獣王くんウォーズ~三匹の獣王に主神を添えて~
観戦席からの視線を受けつつも準備は完了。
模擬戦の舞台に立ち、それぞれが配置についていた。
相手側の主戦力はおそらくエビフライ。
主神レイドにはモフモフを攻撃できないという制限がついているので、この戦術予想はまず間違いなく正解だろう。
そしてこちらの主戦力はメンチカツ。
こう見えてメンチカツは本気で強い。
女神ダゴンが戯れつつも、ともすれば漁夫の利も狙っているだけあった切り札なのだ。
僕はオールラウンダーだが、接近戦は正直苦手――互いに前衛と後衛に分かれていると言っていいだろう。
どちらに賭けるか、あるいは万が一の引き分けか。
異界の神々による賭けの集計もついたのだろう。
ナマズ帽子のヒゲと自らの猫髯をくねらせたムルジル=ガダンガダン大王は絨毯の上、僕たちを交互に眺め。
『準備は良いな?』
いつもは自らの攻撃力を下げる装備をしていたメンチカツだが、今回は威力を高める装備を装着。
装備したメリケンサック系列の武器を力強く、平たい水掻きで叩き。
パン!
『おう! いつでもやってやろうじゃねえか!』
『ごめんね兄さん、ここは僕らが勝たせて貰うよ!』
エビフライも轟音と共に、背中のトゲから夢世界の肉塊を飛ばしつつ、ニヒィ!
弟とメンチカツが戦意を示す中。
僕と主神レイドは無言のまま……相手を睨んでいるだけ。
……。
こりゃ、考えてることは同じかな。
ムルジル=ガダンガダン大王も察したようで、ネコの尾を揺らし……。
『はぁ、まあ良い! では余が結界の外に出た瞬間が戦闘開始の合図! 各々、せいぜい励むが良い!』
告げて、ムルジル=ガダンガダン大王の空飛ぶ魔法の絨毯が結界外にでた。
その瞬間。
僕と主神レイドは同時に、エビフライとメンチカツが大きな音を立てている最中に、詠唱を完了させていた魔術を放つ。
『<ガペペペッペ、ペガ、ペーガペーガ>!』
『《集え、世界樹の森よ》』
同時に放った魔術系統は、エリア支配。
戦闘領域を自分の得意フィールドに変更する、戦いの基本である。
僕とメンチカツはマカロニペンギンとカモノハシ、共に水のエリアを得意としているので氷海エリアは僕らにとっての理想の大地。
対する相手が展開しようとしたのはエルフの大森林。
ハリモグラであり地の女神の眷属であるエビフライの得意エリアは土。そして主神レイドの種族はハーフエルフ、彼らにとってエルフの大森林は共に共通して動きやすいエリアといえるだろう。
だが――。
二つのエリア干渉の力は互角。
魔術式の重みも同じだったのだろう、互いに領域の書き換えに失敗。
主神レイドの領域書き換えが正面から相殺されるとは周囲も思っていなかったようだ、ざわざわっと観戦席からざわめきが生まれる中。
エリアは闘技場空間のまま――接近戦を得意とするメンチカツが突進。
状態異常耐性向上効果を獣毛に纏わせ。
ズジャジャジャジャ!
その瞳は獲物を狙うヤクザのソレ。
完全に狂戦士状態で拳を回転させ、爪をジャキーン!
そのまま自らに戦意高揚のスキルを発動させ、戦闘能力を上昇させたのだろう。
メンチカツの瞳は赤く燃えるように猛っている。
『くはは、くはははは、くはぁぁぁーっははは! カモノハシ流毒爪殺法! 夢海神の一撃、くらいやがりなぁああ!』
先に支援担当だろう主神レイドを倒すべく、ジャキ!
主神に向かい毒爪攻撃をしかけていた。
主神レイドもその直撃を受ける気はないようで、先端に目立つ髑髏のオーブが取り付けられた邪悪な杖を召喚。
断続的な、波状の衝撃波を発生させてメンチカツの機動力を削ぎ――カツン!
杖の石突で闘技場の床に叩きつけ衝撃波を強化。
音を打ち鳴らした後、くるんくるんと杖を回転させ、一言。
『幻影よ――』
おそらくそれだけで幻惑や魅了といった、動きを支配する魔術となっているのだろう。
メンチカツが状態異常に弱い事は有名な話、耐性を上げているとはいえそのまま耐性を貫通し制御するつもりなのだろう。
だが!
