メンチカツ像は語りたい~おいやめろ、お前の回想なんて興味がない!~
安全地帯となっているメンチカツ像。
休憩しようとそのドヤ顔の下に腰掛け、背を預けた時だった。
先ほどこの像を通し僕の記憶を追走したように、僕の頭の中にメンチカツの記憶の追走が……。
『って! 却下だ却下、ド却下だ! なんでこんな時にあのカモノハシの記憶なんて読み取らないといけないんだよ! 来るな! やめろ! 僕の記憶領域におまえの過去なんていう無駄な情報は要らん!』
グワ! と抗議する僕に構わず、メンチカツ像が自らの記憶を僕に投射。
勝手に自動再生され始める。
◆
映し出されたのは、メンチカツがまだ子供の頃の記憶だった。
しょーじき、見たくもないのだが……。
僕の意思を無視してメンチカツの物語は始まっていく。
毒島辰也、それがメンチカツの生前の名であり僕もその名は何度か目にしたことがあった。
なにしろこいつは、僕が詐欺で潰して搾取してもいいと思った組織に、何度も入り込んでいるのだ。
正確にいうのなら、両親を失っているこいつは組織が潰される度に、親戚筋をたらい回しにされていたのだ。
僕は詐欺にハメ、潰した組織で被害に遭った子供は救う方針で動いていたのだが……。
過去の、まだ中学に入ったばかりの子供のメンチカツが、いつものように「あぁん!?」と、眉間に濃い皺を刻み――。
仲間の異能の力によって壮年に化けている僕に言う。
「このオレに子供が作れない夫婦の養子になれだぁ!?」
「ああ、そうだよ。君はこのままだとまた似たような悪い親戚のおじさんとおばさんに引き取られて、同じことの繰り返しだ。この夫婦は君を殴ったりもしないし、タバコの火を押し付けたりしないし痛い思いをしないで暮らしていけるだろう」
自分が悪い組織を潰したせいで子供が不幸になるのは避けたい。
そんな偽善から僕は本当に心の底から純粋な、まともな里親を探し、安寧の地を提供しようとしているのだが――。
このガキは本当に生意気で。
「だいたいあんた、本当に年上か? なーんか、妙にガキ臭い部分があるような気がするんだが――あぁん? どうなんだ?」
「はは、面白い事を言うね。少なくとも僕は、こんな老けた顔の小学生は知らないね」
「だいたい、なんでオレに付きまとってそんな胡散臭い話を持ってくるんだ? この間の田代のおじきの組が詐欺師に潰された時にも、あんた、そこにいたよな?」
その時は別の姿をしていた筈なのだが。
この擬態の異能は世界の認識をごまかす能力、感受性の強い子供には効きにくい時があると能力者は説明していたが……その通りだったのだろう。
過去の僕が素直に頷き言う。
「おかしいな、あの時は別の変装をしていた筈なのに、よく気付いたね」
「その胡散臭い糸目に、作った笑い方がそのまんまだからな! てめえ! オレを追い回してなにをしようってんだ!」
「全くの誤解だよ、僕が潰す組織に何故か君が先回りしてそこの世話になってるだけさ」
まあ、親戚筋が大抵ろくでもない人間で、なおかつ既に両親を失っている。
彼にとっては可哀そうだが、逃げられない負のループが連続しているだけなのだろう。
だからこそ、そのループをここで絶ってやりたいとも思っていたのだ。
少年メンチカツが言う。
「はは、じゃあなんだ。そこに行けば、暴力もない世界で生きていけるってか?」
「ああ、そうさ。だから」
「お断りだな!」
彼は中学生になったばかりなのに、その顔はヤクザそのもの。
既に人を殴り道を開いてきたのだろう。
「オレを今度拾ってくれる親父殿はオレの暴力を買ってくれている。オレはこの拳で生きるって誓ってるんでな、そんな爺さん婆さんの家なんかじゃあ拳が腐っちまう。そうだろう?」
「いや、爺さん婆さんじゃなくておじさんおばさんなんだけどね。でも、まあ無理強いはできないか。ただ……その親父殿の事はあまり信用しない方がいい」
「あぁん?」
「あくまでも書類上の話だけどね。君には莫大な遺産が相続されることになっている、だから親父殿とやらはきっとそのお金を狙うだろう。生きるためには金がいる、だから安易に印鑑を押しちゃいけないって話だ」
「押したらどうなるって? はは、死ぬわけじゃねえだろう」
