銀杏無双―いろいろな要因が重なった結果であり、僕だけが悪いわけじゃ(以下略)―
そもそもだ!
僕はただこのペンギンの姿から人間の姿に戻り、そしてあわよくば元の世界に帰っていつもの暮らしに戻りたいだけ。
なのにだ!
『どおぉおおおぉぉぉぉぉして、こうなったぁぁぁあぁぁあ!』
叫ぶ僕こと氷竜帝マカロニの嘴からは人語を話すべく発達した舌が、振動。
焼けた砂漠の薄い匂いの中。
聖水の畔に栄える白亜の城にて――。
恐竜のようなジト目に入ってくるのは、跪く砂漠騎士の民達。
こっちはあれやこれや交渉をして、最大限の報酬を搾り取るつもりだったのだが。
まず一番話が分かりそうな、まともな第一皇子ダカスコスを訪ねたら。
いきなり、これである。
この地が天の女神により祝福された地であり、その目的は塩顔イケメンが見たい……などというふざけた理由だという神話も事実なのだろう。
トカゲ顔のロイヤル皇子が騎士の忠義を示し、僕に言う。
「よもや――最高神様の遣いであらせられたとは、此度の無礼、特に弟における貴国への失礼の数々大変申し訳なく思っております」
うわ!
おもいっきし緊張しまくってるくせに、ひとつもセリフを噛んでいない!
なかなかどーして、肝が据わった皇子だ。
間違いなくこいつがダカスコスだろう。
砂漠の民という事もあり、日焼けした美形騎士の兄ちゃんを想像して貰えば、まあそのまんまかもしれない。
こいつが女神好みの美形であろうがなかろうが、どーでもいいが。
どうも最高司祭リーズナブルの家臣たち、つまりはウチの聖職者連中はその美貌にポっとしているようだ。
そんなことより!
『僕を尊ぶのもあんたの弟の無礼があったのも事実、まあそれはもう許してるけど確かにあった! けど! なんだその、最高神の遣いってのは!』
「あの光こそが最高神様の降臨の証、我らが帝国の伝承にそのような記録が残されておりましたので……よもやと思いまして、我らが抱える聖職者……水の神官に海の女神様へのご神託を賜りますようお願いしましたところ――」
『さっきの光が最高神の降臨だって、ネタバレされてたってことか――』
余計な事をする神である。
こっちはもっと駆け引きを楽しみたかったのに、初手で既に限界まで要求を通したと同じ。
僕はすっかりやる気をなくし、最高司祭リーズナブルがそっと用意してくれた僕用の移動玉座に着地……する前に、高さを調整するためにいつもの魔導書を椅子に置き。
よし! っとチェックし鎮座。
最高司祭リーズナブルは僕にとっては、いろいろと残念でアレな問題児だが……。
どーやら、世界的に有名なのはガチらしい。
あのリーズナブル女史がまるで家臣のように動いている……と、砂漠騎士の民はごくりと喉を鳴らしている。
僕は自分に都合の悪い部分を省き、観測できている限りの状況を説明した。
――。
観測した周囲の情報を勝手に記述する魔導書の複製品を、閉じ。
『……ってわけで、なんかネコの行商人がこの国で臨時商店? みたいなのを開くつもりだったらしいんだけどさ、それをおまえたちのところの第二皇子君が持ち帰った種を、”誤って”使用してこうなっちゃったみたいで? 砂漠用の在庫を抱えてるからどーにかしろって、神に訴えたらしいのさ』
ダカスコス皇子は頷き。
「ネコの行商人が来る予定だったと、なるほど、ならば最高神様が降臨なさった件も頷けます」
『ん? 何か知ってるのか?』
「その……我は神を語る資格のない職業故に、これ以上を口にする権利がないと申しましょうか……」
神について語るのにも資格や適性がいるということだろう。
『聖職者のクラス? 職業? そーいう系統に入ってないと、神のこともあまり語れないってことか。面倒なんだよなあファンタジーの世界って。で? どーなんだ?』
指名されたと感じたのだろう。
代わりにウチのリーズナブル女史が言う。
「我らが世界を創造された、創生の神々。六柱の女神様の夫にして、慈悲深くも冷静なる御方……最高神様は基本的に世界に干渉をしないとされております。ですが……数少ない例外がございまして」
『あぁ……読めた。よくいるネコバカか』
僕の世界にもいたのだ。
ネコのこととなると全てを優先させるようなヤツが。
まあその対象が猫だけに収まっているのならば、案外に害はないのだろうが。
『僕は神がいき過ぎた愛護主義者じゃない事を願うばかりだよ。って、なんだリーズナブル、僕のことをじぃぃぃぃぃいっとみて』
「えっと、その……神が愛でているのはモフモフなる獣全般ですので」
『おい……まさか』
「はい。或いは、ジズ様も最高神様の加護の範囲かもしれませんが、どうなのでしょう……」
いや、どーなのでしょうと言われても。
ジズ様? と、第一皇子ダカスコスが眉を跳ねさせる中。
『最高神は僕が元人間の転生者だって知ってる筈だからなあ、精神性が人間だとどうなんだろうな』
アランティア元王女が図々しく顔を出し。
「マカロニさん……まだ人間だって言い張ってるんすね。ぶっちゃけ、行動がペンギンとか魔獣よりなんで精神ももうペンギン魔獣なんじゃないっすか?」
おい。
人が気にしていることを、こいつ……っ!?
