共通属性~お兄ちゃんの計算外~
夜の女神さまとオマケの午後三時の女神との対談を経て。
僕がやってきたのは、胡散臭い男が待っていた一室。
いわゆる謁見の間、というやつである。
要件はやはり弟の件。空中庭園の最奥にあたる部分である。
夜の女神さまに『結局、そーいうことは大将に聞いた方がいいだろ。まさかマカロニ、おまえ弟のためだって言うのに大将に会うのが嫌だから聞きにいかない、なーんて言わねえだろうな?』。
と、ふつーに説教を受けて、そのままエルフの騎士団に案内されここにきた。
というわけなのだが……。
僕はムスー……と、クチバシを尖らせいつものジト目。
やっぱり主神レイドと会いたくないのだ。
……。
よし! 帰ろう!
と、回れ右して引き返そうとする僕の足が、なぜかニカワを踏んでしまったように固まっている。
当然、今の僕にこんなことができるのはかなりの強者のみ。
つまり。
『やいこら不審者主神! 僕の足を固めるってのはどーいう了見だ!』
『息子が謁見を拒否して帰ろうとしているのです、止めるのが親としての義務なのでは?』
『誰があんたの息子だ!?』
胡散臭い慇懃口調に胡散臭い声。
やはりこれは主神レイドのしわざである。
クワクワペペペペ! っと吠える僕の目の前で謁見の間の扉が開き、ダン!
僕は扉に引き込まれ、そのまま胡散臭い主神の伸ばす腕の中。
扉の外にいた僕を転移技術で召喚し、ぬいぐるみのように抱き上げたのだろうが……。
ものすごい、魔導技術の無駄遣いである。
『マカロニさん、あなたはアシュトレトと私の加護と恩寵をもってこの世界に産まれた獣王。つまりは、私の息子でしょう?』
『異議あり! それは拡大解釈だ!』
『しかし事実として、神話において夫婦神が共に恩寵を与え産まれた者を子と表現するのは間違いでは――』
『却下だ、却下、ド却下なんだよ!』
言いながらも僕は足をバタバタとさせペンギンキック!
人をモフモフして頬を摺り寄せようと不気味に微笑む主神スマイルを押し返し、とりゃ!
蹴った反動でくるりんぱ!
謁見の間の無駄に輝く床に着地。
『うわぁ! さすがだね兄さん! ウルトラCだ!』
見事の着地に拍手をしたのは、なぜか既に謁見の間にいたハリモグラ。
……。
というか、弟のエビフライである。
まあメンチカツと一緒でこいつも好き勝手動くからなあ……。
『おまえなあ……僕が目覚めたってみんなに伝えるように頼んだはずだろ』
『そうだね、だからここのオーラにも物怖じしない僕が空中庭園にきたんじゃないか』
『まあ理屈ではあってるが……』
絶対なにか企んでいると兄だからこそ僕は分かっている。
僕が気付いていると弟も当然気付いていて、にへぇ! っとハリモグラな頬をデレっとさせエビフライが言う。
『それともメンチカツさんがここに来た方が良かったかな? たぶん、またなんかやらかすよ』
『そりゃあアランティアもああだし、おまえが適任かもしれないが……なんかやってないだろうな?』
『嫌だなあ、兄さん。ただ僕は主神さんに外なる神の滅ぼし方を聞きに来ただけだし』
はい、もうやらかしかけてる。
僕は目線を主神の無駄な美形顔に向け。
『まさか教えてないだろうな!』
『ご安心ください、残念ながらこちら側から外なる神に干渉する技術は、まだ確立していませんからね。教えたくても無理なのですよ』
『まだ!? ってことは、まさかあんた!』
『ええ、いつかは外側からの干渉を完全に断てればと思っております。エビフライさんはその研究にご賛同、ご協力していただけるとのことで今契約書を……』
は! こいつ!
僕は相手の所持品を盗む異能を使い、クワ!
