覚醒のマカロニ~最初の目的なんて忘れがち~
深い眠りのトンネルを抜け――螺旋階段をのぼり夢世界を脱出。
溢れる光と共に僕は覚醒する。
目覚めと同時に見えたのは、少女とカモノハシとハリモグラの相貌。
残念スリーの顔だった。
氷の息を放つ僕のクチバシで、なにやらアイスクリームを冷やしているみたいだが……。
……。
って!
『なんだおまえら! 近いぞ! 離れろ! 人を保冷材にするな!』
「え!? うわ! やぁぁぁぁあああっと起きたんすね!? マカロニさん!」
アランティアがようやく目覚めた僕を抱きしめ――いや、サバ折りにして。
『ぐぺぇ!? お、おいこら――僕を潰す気か!』
「だってどんだけ寝てたと思ってるんすか!?」
『どんだけって四日ぐらいじゃないのか?』
「一年すよ、一年!」
は!?
『一年だって!? なんでそんなことになってるんだよ! 僕はあの偽神をぶっ飛ばして、その時に発生したエネルギーを羽毛に蓄えて猛ダッシュ。おまえたちがなにをやらかすか分からないから即帰ってきたんだぞ!?』
『相棒、おまえなあ……自分の夢世界でそんな爆発的な力をぶっ放したらどうなるか考えなかったのか?』
と、椅子に座りなおしたカモノハシは肩を竦めて見せている。
メンチカツに呆れられるのは些か腑に落ちないが、僕は周囲を見渡し。
『他の連中はどうした』
『ワンオペ状態だった兄さんの仕事を代わりにこなしているところだよ。普段は全部兄さんに任せてたから……結構みんな苦労してるみたいなんだ』
と、今度は僕の布団によじ登ってきたエビフライである。
僕は言う。
『で――なんでおまえたちはそのみんなの苦労を分かち合ってないんだ?』
ぎくっと三人の背が揺れる。
まあ賢い僕には分かっていた。
こいつらに任せると基本的に逆効果、邪魔だから陛下の護衛でもしていてくださいと追い出されたのだろう。
「あ! あたしたちはマカロニさん亡き今、最強戦力なわけじゃないですか?」
勝手に殺すな。
『そうだぜ相棒。別に、お願いですからガチで忙しいんで邪魔しないで貰えますか……とか言われて、脇を抱えられて追い出されたわけじゃねえからな?』
『そうだよ兄さん、僕たちは護衛のためにここにいるんだよ?』
追い出されたのだろう。
アランティアは願いを叶える女神という性質上、有能な時と無能な時の差が凄いから仕方ないが……。
影に向かいジト目で僕は言う。
『おいマロン、実際のところはどうなんだ?』
「おや陛下、お気づきでしたか――」
『ああ、夢世界での戦いで僕もかなりレベルが上がったし、なにより偽神ヨグ=ソトースを吹っ飛ばした時に吸収系の異能でその英知……情報体みたいなもんを吸収したからな。たぶん、今の僕はわりと全知全能の力を操れるようになってる』
言って、僕は羽毛をモコモコっと膨らませ。
ペペペペ!
