生存競争~そもそも進化っていうのは、そういう姿に変わろうとしたんじゃなく突然変異の個体が生き残り(以下略)~
マカロニ隊と表示されている新種の魔物。
見た目はどう見てもアデリーペンギンの群れなわけで……。
賢い僕は考えた――。
『これ……速攻で処分しとかないとまずいよな……』
と。
なので両手を前に出し。
ボフっと足元から魔術を唱えるときに発生する、魔術波動を展開。
羽毛やら尾先をぶわぶわっと膨らませる。
が――!
メンチカツさんが飛んできて。
『おいこら、てめえ! マカロニ! なにするつもりだ!』
『なにって……新種の魔物だろう? それに何回もこの辺りの魔物と戦っているはずのカルナックの連中が知らないなら、進化したばかりの魔物の可能性もある。どんな危険があるか分からない、ここで一掃してだな』
『バ、バババ、バカ野郎めが!』
言って、メンチカツさんはキックボクサーのように片足を上げ。
もふもふ獣毛の裏から、ジャキっと爪を見せつける。
僕は魔術波動を維持しつつも、つぅっと恐竜に似た瞳を細め。
『……なんのつもりだよ。毒竜帝ってぐらいだし、毒使いなんだろうけどカモノハシの後ろ足の爪には強力な毒があるんだってな? ようするにそれ、おまえの本気モードだろう』
『黙りな、てめえはやっちゃなんねえことをしようとしている』
そりゃあまあ、あれが魔物牧場から抜け出した魔物で。
しかも生き残るために進化したばかりの新種なのだとしたら。
せっかく助かったのに僕に滅ぼされちゃうわけだけど……。
『おまえ魔物に同情してるのか。なに? 同じ鳥類で親近感でも……って、カモノハシは哺乳類か。どっちでもいいけどさ、あれがもし街を襲ったら僕も町の連中も困るんだよ。このままってわけにもいかないだろう』
『あぁん!?』
『いや、むずかしい話はしてないだろ』
『てめえ、マジでぶっ飛ばすぞ!? あんな可愛い連中を吹っ飛ばすつもりなのかとオレ様は聞いているんだよ!』
たしかに見た目はペンギン。
かわいいと判断する人は多いとは感じるが。
『てめえには人の心がねえのか!』
『なんだって!?』
最近、ペンギンの姿になれ過ぎて人間だった時の自我やらアイデンティティが揺らぎつつある僕にとって、その言葉は地味に地雷で。
ゴゴゴゴゴゴっと黄金の飾り羽を逆立てた僕は、キックボクサースタイルのカモノハシを前にし。
<氷竜帝の眼光>を発動。
眼光の効果は周囲の地形、つまりはフィールド特性を僕が得意な氷海に書き換えることにある。
世界を構成する物質が氷の海へと変換されつつあるのだろう。
周囲の空気が、凍てついていく。
『やろうってのか、ペンギン野郎』
『まあおまえと僕とは仲良しこよしってわけじゃないから。意見が割れれば、そうなるな』
『――小僧、あまりオレを舐めるなよ?』
毒竜帝メンチカツが身体に闘気を纏い始める。
ぶわぶわぶわっと、衣色の獣毛も逆立ち始める。
魔術が得意だとされる天の女神アシュトレトの眷属に分類されるからか――どちらかといえば魔術士としての側面が強い僕には、この<闘気>の概念が理解できていない。
僕ら魔術士が計算式で魔術を組み立てる、理論的に物理現象を書き換える手段とは別。
もっとこう、脳筋的な……。
気合を込めると力が湧いてくるといった――単純な現象をスキル化、この世界では能力として登録されているのではないだろうか。
つまりは僕みたいな賢い存在とは真逆の力。
は? 気合を込めると力が出る? そりゃあ気合を込めるってのは脳からドーパミンが……などと考えてしまう僕とは相性が悪いのだ。
おそらくは純粋に身体能力を高める効果があるとは考えられる。
僕は考え。
少し口調をきつくし。
『確認させろよ、それは女神ダゴンの意思なのか?』
『いいや、オレ様の意思だ』
つまりは水だか海の女神と敵対するわけではないので、セーフ。
安心ついでに、<氷竜帝の咆哮>も発動!
アデリーペンギンことマカロニ隊の動きも封じ、間合いを取るフリをして若干、軌道修正。
ペチペチペチと鳥足で、海に浮かぶ氷の上に移動。
僕の背後には、氷の海で泳ぐアデリーペンギンの群れ。
マカロニ隊は牧場の魔物が進化した生物と考えられる、ならばこそ海を見るのが初めてなのだろう。
パァァァァッと瞳を輝かせ。
キュイキュイキュイ!