『勝手に契約をしようとするんじゃない! 僕の弟だぞ!』
『私の息子であるあなたの弟さんなのですから、つまりそれは私の息子ですよね?』
『誰がダブルもふもふだ! 弟から離れろ、このモフモフ卿!』
モフモフ狂いと言いたかったのだが、魔術翻訳のニュアンスが卿になってしまった。
兄さんが僕のために怒ってると満足そうにしているエビフライの横で、主神レイドは肩を竦めて見せ。
『しかし実際の話です。こちらといたしましては是非、弟さんの協力は取り付けたい。今後、同じような事件が起こった時にこちらから干渉ができるかどうかは、かなり戦術に影響しますからね』
『兄さん、僕も兄さんを苦しめたあいつらを殲滅したいしどうかな?』
簡単に言っているが……。
『そもそも相手はたぶんこちらが観測できない文字通りの別次元の存在だろ。対策もせずに、下手に向こうを観測しようとするとアウト。観測効果を利用されて、向こうがこちらに干渉するためのバックドアにされる可能性もあるだろ』
『確かにないとは言い切れません――』
主神レイドは素直に認め。
『あなたは弟さんを危険な目に遭わせたくない、そういうことですか』
『ああ、そうだ。もし僕に無断でそーいう話を進めているのなら、僕はたとえアンタが相手でも敵対するぞ』
『なるほど、やはりマカロニさんは弟さんを本当に大切に思っているのですね』
『唯一の家族なんだ、当たり前だろう』
ここでふざけているのなら、あなたのパパですが?
とか言っていただろうが、真面目な話なのだろう。
主神レイドは神の威厳を感じさせる声で、告げる。
『理屈は理解しました。ですがそれは弟さんにとっても同じ、エビフライさんはあなたを守りたいのですよ。なにしろ昨年の事件、その黒幕たる偽神ヨグ=ソトースの最終目標は、神さえ裁けるあなたの器を乗っ取ることにあった。そしてあなたは一年もの間、眠っていた。あなたは兄です。ならば弟さんがあなたを心配する気持ちも理解するべきです』
妙に弟の肩を持つが……そういやこいつ、クリムゾン陛下っていうお兄様がいたんだっけか。
つまりこいつも弟なのだ。
弟神の側面もある主神レイドが正論を語るように……静かに瞳を細め。
『兄の敵は全て殲滅する。それが弟なのですよ』
『そうだよ、兄さん!』
『エビフライさんから相談を受けた時、お恥ずかしい話私は感激し、一瞬ではありますが声を失ってしまいました。弟だからこそ、兄を守るべきだというあの主張に私は強く共感したのです』
『そうだね、弟はお兄さんを守るために動かないとだよね!』
そして、こいつらは僕を眺めて、頷き合っている。
僕を守ろうとする意志は感じる。
が、どうやらそれが行き過ぎている気配がある……。
あ、やばい。
考えてもみなかったがこいつら、実は狂信的なブラコン。
弟属性で相性がいいのか。
僕がなんだかんだクリムゾン陛下と相性が良かったのと同じ。
ならば、まずい!!!!!
僕が暴走しがちな弟の弱体化を図っていることは、こいつらにとっては迷惑な計画だと思われている可能性が高い。
僕は弟属性の連中から距離を取り、床にフリッパーを叩きつけ召喚魔術を緊急詠唱!
ズズズズズ!
大規模な魔法陣が空中庭園に展開される。
『こい、メンチカツ!』
『おうよ! オレを呼んだな相棒!』
毒には毒を。
バカたちにはバカをぶつけて相殺だと、賢い僕は暴力カモノハシを召喚していた!
……。
ん?
いやいやいやいや。
え? なんで僕はこいつを呼んだんだ。
絶対事態を混乱させるだけだと分かっているのに、なぜか誰を呼ぶとなった時に、深層心理の奥でこいつの顔が浮かんでいたのだ。
……。
あぁああああああああああぁっぁ!
そういや、僕の夢世界にはこいつのドヤ顔像が並んだままなのか!
チラっとだけ映る画像が思考に影響を与える……サブリミナル効果みたいな現象が起こっているのだろう。
後で誰かに依頼し、撤去するとして。
呼ばれたこいつはご満悦。
『なんだか事情は知らねえが、相棒! オレさまはどんな時でもてめえの味方だ! 主神相手でもエビフライ相手でもなんでもしてやるぜ?』
獣毛をギラギラと光らせるカモノハシは相手に怯まず、フン!
このメンチカツ……そのアレさは既に空中庭園でも有名なのだろう。
なんか謁見の間の門番をしているエルフの騎士団が、うわぁ……としているが。
まあこっちの絶対的な味方で戦力になるのは確かだから、気にしないことにしよう。