姿を隠した状態で僕の覚醒を眺めに来ている連中の、”隠密状態”みたいなものを強制解除。
タヌヌーアとコークスクィパー。
マカロニ隊とメンチカツ隊。
その他、姿を隠せる家臣連中がこっそり覗いていたのだが――全員の姿が暴かれている。
つまり。
『おまえら、こんなところでサボってていいのか?』
責めるわけではないがジト目の僕に、コークスクィパーの長キンカンが反応。
狐の尾を振り言う。
「おや、こんなところとはとんでもない。今やマカロニ陛下は財産の多くを世界平和のために使った英雄ペンギン。無事にお目覚めになられたその御尊顔を拝見させていただくことには、大変な意味がございますれば、はい」
僕の放った虫眼鏡のマークが、僕らを見守っていたとある神を捕捉。
僕の能力により、神のヴェールさえ解除されていく。
突如として顕現したのは、女神アシュトレトだった。
『ふふ、妾のマカロニよ――どうやら息災のようじゃな』
創世の女神。
その最上位に位置する天の女神の降臨である。
当然、その気配を察知していたものなど残念スリーぐらいなので、皆は恐縮。
一斉に平伏の姿勢を取るが……。
『おまえらなぁ、僕だってもう神みたいなもんなんだぞ。僕にも同じ対応はできないのかよ』
「いや、マカロニさん……たぶんガチで敬って平伏すると、本気で機嫌悪くしません?」
平伏はせずに頬を掻くアランティアの言葉を繋げるように、ほほほほと女神の微笑を浮かべた女神アシュトレトが結界で自らの覇気を抑え。
『見透かされておるようじゃな』
『はぁ……それで、何の用だアシュトレト。まさかあの時、空中庭園をむちゃくちゃにしたことの抗議でもしにきたか?』
『あのような児戯、我らにとっては子供がじゃれた様なもの――誰も気になどしておらぬ』
児戯と聞き、僕とメンチカツは頷き。
再びあの時の真似をしようと、魔術を構成するが。
『これ、マカロニよ――空気を読まぬか。成長した今のそなたと、元よりダゴンの計らいで”暴”の力に特化させたメンチカツが再び暴れようものなら、空中庭園もただではすまぬ』
やっぱり結構ダメージが入ってるでやんの。
『は? あんたが児戯だって言ったんだろ』
『はぁぁぁぁ!? 妾たちがおぬしらの放った衝撃にどれだけのダメージを受けたと思っておるのじゃ!』
『僕たちの戦いを賭けにしていたおまえらが十割悪いだろうが!』
こと、この件に関しては僕は絶対に悪くないという自信がある。
だが。
淑女が駄々をこねるような空気を作り、アシュトレトは顔を横に向け。
『神とはそういう戯れが好きな種族なのじゃ! 妾は悪くなどない!』
『朝と夜の女神さまは参加してなかっただろうが!』
『朝はともかく夜のあやつは猫を被っておるだけじゃ! 神話の時代においては率先して賭け事をする側だったのじゃ! おぬし! あやつにだけ目が甘いのではあるまいか!?』
『初手でまともに対応してきた唯一の女神様なんだから、対応に違いがあって当たり前だろうが!』
額をぶつけて、ぐぬぬぬぬっとやりあう僕らだが――。
おそらく今のアシュトレトの姿は、僕の家臣たちにはちゃんと見えていない筈。
腕を組み、ニヒルに観察していたメンチカツがゴムクチバシを開き。
『それで、女神さまはいったい何をしにきたんだ。覚醒した相棒の顔を見に来たってのは実際そうなんだろうが、空気を察するにそれだけじゃあないんだろ』
『おお、そうであった――』
こほんとアシュトレトは咳ばらいをし。
『そなたの夢世界に召喚されておった偽神ヨグ=ソトースは完全に消え去った』
『ん? あいつ……僕の夢世界から追い出した後にも気配が少しあった、偽神の幽霊……残滓みたいなもんが猫の足跡銀河の先に向かったみたいだったが』
『それを見逃すほど妾達も無能ではない――きつい灸をすえてやったのでな、しばらくはあやつらも手を出してはこぬであろうて』
ほほほほほ!
と、貴婦人のように微笑むアシュトレトの顔はわりと怖い。
おそらく本当に、きつい灸をすえたと考えていいか。
『それで、ヨグ=ソトースが干渉できなくなったことがなんだって』
『おうおう、そうであった!』
アシュトレトはかつて僕が人間だった頃の戸籍の写しを召喚し。
『もはやそなたをマカロニペンギンの姿……ジズの大怪鳥としての器に封印しておく必要もなくなった。戻ろうと思えば人の姿に戻れるであろう、おぬし本人はどうするつもりなのかそれを確認したかったのじゃ』
『って事は……おまえらやっぱり、獣王の姿なら僕らをどうとでもできた。もし僕やメンチカツが乗っ取られたり、エビフライが暴走した時はどうにかできる仕掛けにはなってたんだな』
『何事にも保険は必要じゃからな――だが、もはやそれも不要であろう。これからどうしたいかはおぬしの好きにすると良い』
完全な意味で人間に戻れる。
……。
っていまさら言われてもなあ。
アランティアが真顔で言う。
「マカロニさんはペンギンのままで良くないっすか?」
いや、おまえが決めるなよ。
ともあれ。
僕に選択肢が与えられたのは確か。
僕はエビフライを眺め言う。
『てか、こいつに人間の肉体を与えてやることはできないのか? まあ、僕がやってもいいんだが』
『ふむ――エビフライに人間の肉体であるか』
そう、僕は弟にも人間としての姿を与えたい。
少なくとも、かつて人間に憧れた弟に選択肢を与えてやりたいと、そう願っていた。