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『黒幕のソレドリア』―プレジデント―


 『SIDE:ソレドリア連邦国』


 砂漠騎士の帝国ダガシュカシュと近き国……。

 伝説の蛸魔獣が棲息するとされる<魔の海域>を挟んだ北方。

 獣王の卵が封印されていたとされる氷海の西に聳える大陸。


 複数の州議会が一つの国家となった、ソレドリア連邦国の若く気丈な女性プレジデント、ドナ大統領はまず観測員の正気を疑った。

 軍人という言葉が相応しい彼女だが、その服装は存外に着崩している。

 軍に配属されたときに支給される、<海軍人の手袋>をそのまま装備し続けている彼女は、もう一度その報告書に目を通し……。


「うちの連中はどうしちまったんだい、こりゃ……病院送りにされたってのも確かに妥当だが」


 問題はその報告書の内容。

 悪臭実と呼ばれる銀杏が半魔獣化、砂漠騎士の帝国ダガシュカシュを占拠した。

 その時点でだいぶ頭がおかしいのだが……。


「空飛ぶペンギンが神々の魔術を解き放ち、その銀杏を威嚇。交渉の席に着かせることに成功した……か。ダメだ、分からないね。集団幻覚を発生させる魔術やスキル、アイテムの気配はあったのかどうか、そこが問題でもあるね。しかし、もっと問題なのは――どうしたもんかね」


 ドナは別動隊が送ってきた報告書を眺め、辟易、嘆息を隠しきることができずにいた。


 つい先ほども読んだ報告書が、別の連中から送られてきた。

 しかもそいつらは精神汚染に耐性を持つ、少し高価な傭兵たち。

 嘘はつかないし、嘘をつくにしてももう少しまともな報告を上げてくる。


 そしてなにより。

 ……。

 ドナはソレドリア連邦が開発した魔道具<通信魔術回線装置>を押し。


「病院送りにした連中の話をもう一度聞きたい、ああ、そうだ。別に食うわけじゃないから風呂はいい。くどい、違うと言っているだろう。あたしの部屋に呼び戻せ。だから! 若い男を食う口実じゃないと何度も言わせるな!」


 酒焼け気味なドナの怒声が響く。


 通信相手にしてみれば、また大統領の悪い癖が出たと思ったのだろうが、今回は違う。


 ドナは平時より遊んでいた。

 プレジデントの立場であっても軍人であり若き女性。

 その夜の生活は存分に乱れていたのだが、今はそれどころではない。


 彼女は最後の報告書に目をやる。

 それが決定的だった。

 狂ったと判断し病院送りにした彼女の私兵が、ほぼ同じ報告を上げてきていたのだ。


「神話の時代の魔術を用いるペンギン、か。それもそのペンギンは自分が魔導王国スナワチアの新国王だと名乗っただと。ふふ、冗談じゃない。もしそれが本当なら、あたしはペンギンに先を越されたってことじゃないかい」


