危機一髪の場外乱闘~こっちもあっちも変な奴らほど強い~
メンチカツは状態異常に弱い。
よーするに単純。
良く言えば純粋なのだ。
だからこそ僕の偽証魔術による支援も通りやすく、自らも狂戦士化のデメリット付き能力上昇を受けて、更に能力は倍増。
本来ならば判断力も低下する狂戦士化状態だが、メンチカツが僕を相棒と心の底から思っているからだろう。
こいつは僕の指示にはちゃんと従っている。
その脅威は観戦席の様子から見ても明らか。
メンチカツを眺めている獣神たちの瞳には、僅かな畏怖と興味深い対象を眺める好奇心が含まれている。
そして僕もまた、のらりくらりと動けるペンギン。
こちらの宇宙には僕らがいると印象付けることには成功しているか。
主神レイドが感心した様子で言う。
『邪杖ビィルゼブブ……あなた、これが模擬戦で魂が消滅しない、つまりは負けても問題ない戦いと知っていて裏切りましたね?』
僕のフリッパーの中にある髑髏の杖が、カカカカカ!
その通りだ! と肯定するように歯を打ち鳴らしている。
主神は自らの神器を眺め、はぁ……と肩を落とし。
『まったく、いくらで買収されたのですか』
『こいつの名誉のために言っておくが、こいつは金で裏切ったわけじゃないぞ? こいつは自我のある装備、正式な所有者を守ろうとする意志がある。黎明期の神話時代、こいつは暴走したあんたのために自ら動きを止め破壊されたらしいじゃないか。それと同じだ』
『……なるほど、邪杖ビィルゼブブ。あなたは外なる神を観測するのに反対なのですね』
僕が掴む邪杖ビィルゼブブは首を横に振る。
そう、別に反対しているわけではないのだ。
だが。
僕は大事にされている装備に宿る存在”付喪神”を読み取る異能により、邪杖ビィルゼブブの意志を代弁する。
『こいつが言いたいのは冷静になれってことだよ。僕の弟もあんたも、兄のことになるとどっかぶっ壊れちゃうだろ? やるならもっと慎重にしろってことで、普段冷静なくせに、こーいうときには猪突猛進気味なあんたに待ったをかけてるだけだ』
『困りましたね、私はただ家族を守りたいと願っているだけなのですが』
苦笑する主神の決意は固いのだろう。
んーむ……全ては家族を守りたい、その一心からの判断なのだろう。
おそらく厄介な存在はとっとと潰しておきたい……というか、救世主を創造した神の神、ようするに全ての父の外なる神をぶっ潰す、そう言いたいのだろうが。
無駄に絶世の美形だけに笑顔にはかなりの破壊力がある。
まあ、僕にもメンチカツにもそーいうのは無効だが。
『こっちもそっちに無茶をさせたくないだけなんだがなあ……。なあ! 女神たちも見てるんだろ!? あんたらで説得できないのか!?』
僕は会場に声を掛けつつ、説得と時間稼ぎの同時攻撃。
メンチカツの強化時間を稼ぐ作戦である。
持参の天幕の中にいる六柱の女神のうち、いつものアシュトレトが告げる。
『すまぬな我が子マカロニよ――』
『だれが我が子だ!』
『ふふ、皆の前だからと照れるでない。妾の用意した獣王の卵、魔術悪用を罰するための新たなる神……そのまだ発生したばかりの概念に命を授けるように魔力を込めたのは、我が夫レイド。それはすなわち、夫婦神たる妾らの子と同然、そうであろう? 懐かしき異界の神々よ』
さりげなく黙示録の女帝としての魔力を、ぶわっとまき散らしているので半分脅しである。
こいつ!
