混沌酒場~いろんな勢力が混じる中に、さらに厄介な秘書がいるから以下略~
魔物がもう間近に迫っている麓町カルナック。
寂れた町のその酒場にて――。
最高のタイミングで活躍をし、恩を着せようと思っていたのだが……もう正体ばれてるし。
周囲を囲むのは人間種の皆さんである。
全員が戦闘員のようで、人類にしてはそこそこのレベルのものが多いようだ。
もっとも、ウチの最高司祭と比べてしまうと新米兵士と英雄ぐらいの差があるようだが。
僕こと氷竜帝マカロニを知っているということは、ドナ大統領の配下にいた人間だろう。
どうやら作戦は初手で失敗。
話が違ぇじゃねえか――と、カモノハシな毒竜帝メンチカツさんが僕を睨んでいるが、とりあえず無視。
そんなことよりも。
まさか暴走無能秘書、マスコット枠のアランティアが転移魔術を真っ先に習得するのは誤算だった。
じろっと目線を向けると、大丈夫っすよ! と、親指を立てて見せている。
この世界でもそーいうサインがあるのだと今知ったので、それは新しい発見だが……。
ともあれこっちも放置し、僕は元ソレドリア軍人の額の硬そうなオッサンに言う。
『あのさあ、こっちはお忍び的な視察できてるのにいきなりネタ晴らしってのは、どーなんだ?』
「ん、んなこと言われたって」
『ああ、一応言っておくけど面倒なことになりたくないし、入国許可はとってあるからな』
言って僕は今回の作戦実行前に立ち寄った北部の国。
かつてソレドリア連邦に加盟していた小規模国家。
今は独立し、静かな暮らしを送っている聖王国バニランテの女王から<ペンギン印のウォーターサーバー>代の代わりに受け取った<許可証>を提示。
『ここに書いてある通り、僕らはあくまでも人道的な支援を目的として行動していてね。目下のトラブルは魔物の大量発生にあると、聖王国バニランテの女王陛下も嘆いているのさ。で! その調査団の先兵、威力偵察としてこの僕が! 王自らが! やってきたってわけさ! どーだ分かったか、人類共!』
アランティアが言う。
「あれ? 人道的支援を隠れ蓑に介入して、そのまま祭壇を奪うんじゃなかったんすか?」
ああ、いきなり本題をバラしやがったよ、こいつ。
毒竜帝メンチカツがゴムのようなクチバシを薄く開き。
『……なあ、なんでこんなアホが秘書なんてやってやがるんだ』
『まあ、こいつのスパイ活動の下地がなかったら……ウチのウォーターサーバーを量産できなかったしなあ……。それに一応、こいつ……なんか有名だった魔女騎士の娘らしいし。見栄えも女神アシュトレトの寵愛枠なもんで、それなりだし――御旗としては便利なんだよ』
『なるほど、客寄せパンダってやつだな』
ちょっと違うかもしれないが、まあ方向性は似ているか。
威嚇する小動物のようなアランティアが、ぐぐぐぐっと歯をむき出しにし。
「なんなんすか! まるであたしが考えなしみたいじゃないっすか!」
『実際考えなしなんだよ!』
「ちゃんと考えての行動ですーッ! 相手がマカロニさんに怯えてるみたいだからっ、あたしが動いたんすよ!? こんなどーしようもない場所の征服には興味がない、目的は時間の神々と交信できる祭壇にあるってわざわざ伝えたんすよ!?」
『ああぁあああああああぁぁぁぁ! そこまでバラしやがって!』
もう色々と台無しである。
店長と思われる中年男が困惑した様子で僕らを見て。
「大道芸人の方々……じゃねえんだよな?」
『はぁ、この考えなしのせいで誤解されてそうだけど。正真正銘、スナワチア魔導王国の国王、氷竜帝マカロニだよ――まあウチの秘書の失態はともかく、手間が省けていいってのは怪我の功名だな』
案内を受けずに勝手に椅子に上ろうと足を上げ、ジタバタジタバタ!
