ありふれた異能力者~全ての力を暴力に~
あの後、メンチカツ像による追憶は途絶えた。
記憶の追走の終わりと同時に、安全地帯を作っていたメンチカツ像は崩れ――僕は記憶を眺めることを強制されていた時にチャージした魔力と、掛け続けた補助魔術を受け。
猛ダッシュ!!!
偽神ヨグ=ソトースを翻弄し、銀河を揺るがすほどの大魔術を数度ぶちこみ。
ぜぇぜぇぜぇ。
再び、次のメンチカツ像の下である。
偽神ヨグ=ソトースはマジでメンチカツ像には近づけないらしい。
全ての始まりである、父なる神にとってもメンチカツの行動は想定外だったようだ。
宇宙が怯えるように動揺し、揺れながら言葉を漏らしていた。
『なんだ!? この、このっ……よくわからぬ合成獣の像は!? 理解できぬ。何故、何故。他者の夢世界の中に自らの像を設置するなどという、理解不能で奇怪な行動を?!』
ま、まあ……そーいう反応になるわな。
あいつが像を何度も違法建築してくれたおかげで、こうして大魔術をぶっ放して逃げる。
ぶっ放して逃げる。
ぶっ放して――の無限ループも可能。
出口と思われる螺旋階段へと逃げながらの、嫌がらせ攻撃ができるようになっているのだが。
次の休憩スポットで僕が言う。
『まーた追走が始まってやがるし……、てかあいつ、僕以上に擬態してる僕との出会いを大切に思ってやがるんだな』
ムルジル=ガダンガダン大王が逸話魔導書から顔を出し、魔力を三倍に跳ね上げるが、大国を十年は安泰にできるほどの金額の薬品を僕に販売しながら言う。
『ふぅむ、人間同士の愚かなやりとりなど正直どーでもいいが。おそらくは、生前のメンチカツにとって貴殿はヒーローに映ったのではないか?』
『詐欺師がヒーローって、あいつもアホだなぁ』
『人とは誰しも誰かに必要とされたいモノだ、それがたとえ世間では悪とされる詐欺師であっても――奴にはおぬししかおらんかった、奴に手を差し伸べたのはおぬししか現れんかった。哀れであるが……故に、奴はああして今でもそなたの隣で在り続けたいと思っておるのだろう』
そんなカモノハシが一番の友の座を奪われかけた。
だから、先ほどの戦闘か。
……。
あいつ、結構めんどくさい性格してるな……。
ともあれ。
過去のメンチカツは、身を守るための暴力を是として成長したアウトロー。
ヤクザ筋を転々とさせられている境遇。
そして何より、誰かを守るための暴力であっても恐れられていたのは確か。
今もメンチカツ像の映像には、さまざまにすれ違うメンチカツの孤独な人生が流れている。
血まみれの部屋。
返り血の中の彼は、暴力で全ての敵を排除していた。
排除されていたのは、彼を引き取った先のヤクザ達――。
その部屋の隅には、メンチカツに助けられたはずなのに震えて頭を抱えている女性たちがいた。
彼女たちは借金で身動きが取れなくなっていた、ヤクザ達の商売道具。
本来ならこれは、身を売られた女を助けるヒーローの光景なのだろうが。
虫の息の加害者も、被害者も、全員が全員、圧倒的な暴力で場を支配した強面の高校生に怯え竦んでいたのだ。
メンチカツが、避妊に失敗し暴力を受けていた女性に手を伸ばす。
「よぅ、姉ちゃん。大丈夫か」
「っ……!?」
「たく、なんだよ――せっかく助けてやったってのに。お前が言ったんだろ、お腹の子を殺さないでって誰か助けてって、なのにおいおい、なんだその顔は。怯えてやがるのか?」
そう、怯え切っているのだ。
それほどの凄惨な暴力だった。
だが人助けであったことも確かだ。
返り血を浴びた髪を掻き上げ、ヤンキー座りをするメンチカツが怯える女性たちに言う。
「あぁん? 助けてやったんだから、ちったぁ笑ったらどうだ?」
言われた女性は、無理やりに笑みを作ろうとし――失敗。
顔押さえて泣きじゃくりだす。
咽び泣く声が響く中。
既に貫禄を滲ませた顔に、露骨な興ざめを浮かべた高校生、毒島辰也としてのメンチカツが言う。
「つまんねえ奴らだな、はぁ~あ。おら――出ていくなら今だ。とっとと逃げちまいな」
一人の女が言う。
「逃げろたって……」
「んだよ」
「どこに逃げろってのよ……あたしたちには、他に行く場所なんてないの。それに、この子だってルールを破って、勝手にお客さんじゃない人と関係して。それで勝手に子供作って!」
「あーあー、うるせえな。なら勝手にしやがれ。ったく、逃げたくねえし受け入れてるんなら初めからピーピー騒いでるんじゃねえっての」
本当に冷めた様子でメンチカツは女たちの隔離部屋をでようとし、そして。
あぁん?
