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マカロニ進化論~新種族の名は~


 吹雪で視界は白く埋まっている。

 魔物の接近による影響か――寒さが増したせいだろう。

 僕の麗しい黄金の飾り羽にも氷の結晶が浮かんでいた。


 寒すぎて香りが無い銀世界の奥にあるのは、魔物の気配である。


 資源やら祭壇やらのために、ドナ大統領とやらが作り出していた魔物牧場。

 それは魔物を養殖していたとされる謎施設。

 無限の資源を確保できると考えればかなり便利な代物だが――ソレドリア連邦崩壊と共に制御できなくなり、魔物が徘徊するようになりましたとさ。

 悪の連邦は自業自得で、その最後を迎えるのです。

 めでたしめでたし――。


 ……と、なるはずもなく。

 そこに住んでいるまともな人間としてはたまったものではないだろう。

 そして実際、魔物牧場の理論自体は僕も間違っているとは思っていない。

 それほどにこの土地は枯れていた。

 地脈ともいうべき大陸を育てる大事な部分、資源を育むはずの魔力が滞っているのである。


『つまりは――ドナ大統領とやらの考えも悪いってわけじゃない。数値にしてみると、こうなるんだが――ほら、彼女が作った魔物牧場がなければこの連邦はとっくに資源枯渇状態でアウト、みんな亡命するか餓死するか、凍死してたんじゃないか』


 麓町カルナックの門の外。

 魔物牧場からの魔物軍団を待ちながら、僕は自説を展開していたのだが。

 どーやらこの世界の人類には、高尚なる僕の高説は理解ができないらしい。


 ただ一人を除いては……。

 ネコの行商人ニャイリスから購入したのだろう、ちゃっかり耐熱性能の高い<砂漠騎士の鎧>を装備し自分流に着こなしているアランティアが、僕の提示した数値を眺め。


「その可能性は高いっすねえ、ドナって人、悪い噂はたくさん出てますけど――やることはやってたって感じなんすね」

『はぁ……なんで話についてきてるのがお前だけなんだ』

「そりゃあ秘書っすからね! マカロニさんの考えてることなんて、手に取るように分かっちゃうって話っすよ!」


 メンバーは先ほどの酒場にいた荒くれ者っぽい戦闘員達と、一人置いていくのもどーかということで、看板娘のエリーザもついてきている。

 こちらのメンツはペンギンにカモノハシに秘書の三名。

 対する相手は、鳥系の魔物。


 養殖されていた魔物だからか、種族名は判別できない。

 ただその数は膨大としか言いようのない量だ。

 ゴムくちばしなカモノハシ、毒竜帝メンチカツさんがぐぐぐぐっと瞳を細め。


『ドナとかいうのはどーでもいいけどよぉ、あの魔物どもはなんつー種類の魔物なんだ? オレはこっちの世界に来てから結構魔物も人類もぶっ飛ばしてるが、あんなの見たことねえぞ』

『さっき鑑定してみたが個体名も種族名もでてこない、新種だろうね』

『新種だぁ!?』


 この世界の魔物がリポップする現象を僕は把握しきれていないが……。

 魔物が沸くシステムがある事は確実だ。

 僕はいつも枕やクッションに使っている周囲の情報を記録する魔導書を取り出し――チェック。

 やはり、あの魔物の名前は記載されていない。

 なるほどな、と一人納得しているとブスーッとした顔のメンチカツさんがこちらを睨み。


『てめえ一人で納得してねえで、説明しやがれや』


 バシムと呼ばれていた戦士っぽいオッサンも、元軍人グループもギルドの連中も同意見なようだが。

 ……。

 説明して理解できるかどーかは、かなり怪しい。


 まあ聞かれたからには答えるが。


『鑑定に表示されない理由は複数考えられるってことだよ――なんにしても共通しているのは、あれが自然で発生した種じゃないって事だろうな』


 肩をかつて負傷したのだろう、バシムと呼ばれていたオッサンが古傷を気にし――吹雪の寒さに眉を顰めながら。


「自暴自棄になったドナが、証拠隠滅も含めて新種を制作……未確認魔物でオレたち市民まで殺しちまおうって動いてるって可能性は」

『まあゼロじゃないだろうな』


 僕はそのまま考え。


『とにかく、あの魔物たちは人為的に変異させられた個体の可能性が高いだろうね。そのままの魔物を飼うってのも大変だろうからな。牧場で品種改良した場合、その魔物が新種判定になるかどうか知ってる人とかいないのか? できたら元となった魔物の種類とか、レベル幅とか、人類への敵意があるのか――そういう情報を知りたいんだが』

