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責任~誰かが悪いわけじゃない~


 耐熱装備をしなくとも、耐熱性能が高めな僕は極寒の砂をペタペタペタ。

 前代未聞の砂漠を歩くペンギンの誕生だ。

 太陽熱を失った砂漠の極寒ともいえるサラサラな砂が、鳥足の隙間を流れている。


 まあ砂漠を歩く僕は王様なわけで。

 僕の後ろには家臣やら相手さんの国の偉い方たちが、ぞろぞろぞろ。

 事情を知らぬものが見れば、奇妙なペンギンに従う謎の大行進に見えるだろう。


 砂漠の緑化運動はよくある話だろうが、ここはファンタジーな世界。


 緑化しすぎた砂漠を元に戻す計画を軸に、このダガシュカシュ帝国と、僕たちのスナワチア魔導王国は条約を結んでいた。

 こちらに最高神の勅命があったという事実がある以上、反対するものもほとんどいなかった。

 とりあえず鬱蒼とした銀杏が砂漠を支配してしまったのも事実。

 このまま彼ら銀杏が暴走すれば世界の危機とまではいわないが、まあ面倒なことになりつつあるのも事実なわけで……。

 その辺りを魔術の悪用と拡大解釈されてしまったら、さらに面倒なのである。


 それに、今後のことも考えると、協力することは悪い事ではないだろう。


 この銀杏騒動を解決したらダガシュカシュ帝国からの報酬として、ネコの行商人との交渉に手を貸してくれるとのことだが――どこまであてにできるかは正直分からない。


 この帝国を信用できるかどうかの問題ではなく、自由に渡り歩く行商人に対して何かのアドバンテージを持っているわけでもないからだ。

 あくまでもネコたちは、たまたまこの地に露店を開く計画を立てていただけなのである。

 まあ、ネコといえど商人は商人。ここが他国である以上、行商を行うにあたり帝国に許可を取りに来る可能性もゼロではない。

 可能性が増える事は悪い事ではないだろう。


 行商人とは関係ない場所で懸念があるとしたら、一つ。

 こんな事態にもかかわらずダガシュカシュ帝国の皇帝が不在のまま、しかも皇子たちが条約を取りまとめたというのが少々気になるか。

 聞けば既に老齢の皇帝だ。

 病に臥しているか、或いは……。


 まあ、そこに干渉するのは内政干渉とされてしまうので避けたい所。


 ともあれ!

 人間に戻りたい氷竜帝マカロニたる僕としても、ネコの行商人と交渉するために今回の計画には乗り気であり、逆にいえば失敗も許されないので慎重になりたいわけで。


 なのにだ。

 まずは情報集め、ということで先陣を買って出たのは砂漠帝国の猪突猛進なバカ皇子様。

 第二皇子の……あれ?

 なんて名前だったっけ?

 まあいいや。


 あのバカ皇子がアランティア元王女に良い所を見せようと――意気揚々。

 私兵の騎士団を引き連れ現在、群れとなって聖杯の水を啜っている銀杏に接近中。

 彼らからの情報待ちとなっている。


 まあこちらものんびり待機しているというわけでもない。


 僕が最優先でするべきことは決まっていた。

 賢い僕は使命感に満ちた瞳で、キリ!

