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再建されし空中庭園~そーいや、おもいっきりやっちゃったんだっけ~


 空中庭園に転移した座標はいつもと同じ。

 けれど、景色にかなりの変化が起こっていた。

 飛んだ先は――どうやらハイエルフやエルフの騎士団が駐屯している、砦のような場所だった。


 まあ、このあいだ夢世界からここを、なんというか……ぶっ壊したからなあ。


 守りを固めている施設でもあるようで――当然、多くの使用人や衛兵の姿がある。

 それは僕から見れば異世界人。

 おそらくこの世界の黎明期、神話の時代より国王としてのレイド=アントロワイズ=シュヴァインヘルト=フレークシルバー、主神に仕えていた者たちだろう。


 耳が長く端正な顔立ちの彼らは、まあやはり、本当にいわゆるエルフだろう。何事かと騒いでいるようだ。


 転移しやってきた僕は彼らから見れば一年前、空中庭園を奇襲した犯人。

 そんな僕が転移をしてきたのだ、身構えるのも無理もない。

 ここは舌先三寸で乗り切ろうとクチバシを開いた僕こと氷竜帝マカロニは、こほんと咳払い。


 いわゆるミスリルと呼ばれていそうな精霊銀。

 魔術への耐性がモリモリそうな素材で作られた輝く兵舎に向かい、僕は言う!


『やいやいやい! 慰謝料は払わないぞ!』


 あ! つい本音が先に出てしまった。

 衛兵の代表なのか、やってきたのは無精ひげを生やした貫禄ある美貌のエルフ。

 どうやら領主の地位にあったようで、ステータスからその名残を感じ取ることができる。


「貴殿が氷竜帝マカロニ殿、時にやりすぎる厄介なあの方々に説教をしてくださった、異界の獣王。獣神陛下……」


 あの方々とは賭けをしていた連中のことだろう。

 はて、どうやら歓迎ムードのようだが。

 領主っぽい貫禄エルフの横、貴婦人のようなエルフが輝く髪飾りに太陽を反射させ、にっこり。


「間違いなく、この方が女神アシュトレト様のご子息マカロニ殿下で間違いないかと」

「ふむ、愛らしいマカロニペンギンにしか見えぬが」

「パリス=シュヴァインヘルト……あなたもモフモフで可愛らしい存在程、強大な神性を有していることが多いことはご存じでしょう? 無礼があってはなりませんよ」

豪商貴婦人ヴィルヘルムよ、そう言いながらもマカロニ殿を採寸するのはいかがなものか」


 そう、貴婦人っぽいハイエルフのおばちゃんの方は、出会い頭に僕の身長やら、フリッパーを測り始めているのである。


『って! なにすんだよ!』

「これは失礼いたしました、わたくしあなたがたが神話時代と呼ぶ異世界で商売をさせていただいております、豪商貴婦人ヴィルヘルムと申しまして――是非、殿下のぬいぐるみを量産させていただければと」

『僕のぬいぐるみならもう間に合ってるぞ。ちゃんと僕の神殿で販売してるからな』


 貴婦人はまあっと喜びの笑みを浮かべ。


「既に商品価値は確認済みと、それは素晴らしいですわ! あなたさまのぬいぐるみは、いわば御神体。信仰対象となる偶像となり得ますから――ぜひ、我が商会にあなた様の商品を置かせていただければと。これは殿下にも利のある取引であることを今からご説明いたします」


 まるで家庭教師のような声で告げて、またニッコリ。

 信仰と能力上昇の関係性、その魔術式を羽ペンで空に描こうとする、豪商貴婦人ヴィルヘルム。

 彼女の筆を魔術で止めた僕は言う。


『それも知ってる。そもそも金もうけだけが目的じゃなくて、僕の能力強化の一環でもあったんだよ』

「それでは、大変失礼で不躾なお願いになってしまいますが――殿下のぬいぐるみを大量に仕入れさせていただけないでしょうか? もちろん、今すぐにお返事をいただけるとは思っておりませんが、見積もりを相談させていただければ――と」


 ニコニコ笑顔の貴婦人はどうやらかなりのやり手の豪商。

 ムルジル=ガダンガダン大王に近い、金の匂いをぷんぷんさせる存在のようだが。

 これは飲み込まれるといいようにやられるな……。


 僕は詐欺師であって商売人ではないし、国王であって商人ではない。

 全知全能の力でザザザ!