秘書としてのアランティアがスゥっと僕を持ち上げ、椅子に座らせてくれた直後。
僕は酒場の年季の入った椅子に魔術を掛け――玉座に変換。
浮かべたのはふんぞり返ってのドヤ顔である。
『今ここに向かって大量の魔物が進軍しているのは事実でね。どうだい、取引しないか?』
「取引だと……」
『ああ、これは対等な契約さ。僕らの目的は旧ソレドリア連邦が神との交信に使っていたとされる祭壇の確保、そして再使用できるように制作者を保護することにある。おまえたちが協力してくれるならこの町を救ってもいい』
本来なら……まあちょっと崩して言うならば、無害な可愛いペンギンと、ヤクザっぽい愚鈍なカモノハシとして町に入り込み潜入。
いざ魔物がやってきたときに、ササっと大活躍!
いやあなんと素晴らしいペンギンさんだ! 何なりとお申し付けくださいまし! と、平伏するように促すプランだったのだ。
先に恩を売って、あとからその恩で脅して祭壇を探させるつもりだったのである。
でもこれでは順序が逆。
相手としても、どこにあるか分からない祭壇を見つけるまで協力しろと言われても、困惑が先に来てしまう。
案の定、彼らの中には「そんなこと言われても」との空気が流れている。
ギルドと呼ばれる古き互助会の若者たちが言う。
「その祭壇ってのがこのカルナックにあるのか? 聞いたことねえが」
『さあね』
「さあねって……」
『仕方ないだろう、僕たちもソレドリア連邦が滅んだ後に祭壇があるって聞いたんだ。どんな形なのか、どんな魔導技術を用いているのかさえ知らないんだよ。逆にこっちが聞きたいんだけど、だれか、知ってる人はいないのか?』
元軍人のグループに目線が向く。
「し、知らねえよ! ドナ様は秘密主義なんだ」
『ん? あれ、おかしいな。僕は祭壇について聞いたのに、おまえ――ドナさまとやらが関係してるって事は知ってるんだな』
「だ、だってよお。そ、そんな神と交信できるなんてヤベエアイテムが関係してるとしたらドナ様の名前も出るだろ? おかしくねえよ」
確かにそれもそうなのだが。
僕は、ふむと意味深にフリッパーでくちばしの下を撫で。
『神と交信できる祭壇っていったら、ふつーは聖職者のアイテム。ここの宗教がどうなってるかは知らないが、教会とか寺院とか、そっちの方を想像するんじゃないか? なのに、先にドナさま? おかしくないか?』
『ったく、マカロニよぉ。んなまどろっこしい事してねえで、ぶっ飛ばして素直になってもらえばいいじゃねえか。こんな寒い場所、いつまでもいるもんじゃねえぞ!?』
と、ペチペチペチ。
カモノハシの平たい足で歩き、元軍人のリーダーを見上げてガンを飛ばす毒竜帝さんである。
脅迫系のスキル、メンチカツのヤクザムーブが発動されたようだ。
これは駆け引きでもなんでもなく、本当に寒いからここを立ち去りたいと思っているだけだろう。
こいつ、僕と違って<耐熱>系の能力はないのか。
「ひぃ!?」
『おいおい、見たかマカロニよぉ! こいつ、オレにびびってんぞ!? ――って! おまえ、なにをジト目でこっちを見て……っあた! なにしやがる! てめえ! オレ様を正面からどつくなんて、いい度胸してやがるな!』
『あのさあ、こっちはもうスナワチア魔導王国の王だって名乗っちゃってるから、そーいうのは国際問題になりかねないんだって』
別に、ちょっと前にドツかれた仕返しではない。
どうやら心の狭いメンチカツさんはドツかれたことを根に持っているようで、あぁん!? と、ペタ足で近づいてくるが。
秘書たるアランティアが言う。
「あの、そんな遊んでる時間も無いんじゃないっすか? ガチで魔物の群れは来てるんすよね?」
『っと、そうだった――』
まじめな話に切り替えたアランティアのファインプレーである。
こちらの胸ぐらを掴む動作を空振りさせるメンチカツさんの横で、僕もシリアスな顔を作り。
『祭壇も気になるが――なんか、自然発生にしては異常すぎる量の魔物が沸いてるんだけど、だれか心当たりは?』
彼ら、旧ソレドリア連邦の民は顔を見合わせ。
やはり元軍人のグループが槍玉となり。
「……てめえら南の連中は知らねえだろうが、北部は資源がすくねえんだよ。んで、ドナ様が無限に発生する魔物に目をつけて、牧場みたいなもんを作ってたって話だが……詳細は知らねえよ」
『軍部の崩壊と連邦の解体で、魔物牧場が管理できなくなったってわけか』
「……王様よ、あんた他人事みたいに言ってるがあんたの国が魔獣化した銀杏を送り付けてきたせいだろうよ」
おっと、理性で抑えてはいそうだがそれなりに敵対心はあるようだ。
当然と言えば当然だが。
『勘違いはしないで欲しいな。たしかに同盟国の皇子の失態で半魔獣化した銀杏が砂漠を占拠。その様子を”勝手に””許可なく”覗いていたそっちの国に流れて行っちゃったのは事実だけどね。銀杏との対話を無視して交戦したのはそちらの失態、僕のせいにされても困る』
「……いや、銀杏と対話するわけねーだろ!?」
ビクっと僕の飾り羽が一瞬、動揺に揺れる――が。
正論に僕は怯まず。
『屁理屈は止めていただきたいな。だって、樹の精霊ドライアドとかの話なら聞くだろう? どちらも分類は同じ半魔獣。意志ある植物だ。ドライアドはセーフで銀杏はアウト? それって差別じゃないか?』
「そっちの方が屁理屈だろう! さてはっ、はじめから対話なんてさせる気なかったな! で! それを突っ込まれた時に対話ができる樹の魔物の名前をだそうって、端から決めてやがっただろう!」
あ、鋭いっすね!