 育ちまくった銀杏たちを見上げ、敢えて強調するように驚嘆してみせていた。


『へぇぇぇぇ! 近くで見るとこんなにでっかいのか!? しっかし、これはあれだな! うん! 創世の女神の力ってのはすごいなぁ!』

「いや、マカロニさんも凄いと思いますよ?」


 僕がせっかく、責任転嫁を発動させているのにこれだ。

 今の発言者はいつものあれ、秘書のくせに空気の読めないアランティアである。

 普段から僕を妙に下に見ているくせに、何故か今は僕を”上げ”やがる。


 グギギギっと存外にふわふわなペンギンの首を回し、振り返る僕はニッコリ。


『そんなことはないっての。”ただの銀杏の樹木”をここまで成長させる聖杯の水ってのは、よっぽど徳の高い水なんだろうなぁ!』

「はぁ!? なにいってるんすか? こないだ自慢の種に品種改良できたって、めちゃくちゃ浮かれてましたっすよね?」

『いやいやいや、僕の力なんて女神様の前ではカスだな、カス! なんの影響もなかった事だろうなぁああぁああああ!』


 強調する僕の発言を眺め。

 じとぉぉぉぉぉ。


「どうしたんすか、気持ち悪い……謙遜なんてしなくていいんすよ? って、あ! そういうことっすか!」


 ぼけぼけアランティアであっても、さすがに元スパイ。

 やっと僕が自国の責任や負担を減らすべく、全部、天の女神の聖杯の力に罪を擦り付けていると気付いたようだ。


「ぷぷぷー! マカロニさん! 実は他国への遠征が初めてで、緊張しちゃってるんすね! まじうけるんっすけど!」


 あ、ダメだこいつ。

 ぜんぜん、こっちの意図に気付いてねえ。


「大丈夫っすよ、皆もついてきてますし、なにより? あたしもいますし!? もっと、こう! いつもみたいに無駄に自信過剰で傲慢なマカロニさんでも平気っすから!」


 その表情から滲むのは、気遣いができる優秀な秘書でしょ?

 という、妙に自慢げで結構腹の立つドヤ顔。

 彼女を教育したマキシム外交官の手が、もはや見慣れた仕草で自らの顔を覆っている。

 僕もペンギン顔の眉間にグググっと大きな皴を刻み。


『がぁあああああああぁぁぁぁ……お前は本当にどーしようもないな!』

「は!? なにがっすか!?」

『僕が責任をまるっとさくっと全部、あの無責任女神に押し付けようとしてるのが分かるだろう!?』


 ついうっかり僕の漏らした本音に、マキシム外交官が今度は胃痛を抑えるように腹を抱え始めている。


「そーならそーと先に言ってくださいよ! あたしはてっきり、マカロニさんがついに謙遜とか遠慮とか、そういう、まともな精神に芽生えてきたんじゃないかって驚いてたんすよ?」

『驚かされたのはこっちだよ、このバカ!』

「あ、ああああ! バ、バカって言いましたね!? 言っちゃいましたね!?」


 人間、あまりにも呆れると語彙も少なくなるのだろう。

 つい単純な言葉が出てしまったのだが、単純な相手には単純な言葉の方がダメージが大きいのだろう。

 ぷくーっと頬を膨らませるこいつと僕は、互いに頬をぶつけるが。


 僕たちの口喧嘩を止めるように、こほんと咳払いをしたのは第一皇子ダカスコス。

 皇子が言う。


「あの、我らは何も聞いておりませんので、その……全ては神話より伝わる天の神の力が偉大であり、これは不幸な事故であった。と、そういうことでありましょう」

『つまりは、僕のやらかしもあんたの弟の暴挙も全ては神のせい。僕らは悪くない、そーいうことでいいってことか?』

「そのように存じます」


 ダガシュカシュ帝国にとっても他人事ではない。

 第二皇子が宣戦布告を行った事実と、約束を破り<魔導種>を植えてしまった失態を揉み消したいのだろう。

 わりと現実主義者なようだ。


 だからこそ、おそらくこの第一皇子ダカスコスは。

 ……。

 僕は問う。


『でもなあ、第一皇子なあんたを信用してないわけじゃないが。父君はどういう見解なのさ、権限のない人物からの口約束をそのまま信用するのは詐欺師としては三流でね』


 たしかに第一皇子は約束したが、最高責任者である皇帝はしていない。

 だから約束は無効だとされても困るのだ。

 動揺することなく、女神もウチの聖職者たちも好む爬虫類系イケメン顔を細め――皇子は言う。


「我の言葉は既に父の言葉と同義、そう思っていただいて問題ないかと。陛下ならばこの意味をご理解いただけると信じております」


 第一皇子の家臣もその言葉に顔色一つ変えていない。

 覚悟が決まっている、そんな表情だ。


 あ、これ。

 やっちゃったな、たぶん。

 まあ……やはり内政干渉だから黙っておこう。


 ……。

 でも、やっぱり少し個人的な興味がウズウズウズ。

 黄金の飾り羽を揺らす僕は我慢できずに――。


『協力関係を結ぶわけだ、だから知っておきたいだけだぞ? たとえばだけどさ、第一皇子殿はどんなことがあったら腹が立ったりするわけだい?』


 相手もこちらの意図を読んだようだ。

 しばしの間の後。

 やはり、覚悟が決まった皇族の顔でダカスコスははっきりと告げる。


「愚者が邪魔だからと敢えて遠ざけ、その努力を見る事もなく冷たく、冷徹に……死地に赴かせるような――そんな騎士道に反する卑怯な者が居たら、それがたとえ賢者であろうとかつての英雄であろうと、おそらく我はその者を許しはしないでしょう」