 既に連邦のトップであったが、彼女の野心が尽きることはない。

 領土を伸ばせるのならば、どこまでも伸ばしたい。

 それが彼女の生きる意味であり、尊厳でもあると自覚をしていた。


 ドナは大統領の椅子に鎮座し――稀少なマップ制作魔術が用いられた世界地図を眺める。

 広い地図だ。

 けれどまだ、連邦しか持っていない。


 チェーンつきの眼鏡を敢えてずらし……。

 報告書を一瞥し、はぁ……と深い息を吐く。

 やはり敢えて谷間を強調させる開襟シャツを装備しているせいか、肩を落とす彼女の豊満な胸元は僅かに弾んでみえていた。


 弾む胸元さえもドナ大統領の計算。

 後ろ盾もなしに一代で連邦国の代表となった彼女は、自らをできる女だと確信している。

 が――。

 その自信が崩れそうになっていた。


「だいたい……なんで銀杏が砂漠を覆うほどに育ってるんだい、おかしいだろう」


 だが奇々怪々な報告書とて、そこに偽りは観測できない。


 彼女の目に映る報告書の束がその証明――別筋での複数の観測者が、ほぼ同じの内容を告げている。

 信じがたいが、真実なのだろう。

 そんな珍事実に苦悩するドナの大統領室にノックの音が三回、響く。


 ドナは胸元から魔導技術の結晶とも呼べる、銃と呼ばれる魔道具を取り出し。


「……入れ」

「失礼します! お呼びでしょうか! 閣下!」

「ああ、この報告書を上げてきた観測員か――」


 入室したのは遠くを眺めるスキルを極めた、元船乗りの観測員だった。

 ドナはかつてこの男と寝たことがあり、だからこそ気が付いたのか。


「うまく化けたようだな、キツネめ」

「……これは心外であります、吾輩はキツネではなく狸。間違いないでいただければ幸いですな」


 言って、観測員はドロン。

 銀杏の木の葉を散らし一人の獣人へと変貌して見せる。

 ドナはほぅ……っと、その男の美貌を眺め。


「いい男じゃないか、その類まれなる美しき姿、そうか……天の女神を神と仰ぐ連中だね」

「これは慧眼で――確かに、吾輩らの周辺国家では女神アシュトレトさまを崇めております」

「かの女神は美を司る神、その影響であの女神の膝元では美形ばかりが生まれる。だが、そのせいで金持ちの取引に使われることも多いそうじゃないか。くくく、大変だね」


 女神アシュトレトを信仰する場所は、他所からの人買いや人攫いが多い地域でもある。

 神の恩寵の負の部分といえるだろう。

 しかし……とドナ大統領は思い出したかのように、嗤い。


「タヌヌーアの種はキツネ共との縄張り争いに負けほぼ絶滅していたと聞いていたが――生存者がいたのだな」

「おかげさまで、こうしてひっそりと生きております故、どうか絶滅などという汚名は止めていただければと」

「ふん、人に化け、人を騙し、国家を乱す害獣など滅ぼされて当然だろう? 違うかい?」


 ドナは銃を構えるが、美貌のタヌヌーアは悠然と構えたままだった。

 ドナは感心と同時に疑問を抱いた。


 目の前の獣人の肝は据わりすぎている。

 その胆力こそが証明。

 このタヌヌーアが群れを束ねるリーダーであると確信させた。

 ならばこそ、群れのリーダーがなぜ単身でここに来たのか。


 理解ができずに、試すようにドナは言う。


「おや、どうしたことだい? 銃使い(あたし)が怖くないのか? タヌヌーアの長こそが、この魔道具を最も嫌う個体。銃の恐ろしさを誰よりも知っている種族だと思っていたがね」

「……キツネ共に銃を与えたキサマラは憎いが、怖くなどない」

「――そうかい、ならば……。震えて跪け害獣! 此処をどこだと思っている、あたしの城に土足のケモノが入り込むんじゃないよ!」


 大統領は銃を発砲しようと引き金を引くが。

 タヌヌーアの男は耳先を動かすことすらしなかった。


「空砲だと知っていたのか」

「ソレドリア連邦の銃の仕組みについては、もはや調査済み。魔力をためる時間がなければ、そのオモチャが動かないとも知っております故」

「それはキサマらが狩られた時代の、昔の話さね。見かけだけの、大統領の証たるこの骨董品じゃなけりゃ、あんたのお綺麗な顔は、今頃ミートパイだったってことだ。覚えておくといい、今の玩具にチャージなど要らぬ」


 美貌のタヌヌーアはそれも調査済みだと、言わんばかりの顔だった。


「キサマ、今、自分の命運を天に賭けたのだな」

「これまた慧眼で、確かに吾輩はさきほど、自分の命がどうなるかを賭けとしておりました」

「賭博者、賭博師のクラス特性……物事全てを賭けの対象にしたいとする本能、悪癖。そうかい、そういった下らない人生を歩んでいるから、キサマらの種は滅びかけているのさ」