『怖い事を言うな! 僕は人間だぞ!』
「いや、だってマカロニさんが人間だった頃の話を聞こうとしても、教えてくれないじゃないっすか!」
『だから脳が凍って死んだから記憶の欠如が発生してるんだよ!』
「ん~……えぇぇぇぇぇ……、本当すかそれ? 人間になりたかったペンギンだったってオチだったら悪いんすけど、あたし、お腹抱えて笑いながらバカにしますからね?」
たしかにこいつなら、心底ほんきで笑うだろう。
アランティア元王女を知っているようで、第一皇子ダカスコスが顔を上げ。
「その騎士鎧は、アランティア姫でありますか」
「そうっすけど」
「愚弟が大変申し訳ない事をしたようで、皇帝陛下に代わり謝罪させていただきたい」
謝罪させていただきたいと言われたアランティアは少し困った顔で。
「ああ、なんつーか、そのこっちもすんません。本気で覚えてなかったもんで」
「母国を見捨てた我が国を恨んでおいでで?」
直球だった。
だからこそ、アランティアも心を語るつもりなのだろう。
その間抜けな……いや、能天気、……まあなんでもいいや。ともあれ普段は町娘のように純粋なその瞳が、スゥっと王族のソレに変わる。
「……昔のことであります、どうか殿下もお気になさらず。国同士の駆け引きもありましょう、それになによりかつての母国とその王権が、属国化という名の事実上の解体の憂き目にあったのも我が父、我が母の失政のせい。ダガシュカシュ帝国の方々のせいではないと、そう認識しております」
言って、普段とは違う女騎士の微笑。
<魔女姫騎士の微笑>と呼ばれる、固有スキルに似たかなりレアな力を発動したようだ。
効果分類上は民や同族への魅了だが、今の瞳に魅了の効果はない。
アランティアはただ、広い心をみせたのだ。
およそ十数年前に、自国が同盟関係にあったアランティアの国を見捨てたことを砂漠騎士の民たちも知っているのだろう。
それを気にせず、気にしないでいただきたいと気遣ったようにも見えるが……。
僕は知っていた。
これ。
アランティアの騎士モードなので、完全に心を閉ざしたようだ。
そして第一皇子ダカスコスもそれを見抜いたようで。
「本当に、申し訳ない――」
「いえいえいえ、それよりも殿下。状況はどうなっているんすか?」
いつものモードのアランティアであるが、言葉にはちょっと違和感がある。
戦争に負けて属国化した国の姫と、それを助けなかった同盟国。
そして一応は婚約者候補だったとしたら、なかなかに関係性も複雑なのだろう。
ぶっちゃけ、僕はあまり関わり合いになりたくない。
事を荒立てる気はなく、嘴を挟み。
『状況もいいけどさ――この帝国に出入りしてるそのネコの行商人ってのはどういう存在なのか、僕はまずそこから知りたいんだけど。国家機密だったりは――』
「いえ、機密ではないので。語らせていただいても?」
こちらの機嫌を窺い、確認を挟む第一皇子ダカスコスは聡明で賢明だが。
こうもいちいち恐縮されると面倒でもある。
アランティアぐらい、てきとーだと……いや、やっぱりそれも困るな。
ともあれ僕は頷き、皇子はネコの行商人ニャイリスについて語りだす。
――。
語り終えた直後、僕は前のめりになって玉座からペンギン顔を突き出し。
『夜空の星……猫の足跡を辿って!? この世界に行商に来てるだって!?』
「え、ええ――彼ら自身はそう語っておりますが、事実かどうかは確かめようがなく。ただ、彼らがこの世界の資源や素材の上限を無視して、遥か彼方の地よりアイテムを確保している事は確実かと」
僕の反応にかなり驚いている第一皇子ダカスコスくん。
同じくこちらの面々も僕が驚いていることに驚いているようで。
この場で直接発言できる立場にはないマキシム外交官が、腐っても最高司祭で著名人なリーズナブルに目線をやり。
リーズナブルが僕を眺め。
「ジズ様、どうなさったのです?」