と、焼けたヤカンに触れてしまったような、苦悶とは違う苦い顔を一瞬だけ覗かせる。
その背に、ナイフが刺さっていたのだ。
ナイフを握っているのは、ボコボコにされたヤクザの中の一人。
メンチカツの暴力を受けても立ち上がれるほどの気骨、そしてなにより胆力があったのだろう。
「死ねやっ、このバケモノがぁぁぁああ!」
男はメンチカツを殺す気だったようだ。
それが分かっていたからこそ、血を流しながらもメンチカツは、肩を揺らしていた。
嗤っていたのだ。
異様な姿だった。
だから、男の仲間たちは思ったのだろう。
ここでこいつを殺さなければ何をされるか分からないと。
ヤクザ達全員がまだ高校生のメンチカツを殺そうと、一心不乱になって飛びかかっていたのだ。
その様子が楽しくて仕方がなかったのだろう。
メンチカツが言う。
「殺す気でやってきたんなら、そっちが悪ぃよな?」
一頻り笑った後、メンチカツはナイフが突き刺さったままに暴力を再開したのだ。
ケンカの才能があったのだろう。
メンチカツは次から次にやってくる大人たちを相手に、暴力の限りを尽くしたのである。
そしてメンチカツ像の記憶の中のイベント……場面は移り。
前とは別の教会にて、投書によって呼び出され説明を受けた、壮年に擬態する僕は言う。
「それで僕のところに来たと?」
「しゃあねえだろう、相棒。女どもはピーピー泣き続けてるし、外道どもは死にかけてるし。親父にはやりすぎだって銃で撃たれちまうし」
「は? 銃で撃たれたって」
「ああ、ちゃんと全部避けたから安心しろって」
どんどんバケモノじみていき、人の道から外れていく高校生メンチカツに擬態の僕は肩を落とし。
「君の理不尽的な暴力の凄さは、まあこの際気にしないが……いつも通りだ、僕が手を貸すには証拠と正当な理由がいる。刺されたっていう背中の治療ぐらいはこっちで手配しても良いけれど」
「いや、刺された方は大丈夫だ」
「そう、大丈夫なんだ。やっぱり君は少しおかしいね」
言いながらも過去の僕は、彼から渡された雑な資料に目をやっていた。
刺されたと言うのに僕が大して気にしていなかったのは、既にこの時には異能の存在を深く知っていたからだろう。
もしかしたら無意識的な異能力保有者……自己再生能力者かなにかか、そう判断していたのだと思う。
人を殴れば自分も傷つく。
それは精神的な話ではなく物理現象での話だった。
一切の力加減をせず壁を殴れば、反動で自らの骨が砕けてしまう。
だがもし彼が自己再生能力者だったのなら?
おそらく、自分への反動を恐れず全力で暴力を発揮できる。
いつでもどんな状況でも、彼は全力で人を殴れるのだ。
そう考えればこの理不尽な暴力にも説明がつく。
そんな考えはおくびにも出さず、過去の僕が言う。
「なるほどね――今度の君の引き取り手……君のお義父様は未成年も接待の商売に使っているのか、なら正当性もある。いいよ、相棒。僕と一緒に、また金儲けをしようじゃないか」
「いちいち正当性なんて気にする必要なんてあるのか?」
「僕はこれでも弟のお兄ちゃんでね。弟には顔向け出来ないことはしたくないし、なにより、世間に批判されるようなことはしたくないだろう?」
「あぁん? てめえみたいな大悪人が世間体を気にするのか」
酷い言われようだったが、この時すでに僕は国家転覆を進めている。
メンチカツは知らないが、真っ黒な人物だ。
壮年を演じる僕は言う。
「僕はこれでも臆病でね。自分が正しいって思うことはできるけど、そうじゃない事には動けない。これは自分にとって正しい行いだって言いきれないと、どうも腰が引けてしまってね。動けないのさ」
「ほーん、じゃあ今までの悪事は全部正しいって言いきれるのか」
「ああ、そうだね。全ては弟が生きるために必要な事さ」
「あぁん?」
僕の座っていた椅子を破壊し、メンチカツが言う。
「てめえ、弟のせいにしてんのか?」
「はは、違うよ。毒島辰也くん、僕はね――弟がいないと生きていけないんだ。この世界に生きる理由を見つけられないんだ。だからこれは僕のせい。僕がこの世界にいるために、しがみつくために、弟が必要なんだ。僕はね、酷いお兄ちゃんなんだよ。弟には……どんな状態であっても生きて欲しいと願っているんだよ。だから、これは全部僕のせいさ」
「ちっ、あいかわらず気持ち悪い奴だな」
僕と彼は相棒である。
二人とも、生きることが苦手で――どこかが壊れていたのだと思う。
そして、過去の景色を眺める今の僕は思う。
いや、それを口にはしたくないか。
まあ昔の話だし。
と、流そうとする僕に逸話魔導書から顔を出すムルジル=ガダンガダン大王が、じぃぃぃぃぃ。
ジト目で言う。
『のう、マカロニよ。人間であった頃の貴殿はこう、なんというか、わりとこう……中二病というやつなのではないか?』
『うるさい! 実際この時の僕はそれくらいの歳なんだよ!』
ともあれ。
見たくもないメンチカツの記憶は続く。