仲間と鳴き声を発して、海にダイブ! していたのだ。
……こいつら、僕の咆哮をレジストしたのか。
まあいいや。
金属の塊のようなモノをボール代わりに、なにやら遊びだしている彼らを背にし。
相手を挑発するように、僕は、ふんとクチバシを悠然と動かして見せる。
『かかってきなよ、ここでどちらが上かはっきりさせようじゃないか』
『オレが買ったら今晩のてめえの餌はオレさまのもんだ、いいな?』
餌って……。
しかも貧乏生活が長いからか、なんか要求が微妙にしょぼい……。
これ、僕の思考が魔獣よりになっているように、こいつも思考が魔獣に近くなってる可能性が結構あるな。
それはともかく。
遠征中なので僕らは転移で食事の時だけ、スナワチア魔導王国の食堂に帰っていたのだが。
今日の食事当番は――。
あぁ、アランティアだ。
ならいいや。
たぶんこいつ、それを忘れてるだろうなぁ……と思いつつ、僕は言う。
『構わないよ、おまえが負けたら僕にどうしてくれるんだ?』
『はぁ!? 負けてもなにもねえよ。なにいってるんだ、てめえ』
こいつ……本当にどうしようもないな。
『僕が勝ったらおまえの女神さまに挨拶したいんだけど?』
『あぁん!? そんくらいなら構わねえが、おまえ……アレと会いたいとか破滅願望でもあるのか? 見た目こそ清楚な女神様って風貌だが――しょーじき、滅茶苦茶邪悪だぞ、あの姉ちゃん』
メンチカツさん、本気の困惑である。
……。
この反応からするとやはり女神アシュトレトと同じ枠、つまりは変な女神なんだろうなあ。
しかしこれで僕にも利ができた。
勝ったらちゃんと女神さまに会わせて貰うし、そしてなにより僕はチラりと後ろを見る。
並びとしてはキャッキャと泳ぐペンギンたちと、大きな氷の上でフフンと構える僕、そして毒竜帝メンチカツさんである。
カルナックの面々は一直線上にはいない。
もうお分かりだろう。
毒竜帝メンチカツはほぼ間違いなく毒使い。
どさくさに紛れて、あのマカロニ隊に毒竜帝の毒をぶつけてしまおう作戦である。
外道とは言うなかれ。
まじめな話をすると実際、彼らが街を襲ったらかなりまずい。
魔物牧場の魔物は少なくとも神と交信するイケニエに使われていたのだ、もしこのまま進化を繰り返し知恵ある種族になったら、どうなるか。
人類に復讐するとなってもおかしくはない。
まあ人類を守るか、魔物を守るか。
僕はどちらの行動をとるべきなのか、正直、判断しにくい立場ではある。
そして何が怖いかというと、僕がペンギン化の影響で精神や考え方に偏りを発生させ……完全にペンギンサイドの味方をしてしまった場合だ。
たぶんとんでもないことになる。
というか。
『魔術を使わなくても人類ぐらい、滅亡させられちゃいそうなんだよなあ』
嫌な自画自賛である。
が!
本当にそういう可能性はある。女神ダゴンがメンチカツを用い僕を見張っているのも、そういった未来が捨てきれていないからだろう。
『しゃあ! かかってきな、クソペンギン野郎!』
『そんじゃあまあ、まずは小手調べ――<海よ、刃となりて我が敵を討て>』
指を鳴らす動作で、ペン!
僕の呼びかけに応じた海が、ざざぁぁぁぁぁぁぁ!
カモノハシに向かい高出力の魔力を発射。
僕の放った魔術は海を用いた魔術、水のカッターともいうべき高圧水である。
一点に圧縮された水の刃。
研ぎ澄まされた高威力の魔術に破壊できないものはない。
まあさすがにこれで倒せはしないだろうが、どう対処するかを見ることはできる。
避けるか、叩き落すか。
観察する僕の前、毒竜帝メンチカツはニヒヒヒっと邪悪なヤクザ微笑。
そのまま直撃を……。
『って!? おまえっ、さすがにそれを受けたら死ぬぞ!?』
『ハハハハハ! あまりオレを舐めるなと言っただろう!』
胸を張ったカモノハシは水のカッターの直撃を受けても無傷。
これは――。
『……なるほどな、おまえ海の力を借りた魔術が効かないのか』
『これでもあのクソ女神の眷属らしいからな、残念だったな!』
なら、ふつうに天の女神の力を借りるか僕自身のオリジナル魔術を使えばいいだけ。
水のカッターを停止し、別の魔術を緊急詠唱しようとした。
その瞬間。
嫌な直観が、脳から指示を与えるより前に僕の体を動かしていた。
シュン――と。
一瞬で距離を詰めてきたメンチカツの回転蹴りが、僕が乗っていた氷の塊を消し去っていたのだ。
粉々とかそーいうレベルではなく。
メンチカツの神速の蹴りはその衝撃で、物質そのものをこの世界から消滅させているのだろう。
即死攻撃だ。
『って、おまえ毒使いじゃないのかよ!?』
『あぁん!? 毒だぁ!? ぬるい、ぬるいぞマカロニ! この世は暴力だ、暴力こそが全てを支配する最強のルールだろうが!』
衝撃で、氷海が揺れる。
マカロニ隊は喜んでいるが、まずい!