 影の中に溶け、すぐ後ろに緊急回避!


 ビシっとフリッパーで指差し、貫禄ある領主っぽい美形おっさんの方を見上げ。


『おい、おまえ! パリス=シュヴァインヘルトだっだか? いったいぜんたい、どうなってるんだこれ!』

「身内の失礼、大変申し訳ない――我らは汝らが主神と呼ぶレイド陛下の側近でな。貴殿に大変興味を持っていると考えていただいて問題ない。豪商貴婦人ヴィルヘルム、彼女はその、少し商売の事となると周りが見えなくなる悪癖があってな。いやはや、困ったものだ」


 黎明期と神話時代を記す書物にあった、ハイエルフたちか。

 たしかに、主神レイドがまだ主神となる前には、ハイエルフと呼ばれる長く生きたエルフの側近がいたとの記述がされていた。

 領主の方が冒険者ギルドのほぼトップ、豪商の方が商業だか商人ギルドのほぼトップ。

 主神レイドはこの側近を通し、実質的に二つのギルドを支配していたとされている。


『ん? 猫の足跡銀河の先にあるそっちと、こっちの宇宙は百年に一度しか繋がらないんじゃないのか』


 品のあるドレスを揺らす豪商の方が、こほんと意味ありげに息を吐き。


「実は――昨年の事です。マカロニ殿下も覚えておいででしょうが――殿下の説教で、多くの獣神を巻き込み空中庭園をお揺らしになられましたよね?」

『僕は悪くないぞ』


 ジト目で長身なエルフを見上げる僕に、貴婦人は微笑し。


「存じております、あれはあれほど真剣な戦いを賭けにしていたあの方々が悪いのです。こちらはそれをどうこう責めるつもりはございませんので、どうかご安心を」


 言質を取ったので、僕はニヒィ!


『へえどうやらあんたは、話が分かる商人みたいだな』

「お褒めに与り恐縮ですわ。――っと、ご説明に戻らせていただきますが、わたくし共の世界でも空中庭園の異変は察知しておりましたので、ネコの行商人ニャイリス殿……と言っても分からないとは存じますが、両方の世界を自由に行き来させることが可能な魔王軍幹部の魔猫商人にお願いし、緊急転移をしてきたのです」