この場で息子宣言を通そうとしてやがる。
しかしアシュトレトの威圧にも動じぬ者も数柱いるのか。
ふてぶてしい顔をした黒猫が、スナワチア魔導王国で購入できるペンギンアイスキャンディーの冷凍ボックスを抱えながら、げぷぅっとした息に言葉を乗せていた。
『えぇ……どうだろうね?』
『黙示録の黒神父よ、そなた……妾の意に難癖かえ?』
『そうは言ってないだろう? ただ本人の意思を無視して父親母親宣言はちょっと怖いっていうか、痛くないかな?』
どうやらあの黒猫。
アシュトレトとは黙示録という逸話の接点があるようだ……その力も同等か、或いはそれ以上の獣神らしいが……。
観戦席同士で、ゴゴゴゴゴゴっと凄まじい魔力が発生し始めている。
アシュトレトが言う。
『黒神父よ――そなた、随分と辛辣ではないか』
『いや、あのさあ……そっちのペンギンの弟くんがこっちでどんだけ暴れたか知らないわけじゃないんだろう? あれ。ふつーに宇宙の危機だったし、私、メチャクチャ大変だったし。なのに君たち女神さあ、勝手に封印されてた夜鷹兄弟の魂を持って行っちゃったよね?』
どうやらまた、向こうで弟が暴れた話らしい。
この黒猫にとってもよほど面倒な苦労を掛けられたようで、その赤い瞳がジトォォォォっとしまくってるし、あふれ出てる魔力も半端ない。
どうやら絶対に怒らせてはいけない類の黒猫のようだ。
会場にはかなりの緊張が走っている。
エビフライもいざとなったら僕を守れる位置に動いているし、主神レイドも糸目を開きなにやら防御系統の魔術を詠唱している。
……。
まあ僕はその裏で、メンチカツへの強化を繰り返しているのだが。
しかしアシュトレトは圧倒的な魔力にも怯まず。
ふふっと貴婦人の微笑で受け止め。
『妾がそうしたいと思うた。それで全てが許されよう』
『うわぁ……偉そうでやんの』
『……真面目な話じゃ。そなたとて、光を知らずに運命に翻弄され闇の底に落ちた魂……漂流しておった哀れな命を見つけてしもうたら、手を翳したくなるであろう? 妾はかつてのあの日、あの方に拾われた救いを忘れてはおらぬ。いつか誰かにその救いの手を差し伸べてやりたい、あの日の恩に報いるために……そう思うておったら体が勝手に動いていた。つまり、妾は悪くない。そうであろう?』
そんな無茶な理屈があるか!
と思うのだが、なぜか黒猫は納得した様子で頷き。
『あの方から受けた恩を誰かに、か。なるほどね、それならばまあいっか』
『ふふ、やはりそなたは妾の同類よな』
『まあ……同じ終末神話の属性があるからね。そして、共にあの方に助けられた者同士、そこは否定しないよ』
なにやら勝手に納得し合っているが。
……。
僕は主神に目線を向ける。
あの猫はなんだと。
そんな意図をくみ取ったのか、主神レイドは妃であるアシュトレトを眺めながら告げる。
『彼が三獣神として語られる殺戮の魔猫。大魔帝ケトス本人ですよ』
『うげ!? あれが!?』
つまりはうちのヤバイ女帝女神と、あっちのヤバイ獣神が微妙に一触即発状態にあったのか。
なるほど……どうりで周囲が緊張のあまり凄い顔になっていたわけだ。
彼らの中での話し合いは済んだのか、荒ぶる魔力は散っていた。
アシュトレトが僕に言う。
『ともあれじゃ――妾の判断は決まっておる。我が夫の判断に従うまで。なれど、息子のそなたの意見にも一理ある。つまりは、勝った方の方針に従おうぞ。そなたらもそれで構わぬな?』
他の女神の方針もそれで問題ないらしい。
こちらとは関係のない、場外での諍いはとりあえずこれで終わりのようだ。
つまり!
僕はメンチカツに目線で合図。
溜め込んだ強化を一気に解放し、メンチカツを強化!
強化! 強化! 強化!
このままどさくさに紛れて吹っ飛ばす!
と、思っていたのだが。
どうやらあちらも同じことを考えていたようで――。
『それ行けメンチカツ! 勝ってこい!』
『エビフライさん、今です――!』
あっちもあっちで強化済みのエビフライが、にやり!
強化状態の獣王がぶつかり合う。