割り込み相談~ホットミルクの味を僕は知らない~
空中庭園に新たに作られた応接室にて、僕はソファーに座りペタ足をどでーん!
夜の女神さまがいらっしゃるのを待って、チュルチュル。
出された果実ジュースをペンギン用ストローで啜っていたのだが。
転移の気配を感じた僕は姿勢を戻し、女神さまに対する尊敬を示すべく頭を下げて転移完了を待った。
が――!
やってきたのは夜の女神さまではなく、おフランスな人形のような少女姿の女神、昼の女神こと午後三時の女神ブリギッドだった。
『なんだ、あんたか――』
下げていた頭を上げて、ソファーに寝そべり。
ジュルルルルルル!
音を立ててジュースを飲み切り、召喚したマカロニ隊にジュースのお代わりを用意させ、げぷぅ!
神を神とも思わぬ態度にイラっとしたのだろう。
僕に断らず着席した少女姿の神が、プクーっと頬を膨らませ。
『な、なななな! あなたねえ、なんなのよその態度は!』
『うるさい! 僕とあんたは相性が悪いって知ってるだろう!?』
『そっちが勝手に苦手意識を持ってるだけでしょうが! ちょっと! 夜の女神との差が酷過ぎるんじゃないのかしら!?』
ダンダンダンと応接室のテーブルを叩き吠える午後三時の女神ブリギッドであるが、彼女の指摘は実は正解だったりする。
苦手意識があるのは事実なのだ。
その理由も僕は知っていた。
『あのなぁ……あんたはたぶん竈とか家庭とか、そーいう家族を温かく照らすヘスティア神の流れを汲んでる神だろう?』
『あら、よく勉強しているじゃないの』
人形のような女神は、ふふんと胸を張り。
鼻高々な表情で小さな胸の上に指を置き。
『あたしはヘスティアでありブリギッドでありブリジット! あたしはいつだって家庭を温める炎の母。あたしは家庭の火であり、家庭の火はあたし。このあたしがある限り、家族は寒さを知らずに――』
『あー、ストップ。よーするにだ、僕はそーいうのが苦手なんだよ』
『そう――あなたは家族の温もりを知らないのね』
胸を張っていた姿勢を止め、うんうんと頷いた彼女はまるでメンチカツのような顔をし。
『つまり、あたしをお母さんと思いたい、そういうことなのね?』
『なにをどうするとそうなる!?』
『あら! あたしはこんな姿ですけれど、母性の神性でもあるのだから当然なのよ? 照れちゃってるペンギンさんの代わりにあたしが言ってあげる、あなたはあたしに家族の温もりを求めているのよ!』
いるのよ! いるのよ! いるのよ!
と、声にエコーがかかっているが、うわぁ……どうして女神はこう、勘違いで暴走する輩が多いのだろう。
その勘違いを正すべく、僕はいつもより重めのジト目で、じぃぃぃぃぃ。
『あら、なにかしらその顔は』
『あのなぁ……もし急にアシュトレトが今日から妾がそなたの母じゃ! なんて善意百パーセントに言いだしたら、どう思う?』
『へ……?』
想像したのだろう。
しばしの沈黙の後、ビシっと全身を真っ白にし硬直。
ぷるぷると震えだしてしまう。
どうやら、クリティカルヒットしたのだろう。
午後三時の女神はコホンと咳ばらいをし、淑女の仕草で紅茶を飲み干し。
ふぅ……と気分を落ち着け、反省を知る乙女の顔で頭を下げる。
『その、ごめんなさい――あたし、すこし暴走していたようね』
『めちゃくちゃ効果あったな……』
『でも、ペンギンさん。あなたにとって母や家庭が想像できないからあたしと相性が悪い、それは理解できたのよ。それを承知で言わせて貰うのだわ』
『なんだよ』
『たぶん今のあなたは弟さんに幸せを取り戻して欲しいとか、家族としての愛を教えてあげたいとか……そーいう感情を持っている、それでいいのよね?』
こいつ……やっぱりちゃんと女神なのだろう。
家族や家庭の調和を神性としているだけあり、こういう所には威厳を感じさせているのだ。