僕はパンとフリッパーを鳴らし、メガホンを召喚し装備!
偽証魔術を発動するべく、息を吸う。
その対象は魔術を放とうとしている主神レイドでも、なにやら大詠唱を重ねているエビフライでもなく、メンチカツ。
『メンチカツ! おまえは誰よりも強い! おまえは最強だ!』
『!? 面白い、偽証魔術による味方の強化ですか!?』
胡散臭い糸目を見開いた主神レイドの喉から、感嘆の吐息が漏れている。
偽証魔術はまだ発生したばかりの魔術体系。
だから多くのモノは応用ができていないし、研究も進んでいない。
だが、僕は違う。
再びメガホンを構え、ジャンプ!
『メンチカツ!』
『させませんよ!』
主神レイドが妨害用の攻撃魔術をセットしたのだろう。
その口から魔術名が解き放たれる。
『《無差別範囲妨害魔術――【メトロイアの狂弾】》』
瞬間、戦闘フィールドほぼ全域にペンギンすら凍り付かせる氷の散弾が乱射され始める。
単純な威力はおそらくそれほどでもない。
だが、その効果の本質は音。
ジャガジャジャガと放たれ続ける氷の散弾の轟音で、僕の声を掻き消すつもりなのだろう。
それでも、僕の魔術は妨害できない。
対抗手段は簡単。
音を掻き消そうとしているのならば、僕はメガホンのボリュームを引き上げる、ただそれだけである。
『いけ! 最強カモノハシアタックだ! お前の攻撃は直撃する!』
短時間とはいえだ――僕の偽証魔術により嘘が本当となり能力倍増、メンチカツへの支援は完了。この会場にいる誰よりも強い戦闘能力を獲得している筈。
その証拠に、メンチカツの俊敏な動きは武を極めるバアルゼブブ神さえ超えていた。
回避行動を取った主神レイドが影の中に溶けて消える寸前に、その腹に、メンチカツの掌底が音速を越えた神速で突き刺さる。
『早い……っ!?』
『あぁん! たりめえだろう! オレは、オレ様は! 相棒の最高の相棒なんだからなぁ!』
どうやら主神はすんでのところで杖による守りを発動できたようだが、直撃だ。
たった一撃で、主神レイドの杖が折れ――彼の身体は大きく吹き飛ばされていた。
追い打ちをかけるべくメンチカツが飛翔するが。
『戻れ、メンチカツ!』
『おうよ!』
危険を察知した僕はメンチカツを強制召喚。
主神レイドにとどめを刺そうとしたメンチカツがいた座標が、ザァァァァァァ!
その空間ごと、虚無の彼方へと掻き消されていた。
『なっ……嘘だろおい』
『うわぁ……おまえ、あのままだったら消されてたな……これ』
当たれば即死……というか時間と次元と空間ごと消えていただろう。
これは時と次元を操る能力。
ということは――。
『あっれー、ねえレイドさん。なんか読まれちゃってたみたいだよ』
『どうやらそのようですね――』
言って、全回復状態で戦線に復帰した主神レイドの手には、元の状態に戻った骸骨の杖。
主神レイドを先に狙い、速攻で落とす。
こちらの作戦は読まれていたようで……向こうは向こうで、主神を囮にした展開を組んでいたのだろう。
まあ一撃必殺の虚無魔術ともいえる、空間を虚無に消し去る技でのエビフライの奇襲。
速攻でメンチカツを倒すという向こうの作戦も失敗しているが……。
たぶん今のエビフライの一撃は……。
『おい、相棒いまのエビ小僧の技は』
『ああ、直撃を受けたら魔術に対する防御とか結界とかも関係なく即死だろうな』
んーむ……。
防御がいっさい関係ない、空間と次元と時の三属性による即死攻撃か。
そして空間と次元と時を操れるので、受けたダメージや装備破壊もリセットできると考えられる。
その証拠に、主神レイドは完全に無傷。
そしてその笑みには余裕がある。主神は主神でまだ遊んでいるのだ。
当たり前といえば当たり前だが。
こいつら、めちゃくちゃ強いでやんの。