ぐるぐる回って360度~主神と獣王の戯れ~
空中庭園の謁見の間で始まった、主神と獣王三匹による狂瀾怒濤な大騒動。
……。
まあ。
謁見の間に集まっただけなのだが――。
それでも僕らが集まり魔力をゴゴゴゴゴっとしていれば、それだけで周囲は何事かと飛んでくる。
やってきたのは六柱の女神のうちの一柱、朝の女神ペルセポネー。
朝の陽ざしのヴェールでキラキラと顔を覆う女神は、僕らを眺め……。
『嗚呼。また下らぬ事で揉めておるのであろうな』
重厚だが、呆れた口調でヴェールを揺らし……はぁ……と春風の溜息である。
僕が言う。
『おいこら女神! くだらないとはなんだ! こいつらはなあ! わざわざ踏まなくてもいい虎の尾を踏みにいくつもりなんだよ!』
『それは勘違いですよマカロニさん』
『そうだよ! 虎の尾を踏んできたのはあっちなんだから、僕らは反撃に何をどれだけしてもいいんだよ!』
ブラコンコンビの言葉を聞きながらも、んーむと唸るのはカモノハシ。
胸の前に平たい手を組んだメンチカツが言う。
『反撃っつっても、おめえらは加減ってもんを知らねえからなあ……。オレは当然知らねえが、仮に向こうをぶっ壊しちまった時にどうなるかとかは分かってるのか?』
うわぁ……メンチカツなのにまともな指摘である。
『それを調べるためにもまずはあちらを観測したいという話なのですが』
『だから、相棒はそこも危険だから冷静に待ったをかけてるんだろ? 今回の件に関してはそっちが急ぎ過ぎてるだろうが』
『メンチカツさんは兄さんを守りたくないの?』
情に訴えるエビフライの言葉を正面から受けつつも、後ろカモノハシ頭を水掻きで掻きつつメンチカツが言う。
『守るためにも冷静になれって話だろ。だいたい、おまえら……自分がどんだけ魔力を垂れ流してるのか気付いてんのか? また騒動かって、地上の奴らも身構えちまってるぞ』
『そうだそうだ! おいおまえら! メンチカツに言われるぐらいの状況だって分かってるのか?』
カモノハシとマカロニペンギンで、ぐわぐわガァガァ!
とりあえず落ち着けと抗議するも、あちらは兄さんを守るんだモードで暴走を維持。
主神レイドが底の見えない魔力を含んだ、甘い声で告げる。
『ですが、冷静になってください。やはり私たちの息子たるマカロニさんや、私の兄さんも危険な目に遭う可能性を考えると――外なる神をどうにかしないといけないのは事実だと思うのです。マカロニさん、あなたとて弟さんを危険な目に遭わせたくはないでしょう?』
『当たり前だろ!』
『ならば』
『だーかーらー! こっちから向こうを観測する事自体が危険だって言ってるんだろうが!』
どうも話が噛み合わない。
僕は比較的まともなペルセポネーに顔を向け。
『おい! あんたのところの主神がまったく話を聞かないんだが!?』
『仕方あるまい、此の者――朕らの主神レイドは兄の事となるとこう、何と告げるべきか、そう――非常に残念になるという致命的な欠点があるのでな』
『冷静に語ってないでなんとかしろ』
僕は外側を観測することの危険度を示すグラフを緊急で提示し。
『やるにしてもうちの弟を巻き込むな!』
『やっぱり兄さんは僕のことを一番に考えてくれるんだね』
でも、とエビフライは決意を込めたモキュ顔で僕を眺め。
『僕も兄さんの事が一番大事なんだ。ドリームランドでの戦いで兄さんが偽神ヨグ=ソトースを倒し、その力を奪ったって状態はたぶん、兄さんが懸念する抜け道……バックドアになってる可能性もあるんじゃないかな?』
『まあ……可能性としてはあり得るが』
『可能性がゼロじゃないならあり得てしまうのが魔術のある僕らの世界だよね、兄さん。だから一緒に兄さんに酷い事をした連中を駆逐して。草の根さえ生えない焦土にするぐらいの殲滅がいいと僕は思うけどなあ』
一見するとまともな意見だが、どうも先ほどから殲滅やらと規模が大きい。
はぁ……まあ弟に頼まれると無下にもできないか。
弟の頼みに折れたわけではないが僕は言う。
『実際問題だ、このまま実行することには僕は反対だ。猫の足跡銀河の奥にいる連中に助言やら助力を願った方がいいんじゃないか?』
『そーはいうが相棒。あっちの連中が介入してくると余計に混乱しねえか?』
う……っ、それはまあ確かに。
そもそもだ、あっちの宇宙……三千世界にとっては僕や弟は危険因子。
そのまま封印した方が安全なのだ。
もし変に相談を持ち掛けて、僕ら兄弟を封印するとなったらおそらく、僕を息子だと勘違いしているアシュトレトが本気でブチ切れる。
あれはどうしようもない女神だが、僕を思う感情は……まあたぶん本物だろうと家族の愛情に疎い僕でも理解していた。
そして目の前のこの主神もそうだ。
更にそして、主神が本気で願うならば他の女神も追従するだろう。
猫の足跡銀河を挟んだ異なる宇宙、彼らの世界との戦争など御免である。
エビフライがジト目でメンチカツに言う
『ていうか、エビフライさんはあっちに兄さんの友達だった三毛猫魔王さんがいるから、関わらせたくないんでしょ?』
『あぁん? そうだが、それがなんか悪いのか?』
『え? ごめんメンチカツさん。そんな普通に認められても僕も反応に困るんだけど……』
『相棒のダチはオレだけでいい、そうだろ?』
いや、それは普通に嫌だが。
こいつもこいつで面倒くせえ。
朝の女神が春風の吐息に苦言を乗せ始める。
『少々落ち着かれよ。レイドよ、汝もだ』
『ペルセポネー……私はいつでも冷静ですよ』
『恐らくアレも外の観測者からの干渉であったのだろうが――魔術無き世界に宇宙を書き換えようとした其方の所業、其方の本音。朕は忘れてはおらぬぞ。マカロニには借りがある、此度は朕の顔を立てては貰えぬか?』
『普段から真面目で公正なあなたにそう言われてしまったら、断れないじゃないですか』
『すまぬな――』
ペルセポネーが言う。
『此の機会だから告げておくぞ、マカロニよ――朕は心配しておる』
『なにをだよ』
『今の汝の実力だ――』
僕の実力?
