神との契約~そもそも説明書とかって読まないよね~
やあ人類諸君、人間であることを満喫しているだろうか?
僕に言わせればそれはとても羨ましい状態だ。
なにしろマカロニなんていうふざけた名をつけられた僕は、望まずに人間の姿を捨てていた。
高貴なる黒のフォルム。
雄々しき嘴に、まるで恐竜のような眼光。
まあ、逆毛のように生える黄金色の飾り羽はそれなりに悪くないが……ペンギンはペンギン。
どれだけ整えようとしても、髪型を整えるようにはいかない。
まあようするに飛べない鳥の魔獣だ。
猛吹雪でもへっちゃらな、生まれついての<熱耐性>はありがたいとは感じるが。
あれから、三日。
僕は延々とこの氷海エリアを徘徊している。
ちらほらと氷漬けになっている魔物っぽい生物の姿も見えるが、正直、それらの強さは分からない。
なにしろ僕にはこの世界の基準がない。
いきなり超強敵に出会って死にたくもない。
だから僕は慎重に、この畳んだような短いペタ足でペタペタペタ……。
足跡すら即座に雪で埋まる状況を想像して貰えば、まあどんな場所かは理解して貰えるだろう。
孵化した場所は人類未踏の氷海エリアの最奥だったらしく、いったいいつになったら人と出逢えるのやら。
まあ……人と出逢ってもこちらはペンギン。
交渉できるかどうかもいまいち謎である。
『それもこれも、ぜんぶあの適当な女神のせいっ。あいつを拝んでる教会やら宗教施設を見つけたら、直接文句を言ってやらないとなっ』
まあいきなり極寒の地に放り出されたのだ。
それくらいの権利はあるだろう。
ともあれ、全ての熱と冷気を無効化する<熱耐性>はおそらくかなり優秀な能力なようだ。
氷地帯という事で、この辺りの氷使いの魔物には負ける要素はなさそうである。
それでもまあ、慎重を貫くが。
当てはないが、目標はある。
人里を探しているのだ。
ここは魔術がある世界、僕が人間に戻る手段も魔術師ならば知っているかもしれない。
だから、猛吹雪の中をペタペタペタ。
ぷち!
警戒なんてしてられるか!
と、僕は天を見上げ、ペペペペッペペ!
『あぁああああああああぁぁぁぁぁ! おいこら女神、聞いているんだろう!? 普通さあ! 冒険者ギルドの前とかで転生するもんじゃないの!?』
叫ぶ僕の声は再び<氷竜帝の咆哮>となって周囲を揺らすが、誰もいないのだから反応もない。
むろん、女神も黙ったまま。
もしかして天から眺めているのかもしれないが……。
氷海エリア全体を振動させた今の咆哮ですら、女神を含め反応は皆無。
ようは安全という事だ。
安全だと分かった僕はこれ幸い。
天すら漕げそうな腕フリッパーでビシっと天を指差し。
『やいやい天の女神! だいたい! あんた最高神の妻なんだろう!? 異邦人の僕をこんな場所に放置する形で転生させたら最高神の名に傷がつくんじゃないか! なあなあ! どうなんだよ! せめて人里がどっちにあるかとか、そーいう天啓を下すっていうのが最低限の責任ってやつなんじゃないか!?』
僕の正論攻撃に猛吹雪の空が割れ。
ペカーっと、神々しい斜陽が照らし出す。
けれど、前と光が違う。
空からあの女神ではない声が聞こえてきた。
『なにか強大な存在が騒いでいると思ったら――おや、あなたがアシュトレトが拾ってしまったという異世界からの来訪者ですか』
『は? あんた誰だ!?』
『これは失礼。私はこの世界の命に創造神と呼ばれている者。あなたを拾った天の女神アシュトレトの夫となるのでしょうね』
つまりは。
『最高神!?』
『ははははは、まあそうなりますね。この度は転生おめでとうございます……と、言っていいかは微妙なところでしょうが、ともあれようこそ我が世界へ。あなたは生前に殉教し善行を成した聖人であり、そしてなにより愛らしいモフモフなマカロニペンギン。私個人はあなたを歓迎しておりますよ』
どーも、この最高神とやらもあの女神と同類で面倒なヤツらしい。
慇懃無礼なその態度が怪しさ大爆発である。
なぜだろうか、相手がにっこり笑っている姿が容易に想像できていた。
『そりゃあ歓迎どうも! あ・り・が・と・う・ございますって言った方が良さそうなのかな』
