最強コンビ~幻の北極ペンギン、北へ~
銀杏に負け土地を明け渡した北の軍部。
ソレドリア連邦の跡地をペタ足で歩いていたのは、賢き僕。
猛吹雪とまでは言わないがそれなりに強い雪の中を進む、マカロニペンギン。
その前にも、ペッタペッタと雪の道を踏みしめる足音が響いている。
敢えて僕より先に進むカモノハシこと、毒竜帝メンチカツである。
これでも本物の女神の眷属であり――それなり以上に強く。
そしてなにより自由に魔術で転移できる僕と、僕の監視役たるメンチカツさんのコンビで、雪道をミッシミッシミッシ。
本隊が到着する前の調査だと先行しているのだが。
北部連邦は氷竜帝マカロニたる僕が介入しなくとも、既にガタガタだった。
なんとか朝と昼と夜の女神、いずれかと交信できる祭壇を創った技術者を見つけたいのだが。
『うーん、まずいんじゃないか……これ』
『ああ、たしかにクソまずいな……コレ』
ちなみに……今の状況を図にすると。
黄金の飾り羽を雪風に揺らし、魔獣に荒らされた廃墟を見る僕と。
その前でナニか謎のサカナを咥えて、むっしゃむっしゃと味わうメンチカツさんである。
幸いにも大きな人的被害はでていないようだが、魔獣や魔物が人間の去った街を根城にしているのだとは理解できる。
ジト目で僕は言う。
『おまえ……その魚どーしたんだ』
『おう、てめえのところの秘書が遠征なら食料を持って行けって、ニコニコしながら届けてくれてな! ぶわははははは! 悪ぃな! てめえに渡す前に、このオレが! オレさまが! 食ってやることにしたんだよ!』
どーだ! おそれいったか!
と、メンチカツさんは勝利の微笑。
ゴムのようなクチバシをグワハハハハハ! と、悪の幹部のように揺らし勝ち誇っているようだが、まあそのサカナもどきのことは心底どーでもいい。
『どうもこっちの女神は寒いのが嫌いなのか、雪が苦手なのか交信できないんだけど。そっちはどうなんだ? できたらこの状況をどうするべきか、神に判断を仰ぎたいところなんだけど』
『はぁ!? この状況ってなんだ?』
『あのなあ、見ればわかるだろう……』
チョップが得意な僕のペリッパーを、恐竜のような眼の上にセット。
その目線は北に進軍しようとしている魔獣の群れに向いている、
遠くを見る顔をしてやると、メンチカツは近眼の人が目を細めるようなしぐさで。
『ぜーんぜん、わかんねえぞ。何か見えてんのか?』
『おまえ、本当に何も考えてないんだな……』
『はぁあぁああぁぁ!? てめえオレをバカにしてやがるのか!?』
『いや実際バカにはしてるが、まあいいや――あの魔獣共がそのままあの雪坂を降下していくとどうなると思う』
『そりゃああっちに隠れてる人間の里が襲われるわな』
なんだ、分かってるのかこいつ。
毒竜帝メンチカツは煙草を取り出すしぐさだけをして、自分がカモノハシで煙草が吸えないと気が付いたようで気まずそうに、チッと舌打ち。
『魔物やら魔獣に人類が襲われるのはしゃあねえだろう、魔獣だって生きてるんだろう? んで、人類は無限に沸くあいつらを糧として生き、そして魔物どもも人類から魔力を吸って生きているって話じゃねえか。女神の野郎が言ってやがったが、人類と魔獣の戦いはあくまでも食物連鎖の一環。自然現象。どちらもこの世界に生きる命だぁ、等価値だぁ、いろいろと面倒なことを言ってやがった。神としては干渉するつもりはねえんだとよ……って、なんだその顔は』
『いや、おまえも一応、理解はしてるんだって素直に驚いてるんだよ』
やはり神は基本、放置主義。
魔術の悪用以外は不干渉を貫いているようだ。
しかし――無限に沸く資源と考えれば、魔物という存在はかなり便利でもある。倒しても問題ない、永久になくなることのない牧場を考えたらその価値はかなり高い。
……。
もしかしたら、北部連邦の連中は資源が薄いこの辺りの弱点をなんとかしようと、魔物を増やす政策をしていた可能性もあるか。
まあ連邦が崩壊した今、魔物を増やすその政策がとんでもない負の遺産になっていそうではある。
その辺りを誰か……マキシム外交官やらタヌヌーアの長辺りに相談したいのだが。
目の前にいるのは、脳筋エルフ代表リーズナブルと同じカテゴリーの残念なメンチカツさん。
相談するだけ時間の無駄である。
深く考えていた僕の前。
先行し進んでいた筈のメンチカツさんが振り返り、僕の頭をドス!
