譲れない一番星~メンチカツの夢~
僕のドリームランドの中に展開された宇宙の下。
いつもと変わらぬメンチカツ、カモノハシがそこにいる。
ただし。
やはり二人分のダニッチの怪物を纏っているのだろう、その魔力は絶大だ。
あのメンチカツが魔力方面でもまともな戦力を身に着けたとなると。
あぁ……やっぱり状態異常無効がセットされてるな、これ。
ぶっちゃけ、めちゃくちゃ厄介な敵である。
ダゴンは状態異常に弱い事でメンチカツを制御していたのだろうが、これで弱点はなくなっている。
フフンとドヤ顔カモノハシなメンチカツと支援しているエビフライに目をやり、僕はクチバシを開きガァガァガァ!
『久しぶりだな――じゃないだろ、おい! おまえら! いったい何を考えてやがる!』
『あぁん? 仕方ねえだろう。相棒よ、こうでもしねえとオレを置いて一人で来るつもりだっただろ? 違うか?』
それはまあそうなのだが。
『それにだ、オレが相棒に黙って別行動してる理由も、もうおまえさんには分かってるんじゃねえか。オレは全てを知った上で今、ここにいるんだ。だから、分かるだろう?』
やはり僕を恨んでいるのだろう。
それは仕方がない。
この未来を掴むための唯一の犠牲者なのだとしたら、こいつには僕を恨む権利がある。
『そうだな――』
僕はそのままエビフライに目線を向ける。
もちろんいつものジト目ではなく、まじめな顔でである。
『で? おまえはどーしてそっちにいるんだ?』
『怒らないでよ、兄さん。僕はいつだって兄さんのために動く。それっていつものことじゃないか』
『……で――メンチカツを使って何をするつもりなんだ?』
で? で? と説教するお兄さんの声での僕の尋問である。
エビフライはハリモグラなプリティーフェイスに、もきゅーっと満面の笑みを作り。
フンフンっと鼻息を荒くし両手を掲げ宣言する。
『この宇宙を手に入れて、他のすべて、ありとあらゆる可能性の先にある宇宙に! 兄さんのすばらしさを広げて! 兄さんを全ての宇宙の長、つまり”宇宙大王ペンギン神”にするために決まっているじゃないか!』
はい、宇宙規模のやらかしが来た。
思った以上にシンプルだが、実質的にはかなり邪悪な願いである。
よーするに多次元宇宙を含む、全ての宇宙が僕を崇めるようになるように、洗脳するつもりなのだ。
まあ、こっちの答えは予想ができていた。
ニャイリスがはじめ、僕の弟をサイコパス扱いしていたのもこの辺からなのだろう。
『おまえなぁ……宇宙規模でなんかやらかして討伐されてそうなったんだろうが』
『なんかやらかしたって、酷いなぁ! こうしてドリームランドに入って確信したけどさ? 兄さんは凄いからね! こうやって宇宙を内包しているんだ! そんな凄い兄さんを蘇生させるコストには、やっぱり同じ宇宙の犠牲が必要だったってことだからね。兄さんのためだからね、あの時は仕方なかったんだよ』
理屈としては確かにそうなのだろう。
こいつ、まーじで僕を蘇生させるために宇宙を犠牲にしようとした、前科持ちなのだろう。
我が弟ながら規模が大きくて大変よろしい。
ずっと物理的に引きこもりだったので、もう少し社会性を教える必要はあるが何事にも前向きなのは兄としては歓迎するべきだろう。
……。
じゃなかった!
『今回は仕方なくなんて無いだろうが!』
『えぇ? だってせっかく兄さんを宇宙の統治者にできるチャンスなんだよ? やらないのは、勿体ないよね?』
『僕は統治者なんて面倒なことはやりたくないんだよ! せいぜいがスナワチア魔導王国の国王っていう小さい役職で十分だ!』
マキシム外交官が、けして小さくないのですが……と、頬を掻いているが無視。
おそらく。
弟とあり得たかもしれない弟を説得できれば、メンチカツの状態異常無効状態は解除される。
が、これを説得するのはまあたぶん無理だろう。
『それにさ、ほら見てよ兄さん。ここにまだ肉塊状態のあり得たかもしれない僕がいるじゃん?』
『じゃんって、いやまあたしかに召喚されてるがそれも今、ここで起動している偽神ヨグ=ソトースを僕が回収すれば消える。そいつらを無限に召喚してるのはたぶんこの宇宙だからな』
『そう、それだよ兄さん!』
どれだよ!