僕は言う。
「君はたぶん殺されるよ」
「は?」
「そうでもないならわざわざこうやって君の前にやってきたりはしないさ、僕はね、ただ僕のせいで悪いことをしてもない人が死んでしまう状況は避けたい、そう思っているだけなのさ」
僕の言葉を理解したのかどうかは分からない。
けれど、擬態している僕の中に何かを見たのか。
まだ中学生に入ったばかりの子供にしては、肝の据わった胆力のある笑いを上げていた。
「どうして笑うんだい」
「悪い、悪い。ただなるほどって、納得しただけだ。あんたはただ利己的なろくでなしってだけか。それならまあまだ話も分かるな」
「君、変な子だね」
「あぁん? オッサンの姿をしてるくせに、妙にガキ臭ぇてめえには言われたくねえな」
当時の僕はここまで話して、実感していた。
どうやらこのメンチカツ、いや毒島辰也は僕の詐欺が効きにくいタイプのようだった。
この年で既に、愚直で己の暴力のみを信じる”輩”だったのだ。
僕は言った。
「君に忠告しておこう。この世は暴力だけではどうしようもない問題が必ずやってくる、君自身が強くても、他の人間はそうじゃない。だから、もし君の新しい住処で守りたいものができてしまったのなら、必要ない時にまで暴力に頼ることは止めた方がいい」
それは敵を作り過ぎる、そう忠告したのだが。
「全部ぶっ飛ばせばいいだけだからな、余計なお世話だ。話がそれだけならオレはもう行く、親父殿が待ってるからな」
「そう、なら本当に気を付けておくれよ。君みたいな子供が遭難して死体で見つかるだなんてさすがに寝覚めが悪いからね。もしなにか困ったことがあったなら、近くの教会の投書箱にでも助けを求めてみるといい――神様は見ているかもしれないからね」
「神なんて、クソ喰らえだ」
既にアウトローの風格を纏う毒島辰也と直接会ったのは、これが最初。
次に会うときは、僕の息のかかった教会に彼からの投書が入っていた時。
それは、彼との接触から半年後の事。
擬態の異能を受けた僕は、それが彼からの呼び出しだと確信して、まだペタ足ではない足を向けていたのだ。
さっそく親父殿の家で虐待でもされているのかと思ったが、違った。
ケンカに勝ち続けているだろう彼は既に体格も立派で、成長も早かったのだろう――肉付きも大人に近づきつつあったようだ。
けれどその表情は保護者を求める子供のモノだった。
そもそも僕に助け舟を求めた時点で、何かあるに決まっている。
僕は投書があった教会とは別の街の、別の宗派の教会にて――投書箱にメッセージを入れようとしていた彼の背後から話しかけていた。
「やあ久しぶりだね、神だよ」
「……なにが神だ。ペテン師が、おい、オレはカラリックやらトリックやらの教会に投書したはずだろ? なんでこの、プロ……プロテインの教会にいやがる!?」
「さあね、結局のところ拝む神、敬愛する主は一緒だからかもしれないね」
「は? 意味分かんねえ」
「おや、まだカトリックやプロテスタントは習っていないのかな。ヨーロッパの歴史あたりでやると思うのだけれど」
「学校なんて行くわけねえだろう」
二足、三足の草鞋を履く僕ですら行っているのにこれである。
「それで、なにがあったんだい――」
「あんた、悪い奴だけを騙して金を巻き上げてるんだろ?」
「ああ、そうだねそれがどうしたんだい」
「……ウチの親父殿、ありゃあ駄目だ。このままじゃあ上を巻き込んでみんな死んじまう。どうだ? こっちは内部から情報もやるし、なんなら何人か再起不能にしてやってもいい。そこで提案だ」
あくまでも対等な関係を求め。
少年メンチカツは言った。
「親父殿はあんたがターゲットにするような、どーしようもねえヤツだ。なにより、オレが気に入らねえ。だからだ――詐欺師さんよ、オレと一緒に金儲けをしようじゃねえか」
「とりあえずは、まあ話を聞こうか」
「てめえのことだ、どうせもう知ってるんだろ」
「それでも内部の事はちゃんと内部から聞かないと分からない。暴力と違って詐欺はそう簡単じゃないのさ」
ちっ、分かったよ――と、メンチカツが語りだす。
既に親父殿とやらに見切りをつけ、潰す気なのだろう。
少年メンチカツは少年とも思えぬ気骨ある顔で、僕に情報を提供し始めた。