相棒―それが彼の、生まれて初めての―
勝手に始まっているメンチカツの記憶の追走。
どうやら前世での僕との接点、生前の物語を見て欲しいようだが。
ジト目の僕と、逸話魔導書の中から顔を出すジト目のムルジル=ガダンガダン大王は互いに顔を合わせ……まあ渋々といった様子でメンチカツ像の導きに従ったまま、待機。
ここが安全地帯であり、事前に魔力をブーストしておいたり、効果時間の長い補助魔術を使用しておくのに便利なのは確か。
その場所代だと思うことにしたのだ。
教会の談話室。
過去の中の少年メンチカツが言う。
「――ってわけで、親父殿は家がねえ連中をかき集めて生活保護? みてぇなもんを申請させて、ひでぇ場所に押し込めて……ほとんどの金を持って行っちまう。それだけじゃねえ、養育費とかいうのを目当てにやっぱり行く当てのないガキを集めてほとんどの金を回収して、家がねえ連中にそのガキらの最低限の世話をさせてやがるんだよ」
「ん? 子供に良くない環境だって言うのは分かるが、ホームレ……家のない大人の方はある意味で救済だ。寒空の下にいる彼らを拾って保護申請をさせること自体は違法じゃないだろう。それに、そういう大人は自分でそういう申請をすることすら諦めている人が多い、そういった人間を集めて囲い、共同生活をさせること自体は悪い事とは断言できない」
たとえ金目当ての悪人であったとしても、それが相手が納得していて救済にもなるのなら倫理的な問題にはならない。
だが。
「暴力で脅して家なしのおっさんかき集めて、申請させた後はガキの世話を脅されてやって、しかも内臓とかも売られてるんだぞ? それがまっとうかどうかは、てめえなら分かるだろ。悔しいが……オレじゃあ、どうしようもできねえ――」
「あー、やっぱりあそこの大学病院でやってるビジネス関係だったのか」
「って! 詐欺師のおっさん、ちゃんと知ってるんじゃねえか!」
擬態した僕が、ハハハハっと悪気のない笑みを浮かべている。
「ああ、いいよ。そーいうことなら協力しよう、なにせそういう後ろめたいことがある連中なら、死ぬまで搾り取っても良心は痛まないからね」
「ちっ、散々ヤクザを狙って詐欺をしまくってるヤツがよく言うぜ。あんた、外道の筋モンばっかりを狙う外道以上の外道な詐欺師だって噂になってんぞ」
「カモが絶えることなくて商売の神様に感謝をしているよ」
この時の僕は自分も子供のくせに、擬態によって壮年になっているからか――なかなかの上から目線である。
「いつかあんた、殺されるぜ」
「それは困るね。僕にもたった一人だけ、大事な家族がいるからね。彼のためだけに、僕は今でもこのくだらない世界を生きているんだから」
「大事な家族がいるとは贅沢な野郎だな」
「そうだね、それだけが僕の救いだよ。他の何もかもが不要だとは思えてしまうほどにね」
なかなかどうして。
こうして客観的に昔の僕を見ると、こう……もどかしさがある。
今の僕だったらきっと言えないことを言えてしまうのは、中身が子供だからだろう。
それでも、相手も子供だからか僕の言葉は少年メンチカツには、格好いい大人の言葉として映ったようだ。
ぎゅっと拳を握った少年メンチカツは、目線を逸らし。
露骨に音を鳴らした舌打ちで、ちっ。
「あぁん? うざってぇな、自慢かよ」
「家族が欲しいなら次の御夫婦を紹介してあげるよ」
「随分積極的なようだが、あんた……どうせ、里親ビジネスでもいくらか儲けてるんだろ? それで家なしおっさんどもを囲う話にも、そこまで変な顔はしなかったってわけか」
「全員が納得して幸せになるならそれは詐欺じゃないだろう? ただの仲介ビジネスさ」
