マカロニの真意~それぞれの地雷案件~
『というわけなんですが女神様、なにか妙案などございませんかね?』
きちんとペタ足を整え、羽毛でキラめく太ももに揃えたフリッパーを乗せ。
お辞儀を一つ。
姿勢を正し目上の女神に必要な態度で僕こと氷竜帝マカロニは問いかけたのだが。
夜の女神キュベレー様は、深い夜と輝く月光を表すような金と黒に分かれた髪を掻きながら。
隣をジトォォォ。
そこには引き続き午後三時の女神が、頬を膨らませ僕らを睨んでいて。
夜の女神さまが、はぁ……と重い息を吐き告げる。
『事情は分かったんだが、おいなんだおまえ……なーんでオレを睨んでやがる』
『あなただけ狡いのだわ!』
『仕方ねえだろう、おめえらがマカロニに対する初手を間違えただけだろうが』
『あたしは悪くないもの! あたしを敬わないペンギンさんが悪いんだもの!』
そーいうところだろうが……と、夜の女神さまはまた一つ重い息を吐く。
『ところでマカロニ、アレは良かったのか』
『アレですか?』
『ペンギン印のウォーターサーバーの件だよ、ありゃあこの世界の生命線でもある。ムルジル=ガダンガダン大王は悪さはしねえだろうが、あいつも気まぐれな猫魔獣。やろうと思えばかなりのことができちまう、上位の獣神で主神に匹敵する神性の四星獣だ。この世界の水の利権を利用し世界征服だってできちまうだろう』
当然の心配である、さすがはまともな女神さま。
うんうんと感動している僕を、ぷくーっと頬を膨らませたままの午後三時の女神が眺めているので、僕はあえて無視し。
『ご安心ください、そもそも大王はそこまで愚かではないでしょうし――僕はあくまでもこちらの世界の国王、向こうの宇宙……たしか伝承では三千世界、でしたか。あちらの宇宙にまで感染させた水の利権は僕だけでは管理できませんからね。規模が拡大したこの辺りで、適切な人材に譲渡するのが妥当かと判断いたしました』
『なるほど――』
『それに契約書にこちらの宇宙とは利敵行為を含み敵対しない、との一文を加えております。そして約束が破られれば契約の差し戻し、権利書の返還も含まれますので、万が一という事もない筈です』
言って、僕は契約書の写しを提示して見せる。
『そんなわけで、ムルジル=ガダンガダン大王も普通に金儲けに使うだけで、こちらにとってデメリットはなし。むしろ大王の管轄となった事で供給も安定するだろう――と』
魔術文字を細い指でなぞった夜の女神さまが、ヤンキー風に自らの髪を掻き。
『おまえ、あいかわらずすげえな。マジでこっちが損することは書かれてねえでやがる』
『あらほんと、まるでダゴンみたいなのね。って! またあなた凄い顔してるわね……』
腹黒女神ダゴンはいったいどこからどこまで計算していたのか。
僕には正直よく分かっていない。
『腹の奥が見えない存在ってのも苦手なんだよ』
『まあ、あの子……実際あの服の中は虚無の海。覗き込もうとしたら吸い込まれてしまうのでしょうけれど……あんまり本人にはそーいうこと言っちゃだめなのよ? アシュトレトとは違って、ダゴンは手口や”やり口”は陰険でも、わりと目的自体は真っ当なんですもの』
『手段がえぐいんだよ、あの女神……』
目的のためなら何でもしてしまうタイプであり、その目的自体はまとも。
その辺りは外なる神連中との共通点ではあるか。
『しかし、あんたなあ、その言い方だとアシュトレトは目的が真っ当じゃないみたいだな』
『あらペンギンさんだってそう思うでしょう? アシュトレトは目的も手段も真っ当じゃない事ばかりで、しょーじき、ペンギンさんの器を奪ってどーにかしたいと思ったらしい偽神ヨグ=ソトースの気持ちが少しわかるのだわ』
午後三時の女神に続き、夜の女神さまも眉を顰め。
『つい最近だって――だ。マカロニがこの世界には維持する価値がある、まだ楽しさも可能性もある世界だって示せていなかったら、どうなってたか分からねえし。新しいもの好きなアシュトレトと、人類に呆れていたペルセポネの野郎は”黎明期までこの世界を戻す”、なんて言いだしてもおかしくなかったからな』
『だからといってペンギンさんの身体を奪っていいわけじゃないもの、それに……体を奪うために両親を自らの魂から創り出して――……あまり気分のいい内容じゃないのだわ』
やはり彼女たちは女神。
ちゃんとした会話をしているとまともに見えるのだが。
まあその辺を突っ込んでいても仕方がないか。
『偽神ヨグ=ソトースやそれに類似する存在がまた何か仕掛けてくるかもしれない。その前に弟に人の器を与えたいってのが僕の考えなんだよ』
『ペンギンさん、あなたがたとえば多次元宇宙……パラレルワールドを覗く異能かなにかで、仮に人間として生まれていたらどんな弟さんだったのか、それを確認できるルートを観測することはできないのかしら』
『んー……それはあんまりしたくないんだよな』
