【黒幕決戦の裏】―起きぬ国王―
【SIDE:現実世界】
ここはスナワチア魔導王国の王の寝室。
氷竜帝こと、実質的な皆のリーダーたるジズの大怪鳥。
合成獣王マカロニが覚醒しないまま、数日が過ぎている。
マカロニの魔術のコストは金。
この部屋の資産から消費されているからだろう、本来なら関係者以外は入れぬ部屋には、多くのモノが出入りを繰り返していた。
関係者が集まり、様々に夢世界に支援物資を供給……救助隊の準備を進めているのだが。
当のマカロニは枕を高くし、ぐぺぺぺぺぺぺ!
『むにゃむにゃ……なぁぁぁぁにが、神だ、アホくさい』
どうだどうだ! バァァァカ! とドヤ顔で寝言を漏らすマカロニのフリッパーを握り、六女神の魔術を夢世界でも共有させているアランティアが言う。
「あぁ……なんつーか、マカロニさん。今までのストレスとか苛立ちとかをどれだけぶつけてもいい環境と相手なんで、財産やら資材やらを使いまくって宇宙と戦ってるみたいっすねえ」
既にマカロニの私室を我が物顔で使い、高級ティーセットを使用。
カップを傾けつつも雷撃の魔女王ダリアは常在戦場の顔立ちで、娘に向かい、切れ長の瞳でチラリと向ける。
「あまり寝ておらぬが、大丈夫か?」
「あたしはこれでも女神っぽいっすからねえ、極端な話、たぶん寝なくても存在的には何の問題もなくなってますんで」
「そうか――我も確かに、かつて天から零れたとされる魔術の源を保有していた時には、そうであったか。だが、シンプルな話だ。お前が心配なのだ、アランティア」
まあ、婿殿の事を思えば仕方ないが……と既に、王の義母の立場で語るダリアにツッコム者はいない。
ツッコミ担当のマカロニがいないからだ。
夢世界で戦うマカロニのコストはやはり……常にマカロニの財産を消費している。
故に、恩を売るタイミングだとばかりに各所から資材をかき集め持ってきたドナが言う。
「しっかし、あたしらの世界を生み出した神話時代の主神レイドや創世の女神さまたち……あの方たちが生まれた異界、こことは違う神話時代の世界、その元の世界の宇宙そのものが敵って……どーなってるんだい。あたしには正直、よく理解できていないんだが? どうなんだい?」
魔術や神学への造詣が深くない元大統領の声に反応したのは、かつて対立していた砂漠帝国ダガシュカシュの若き皇帝だった。
彼もまた、この機会にマカロニに恩を売るため、ムルジル=ガダンガダン大王の魔導書用の資材や資産に該当するアイテムを持参しに来ていたのである。
彼女と彼の対立はもうない。
遺恨はあれど例の件への追及は不要、利害を考えた結果の無言を貫いているのだ。
「そもそもネコの行商人ニャイリスが存在している以上、外界……異界、何と呼ぶかは定義されておらぬが外にも我らとは違う宇宙があるのは事実。そして魔術がある世界ならば、ありえない事などありえない……宇宙そのものがマカロニ陛下の身体を乗っ取ろうと計画をしていたとしても、不思議ではあるまい」
「そうさね――ところで、あんたウチより資材の提供が少ないようだけれど、大丈夫なのかい? たぶんこの鬼畜ペンギ……いや、陛下ならこの戦いにどれだけ協力したのかを、ちゃんとチェックするだろう? なんなら貸してやってもいいがね」
ようはそっちには引け目もあるから、支援してもいい。
そう言っているのだろう。
今のこの世界はマカロニの存在こそが安定の象徴。
彼を過度に不快にさせたり、煩わしいと思わせることは悪手。それで国が滅ぼされるようなことなどないが、生きる神話生物でありかつて魔術の悪用を裁いていた獣王であり、国を治める君主としての一面もあるペンギン。
そのペンギンの尾を踏むほど愚かな人間はここにはいない。
ダガシュカシュ帝国の面々は元大統領ドナの提案には首を横に振り。
「それをすれば、『おまえらさぁ……金まで借りて支援するのは正直どーなんだ? 無理な負債は破滅の始まりだぞ?』と説教を受けそうなのでな」
「違いないね――」
アランティアが言う。
「それにしても、これ……たぶんマカロニさんが中で負けちゃうと本当に意識を支配されちゃって、偽神ヨグ=ソトースの操り人形になっちゃうぽいんで。マジで全宇宙のピンチっぽいんすよねえ……」
「陛下は負けそうなのかい?」
「いえ……負けはしないんでしょうけど、勝てない状態が続いてる感じっすね」
説明を受けたドナは眉間にぎゅっとしたシワを刻み。