『どういたしまして』
『いや皮肉なんだけど!』
『ええ、存じておりますよ。なるほど、あなたは彼女が言っていたように神すら畏れぬ存在のようですね。実に興味深い』
暇と金を持て余した一流企業の社長的な、享楽主義者の声である。
まああの女神の旦那なのだ。
類に漏れず、変人なのだろう。いや、人かどうかは知らないけど。
『って、まあいいや。なあ最高神様とやらにお願いしたいんだけどさあ、僕は確かに異世界転生を望んだけど、人間として転生を望んだわけだよ。今からでもこのペンギンから人間にジョブチェンジ的なモノってできないの?』
ペンギンが嫌いなわけではないが、僕的にはこの姿はアウト。
可愛い動物を愛でるのは嫌いじゃないが、愛でられるのは趣味ではない。
心からの叫びなのだが。
『おや、ペンギンの姿を捨てるなんてとんでもない。随分とかわいらしい姿なので、なにも問題ないかと』
『問題大有りだろうっ!』
『そうですか? しかしあなたは今からでも様々な種族になれますよ。たとえばアデリーペンギンだったり、イワトビペンギンだったり、フィヨルドランドペンギンだったりと選びたい放題です』
『範囲が狭すぎるんだよ!』
ツッコミスキルなるモノの上昇を感じつつも、僕は飾り羽を逆立て跳ねて文句をアピール。
最高神はやはり苦笑。
『まあ冗談はともかくとして、現実問題として今は解除できませんね。なにしろあなたには三柱の女神による加護、恩寵や守護といった概念が付与されております』
『はぁ!? 女神様の加護の何が問題なんだよ』
やはり神を畏れない相手を好いているのか。
最高神はこちらの態度も気にせず、前向きな声音で僕につらつらと説明図を展開し。
『加護といえば聞こえはいいですが、神の祝福と呪縛は表裏一体。たとえメリットしかない効果だとしても容易に解除できないのです』
ようするに。
『おいこら! あんたの妻がかけたのって、ようするに呪いじゃねえか!』
『たとえ良い効果の恩寵であってもそれは一種の呪縛、神からの呪いである。よくある話でしょうね。ああ、しかし効果は保証しますよ。あなたは間違いなく、現段階でこの世界最強の魔獣です』
『やっぱり魔獣じゃないか!』
『ええ、魔獣ですよ。ですが少々特別な存在なのは確かなのです』
言って、猛吹雪の天を割っていた最高神の光はペカー!
映像を投射。
三匹の悍ましい魔獣の姿を映し出す。
映像の中ではファンタジーで神々しい怪物が、澄まし顔である。
『うっわ、なんだいこの魔物は……』
『これは神々の眷属たるケモノ。地の女神が遣わせる陸の神獣ベヒーモス。海の女神が遣わせる海の神龍リヴァイアサン。そして天の女神が遣わせる神鳥ジズ。いわば上位存在ですね』
ケモノの王たちを見せた後。
神は露骨にコホンと咳払い。
ところで――と話を切り替え語りだす。
『あなたにこの世界における神の立ち位置を聞いて欲しいのです――我々創世の神は基本的に人間社会には不干渉。全てを自然のまま、彼らの自由にさせていたのですが……』
『ですがってことは止めたのか?』
『不干渉を止めたわけではないのです、ですが――実は最近、どうも人間が唯一の禁忌である神との約束を忘れてしまったのか、あるいは反故にしたのか……ともあれ彼らの中にたった一つのルールを破る者が出始めたので、少々困っておりまして』
『たった一つのルール、ねえ』
それと僕とは関係ない筈なのだが。
最高神は言う。
『ええ、ルールです。実はこの世界、本当ならば魔術の存在は封印してあったはずなのですが、世界を創った時にちょっとしたトラブルがありまして――魔術がある世界になってしまったのです。まあ一度ばらまかれた魔術を回収するのもどうかと思い、現状を維持していたのですがやはり魔術とは危険な力。故に、世界に影響を与えるような魔術による大きな悪事を禁じたのです』
『はぁーん、つまりは最近の人類が世界に影響を与えそうなほどの悪事を魔術でし始めたってことか。で? それを僕に語ってどうしろと?』
こちらからは見えないが、にっこりと笑っていそうな神の声が響く。