月の女神さまと午後三時の女神は顔を見合わせ。
『手っ取り早いし、確実に分かるだろうに――どうしてだ?』
『あくまでも僕の仮説ですが……強力な未来視は一種の架空の宇宙を生み出す能力に近いのではないかと考えるからです。それが非常に問題なのです』
『どーいうことなのかしら』
『今回もあり得たかもしれない僕らが、三獣神ロックウェル卿らの強力な未来視から召喚されただろう?』
敬語とタメ口を使い分ける僕をじっと睨む午後三時の女神の前。
異世界の逸話魔導書から手に入れた知識をまとめ、プレゼンの姿勢を作り。
今度は夜の女神さまを向き、僕は仮説を続ける。
『実際に召喚ができてしまうということは、仮想世界といえど世界と宇宙が再構築されていると考えられます。それはおそらく外からの観測者、今回ならば偽神ヨグ=ソトースが中に干渉するため自分の分霊を僕の両親として落としたように……外と中との接点になる可能性がある。そもそも僕らは分類すると外なる神の子。おそらく、外からの干渉も受けやすいと思われます』
僕は宇宙の脆弱性を示し、自らのマイナスになる情報でも隠さず告げていた。
『あり得たかもしれない夜鷹兄弟、その接点を利用される可能性はゼロではないのです。未来視で内側に生み出された仮の世界をハックされ、外から中に干渉するための中継地点、脆弱性のあるセキュリティーホールにされてしまう恐れがあるかと――』
『すまねえがマカロニ、そのセキュリティーホールってのは』
『そうですね、正確なたとえではありませんが難攻不落の砦の中に、やり方さえ知っていれば、即座に誰でも移動可能な”転移門”を作るようなモノだと思っていただければ』
丁寧に図説する僕に、午後三時の女神が言う。
『やっぱりキュベレーに甘いのだわ! 差別なのだわ!』
『黙れちびっこ女神!』
『ケンカしてる場合じゃねえだろう……』
仲裁する夜の女神さまは、言いにくそうな顔で……しかし、言わねばならぬという顔で。
『つまりは、おまえら兄弟は外なる神に利用されやすい不安定な存在ってことだろう? 言いたくはないし、非道だって事は分かってるが――危険を承知で弟に人間の器を与える必要があるのか? ぶっちゃけハリモグラのままで滅茶苦茶かわいいじゃねえか』
『実にその通りだとは思いますが、これは弟の弱体化も兼ねているんですよ』
ピクりと眉を跳ねさせ、夜の女神さまが声のトーンをわずかに低くし。
『説明しろ』
『ぶっちゃけちゃいますと、三女神が好き勝手に、後先考えずに強大に魔改造した”獣王の器”を持ったままの弟を好きにさせると、何をやらかすか分からないんですよ』
『あー、あたしは分かっちゃったのだわ』
午後三時の女神が言う。
『ごく普通の人間の器を与えることは、弟さんにとっては弱体化につながる。制御しやすくなるって認識でいいのね』
『ああ、そうだよ。なにしろこの世界、なんか知らないけどモフモフ生物に対して、信じられないぐらいの能力上昇効果があるからな。人間の器っていう不純物を混ぜるだけで、だいぶバランスはとれると思うんだが』
『はぁ……それはウチの主神で一番偉い神様のせいなのだわ』
そう、ここは変な場所。
主神レイドの贔屓の影響か――モフモフ生物は神の恩寵の対象内、モフモフアニマルであることで相当なステータスボーナスが得られる世界なのだ。
夜の女神さまが少し困った顔で言う。
『しかし、いいのか? 自分の弟を弱体化させたいって、あんま良い話でもないだろう』
『こっちは既に対処をしたっていうアリバイというか、言い訳や大義名分が得られますし。なによりあいつが本気で暴走した場合、現実的に止める役目を担うのは僕でしょうからね。そして、たぶんあいつは暴走するんで……』
『ん? おまえがいればそう簡単に暴走しねえだろ』
『いえ、いるからこそ暴走もします。なにしろ僕も、もし弟が危険だからとどこかの神が滅ぼそうと動いたら、他の何をも……全ての宇宙を犠牲にしてでも守りますから』
僕の表情や声がどうなっているのかは知らないが。
目の前の女神様二人は、ビシっと完全に顔をヒクつかせ。
夜の女神さまの方が、深いため息に言葉を乗せる。
『はぁ……おめえの場合はそれ、ジョークじゃなくてマジで言ってやがるんだろうなぁ……』
『ブラコンも家族愛といえるかもしれないけれど、あなた……弟さんの話となると、目がかなり怖いのよ? 自覚しているのかしら』
僕ら兄弟はやはり危険視されているのだろうが。
僕はジト目で言う。
『そーは言うが、あんたらも主神レイドが迫害されそうになったら宇宙ぐらい平気で犠牲にするだろ?』
二人は顔を見合わせ。
『そりゃまあな』
『当然なのだわ』
僕が言うのもなんだけど。
創世の女神……こいつらも大概だよなあ……。
まあ、偽神ヨグ=ソトースの主張や行動の正当性が認められそうな気がするので、黙っておこう。