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全ての父―それは詐欺師になる前から―


 僕らが相棒だったあの日々。

 過去の映像の中ではまた少し年月が経っていた。

 僕らは教会から少し離れた河川敷にいた。


 多くの組織、多くの関係機関を裏から操る僕を知らず、国家転覆を企てていることも知らず。

 ただ金儲けをしているとでも思っているのか、高校卒業間近のメンチカツが言う。


「相棒、一つ聞いて良いか?」

「君が僕に珍しいね、なんだい? 悪いが高校を卒業する君の年相応の悩み、男女間のあれこれだったら僕には役に立てないよ」

「バーカ、ちげえよ――」


 たしかその時の僕は……特に気にもしていなかった筈だ。

 内心では、じゃあなんだ、彼のこの顔は見たことない、よく分からない――。

 そんな感想を抱きつつも結局、僕の言葉に従って高校を卒業はしたのだと苦笑していたのだったか。


 反面、相手はどこか浮かれていた。

 少し照れたような、言いにくそうな表情だった。

 大人になりつつあるメンチカツが言う。


「実は、まともなオレの引き取り手がでてきたかもしれねえ……」

「へえ、良かったじゃないか」

「なんだ、やっぱりてめえの差し金じゃねえんだな」


 その通りだった。


「僕が裏でナニカしていたかもしれない、その疑念を払拭したかったってところだね。それで、どうしてそう思うんだい?」

「てめえは人を騙す時はほんの一瞬だけ、まばたきが遅れるんだよ。罪悪感ってもんがあるんだろうな」

「……それはどうだろうか、まあ、僕自身も気付かなかった忠告として受け止めるが。それで、どんな人なんだい」


 彼が幸せになるのなら、それは良い事だと僕は思っていた。

 それくらいの長い付き合いでもあったのだ。

 それで、それでと先を促す僕に肩を竦め。

 メンチカツは言葉を選ぶように、けれど作り言葉ではなく思い出すように目線の向かう方向をずらし。


「あんま良い例えじゃねえが、外見は少してめえに似てるな」

「ならとても良い顔立ちってことじゃないか」

「けっ、これだから顔の良さに全部の能力を奪われちまった残念親父は」

「まあまあ、それで。どんな人なんだい?」


 僕は純粋に興味を引かれていた。

 それは擬態壮年としてのアバターではなく、年相応の反応だったのだと思う。

 そんな僕に少し訝しみつつもメンチカツが言う。


「若い夫婦だよ、お人よしそうで……騙されやすそうで。なんつーかな、こいつらはオレが守ってやらねえと、てめえみたいな詐欺師に騙されちまうんじゃねえかって感じの、普通のな」

「おめでとうって言った方がいいのだろうね」

「実は今日も、そいつらの家に呼ばれてる……だから、相棒。悪いが」


 これまでだ。

 真っ当に生きる。

 そういう類の言葉を言いたいのだろう、そう判断したらしい過去の僕が言う。


「分かっている、僕とはもう連絡を取らない方がいい。まあ、助けて欲しいことがあったら子供の頃と同じ手段を使って連絡を取ってくれてもいいが」

「もう、そういうことにはならねえだろうよ」

「それで――君はどうしたいんだい。相棒の関係は一応残しておくかい? 僕はどちらでも構わないが――たぶん、本当にもうここまでにした方がいいとは思うけれどね」


 おそらく。

 僕には未練があった。

 けれど、メンチカツは違っていた。


 彼の瞳は新しい先を見ていた。

 夕陽を背景にする僕を見て。

 自らは夜の始まりを明るく照らす電燈の街、カレーの香りが漂う街並みを背景にし。


「悪いな、相棒」

「君が謝ることじゃないさ」


 言って、僕は少しだけ息を吐いていた。

 産まれて始めてかもしれない。

 心からの言葉を贈ったのだ。


「幸せになりなよ」


 これは過去の映像だ。

 メンチカツも卒業間近とはいえまだ高校生、きっと、だから気付いていない。

 彼の記憶の中の、この時の僕は少し泣きそうな顔をしていた。

 メンチカツが家庭の香りが漂う街へと、埋もれていく。


 視点はそのまま、メンチカツに従っている。

 彼は帰りにスーパーにより、頼まれただろう夕食に追加で並べる総菜を買い――そして。

 ごく普通の、明るい一軒家でチャイムを鳴らす。


 家の中から、男性の声がする。


「やあ、辰也くん。チャイムなんていいのに、まだ外は寒かっただろう。早く中にお入り」

「もう二月だぞ? 冬でもねえし寒くもねえだろう」

「はは、二月はまだ冬だと私は思うけれどね。母さんも台所に立ってる筈だから、さあおいで」


 メンチカツは一瞬、夫婦の家に入ることを躊躇っていた。

 けれど。

 男性に促され、勇気を出してその一歩を踏む。


 僕の知らないメンチカツの歴史だ。

 それが衝撃的だったからではない。

 なのに、今の僕は心から驚愕した顔で、その光景を眺めていた。


 メンチカツ像の下。

 僕が浮かべる逸話魔導書から顔を出すムルジル=ガダンガダン大王が言う。


『どうかしたのか? おぬしにしてはなかなか見せぬ奇妙な顔をしおって。ほほー、相棒とまで言っていたカモノハシ小僧がおぬしを捨て、家庭の温もりを知ったことがそれほどに』

『違う』

『ガハハハハハ! 照れるずとも良いだろう!』

『いや、本当に違うんだって――これはいったい、どういうことだ』


 僕の形相に、ムルジル=ガダンガダン大王もようやく戯れを捨てる。

 異世界の四星獣としての、厳格な声で告げたのだ。


『――……なにがあった』

『この夫婦……僕の両親だ』

『なんと!? そのような偶然が……いや、そなたとメンチカツとの間には、どうもきな臭い偶然が重なり続けておるからな。或いは、誰かの意図……。そなたがこうして力ではなく別ベクトルで、我らを超越する可能性のあるケモノへと昇華するように、促している者がいるのやもしれぬが』


 推理するムルジル=ガダンガダン大王に僕は言う。


『たぶん、もう分かったよ』

『しかと説明せよ』

『……言っただろ、メンチカツを最後に引き取ったこの夫婦は僕の両親だって。けれど、はは、こいつら……なるほどな、それは想定してなかった。それに、そろそろ国の支援があれば自立可能な、高校卒業を間近にした男を引き取ろうなんてするか? そこからおかしい』


 それに、と僕は言葉を区切り。

 鑑定の魔力を瞳に浮かべ。

 告げる。


『こいつらさ、僕が捨てた時から一切、歳をとっていない。たぶん、人間じゃない』


 そう。

 三毛猫の元魔王が全ての力を使い、僕の運命を変えてくれるまでは――誰かが全てを操っていた。

 誘導していた。


 その犯人は、この夫婦。


『こいつら、ヨグ=ソトースだ』


 悪意ある黒幕は。

 僕が生まれた時からそこにいた。


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