 タヌヌーアは悪戯、賭けのつもりで他国に入り込みその国を荒らす。

 そしてその後の国の動向を、賭けの対象にするという非常に厄介な悪癖がある。

 だからこそ、タヌヌーアは多くの恨みを買っていた。


 ……と、されている。

 ドナの調査によれば、それはあくまでもそういう個体がいたという話であり、タヌヌーア全体の話ではない。

 それをタヌヌーアの性質だと印象付けたのは、縄張り争いを続けるキツネのしわざだともされているが。


「吾輩らは既に新たなる群れのリーダーを見つけた。虎の威を借りるタヌキですまぬが――新しき長より伝令を預かっている」

「新しきリーダーだと?」

「王よりの言葉をお伝えいたします」


 言って、タヌヌーアの長は黄金の飾り羽が特徴的な短足ペンギンに変身し。


『やいやいやい! どこの国かは知らないがっ、僕と僕の同盟国の領地に勝手に入りこんで、勝手に撮影、勝手に盗聴するとはどーいう了見だ! その時点で既に敵対行動! 申し開きがないなら、こっちにも考えがあるからな! おい! なんだその顔は! 僕の顔になんか文句でもあるのか!?』


 ドナはぞっとするほどの直観に背筋を凍らせた。

 点在していた彼女が知りえた情報、その全てが繋がったのだ。


「タヌヌーアよ! よもやっ、キサマの新たなリーダーとは」

『この僕、スナワチア魔導王国の第九代目の王にして氷竜帝の名を冠するマカロニペンギン、マカロニ様だ! 覚えておけ!』


 タヌヌーアの長と思われる男の変身は完ぺきだった。

 ドナは判断を求められていた。

 まさに報告書にあったペンギンそのものが、すぐそこにいるように思えていた。


 だが所詮は変身によるコピー。

 あの神の魔術を用いる謎の生物がここにいるわけではない。

 流れ滴る汗で胸元を濡らしながらも、ドナは言う。


「我らは魔海域を挟むとはいえ、隣国ともいえる砂漠の騒動を監視していただけ。貴公の同盟国の領地に土足に踏み入った無礼は詫びよう、だがそこに悪意はない。これ以上の脅迫は反対にそちらからの宣戦布告と受け取るが、よろしいのか?」

『悪意はない、ねえ』

「なにがいいたい」


 ドナの目の前。

 ペンギンが人の心を見透かす、まるで詐欺師のような顔で瞳を細め。


『おまえ、爺さんに入れ知恵したな』

「……何を言っているのかまるで理解できん」

『まあ、確かに。あの砂漠は広大だからな、もしこっちの大陸にまで連邦領……まあぶっちゃけ植民地を広げようと思ったら、ダガシュカシュ帝国に大きな港を作るのが手っ取り早いからな。なるほど、へえ……連邦様も考えてるじゃないか』


 ドナは眉間にしわを刻み。


「難癖をつけるのは止めてもらおう。我らは我ら連邦の安寧のために手を尽くしているだけ、繰り返すがあれは悪意のない観測であり……」

『はいはいはい、そーいうのはいいから。でも、そーやって口先だけで人や国を動かそうとしてると、いつか痛い目を見るだろうね。でもなあ、爺さんを使うってのは、なあ……』

「だからっ、こちらはダガシュカシュ帝国の旧皇帝に干渉などしていな――」


 していない。

 そう言うつもりだったのだが、ペンギンはニヒり!