『なるほど、それで百年に一度の制約をスルーしたのか』


 ニャイリス……あいつ、やっぱり魔王軍幹部だけあり、やろうと思えば結構な無理ができる実力者。

 僕をあっちの宇宙にいつでも飛ばせたって事か。

 まあ、僕自身が警戒対象だったので、それができなかったのだろうが。

 ……。


 後で捕まえて、その辺を問い詰めてやろう。


 だが、その前にせっかくここで出会ったのだ。

 弟の件を説明するべく、僕はクチバシを開く。


『なあそっちの世界の技術について僕はあまり知らないんだが――』


 僕はそのまま流れで”かくかくしかじか”を発動。

 主神レイドの側近の二人は視線を絡ませ。


「不完全な状態の神の子としてお生まれになられた方に、本来ならあり得たかもしれない人間としての肉体を与える……でございますか」

「生憎、我らにもそのような技術はないであろうな。ただ……」

『ただ――?』


 パリス=シュヴァインヘルトは貫禄ある領主顔を顰め。


「貴殿の弟君おとうとぎみは人間の肉体を得ることを望んでおられるのか?」

『ああ、そっか。これは僕が勝手に動いてることだからなあ――』


 まあ僕がそう望んだら、あいつはそれに応えようとするだろうが。

 それでは意味がない。

 根本的な部分を指摘され羽毛をモコモコとさせ考える僕に、豪商貴婦人ヴィルヘルムが言う。


「とりあえず御所望でしたらこちらの世界でも調べておきますが、これはどこまでの範囲で、どこまでの人物に真実をお伝えしてよろしいので?」

『誰にでも、全部そのまま伝えて貰っていいぞ』

「それでは、やはり殿下のぬいぐるみ御神体とセットで説明した方がよろしいかと存じます。レイド陛下とアシュトレト妃のご子息ともなると、こちらの世界においても大いなる存在。信仰対象は多ければ多いほど、商売人は儲かりますので」


 ニッコリと商売人の笑みを浮かべる豪商である。

 僕は領主顔の方に言う。


『なんでこいつ、こんなに僕のぬいぐるみを販売したがってるんだ?』

「そちらでは主神のレイド陛下は、こちらの世界では幸福の魔王と呼ばれた存在。一時期、その運命に従い魔術無き世界に宇宙を再構築、つまりは宇宙全土を滅ぼそうとしたことがあったのでな――偉大さと共に不安定な破壊神として畏れられている側面ももっている。だが――」


 言葉を引き継ぎ貴婦人ヴィルヘルムが言う。


「陛下と女神さまの直系であり、実際に神々の暴走を諫める程の力がある獣神が降臨されたとなれば――恐怖も和らぐのではないかと我々は考えているのです。そしていつかは、こちらの世界にも長く滞在……戻っていただければと」


 主神レイドが元の世界を去った理由にはおそらく、かつて暴走してしまったことが含まれている。

 側近の彼らにとっては、その溝を埋めたいと考えている。

 となると――。


『なるほどな、いざとなったら神々さえも止められる裁定のケモノのポジションに、僕を置きたいわけか』

「抑止力は必要でありますから。おそらく、その方がレイド陛下も落ち着かれましょう。いつ暴走しても止めてくれる存在がいる、そういう安心感はあの方にとっては貴重でしょうから」


 実際、今の僕の立場はそんな感じなので違和感はない。

 しかし、あの胡散臭い男。

 やっぱし過去にはけっこう暴れてやがったんだな……。


 なにはともあれ、信仰されること自体には賛成だ。

 僕にとっても他所の世界で信者が増えれば能力が上昇する、まったく無意味というわけでもない。

 だが――。


『一応言っておくけど、僕だけを崇めようとしても絶対に問題が起こるぞ』

「と、仰いますと」

『僕以外にも二柱の獣王がいるんだが、その中の一匹……暴力カモノハシのメンチカツってのが確実にオレ様も崇めろってそっちに攻め込みに行くと思うぞ。あいつ、メチャクチャ嫉妬深い……ってか、なにかと僕と同格になりたくて争いたがるからな』


 豪商貴婦人ヴィルヘルムの方は、カモノハシ!

 と、商売の香りを感じ前向きなようだが。

 ともあれ。


『なんにしても、そーいう話を詰める前に夜の女神さまと謁見したいんだが、いらっしゃるか?』

「おそらくはご滞在かと、すぐに手配を致します。パリス=シュヴァインヘルト、あなたはマカロニ殿下を応接室に」


 言って僕の知らない転移魔術を発動させ、豪商貴婦人ヴィルヘルムはにっこり。


「先ほどの話、どうか前向きにお考え下さい。弟君のことは例の件に関係なく調べさせていただきますので、ご安心いただければ幸いですわ」


 微笑と花の香りを残し転移の渦に消えて行った豪商であるが、既に彼女には計画を進めている気配があった。

 たぶん、ここで出会ったのも偶然ではないのだろう。

 こりゃたぶん、どう転んでも結局は断れないな。


 ムルジル=ガダンガダン大王といい、彼女といい。

 どうも本職の商売人は手ごわい。

 まあ、僕の方に損がないので文句はないが。


 ともあれ。

 僕はパリス=シュヴァインヘルトに案内され、ペタペタペタ。

 新設された応接室へと向かった。

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