そこに強制や暴力が加わるとなると話が変わってくる。
だから。
「いいよ、君を手伝おうじゃないか毒島辰也くん」
「オレ、名乗ったことあったか?」
「里親を探してあげていたんだ、それくらいは知っていて当然だろう」
「ほんとう、あんた……メチャクチャ胡散臭ぇな」
それでも彼は僕に助けを求めて投書をした。
僕は言う。
「臓器売買の詳細や、暴力で人を集めているって部分の証拠が欲しい、なくても動けるがあると楽になるんだが――何かあるかい?」
「殴られてる連中の様子を書いてある日記みてぇのと……あとは写真ならどうだ。写真屋に持っていってないのがある」
「問題ない、上出来だよ――証拠さえあれはメディアの方も裏から操作できるからね」
「あんたメディアって会社にも入り込んでるのかよ」
この時のメンチカツはメディアを理解できていなかったようだ。
「君は今回の事件が終わった後、少しは勉強をすることだね。ちゃんと学校に行くといい、くだらないと思ってもそこには必ず意味がある。常識と社会性を学ぶ場所でもあるからね。行ってみて嫌になったら行かなくてもいい、それも経験だ」
「あぁん? 随分と学校にこだわるな。なんかあるのか?」
「……家族がね、学校に行きたくても行けない体なものでね。漫画やテレビで学校ってものを知っていても、実際に行けてるわけじゃあない。同じ年の子供たちが学校を行く姿を感じて、ランドセルが揺れる音を聞いて、仲良く……時にはケンカの音も聞いて、体を揺らすんだ。時折、僕に黙って泣いている時がある。だからね、彼は学校に行けるのに行かない不良を酷いヤツらだって怒ってるんだよ」
不良といわれた少年メンチカツは露骨に眉間にしわを刻み。
「あぁん!? 不良だ!?」
「はは、悪いね。少なくとも彼は虐められてるわけでもないのに、辛いわけでもないのに学校に行かない子を全部、まとめて不良って言ってるんだよ」
「ちっ、デレデレしやがって……まあいい。んで、オレと一緒に金儲けをしてくれるってことでいいんだよな?」
「ああ、そうだね。君と僕とは今から共犯者、いや――」
たしかこの時の僕は、深くは考えなかった。
もっと中学生ぐらいの子供が喜びそうな言葉を探っていたのだと思う。
そして、僕は言ったのだ。
「相棒……、そう相棒だね」
おそらく。
この言葉が今まで誰にも愛されていなかった少年メンチカツの心を揺らした。
もっと言うならば、彼の弱っていた心を縛り付けたのだろう。
昼下がりを終えた、夕焼け前の薄暗い教会。
木漏れ日から入り込んでくる斜陽が、少年の顔を照らしている。
メンチカツが言う。
「あ、相棒だぁ?」
「ああそうだよ、嫌だったかい?」
「別に嫌じゃねえが――」
騙そうとする気さえなかったからこそ。
彼にはその言葉が嬉しかったのだと僕は思う。
おそらく、生まれて初めて誰かに求められた、必要だとされた彼の自尊心を満たしたのだろうと思う。
だからきっと。
あいつは今でも、僕の相棒である事にこだわっている。
「これから頼むよ、僕の相棒」
一緒に親父殿を騙して、金を巻き上げようじゃないか。
そう軽口を叩き拳を伸ばす僕に、メンチカツは「しゃあねえな」っと苦笑し、伸ばした拳を合わせ。
カチり。
壮年に擬態した僕と、少年メンチカツは見事に詐欺に成功。
メンチカツのいうところの家なしのおじさんを助け、子供たちにももっと適した場所を紹介するまでに至る。
そして再びメンチカツは別の悪い親戚に引き取られ、僕たちはまた巡り会う。
メンチカツの身内は悪人だ。
それも幸か不幸か、ドがつくほどのクズばかり。
だから――また同じことの繰り返し。
まるで本当に相棒のように、僕らは腐れ縁となり次々に金を儲けていくのだ。