文官ライフハック~蛇の足ではなく鳥の足~
『おまえらなあ……僕は確かに結構な範囲でワンオペ状態だったが、それもこういうからくりがあったからで……まあ見せた方が早いか。次に僕が不在になる頃にはもうちょっと各部署に人数割いとけよ』
そう告げた場所は、大量の文官と書類に囲まれた執務室。
僕が今までこなしていた仕事を引き受けていた、知識人たちが目の下をクマだらけにしている空間である。
とりあえず目覚めた僕は残念スリーに僕が目覚めたと皆に伝えるように頼み、ここに直行。
恐怖の大王アン・グールモーアの逸話魔導書を開き。
バサササササ――! としていたのである。
書類とインク、そしてコーヒーの香りに満ちた執務室に、僕が描き出す魔術式が広がっていく。
『必殺! 僕本人なら人件費もゼロ!』
全知全能に近くなった僕は魔術名の改変も改竄も容易、だからてきとーに魔術名を宣言するが、効果はちゃんと発揮している。
分身を呼ぶ魔術を発動させ、わっせわっせ!
仕事を抱えている文官たちと合流させ、高速チェック。
僕が眠っていた一年間の仕事の確認と、抜かりのある点をフォローしダダダダダ!
僕が眠って以降、減ることなく積み重なっていただろう書類があっという間に減っていく。
唖然とする文官たちに、はぁ……と頭の固さを指摘するように僕は言う。
『な? 僕はこうやって分霊を使ってズルしてただけなんだって……それをおまえら、陛下ならたったお一人でやられていたって……無理しすぎだろう』
僕の説教に、僕の不在時に代表となっていたマキシム外交官は頭を下げ。
「それならそーと……仰ってくださればよろしかったのでは?」
『はぁ? ちゃんと僕が国王から退いたときの”交代の書”に記してあっただろ?』
「お言葉ではありますが、あれは陛下が元の世界に帰られた場合に開く書。ドリームランドから帰ってくると分かっている状況では開くことは、その……些か憚れましてな」
『そこを臨機応変にするのがおまえだろう……』
ジト目でマキシム外交官を見上げる僕に、ふふっと微笑するのは雷撃の魔女王ダリア。
彼女はやはり優雅に紅茶のカップを傾け。
「この男は其れほどに婿殿を必要としているのであろうな」
『てか、あんたもあんたでまだ消えてなかったのか……いや、消えて欲しいってわけじゃないがな? 僕の夢世界があんな状態になってるんだ、そのごたごたで消えててもおかしくなかったんじゃないか』
雷撃の魔女王ダリアは片側だけ肩を竦めて見せて。
「我を必要とし、呼んだのはおそらく娘の力であろうからな。確かに、はじめは夢世界を支配していた偽神ヨグ=ソトースからの尖兵のように見えただろうが、我は我。その役目も役割も我自身が決める。我はただ娘の花嫁姿が見たかった……」
だからと、しんみりとした様子で……矛盾するが深い微笑を浮かべ。
「そのまま現実世界に我を固定した」
『いや、固定したって……どうやってだ』
「根性で留まったに決まっているであろう?」
うわぁ……こいつ……根性論で実際何とかしやがるタイプだ。
たぶん自力でコマとして定められていた役目を放棄したのだろう。
この世界……というか魔術式で成り立つ宇宙は、突き詰めれば結局、心が力の源となる。だから根性でその身を世界に固定させたという脳筋理論が、本当に成り立つのである。
まあ一応確認しておくか。
『で? 結局あんたもあり得たかもしれない僕らも、全部偽神ヨグ=ソトースが裏で糸を引いていたってことでいいのか?』
「であろうな、だが――我がこうであるように、あり得たかもしれない婿殿も結局はメンチカツ殿とエビフライ殿に賛同し離脱。求心力のないリーダーには従わぬという好例かもしれぬ」
意味ありげにそういいつつ、僕をじっと眺め。
『なんだよ』