 このペンギンは爺さんといっただけで、ダガシュカシュ帝国の皇帝だとは言っていない。


 そして、ペンギンにイラっとして旧皇帝と思わず言ってしまった。

 今。

 この状況で、既に英雄ともいわれたあの騎士皇帝が死んでいると知っていることは不自然。


 裏工作でもしていない限りは。


『やっぱり他国の連中がダガシュカシュ帝国をどうにかしようと後ろで動いてたんだな。はいはい、じゃあそれなりの報復は受けてもらうってことでいいよね?』


 失言であったが、ドナは大統領として毅然と告げる。


「魔術の悪用は神に禁じられているのだぞ。貴公が神の魔術を操るとは知っているが、もし貴公が魔術を用いこちらを脅せば……あたしは間違いなく神にそれを訴える。そしてこちらは魔海域を挟んだ地。魔術もなしに、なにができるというのだ。ペンギンらしく泳いでくるとでもいうのかね?」

『ああ、泳いで行ってるよ』

「何をバカな――」


 困惑するドナの前で、ペンギンが言う。


『いやあ、実はさ。あの銀杏たち、僕の魔術で全面降伏してきちゃってさ。全面降伏されちゃったらまさか伐採するわけにもいかないし、けれど、そのままだと砂漠もダメになっちゃうし。うちで引き取るのも量が多すぎるしって困ってたんだけど、ウチを盗撮してた連中をとっちめたら――ちょっといい土地を見つけてね』

「いい土地だと!?」

『ああ、だから銀杏たちに海の女神ダゴンの加護を施して、ここなら空いてるんじゃないかなあって教えといたから。うん、いやおまえたちは幸運だよ? 銀杏は本当においしいからね、それじゃああと数時間したら、女神の加護で泳ぎ終わった銀杏たちが到着するだろうから。まあうまくやってくれ』


 んじゃあ、さよならってことで。

 と、ペンギンは神の時代の魔術を発動。


「この波動は……転移魔術だと!?」

『おっとさすがに大統領ともなると、魔術の効果を把握できるのか。だったらもっと早く気付いておくんだったな! タヌヌーアの長を取り押さえて人質にするつもりだったんだろうけど、残念でしたぁあああああ! ここにいるのは僕! 氷竜帝マカロニさま本人だ、バアアアァァァァァカ!』


 タヌヌーアの長は変身魔術でペンギンになったのではない。

 あの瞬間に、他者と存在座標を入れ替える、交換の魔術を使っていたのだろう。

 つまりは、いま目の前にいるペンギンこそが砂漠で暴れた極悪鳥。


「ま、待て! 砂漠を覆うほどの魔獣の群れを他国に送り込むなど」

『魔獣? いや、ただの植物だし』

「半魔獣化しているだろう!」

『え? 半分は植物だし? それに、あいつらが自分で砂漠から立ち退きますって話だし、僕、関係ないよな?』


 トンデモ理論だが、ソレドリア州議会の規則や法、軍法と照らし合わせてもその通りになってしまう。

 つまりはこのペンギン。

 あの銀杏の群れを自分のせいではないという法の隙間を狙い、ソレドリア連邦に押しつけるつもりなのだ。


 ドナ大統領は思考を加速させるが。

 目の前には勝利のダンスを舞う、マカロニペンギン。

 転移波動に包まれながらも踊るペンギンに思考を乱され、考えがまとまらない。


『それじゃあ、そういうことで! ああ、銀杏をどうにかしてほしいなら国家としてちゃんと依頼をしてきたら、考えないこともないからなあ! 特別割り増し料金で良ければだけどなあああぁぁぁ!』

「こここ、こぉんの! ペンギン畜生めがぁあああああああああああああああああぁぁぁ!」


 ブチブチブチと。

 毎日欠かさずケアしている肌に、青筋を浮かべクソと叫び続ける大統領。

 その顔を、露骨にバカにし尾羽を……ようするに尻を振るペンギンが転移魔術で消えていく。


 謎の振動がソレドリア連邦に近づいていると報告があったのは、その直後。

 ドナ大統領はすぐさまに海を調査しろと告げ。

 そして、南から接近してきた銀杏の巨木たちを観測。


 スナワチア魔導王国から盗んだ技術、魔導船団による砲撃を開始するも敗戦。

 銀杏の悪臭実アタックで反撃され艦隊は崩壊。

 無敗の閣下プレジデント・ドナに初の黒星をつけることになったのだった。


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