『いやいやいや! だって異世界からの闖入者ってことだろう!?』
「そうですが――何かご懸念がおありで?」
あ、そうか。
『なーるほどね、この世界には既にネコの行商人が出入りしてる。僕が転生者、つまり外から入ってきた存在でも過剰には気にしなかったってことか』
しかし。
賢い僕は考えた。
『つまりは! そのネコの行商人と交渉できれば、僕が元の世界に帰る手段も見つかる可能性があるってことじゃないか! で! で! そいつらって普段はどこで商売してるんだ!』
この世界の者たちは顔を見合わせ。
リーズナブルが代表し。
「彼らがどこで露店を作るか、それは神すらも分からぬのです」
『分からないだって? 魔術でもいいけどさ、探索スキルとか索敵スキルとか、そういうので分かりそうなもんだろう』
「それらで観測できないからこそ、彼らが外の世界から入り込んでいる存在である証明――と魔術師の間では考えられていると耳にしておりますわ」
色々と、ネコの行商人だけは例外なのだろう。
だが。
至極まっとうな意見を述べる顔で僕は言う。
『いやさ。商売したいんなら……ちゃんと観測できるようにしないとダメじゃないか? 客減らしてるだけじゃんか』
「あ、あたくしに言われましても」
『まあいいさ! ネコの行商人はここが砂漠に戻れば、抱えた大量在庫――”砂漠騎士の鎧”を販売するために必ずやってくるんだろうからな! 後はこの銀杏をどうにかすれば解決! 最高神からの勅命もクリア! 元の世界に帰る手段に僕も近づいて、みんながハッピーってことじゃないか!』
それどころか! この世界の神の恩寵で僕の姿が戻せないのなら! 外の世界の力を用いれば、あるいは!
『ネコの行商人とお近づきになれば、一気に二つの問題が解決だってね!』
そして!
砂漠に戻せば、ほぼ確実に会えるのだ!
浮かれて玉座の上でペンギンダンス!
お尻の尾先を跳ねさせる僕に、アランティアが外に見える銀杏たちを眺め言う。
「で? どーやってアレをどかすんすか?」
……。
まあ、そこが問題なのだ。
玉座から降りた僕はペタペタペタ。
よっ、と城外を監視するための窓に飛び乗り。
みっしりとした、銀杏ジャングルになっている世界を見渡す。
なんか広大な砂漠の土地が気に入ったのか、更に成長。
根っこを触手とし、周囲の魔物まで吸収しだしてるし……。
無双させるつもりで作ったからなあ、こいつら……。
しかし――言い訳するつもりはないが。
『おかしいな、さすがにこの強さは異常なんだが?』
「いや、マカロニさんがつくった種じゃないっすか……」
『僕はここまでの半魔獣化は設定していないっての!』
まあ、勝手に進化したという可能性も否定できないが。
賢き第一皇子ダカスコスは優秀なのだろう、一つの答えに辿り着いたようで。
「もしや、天の女神様が聖杯より注がれたとされるオアシスの水を吸った事が原因……では?」
あ。
それだ。
あの女神は一応は創世の女神。
その力は本物であり、彼女が不毛な砂漠に聖杯の水を与えたという神話も真実だったのだろう。
つまりは僕だけのせいじゃない!
よっし!
『そりゃ、女神の聖杯の水を吸ったらこうもなるか。良かったな! これでこの地の神話は証明された! たぶんこのオアシスは本物の神の慈悲。本物の聖地になるかもしれないぞ!』
「我らの土地の神話が真実であったと……それは、嬉しいのですが」
真実だったからまずいわけで。
アランティアが他人事のように言う。
「銀杏に滅ぼされちゃったら、聖地も何もないんすよねえ」
その通りであるし、この国に対しての感情もあまりよくない彼女の言葉はちょっと辛辣であるが。
彼女は彼女で他人事であり。
少し失念しているようだ。
植物の性質を考えると、その本能は自らの数を増やすことにある。
よーするにだ。
このままだとこいつらは繁殖を繰り返し、別大陸にも進出。
人類が銀杏に無双される世界になってしまうのではないだろうか。