と、突っ込む直前のアランティアの口を魔術で封じ。
僕は話の筋をずらしにかかる。
『だいたい、ダガシュカシュ帝国にスパイを送り込んで、いろんなことをしていたそっちに言われてもさあ。はて、僕としても敵対国家が何を言ってやがるんだって思うだけだが』
「そ、そんなの噂だけだろう!」
『旧ソレドリア連邦がダガシュカシュ帝国の老いた皇帝を洗脳しようとしていた、そんな証拠も揃っていてね。さっきも名を出したが聖王国バニランテに提出済み。方針が合わずにここから独立した国らしいけど、いやあ最近じゃ世界の裁判所みたいな扱いらしいじゃないか。嘘だと思うなら、あそこの判断を仰いでも構わないけど、どうするよ』
この辺りは全部事実なので、僕は堂々としたままである。
店主の中年男が肩を気にしながらも、はぁ……。
吐息に言葉を乗せる。
「……魔物牧場があったってのは本当だ。実験だってんで離れた場所に作ったらしいんだが、ここがその離れた場所だからな。カルナックにいれば嫌でも話が入ってくる。悪いが祭壇の話は知らねえ。知ってるとしたらこいつらだけだろう。おいおまえら、何か知ってるならゲロっちまえよ」
「本当に、そこまで知らねえんだって! 信じてくれよバシム!」
「そこまで……ってことはほんの少しは知ってるだろう。もう補給も出来ねえ、水もねえ。次に魔物の大群に襲われたら終わりだ。現実問題、ここで他国の王様に縋るしかねえだろう」
これも正論だろう。
だが、と元軍人のグループのリーダーの男は、グググっと唇を噛み締め。
「こいつはドナ様をっ」
「あぁ!? うるせーな! オレらだって救助っつー餌をぶら下げて、こっちを脅してきやがるこいつらに、なんの感情も抱いてねえってわけじゃねえんだ! だがな! 考えてみろよ。オレたちみたいな”はみ出し者”がここでくたばっちまうのは運命だろうが、エリーザ嬢ちゃんみたいなガキがここで死ぬのは、違うとは思わねえか?」
「それは――」
非戦闘員の、それも未成年者の未来を思えば従え。
分かりやすい説得である。
実際、僕もこいつらを見放したらなんか、とても嫌な気分になるだろう。
これが落としどころなのだが。
こんな時にも空気を読まないやつはいる。
アランティアが僕の口封じの魔術を破り。
「だぁぁあぁぁぁ……死ぬかと思いましたよ」
『あ、悪い。口を封じてたから呼吸がしにくかったのか』
「そうっすよ! もういいじゃないっすか、ぶっちゃけあたしここの祭壇の原理に気付いちゃいましたし。あれっすよね? 魔物牧場をイケニエの祭壇に利用してたんすよね? それは無限に沸く魔物、無限に沸く魔力と同義。神との交信に必要なのは純粋な魔力と、その神が求める要素を献上することにあるっすから」
早口モードでアランティアが語り続ける。
「女神アシュトレト様が求めるのは美形なんで、美形でさえあればいいっていう緩い条件なんで研究もしやすいっすからねえ。で、あたし気が付いちゃったんっすよ! 魔物をイケニエ、つまりは供物にしたときに交信できる神がいるって。朝と昼と夜の女神の中で夜の女神は狩猟の神としての一面もあるんっす。つまりは魔物牧場そのものが祭壇なんじゃないっすか? というわけで、魔物牧場の跡地に行くのがいいと思うんすけど……あれ? なんすか、あたし、なんかまずい事言っちゃいました?」
こいつは……有能だか無能なんだか。
僕の頭脳も今の理論を肯定している。
おそらくは正解だろう。
