もしあの人たちが偽神だったのなら~蛙の子は蛙~
メンチカツ像の記憶。
僕も知らない両親だったモノの暗躍。
過去の映像の中では、照れ臭そうに幸せな家庭を築くメンチカツがいる。
だが。
幸せは、本物の幸せになった途端に終了する。
両親が殺されるのだ。
犯人はメンチカツの暴力に恨みを持っていた者。
半殺しにされたヤクザの息子だった。
ヤクザの息子にとっては正当な復讐だった。
だから、きっとメンチカツは僕を頼らなかったのだろう。
メンチカツはその日、初めて人を殺した。
幸せを手に入れたことで、そしてそれを壊されてしまったことでどこかのネジが外れてしまったのだろう。
今までは守っていた最後の一線が崩壊してしまったのだ。
相手の顔が容貌で認識ができなくなるほどの、凄惨な暴力で復讐の復讐を果たした。
血の海と化したヤクザの事務所。
天に向かい吠える悪鬼がそこにいた。
本当に幸せだったからこそ、彼は吠えたのだ。
「あぁあああああああああああああぁぁぁぁぁぁ――ッッ!!!!」
それは慟哭だった。
きっと、吠える彼には昔に僕が告げた警告が突き刺さっていただろう。
暴力ばかりに頼ってはいけないよ、と。
恨みを買いすぎるよ、と。
守りたいものが現れた時に、きっと…………。
だが全ては手遅れだった。
こうなるように、ヨグ=ソトースに誘導されていた。
おそらく、将来的に僕が成長するためのパーツとして彼は利用されたのだ。
彼の人生は加速する。
元から素養があったからだろう。
堕ちていく速さは苛烈な暴力と共に更に加速する。
一度タガが外れると、人は際限なく落ちていく。
メンチカツが殺し屋をやるようになったのは、これ以降の話。
人生のつまらなさ。
世界への落胆がメンチカツを壊していった。
初めはただの夜の街の暴力屋だった。
けれど彼には暴力の才能があった。
本人も気付いていないが、自己回復の異能もある。
崩壊していく人生を眺め、ムルジル=ガダンガダン大王が言う。
『哀れな――見ていられぬな』
『……この頃はもう、僕はファンタジー世界の連中と事を構えている。だから、気が付いてやれなかった――』
『気付いていたとしても、結果は同じであろうて――これはおそらく、父なる神による干渉。人の身で抗うことなど不可能』
『それでも独りじゃなかった筈だろ』
しかし、人の力ではない神のような力なら別。
だから僕が死んだ後は、宇宙の思い通りにはいかなくなった。
元魔王の干渉で、僕とメンチカツの未来は少し変わっていたのだろう。
父なる神、偽神ヨグ=ソトースの敷いたレールにあらがうために、僕が死んだあの時点で、ここまで読んだ元魔王が動いていたと考えられる。
『しかし、貴殿の両親が人に化けたヨグ=ソトースだとすると』
『ああ、おそらく僕も神の子。本当の意味で、両親ともにエビフライと同じ兄弟ってことだろうな』
『ふぅむ、偽神がもし四文字で語られる存在だとするとだ。貴殿の魔力量とは関係のない、カテゴリーの違う強さにも説明がつく』
ムルジル=ガダンガダン大王はまじめな顔で、魔術式を宙に刻み。
『四文字の存在とは……父なる神。今はその神名を大魔帝ケトスに封印され、みだりに語ることができなくなっている救世主を世界に授けた、大いなる存在。ようは、地球におけるメシアの父と同一存在だという事になろう。つまりはマカロニよ、そなたも宇宙の流れを変えるために作られた、特別な存在と仮定する方が自然と言えよう』
父なる神の正体が宇宙と仮定すると、宇宙が自らの体内……宇宙の流れを望む方向に進めるためにメシアや僕を生み出した。
まあ、とんでも理論だが一応の説明もつくか。
実際、異界の獣神やうちの女神たちは宇宙を掻き乱しまくっているのだ――宇宙に自らを存続させる防衛本能やら免疫機能があるのなら、面倒な連中を排除したいと考えるのも分かる。
僕は騒動の代表格としてアシュトレトの顔を思い浮かべながらも、ジト目で言う。
『僕の生まれた理由が、それ。僕は偽神ヨグ=ソトースが世界を自分の自由に動かすために作られた駒。父なる神を宿すための器ってのも、なんか癪だよなあ』
『本来ならばこのドリームランドにてそなたを乗っ取り、作戦は完成していたのであろうがのぅ』
『僕は僕を利用しようとしていた宇宙の想定以上に成長していた。たぶん、その辺の計算違いは元魔王の三毛猫、僕の友のしわざだろうな』
宇宙の流れは変えられる。
それがたとえ定められた未来であっても、一定以上の魔力があれば切り替えられる。
元魔王はあの時、死んだ僕の前……本当にほぼ全ての魔力を注ぎ込み、今この瞬間、僕の不利になる流れを断ったのだろう。
きっと、自らの力の多くを失ったことで、かなり苦労しただろう。
僕ができることは、偽神ヨグ=ソトースの思い通りにはならない事か。
それにしても――。
おそらく宇宙はいままでも、自らの意志で、勇者や魔王の運命にも干渉していたのではないだろうか。
そうあるべきと、神の視点で勝手に僕らを道具のように消耗して……。
憤懣の魔性としての魔力で、羽毛の先からジリジリと燃えるようなオーラを発生させつつ、僕のクチバシは動いていた。
『気に入らないな――』
僕の脳裏には、人生をムチャクチャにされた生前のメンチカツが映っている。
彼の慟哭。
彼の嘆きを眺めながらも、僕は安全地帯に入ってこられない宇宙を見上げていた。
こいつがわざとメンチカツを幸せにし、その幸せを実感させた後に――。
わざと崩壊させたのは確定だろう。
魔導書から顔を出すムルジル=ガダンガダン大王が言う
『やるのならば力を貸すぞ! 無論、料金は頂くがな! この際だ、血の涙を流す勢いで5%引きから7%引きに変更してやろうではないか!』
『……そこで一割引きとか言えないのか? そーいう流れだったろ』
『グワハハハハ! 細かいことを気にするでない!』
こいつにとっては、本当に血涙の宣言なのだろうが。
もうちょい値引きしてくれても良いんじゃないかと、僕はそう思うのであった。
このまま逃げるのもいいが――。
やはり、僕の瞳は宇宙を見上げたまま。
高揚する魔力の流れに従い。
魔性の証とされる赤色を、ただただギラギラと輝かせていた。