見透かされているが、それは別に苦というわけではない。
『ああ、そうだ。どうやらあいつが不完全な肉と宇宙として生まれたのは、僕のせいでもあったみたいだからな』
『ヤハウ……ェ……。いえ、四文字で語られる父なる神。上位存在……仮に外なる神と呼んでおくのだけれど、宇宙に干渉するためにお節介な管理者が送り込んできた偽神ヨグ=ソトース。彼は最終的にあたしたちすらもやりようによっては勝てる存在、夜鷹兄弟を創り出した。そしてその最終目標は、成長したあなたの器を奪う事にあった。ここまでも正しいかしら』
『たぶんな――まあ、偽神ヨグ=ソトースが自分自身の事を”そう勝手に思い込んでいる存在”って可能性もあるが』
午後三時の女神は女神の顔で深く考え。
『いえ――この宇宙の中に入って来てアレが暴走したという可能性はあっても、思い込みだけでできる運命操作ではないのだわ。たぶん、宇宙を維持しようと、それこそ宇宙の外側からこちらに干渉する存在は実在しているとあたしは思うのよ』
『宇宙の存続こそが全てであり、中の生き物がどう思おうが苦悩しようが関係ない。ただ元の形へと戻そうとする存在……まさに機械みたいな心のない神がいるのかもな』
それこそ宇宙そのものこそがナニモノかの人体と考えると、この考えは一致する。
僕たちとて、風邪のウイルスが体内に入ったからといって、自らの細胞に風邪のウイルスを倒せとは念じたりはしない。
脳や体内が勝手にウイルスを駆逐しようとするはずだ。
それこそ自動的に、機械のようにその排除は行われるだろう。
まあ、対症療法として風邪薬を飲んだり、魔術によるウイルスの排除をしたりもできるが。
ともあれ。
人々からは神と崇められる女神が言う。
『答えは知りようがないのでしょうね。だっておそらく、あたしたちの方から外を覗くことはできないのですもの』
『そもそもさあ、あんたらが宇宙を崩壊させるような案件ばっかり起こすのが悪いんじゃないのか?』
『自覚がないようだから言わせて貰うのだけれど、あなた達兄弟も大概なのよ?』
僕は目線を逸らし。
『まあそれはどうでもいいが、結局何が言いたいんだ』
『弟さんのために家族を知りたいのなら、あたしは本当に役に立てるはずなのだわって話よ……って! なんなのよその嫌そうな顔は!』
『嫌そうじゃなくて嫌なんだよ!』
『まぁぁぁぁ! こんなに可愛い女神さまがせっかく手伝ってあげようって言うのに! いいこと! 家族の温もりを知らないままだと、終わり! あなたたち兄弟の家族団らんはこうなるのよ!』
言って、午後三時の女神はあり得るかもしれない未来を照らし出す。
そこには、なぜか僕たち兄弟の真ん中に座るドヤ顔カモノハシ。
メンチカツが兄貴面をして、ふつーに家族団らんに加わっているのである。
『あいつ……本当にどこでも図々しくやってくるな』
『こうはなりたくないでしょう? あなたは家族について知らなすぎる。賢いわりに、抜けている部分もそう。あなたは机上の空論で世界を動かし過ぎる。そしてそれができてしまう能力がある。結果的に、世間とのずれがでてもおかしくない。よーするに、本当に分からなくなったら少しはあたしを頼りになさいって話なのよ』
本当に気にかけてくれているのは分かる。
だが。
やはりどうも僕はこの女神が苦手だ。
母という存在をとっくに諦めているからだとは思うが。
どう接していいか分からないという部分もある。
『とりあえず頼みがあるんだが』
『なにかしら!』
『夜の女神さまにチェンジで』
ぷくーっと頬を膨らませた午後三時の女神からの説教を聞き流し、しばらく。
本命の相談相手で僕が唯一尊敬している女神、夜の女神キュベレーさまがやってきたのはおよそ三十分後の出来事だった。
……。
どうやら、午後三時の女神も同席するようだが。
まあ……アシュトレトが同席するよりマシか。