平たい手でチョップをかましてきやがった。
『あた! なにするんだよ!?』
『悪い悪い。てめえが心底オレをバカにしてるってわかったら、ついな。てめえはオレをバカにして、オレはチョップをくれてやった。はははは! これでお相子だな!』
つい、で暴力をふるって、しかもなんかこれでイーブンだと笑っているが。
こいつ……。
本当に生前もろくな奴じゃなかった……とまでは言わないが、アウトローな野郎だったのだろう。
こいつ相手にいちいち気にしていても仕方がない。
後でチョップの分、他のことで嫌がらせをするとして。
僕は進軍する魔物を眺めながら言う。
『しかしなあ……そもそも魔物と魔獣の差が曖昧なんだよなぁ、この世界』
『あぁん? 曖昧だぁ?』
『ああ、じゃあ僕らは魔獣か魔物かどっちか自分で判定できるか?』
『オレはオレっていう生き物だろう?』
『ああ、はいはい。そーいうのはいいから、分類上の話だよ』
メンチカツは考え。
『まあ、魔獣の王だっつー話だから魔獣だろう』
『けれど、地域によっては魔獣と魔物の区別もないし。こっちで魔獣扱いの存在が、向こうでは魔物扱いだったりする。その辺の境界に決まりがないんだよ。はぁ……この世界を創った神、あのうさん臭い神父みたいな声の男がテキトーだから世界もテキトーなんだろうが。たまったもんじゃないな』
『てめえはいちいち分類だカテゴリーだ面倒だな』
こいつぐらいテキトーな方がこの世界では生きやすそうである。
『で? お優しいてめえ様は、魔獣共が人間様の里に行く前にぶっ飛ばしてえのか?』
『まあ要約するとそうなるな。なに? メンチカツさんは御不満なのか?』
『やめとけやめとけ、オレたちもこんなナリだ。相手にとっちゃバケモノがバケモノを吹っ飛ばしただけ、どーせ感謝されねえって』
ああ、なるほど。
こいつ、前にカモノハシのまま人間を助けてバケモノ扱いされたのか。
やり方次第でどーとでもなると思うが。
僕は魔獣だか魔物だかの群れに目をやり、思考を加速。
沸いてる量が異常だから、北部連邦の連中が魔物を使ってなんかしていた、或いは絡んでいたのは間違いないと思うのだ。
事実としてソレドリア連邦が解体された後、魔物の被害が多く発生しているとの調査結果も上がっている。
けれどだ。今、ここで彼らが降下している理由はたぶん違う。
きっとだが。
これ……。
ウチが送り付けた銀杏に襲われて、縄張りを追われた魔物たちなのだろう。
彼らが進軍してきた方向を遡ると、地図上では<銀杏の森>と表示されているのだ。
あの半魔獣化した銀杏たちはどうやら一大勢力となって、北部の一部を占拠しているようなのである。
まあ銀杏との対話を試みず海戦に突入、そのまま銀杏との大戦に負けたソレドリア連邦が悪いのだが。
そして、こちらで集まって降下している皆さんは、そちらから進軍……いや逃げてきただろう魔物たち。
つまりはまあ、おそらく。
直接的には関係ないが、間接的には僕のせい。
なんだろうと思う。
あくまでも可能性だが、導き出した答えを隠しつつ僕は言う。
『人の命がかかってるんだ、まあバケモノ扱いされるぐらいなら安いだろう』
『お、おう……なんだてめえ、気持ち悪ぃな』
『まあ見てろって! どーせ現地の情報は欲しかったところだからな! 助けてやって恩を売って情報を引き出せるならそれでよし! バケモノ扱いしてきたら沸き続ける魔物を無視して他に行く! で! もう一度襲われてるところに入り込んで、脅せば……いや! 交渉すればいいんだ! どーだ! 簡単だろう!』
いや、それはそれで外道だろう……と。
以外に常識人な面もあるメンチカツさんに構わず、僕は魔物の群れを追う。
姿がばれないように、存在を隠す魔術を……。
『って! おい! ここでぶっ飛ばしちまった方が早いだろう!』
このメンチカツさん、根は善人なのか……なんだかんだと、やっぱり助ける気満々だったようだ。
実際、一度バケモノ扱いされたということは誰かを助けた経験があるということでもある。
彼の意見はもっともなのだ。
だが。
それでは恩を着せられない。
非人道的とは言うなかれ、そもそも相手は敵対国家の残党。
こっちがそこまで譲歩する必要はあまりない。
うちの同盟国に入り込み工作をしていた時点で、本来ならば戦争していてもおかしくはないのだ。
そして! うちとこことの信頼関係はゼロ!
今回のコレが相手の罠ではないと言い切ることができるだろうか?
いや! できまい!
だから助けるにしてもちゃんと様子を見てからが妥当!
そう。
僕はちゃんと対外的な言い訳を用意しつつ、最大限の利を得ようと動き出した!