「どうなんだ、ドナの腰巾着ども」


 嘘は許さない、そんな鋭い目線がバシムから発生していた。


 かつてドナ側にいたからか、きつい目線は元軍人のグループに集中。

 暫定名”ドナの残党”である。

 針の筵状態で、ちょっと可哀そうではあるがまあ自業自得でもある。

 慌ててリーダーが首を横に振り。


「まじでドナ様は秘密主義で、下に情報はほとんど入ってねえんだよ。し、信じてくれよ!」

『別に疑ってないだろう』

「じゃ、じゃああんたの横のそこの”トリもどき”にこっちを睨むのは止めてくれって言ってくれ!」


 あぁ、暴力担当のメンチカツさんが脅すように睨んでたのか。

 これではタチの悪いチンピラである。

 ……まあ、これで相手はウソをつけないだろうし。便利だからこのままでいいか。


 立場的に仕方ないとはいえ、あまりにも責められているドナの残党も、ちと不憫。

 僕は説明に話をすり替えるべく、クチバシをクワり。


『種族名が表示されない件だが、仮説が何個か浮かぶ――、一つ目はまだアレらが観測されていないせいだ。たぶんだがこの世界の鑑定において重要なのは情報の登録。神が観測する必要があるのか、世界が観測する必要があるのか……どっちかは知らないけど……。この世界を管理しているシステムの、図鑑みたいなもんに登録されないと鑑定に名前が表示されないんだろう』


 この仮説が正しい場合。

 この世界における鑑定能力の基本は、情報の閲覧。一種の情報取得処理を行っている……たとえば、クラウド空間のような場所に登録されている図鑑を閲覧しているような、そんな状態にあるのかもしれない。

 カモノハシさんはわずかに目線を逸らし。


『お、おう……』

『別の可能性はそうだな。神が作り出した種や、自然発生した種なら派生元があって即座に鑑定できるが……人為的に改造された種は誰かが「個体名や種族名」を命名しないと表示されないって可能性もある。これは厳密に言えば、名前がないから表示されていないだけで、鑑定自体は成功してるってことにもなるからな。僕の鑑定で表示されない理由の裏付けにもなる……って、おまえ、はなしきいてるか?』

『お、おうよ』


 ついていけてない、それはそれで別にいいのだが。

 アランティアが深い考えをしている顔をしているのが、これまたなんとも不気味である。

 アランティアが言う。


「じゃあ簡単っすね。新種のあの魔物に勝手に名前を付けて鑑定に表示されれば、後者の説が正しいってことになるっすよね?」

『まあそうなるな』

「なら、今からあの魔物の群れは”マカロニ隊”ってことで! いいっすよね!」


 のうてんきなアランティアが吹雪の向こうの魔物の群れを指差し、命名した。

 その瞬間。

 僕の表示していた鑑定結果が更新される。


 吹雪の中をこちらに向かってくる魔物の群れ。

 その種族名が<マカロニ隊>として表示されるようになってしまった。


「あ! やっぱり誰かが命名する必要があったんっすね!」

『あったんすね! じゃない――! おま、おまっ、おまええええぇぇぇぇぇええ! なんつー名前を付けてくれちゃったんだよ! これじゃあ僕の眷属が街を襲ってるみたいに誤解されるだろうっ!』


 僕が本気で焦っている姿が愉快なようで、メンチカツさんは腹を抱えて笑っているが。

 僕は全く笑っていない。


「だって、よく見てくださいっすよ! あれ、ペンギンっすよね?」

『そんなことあるわけ――』


 振り向き僕は、吹雪の奥をじっと眺める。

 そこには、短足の平たいトリ足で、ペタペタペタと歩く二足歩行の鳥類の姿がある。

 くちばしもあるし、フリッパーもある。

 黄金の飾り羽がないことから、マカロニペンギンではないが……。


 笑い転げていたメンチカツさんが、あぁん? と顔を上げ。


『ありゃあアデリーペンギンじゃねえか? ほら、駅のICカードのマスコットの』


 僕は鑑定の能力を発動していた――。

 なので――。

 群れとなってこちらに向かう一団、魔物牧場で養殖されていただろう新種の生物。

 アデリーペンギンもどきの頭上には、山のような鑑定結果。


 種族名:マカロニ隊の文字がズラっと表示されている。

 どこからどーみても、こりゃあ僕がやらかしていると誤解される。

 僕だって、これがカモノハシの群れでメンチカツ隊と名付けられていたら、毒竜帝が操って悪さをしたと考えるだろう。


 そりゃあ確かに吹雪にも耐えられる魔物の養殖となると、ペンギン系の種が最適だったのもわかるが。


 ……。

 あぁああああああああああぁぁぁぁ!

 どうしてこうなったぁあぁぁぁぁぁぁ!


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