「婿殿の眠る一年、此処でこの国を観察させてもらったが――貴殿は多くのモノ、多くの民に慕われているようだ。安心するといい」
『安心も何も、そりゃあこの国の生活水準を上げたのはこの僕だしな。そーいう打算も含めて、主神と女神の子としても判定され、信仰され始めてる僕を追い出そうとする気骨のある人間なんて、そうはいないだろう』
「そう言えてしまうからこそ、民の目からすると婿殿は自信に満ちた良き王に見えるのだろうさ」
僕が居なくなったときの損失を考えると、民が反乱を起こす可能性もゼロに近い。
利にならない。
だから僕は民を信頼しているのだが。
『まあいいか……そうだ、マキシムと二人に聞きたいんだが』
「なんでございましょうか?」
顔を見合わせる二人に向かい”かくかくしかじか”。
エビフライに人間の肉体を与えたいという話を告げる。
「分からぬな、今の婿殿ならばほぼ何でもできるのではあるまいか?」
『そりゃあ僕は一から人体を構築して、理想の人間を作り上げることができるだろうけど……それはエビフライ本人の肉体とは言えない。あくまでも僕が作った理想の弟の姿だ。僕が言いたいのは――』
「人の身として生まれていた場合の、本来の弟殿の姿を与えてあげたい……そういう事ですかな?」
さすがはマキシム外交官である。
どうやら弟があの状態で産まれてしまったのも、僕の運命を操り、縛るための一手。
偽神ヨグ=ソトースのしわざだったと僕は考えている。
逆に言えば、まあ僕のせいでもあるというわけだ。
同じ親を持つのに僕は人型で、弟は部屋に広がる宇宙と肉塊。
しょーじき、今からでも偽神ヨグ=ソトースをもう一度ぶん殴りたいのだが。
ともあれ。
だから何とかしてやりたい、そう思うのがお兄ちゃんという生き物だと僕は思う。
『おまえら二人はこの世界の歴史にも詳しいだろう? そういう知識があったら教えて欲しいんだが』
「リーズナブル女史を呼ばずともよろしいのか?」
『あぁ……っと、そうか、あんたはリーズナブルのアレを知らなかったんだな』
「アレ?」
僕とマキシム外交官は目線を交わし。
「あの者は人類最強格の実力者ではあるが、わりと知恵の方は……その、少々残念なのでな」
「なるほど、確かに、我が生前においても最高司祭殿は腕力方面に特化した戦闘力であったが――知恵を犠牲にしていたというわけだな」
酷い言われようである。
一部事実だけど。
「正直な話だ。我らよりも獣王の器たる婿殿の方が長くを生きた賢人、そういった特殊な事例に関しても詳しいのではあるまいか」
『そうは言うが、生前の僕は成人したばかりの子供に毛が生えたような歳で死んだし。その後は冥府っぽい場所で意識もなく漂流してたし、こっちの世界に招かれたときは獣王の卵の中。んで、目覚めてすぐにスナワチア魔導王国を乗っ取って、今に繋がってるんだ。実はそんなに長く生きてないんだよ』
そう、おそらく神々どころか長命種から見てもまだ小僧のような年齢なのだ。
知識量に関してはかなりの抜けがある。
そういった意味で、年長者たちの知識を僕は頼りにしている。
「そうでありますな――ならば創世の女神さまにご相談なさってはいかがでありますかな」
『アシュトレトのやつ……帰ろうともしないでキョロキョロしやがって――”女神として妾の神殿を視察する!”って大義名分を見つけて、王宮のキレイどころの男女を集めて宴会をしてやがるんだよ。ああなったアレに聞いても無駄だってのは分かるだろう』
「では、まともな女神さまとご相談なさるのはどうでしょうか」
なるほど、三女神じゃない方の女神か。
朝と昼と夜の女神。
彼女たちならたしかに……と、後を任せた僕は分身を残し転移を開始した。
……。
てか、アシュトレト……。
天の女神の信仰圏内で信者の一人である筈のマキシム外交官にまで、まともじゃない判定されてるんだな。
まあいいけど。