カルナックの連中は僕の咆哮で怯んでいるのだ。
「ちっ――だから神の眷属ってのは嫌いなんだよ!」
反射的に動いた……というよりも動けるのは僕の咆哮にも怯まない者。
この中でも熟練の存在――。
最低限の資格がある者だった。
元戦士らしいバシムが、慌てて氷海の大地にまき割りの斧を突き刺し――高レベルの存在が扱える<結界>を展開。
結界の音だろう。
キィイィッィィイインと、清廉な音色が鳴り響いている。
まるで月光のような結界を張っているのだが、これは……。
結界を分析するより前に、二人が非難の叫びをあげる。
「おいモフモフども! なんで仲間割れしてやがる!?」
「ちょっと何考えてるんすか!?」
……。
二人?
『いや、アランティア。おまえ……なに高レベルみたいな顔してバシムとかいうオッサンと普通に並んでるんだよ』
「へへーん! どうです!? どうです!? マカロニさんはすぐにそうやって咆哮とか威圧で他人を黙らせる傾向にあるって気付いちゃってますからねえ? まあ秘書たるあたしとしてみれば? それもおもしろくないんで? この<砂漠騎士の鎧>の魔改造を発注したんすよねえ!」
『魔改造って……誰にだよ』
僕の咆哮に怯まないレベルに装備を超強化した。
そんなことができる職人ならば、ぜひスカウトしたいのだが。
「誰って、海の女神ダゴンさんっすけど」
『……いや、おまえ……神と交信できるのか?』
「え? だって神と交信したいって言ってたのはマカロニさんじゃないっすか。だからちょっと海で実験してたら繋がったんで、お願いしたら作ってくれましたよ?」
……。
なら、ここに来る必要もなかったし。
そもそもなぜそれを報告しないのか、報連相の大切さを説きたいが、まあアランティアだしなあ。
しかし――僕はごくりと息を飲み。
『僕が人間に戻る方法とかは』
言われたアランティアは、はっと頬に汗を浮かべ。
「えーと……そのぅ」
『ああ、もういい。魔改造を頼めたことに浮かれて聞くのを忘れたんだな』
「その、あははあははははは……す、すみません」
一応、本気でやらかしたとは思っているようだ。
まあ朝と昼と夜の女神ではないが、水の女神ダゴンとコンタクトが取れそうなのはなかなかに悪くない。
アランティアが言う。
「あ、それでこれも言い忘れてたんっすけど」
『なんだ、まだ何かあるのか』
まったく悪気のない顔で。
アランティアは、えへへへへへ!
「実はダゴンさんに忠告の啓示を受けてましてっすね、ウチの子は暴力に特化した性能にし過ぎたせいで状態異常に弱いって話でですね? あ、ダゴンさんたちって! 創世の神々なんで! 自分達の作った世界なら多少の未来を観測できる能力もあるらしいんすけどぉ――なんかメンチカツさんが近いうちに魅了の状態異常をくらって暴れちゃうみたいなんすよ。それを止めて欲しいって言われてたんっすよ! ああ、良かった。言い忘れてたら大変なことになってましたね! ね! マカロニさん!」
ちゃんと言えたとご満悦のアランティアだが。
元戦士バシムが、眉を顰めて……ぼそり。
「お、おい……なあ、もしかしてそのカモノハシだが。そこのペンギン共に魅了されてねえか?」
『いやいやいや、この世界の状態異常ってレベル差が高いとほとんど効かないし……』
ない。
さすがにない……。
そう思いつつも、僕はメンチカツのステータス情報を盗撮。
鑑定とは違う、状態異常の有無だけをチェックするオリジナル魔術を発動させたのだが。
そこには、<魅了>の文字。
……。
あ、だめだこいつ。
アデリーペンギンの群れを見つけた時、既に魅了されてやがったのか。
まあ、生き残るための手段として進化があるのなら……。
強くなることではなく、強い存在に自分を守らせるという方向に進化するという手段も間違ってはいない。
身近だったたとえは、ネコか。
彼らは人間に自分の世話をさせるために、人間好みの姿へと可愛く進化した――、などというどう考えても間違っている珍説があったりもする。
そもそも進化とはそういう現象ではないが、ここは剣と魔法もあるファンタジー世界。
こういう形の進化もありえる。
つまりはマカロニ隊は生き残るために可愛く進化したのだろう。
そして、さらに。
つまり――。
こいつ。
毒竜帝メンチカツさんは、後ろで泳いでいるマカロニ隊に魅了され。
完全に敵対中なのだろう。
アデリーペンギンの群れことマカロニ隊も確信犯だったようで。
毒竜帝メンチカツに向かい。
やれぇ! ぼくたちを守れぇ! と、可愛い姿で魅了を重ね掛け。
『だぁあああああぁぁぁぁ! おいおまえ、この馬鹿カモノハシ! 暴力特化のくせに魅了が効くって、メチャクチャ面倒な能力してるな!?』
アランティアもそうだが、メンチカツもこんなんだし。
僕の周りには本当にまともな人材がいない!
魅了を解くために――とりあえず、一回ぶっ飛ばすしかないか。