しかしそーなると。
『……おまえ、空気読んでそーいうことは後でこっそり報告しろよ』
「は!? なんでっすか!? 場所と原理さえ分かっちゃえばここに用はないんっすから、交渉する必要もなくなって一石二鳥っすよね? あたし大活躍っすよね!?」
こーいうのを一石二鳥とは言わないようなきもするが……。
この世界の住人は妙なところでドライである。
彼女よりもちょっとだけ空気が読めるカモノハシ。
毒竜帝メンチカツさんが、ぼそり。
『いや、姉ちゃん……こいつはこの町を一応は救うつもりでここに来たんだって。だから、助けるための条件を先に潰されるのも困るっつー話なんだが?』
「助ける? え? 敵対国家っすよね?」
『ドナとかいうヤツが砂漠のあそこを掻き乱したってのは事実だろうが、住人や下の連中はあんま関係ねえだろうが……。なんつーか、巻き込むのもアレだろうよ』
僕とメンチカツさんの倫理観は存外に近いものがある。
まあ故郷が同じだからだろう。
「マカロニさんもメンチカツさんも、外の世界の人だから無駄に人が良いっすよねえ……正直、悪意ある干渉を受けて国を滅茶苦茶にされた被害にあって……実の親を殺さないといけなくなったあのイケメンさんにとっては、それもどうなんすか? ってなると思いますけど」
まあダガシュカシュ帝国の二人の皇子としてみれば、ここは完全に敵国。
憎悪の対象だろう。
アランティアも故郷を属国化、ようは植民地化された経験もあり工作活動をしていたソレドリア連邦に思うところがあるのだろう。
彼女は北に厳しくしたいのではなく、かつて同盟国だった身内に優しくしたいと考えている。
といったところか。
ならばと僕は言う。
『我が同盟国の皇帝陛下ダカスコス殿は民には責任はないと仰せだ、僕も同盟国の方針に従おうじゃないか』
なるほど、と納得しつつも仕方ない上司だなぁとばかりに、彼女は僕を見て。
「……それならそーと先に言ってくださいよ」
『おまえが転移で勝手についてきたんだろうが!』
後で説教するとして。
もう滅茶苦茶だと僕は駆け引きを捨て。
『まあそんなわけで、この町に関しては助けるが……後で詳しい情報は聞かせて貰うからな? それでいいだろう?』
相手としてもこちらが救助する気なことには安堵したようだ。
しかし、僕は酒場を見渡す。
いろんな勢力がいるせいで、なかなかカオスな状況である。
バシムと呼ばれていた店長っぽい男が言う。
「しかし、魔物の群れがくるとなると――策はあるのか?」
『ああ、それなら心配ない。たぶん説得できるよ』
「説得だぁ!?」
消し飛ばすのは簡単、僕が扱えるアルティミック辺りを加減してぶっ放し、反動の雪崩を対策すればそこで終わりだろう。
だが。
先ほどのアランティアの仮説が正しいのならば、神との交信には魔物牧場が必要なのだ。
その牧場の魔物を消すのは得策ではない。
僕は考え。
『ああ、これでも僕は魔術や暴力よりも口先の方が得意分野でね。まあ失敗したらこっちの用心棒、メンチカツさんの暴力で解決するから問題もない』
暴力で解決する。
その言葉はどちらかといえば皮肉や嫌味なのだが。
カモノハシの毒竜帝メンチカツさんは何故か得意げに、腕を組み。
満面のドヤ顔である。
『任せときな! って、なんだてめえらその顔は』
こいつ、本当にリーズナブルタイプだなぁ……と妙に感心してしまうが。
本人も気付いてないみたいだから。
まあいいや……。