『話を急かしたくはないのですが。仕方ありませんね。今の人類にとっては神話の時代の、もはや失われつつある伝承なのかもしれませんが――かつて人類と私達神は魔術による魔導契約を交わしました。実はなんといいましょうか、人類が魔術を過剰に悪用した際に罰とも呼ぶべき天災が発生するのです』
その契約を忘れた。
あるいは知っていて無視したせいで、何かが起こりつつある。
ということか。
『ええ、その通りです』
『あのさああんたの奥さんもそうだけど、勝手に人の心を覗くのはどーなんだろうね?』
『はは、すみません! ともあれです、契約は契約。たとえ忘れてしまっていても契約は履行されてしまうでしょう。具体的に言いますと人類が魔術による大規模な悪事を行った時に、大いなるケモノが誕生するように設定していたのです。そのケモノは裁定者。罪人を神の側からではなく中立の立場で公平に審判するために、三匹の獣が誕生し人類を見定める。つまりは裁判にかけるシステムを組んでいたのです』
『ふーん、いきなり滅ぼすわけじゃないんだな』
『彼ら人類も広義では我々の子供。血肉を分けたわけではありませんが、愛すべき子供らだと判断しておりますからね』
本当に自らの世界、自らの子供らを愛しているようだが。
話が長くなっても面倒そうである。
『で? その三匹の獣がなんだってのさ』
『その三柱の獣王は本来独立した存在、三者が三者で結論を出し人間の魔術による罪を測る……筈でした』
『筈でしたって……』
『しかし困ったことに、どうもアシュトレトがそのシステムに介入し、まだ生まれる前の獣王の器を結合。一匹の獣として誕生させてしまったらしいのです』
ここで言葉が止まっていた。
空が、じっと僕を眺めている。
……。
『って、おい、それってまさか』
『ええ、どうやらあなたはその審判の獣王の合成獣として転生されたようですね』
くちばしに、汗が浮かぶ感覚は初めてである。
『されたようですねじゃない! あんたの妻の仕業だろう!』
『ははははは! いやあ、困ったものです』
『おい、神! 褒めてないんだからそんなに愉快そうな声で笑うんじゃない!』
『というわけで、あなたはこの世界の魔術師にとっては脅威の存在。特に魔術師の悪人はあなたを酷く怖がるでしょうね。なにしろ魔術の悪用の禁止は神との契約。あなたはその契約の獣でもあるわけです』
僕はフリッパーで頭を抱え。
『あぁあああぁぁぁぁぁ! やっぱりあの女神、やらかしやがったじゃねえか!』
『ええ、とても愛らしい妻でしょう』
『がぁあああああああああぁぁぁ! こいつもこいつで、最高神のくせしてなんかズレてやがるし!』
嘆く僕に苦笑を漏らし、最高神様が言う。
『嘆いている場合じゃないですよ。早く何とかしないと、あなた、命を狙われていますよ?』
『は? なんでさ!』
『言ったでしょう、魔術を悪用する者にとってはあなたは脅威で恐怖な存在だと。私ならば生まれたばかりのあなたを討伐しにくるでしょうし、ほら――あそこに大艦隊が見えるでしょう? あれは魔導船。魔術で動く船。あと一分後には、あなたを滅するために大規模儀式魔術……まあようするに核爆発のような魔術を撃ってくるかと』
核!?
『能天気な声で言うんじゃない! あばばばばばば! ど、どうしたらいいんだよ!』
『問題ありませんよ。あなたはアシュトレトがこの世界に転生させた最強の魔獣』
『いや、ペンギンだろう!?』
『姿も種族も確かにそうですが、同時にあなたは転生者であり審判の獣。ベヒーモスとリヴァイアサンとジズの能力を乗算した存在。まあ試してみた方が早いでしょう。その翼であの艦隊を指差し、好きなように念じてみてください――おそらくあなたのオリジナル魔術が発動されるはずです』
念じてと言われても。
『た、たとえばどうすれば!?』
『そうですね、殲滅したいのでしたら爆発をイメージしたり。逆に死者を出したくないのでしたら、艦隊だけを破壊する物質消去の引き算をイメージしたりでしょうか』
とりあえず、人はまだ殺したくない。
善やら悪の価値観ではなく、もし相手がまともな存在だった時に僕が困る。
だから僕は嘴から神鳥の息吹……まあようするに溜息を洩らし。
ビシ!