『そっか、なるほどね』


 あのバカ皇子に暴走するよう焚きつけた者が居て。

 それがもし、帝国の未来を憂いた身内だったとして。

 そしてそれがもし、実の父だったとして……。

 更にその件に関して、意見が対立していたとしたら。


 どちらかを選ばなくてはならない、そんな場面が来たとしたら。


 マキシム外交官も理解したようだ。

 既に諜報員として入り込んでいたタヌヌーアの長も、砂漠の民の顔のままこっそりと頷いていた。

 目線を僅かに落とし、天に召される者への祈りを静かに詠唱するリーズナブルも気付いたようだ。

 このリーズナブルもリーズナブルで、外向きの顔はまともな聖職者だから恐ろしい。


 ともあれだ。

 僕は少しだけ、残念だという感情を前に出し。


『しかし、愚者を守るために、ね――賢者や英雄を切った、その代償の方が大きかったんじゃないか、僕はそう思うけどね』


 父と弟を天秤にかけ、弟を選んだ。

 それはおそらく、この国にとっては失敗。

 失政だ。


「賢人といえども老います。知恵は変わらずと言いますが、心は違うのです。老いとは何よりも恐ろしき魔物。かの魔物は時に英雄と呼ばれた勇士や――そして人格者や賢人すらも蝕んでしまうのでありましょう。もし愚者を切ったその後には、次の愚者を。そしてさらに次の愚者をと、魔物に取りつかれた賢人は際限なく切り捨て続けることになるのです。その刃が民に向かう日も、そう遠くはなかった――」


 こうすることが責任でもあったのですと、第一皇子は自らの手を眺め。

 僅かに、けれど大きな拳を握る。


 英雄とて、人は人。

 老いには逆らえない。

 ようするに、皇帝は耄碌したのだろう。


 だから愛され育った第一皇子や皇帝自身の側近たちは、断腸の思いでかつて敬愛した英雄を絶った。

 恨みからではなく、その晩節を汚させないために。


 だが――。

 それはあくまでも家臣に向ける建前にも似た事実であり、本音は違ったのか。


 第一皇子は言う。


「それに。裏も表もない、駆け引きもなにもない……愚者であっても、疲れることが多くとも傍に置いておきたい。そんな人材も確かにいる……と、スナワチア国王陛下が誰よりもご存じのはずではありませんか」


 ただ弟を守りたかった。

 それが最も大きな理由だったのだろう。

 実際、あのバカ皇子は僕にケンカを売ってしまったのだ。それが実の父の入れ知恵だったとしたら。


 なんとも、報われない……。

 いや、報われないとも違うか。

 言葉にできない感情にさせてくれる、このダガシュカシュ帝国の裏事情だった。


 まあ確かに。

 突然転生させられたこの世界で僕は、おそらく誰よりもこの愚者を信用しているだろう。

 うちのバカが言う。


「なんすか、その妙にムカツく保護者面は」

『いや、バカはバカなりに価値があるって話だよ』


 きっとこいつには難しい話だろう。


「またあたしのことをバカにしてたんすね!? じゃあバカなあたしにどうか聞かせてくださいよ!」

『なにをだよ』

「この事態をどうするかに決まってるじゃないっすか!」


 答えられないと思っているようで、ドヤ顔のアランティアだが。

 僕は言う。


『おい、ダカスコス第一皇子。おまえ、たしか水だか海の女神にご神託を賜ったみたいなことを言っていたよな?』

「え、ええ。まあ――それが何か」

『だったら水の女神もこの状況を把握してるってことだろ。聖杯の水のせいで銀杏が暴走してるのは本当なんだ、餅は餅屋ってね、神様のやらかしなら直接神様に解決策を聞けばいいだけだろ』


 僕の言葉に皆は固まり。


「いや、それができれば苦労はしないんすけど……そんな呼んだから来るみたいな簡単な話じゃないですし、人類のために降臨してくれるわけないっすよ。もしかして、マカロニさん。神様もバカにしてます?」

『バカにしてるのは同意だが、ああ、そうかおまえたちには見えてないのか』


 僕はオアシスを指差し。


『たぶん、海と水の女神……ダゴンだっけ? さっきからこっちを見てるぞ?』


 告げたその瞬間――。

 銀杏に覆われた暗澹としたオアシスに渦が発生し始める。

 おそらくは、海を司る創生の女神の降臨だ。


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