『汝は恐らくかなりの強者へと上り詰めた――故に、暴走に流れやすい神々を押さえる役として、朕もその活躍を期待しておる。なれど、どこまでの力を押さえつけられるのか、それが分からぬ。そして其れは汝を押さえつける場合においても同じ。そなたが暴走した場合、果たして朕らで押さえることができるか……』
『って言われてもなあ』
僕は先ほど覚醒、目覚めたばかり。
んー……と唸る僕にそのまま彼女は続ける。
『そして神の子エビフライよ。汝も同じだ。朕にはそなたの力がどれほどのモノなのか、読めぬ。読めぬという事は少なくとも朕と同格、或いはそれ以上であるとは想定できるが』
『んー朝の人は何が言いたいのかな?』
『そなたの兄であり、そして主神レイドと女神アシュトレトとの子である氷竜帝マカロニ。彼のモノの実力を測りたいと朕は思うておる。そもそもだ、マカロニよ』
『なんだよ』
朝の女神ペルセポネーの言葉に、僕は目線を移し。
じぃぃぃぃぃ。
『そなたは其方自身の今の力……そして宇宙属性とされる不安定な弟の実力が分からぬ故、人間という器を与え安定させたくもあるのであろう?』
『まあ概ねな』
他にも様々な感情もあるのだが、まあ説明するのも恥ずかしいし、いいか。
と、僕はてきとーに流したのだが。
僕の横で、解釈違いにイラッとした様子でメンチカツが言う。
『ちっ、女神はやっぱ分かってねえな。相棒はそれだけじゃねえ、人間として生まれていれば得られるはずだった幸せみたいなもんを、エビフライの野郎にも与えてやりてえんだよ。その幸せが本当に幸せかどうかは別としてだ。少なくとも、選択肢には入れてやりてえって思ってる、そうだろ?』
うわぁ……正解なのだが。
なのだが……。
このカモノハシ……、そこまで見抜くのはふつうに怖いって。
朝の女神ペルセポネーもちょっと引きながら。
僕に言う。
『その……汝は色々と大変そうであるな』
『あんたのそーいうまともな感性を、どーにかこいつらにも教えてやって欲しいが。まあそれはそれとしてだ、本当に結局、どうさせたいんだよ』
『簡単な話だ。朕は思う。憤懣の魔性として覚醒した汝……氷竜帝マカロニとその弟、ダニッチの怪物と畏れられたエビフライ及び、主神レイドとの模擬戦を提案する』
よーするに、実力チェックをしておきたい。
そーいうことか。
『つまり、僕とエビフライがコンビで主神と戦えってことか』
『否、そなたが単品で、エビフライと主神がセットである』
……。
は!?
『それはさすがに卑怯だろ!』
『然り。為れど、此度の件……恐らくこやつらが暴走した時はセットであろう? 主神と獣王を押さえることができるか、其れを知りたいと願っておる。勝者にはそうだな、偽神ヨグ=ソトース達に対する方針への発言に優先権を得る、如何か?』
こいつらの暴走は実際におきかけていた。
模擬戦という形で、もしもの状況を再現したいのだろうが。
僕は言う。
『それならこっちはメンチカツを使うぞ。この状況ならこいつは絶対に僕に協力するだろうからな』
『ふっ、そうだな相棒。いいぜ、オレはてめえの側についてやる』
僕らはぐわぐわガァガァ!
ダブルくちばしで声を上げ、向こうは胡散臭い主神とモキュモキュハリモグラで頷き。
『いいでしょう――』
『こーいう状況だからね、今回ばかりは手加減しないでやるからね! 兄さん!』
……。
あれ? 結局これ、さっきの状況とほとんど同じじゃないか。
そんな疑問を浮かべる横、朝の女神は戦いの舞台を整えるべく魔法陣を展開していた。