氷海に反射しているのは、偉そうな仁王立ちで、船を指差すマカロニペンギンである……。
な、情けないけど仕方がないじゃないか!
『こ、これでいいのか!?』
『ええ、あとはご自分で好きな魔術名を刻んでください。それが新しい魔術となります』
『じゃ、じゃあ! <消え去れ悪意よ>!』
僕がイメージしたのは、僕に悪意ある存在の武器破壊。
ようするに、僕を攻撃しようとしている者だけを対象とする装備破壊の魔術である。
今回ならば砲台やらを放ってきそうな魔導船が消え去るイメージを脳内に浮かべて、魔術フリッパーを構えたのだが。
次の瞬間。
猛吹雪の氷海。
氷属性で閉ざされていた空と大地に、超特大規模の魔法陣が発生した。
……。
一言で表すのならば、それは阿鼻叫喚。
突如発生した魔力による竜巻が、相手の船をまるでバターのように溶かし始めたのだ。
魔術を眺めていた最高神が言う。
『おや、お見事です。これで彼らもあなたを攻撃できなくなりましたね』
『いや、よく考えたんだけどさ。この世界の人類って、この寒さは大丈夫なのか? もし熱耐性がないなら、いきなり極寒の海に叩き落とされて、凍え死ぬんじゃ』
『熱耐性はないでしょうが、それでも船が沈む、あるいはあなたに沈められる覚悟と準備はして来たでしょうからね。生きて帰れはするでしょう』
まあ、自業自得か。
僕を攻撃しようとしていた相手にだけ効く魔術を組んだんだし。
……って。
『な、なあ最高神さんさあ』
『なんでしょうか』
『いまの魔術って、この世界の人類基準でどれくらいの力なのか。教えて欲しいんだけど』
『そうですね、百年以上を生きた最高位の熟練魔術師が五百人ぐらい集まれば、実現可能な魔術……といったレベルでしょうか』
最高位の熟練魔術師が五百人て。
『は? え!? じゃ、じゃあマジで僕って最強クラスなわけ!?』
『ええ、アシュトレトが恩寵を与えたのです、あなたの言葉で言うのならばマジでガチですよ。それゆえに、あなたは少々危うい存在でもあるでしょう』
ですから、と。
神は神の威厳と温かさを保ったまま。
けれど、荘厳な空気を孕みながら告げた。
『あなたが魔術を悪用したらどうなるか。その際は私が直接動くことになるでしょう、どうか、私にあなたを消させないでください氷竜帝マカロニよ』
声は穏やかだ。
だが、明らかな警告だった。
『よーするに、あんたは僕に釘を刺しに来たってわけだ』
『あなたも知らずに魔術の悪用をし続け、いきなり消されたくはないでしょう』
『そりゃあまあそうだけどさあ、一ついいか?』
『ええ、かまいませんよ』
『こんな力、異邦人の転生者に与えちゃってよかったのか……? わりとまじで……』
まっとうなツッコミに返事はない。
たぶん、本当は駄目。
あの女神の同僚のダゴンと呼ばれた神が反対した通り……。
『ダメなヤツじゃん……』
『まあなるようになるでしょう。基本的に我々は干渉しませんが、たまにはこういったスパイスも必要だろうと判断します』
ようするに、もうやらかしちゃったんだから仕方がない。
だろう。
こちらが突っ込む直前に、神は緊急回避の構え。
『さて――それでは警告はしました、そしてあなたを狙う魔術師たちもしばらくはおとなしくするでしょう。まあ……世界最強の魔獣、ベヒーモス、リヴァイアサン、ジズ、いずれかの神が目覚めたと人類は噂するでしょうが。――あとはあなた次第です』
あなたが魔術の悪用をしない限りは応援しますよ。
と。
一方的な言葉を告げて、天を割っていた光はいつの間にか消えていた。
氷海で慌てふためく人類を横目に、僕はふむと考える。
魔術の悪用を禁じられただけだ。
ならばと彼らに近づき。
にひぃ!
あぶあぶあばばば!
と、凍えて溺れそうになっている者たちに、そっとフリッパーを差し伸べ。
『やあ初めまして人類の皆さん。僕はしがないペンギン魔獣の商売人マカロニ。選ばせてあげるよ。このまま溺れるのと僕を人里に案内するのとどちらがいいかな?』
魔術を悪用しないのならそれでセーフ!
僕はさっそく自作自演の人助けを行い、正体を隠し人間社会に介入した!