「どういうことだい?」
「相手を倒しても消滅しないでそのまま……こう、なんか相手はリセット能力で負けずに蘇る……ってか、戦いの最初からリスタートできるっぽいんっすよ。前もマカロニさんが朝の女神さんとの戦いでセーブポイントとかいう復帰地点を作ってましたが、あれと似た感じっすね」
「はぁ?! それじゃあ倒しても無駄。逃げた方が良いんじゃないのかい!?」
「マカロニさん、ああ見えて意地っ張りですし……無駄にお人よしみたいなところがありますからねえ。メンチカツさんの過去を見て、ちょっとブチ切れちゃってるっぽいんすよ」
反応に困った様子のアランティアに、コスト用の私財を提供しに来たマキシム外交官が言う。
「陛下がお決めになられた事ならば、我らは従うまでではあるが……どうも夢の中に巣くっている宇宙を相手に戦っていると言われても、対策や支援の仕方が浮かばぬな」
「とりあえずメンチカツさん像がある限りは嫌がらせ、安全地帯から一方的に銭投げ攻撃を繰り返し続けるみたいっすよ」
「銭投げ……金銭とは人々から信仰された偶像、それを対価に強力な魔術を引き出す技術。系譜をたどれば錬金術に分類される等価交換の魔術……ムルジル=ガダンガダン大王の逸話魔導書の奥義であったか」
マキシム外交官は、ふむと考え。
「やはり陛下がお目覚めになるまで、この部屋に財産をかき集めてくるしかあるまい。考え方によっては、これは陛下に恩を売る絶好の機会でもあるからな。他国にも事情を説明し、融資を募ろうではないか」
「ならばこのワタクシ――。ラテーヌ=トルネリア=バニランテが、世界の皆に語り掛けましょう」
突如として出現した声は、もはや野心を失い世界の顔役となっているバニランテ女王。
その足元には、先ほどはいなかったメンチカツにエビフライもいる。
転移魔術で要人を輸送していたのだろうか。
「陛下がお目覚めになるそのために、協力が必要だと全ての命、全ての民に――全てをお話するべきだとワタクシは考えております」
「まあ、バニランテさんなら中立ってことで有名っすからねえ。悪の枢軸、悪の魔導王国扱いだったりもするスナワチアの誰かが訴えかけるよりかは、効果的かもっすね。ただ――」
「何か問題が?」
魔術に精通しているアランティアとマキシム外交官は顔を見合わせ。
んー……っと悩む顔でアランティアが引き続き告げる。
「世界全員に訴えるとなると、結構な規模の通信魔術みたいなもんを使うんっすけど……あたしはこうしてマカロニさんの傍から離れられないですし。単純な話、物理的にも魔術的にも無理かもって話で」
ハリモグラの器を得ているエビフライ。
かつて怪物とされたエビフライが、いつもと違う精悍な声で言う。
『全部の命との交信は僕がやるよ――』
「そりゃまあ……エビフライさんほどの存在ならできないこともないんでしょうけど、結構大変っすよ? 大丈夫なんすか?」
アランティアが言っているのはあくまでもエビフライの魔力なら可能だという事。
技術面や負担は考慮せずに、ただやろうと思えばできるだけの魔力があるという話であった。
本来ならもう一人、それだけの魔力がある該当者がそこで、フンフンと闘志を燃やしているのだが……皆、メンチカツにはそういう分野は求めていないのだろう。
エビフライが淡々と言う。
『僕がやるよ、アランティアさん。魔術式をお願いできるかな』
「え、あ、はい……あの、なんか怒ってます?」
『そうだね。これほどまでに怒りで満ちたのは、兄さんが死んだって気付いたとき以来だね。宇宙が擬人化して、僕らを産み落としたとかいうけど。関係ないね。僕は、兄さんを本気で苦しめる全てのモノを絶対に許さないよ』
「えーと……」
普段のほほんと頬袋的なモノを伸ばし、兄さん! 兄さん! と、デレデレしているエビフライのガチギレである。
アランティアですら空気に飲まれ、うわぁ……逆らわないでおこっと引き気味の中。
その横で、憤怒を瞳に宿すカモノハシが一匹。
クチバシが、開く。
『おいエビフライ、分かってるな?』
『ああ、そうだね。全ての始まりだか”全ての父の更に父”だかなんだか知らないけどさ。兄さんを本気で怒らせるなんて、許せないよね?』
『はは、分かってるじゃねえか弟野郎』
二匹の答えは一緒だったのだろう。
それは原始的だが、単純故に強い感情。
ぶっ殺す!
獣王二匹が、ゴゴゴゴゴゴゴ!
神さえ殺すとばかりの鬼の形相で、獣毛を逆立てていた。