべてを対象とする前に、あたくしはドナを消したいと願っております』


 人類すべてとか、なにやらきな臭くなってきたが。

 ここでまた、話の前振りが聞いてくるのだろう。


『あんたはまだ冷静な方で、もし女神の第一席、よーするに最強の女神アシュトレトがそのことに気づいて本気で人類を消そうと言い出したら』

『聡明な方で助かりますわ。ええ、あの子が本気の時には誰にも止められないのです。おそらく、旦那さまであっても容易ではない――その証拠があなた自身。アシュトレトのお気に入りたる氷竜帝さん』


 厄介な女神に僕は気に入られ、拾われたようだが……。

 まあそれはいい。


『反逆って言うが、具体的にドナってやつは何をしようとしてるんだよ』

『愚かにも、創造神たる旦那様に代わる新たな神を創造しようとしているのです』

『そんなことできるのか?』

『……魔術とは不可能を可能にする力。計算式を用い世界の法則を書き換える現象。ありえないなどということはありえない、それが魔術の基本なのです。そしてこの世界は魔術ある世界。本来ならば、魔術はずっと、ずっとしまっておく筈でしたが……マカロニさん、あなたはこの世界の神話については?』

『まあ一般的な知識ぐらいはな』


 ネコが魔術をしまっていた箱をひっくり返し、魔術が世界にあふれてしまった。

 そんな神話がこの世界にはあるらしいが。

 どうやら真実だったようだ。


 僕は言う。


『魔術がある世界は可能性に満ちすぎている。万が一の可能性があるのなら、創造神を愛するあんたとしたらその種を摘んでおきたい。そーいうことか』

『だから、この話はあなたの飼い主には内緒にしておいてください。あの子は本当に、旦那様を愛しているから……もしすこしでも人類があの方に危害を加えようとしているならば、ルールなど破り捨て、容赦なく人類という種を焼くでしょう』

『いやちょっと待て! 飼い主って言い方だけはやめて欲しいんだけど……!?』


 ここは譲れないと突っ込んだ僕に、女神はきょとんとし。

 直後。

 ふふふふふっと満面の笑み。


『人類の滅亡に対してもさして心を動かさない。けれど、ペット扱いには本当にムッとして反論する。あなたは随分と線引きがはっきりとされているのですね』

『そりゃあまあ異世界人だし。あんたらだって、他の世界の顔も名も知らない神が、どっか知らないところでやらかして滅んだってなっても、多少驚くかもしれないが、そこまでは心を動かさないんじゃないか? でも、気に入らないことには反論したくなる。それが心ってもんじゃないか?』


 たまに、心が狭いとアランティアに言われるが。

 気にしない。


『そうですわね。では――この話はお断りになられるので?』


 まあ、だがしかし。

 女神ダゴンが動いている理由も納得した。

 ようは女神アシュトレトが人類を滅ぼしてしまう可能性を憂慮しての行動なのだろう。


 僕を通じて、神への反逆を目撃する可能性が増えてしまった。

 世界のバランスが崩れる問題とは別に、女神ダゴンにとって僕はなにかと困る存在だったということか。

 常に監視をつけている意味も理解できる。


 この女神からはどうも、中間管理職的な苦労を感じさせられる。

 露悪的な部分も目立つが、実際はたぶん滅茶苦茶に苦労しているのだろう……。

 結局のところは、この世界の人類のために暗躍しているのだ。


 僕は部外者ではあるが。

 まあ……もしドナとやらが神に成り代わるナニカを作り出してしまったら、本当にこの世界の人類は終わるっぽいし。

 せっかく僕は国まで奪って、もし元の世界に戻れなかったときのための……ぐーたらな毎日を送る下地を用意しているのだ。

 それを潰されるのも困る。


 ちょっとの情と、実益を兼ねて僕は言う。


『殺す必要があるかどうかは現場で判断する。どちらにしても神への反逆なんていう特大な地雷は、必ず取り除く。それでもいいなら契約してもいいが、どうだ?』


 肯定したのだろう。

 泡の奥で邪悪な微笑を浮かべていた女神は、契約書を召喚。

 魔導契約書が刻まれていく。


 契約後。

 気づいたら深淵は消えていて、僕の手には契約書のみが残った。

 麓町カルナックに戻るべく、僕は何もない氷海の底から浮上した。


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