と思うが――弟が、フンフンと頑張る姿は目の保養になる。
アランティアが、このひと……ほんとうに弟のことになると実はポンコツっすよねえ……とジト目を向けてきているが気にしない。
エビフライは、自立しようと頑張る弟の声で言う。
『兄さん。僕はね、この僕も救ってあげたいんだ。だって、この子の寂しさももどかしさも全部僕は知っているよ。この子はね、兄さんを失ってしまった僕だ。兄さんを失うことの悲しさは、この僕が誰よりも知っているつもりだよ! 僕は彼らを消したくないんだ!』
偉い! 満点!
良い子なので褒めてやりたい! ところなのだが……。
おそらく僕の弟デレに気付いているアランティアの目線が冷たくなってきたので、僕は咳払い。
『なんだよアランティア……』
『あのぅ、言っておきますけど。たぶん弟さん可愛さにあっちの話に乗るなんてなったら、他の宇宙と全面戦争っすよ? あのひとら、ガチでこの何でもできるマカロニさんのドリームランド、宇宙を使って滅茶苦茶やらかしますからね? んで、マカロニさんが今、魔導書を展開している異世界のバケモノたちと敵対しますからね?』
おそらく女神としての権能で、先を見通しているのだろう。
正確にいうのなら、アランティアの場合は魔術を用い運命を計算しているのだろうが。
『さすがにその気はないから安心しろ――しっかし……そうか』
僕はあり得たかもしれない僕自身に目をやり。
じとぉぉぉぉぉ。
『おまえなあ……自分が消されたくないからそっちについてやがるのか。そうかそうか。おい、まさかこの僕に逆らうつもりか!』
「誤解だ! こんな宇宙を内包してやがるヤバイやつに、だれが逆らうか! おまえも詐欺師なら僕が嘘を言ってるかどうかぐらい分かるだろう!?」
背広姿のあり得たかもしれない僕が吠えるように美形顔を、くわ! っとしている。
おっと、逆らう気がないようだ。
だが……明らかに敵側にいるよなあ、こいつ。
相手にも言い分があるようだが、僕は弟に対しては心が広くとも、未来視の中から召喚されたいわば偽物の僕には容赦がない。
僕は異世界の神々の魔導書を操り、<石化の鶏眼光>と<永続魔狼結界>を即座に発動できるようにセットし尋問の構え。
『はぁ!? ならなんで時間稼ぎしてる筈のお前がそっちで仲良くしてやがるんだよ!』
「ふつーに倒されて、やっと解放されたと思ったらっ、おまえの弟に再召喚されたんだよ!」
あー、なるほど。
召喚主に召喚獣が逆らえない理論なのか、これ。
『ドリームランドはなんでもできる夢の世界。あり得たかもしれない兄さんを再召喚するぐらい簡単にできちゃうからねえ』
自慢げなエビフライにアランティアが言う。
「いやいやいや、エビフライさん……最上位の未来視なんて億単位で別ルートが見えてるんすから、その中から同じルート……よーするに同一個体を再召喚なんてふつーじゃできませんって」
『あれ? だって可能性がゼロじゃないなら不可能じゃない。それが魔術だって教えてくれたのはアランティアさんだよね? 僕はその教えの通りに頑張ったんだけど』
おい。
『おいこら、アランティア――どうやらお前も戦犯なんじゃないか?』
「あ、あたしのせいじゃないっすよ!?」
『じゃあこいつに召喚魔術を教えたのは、誰だ?』
「あ、あたしっすけど……と、とにかく! 今は責任の追及なんてしている場合じゃないっすよ! 他の宇宙にケンカを売ったら、さすがにマズイですって!」
よーし!
これで僕の責任も有耶無耶にできる!
あとは、ちょっと真面目な時間か。
僕はメンチカツに目線を戻し。
『一応聞いておくが、エビフライを止めるのに協力する気はあるか?』
『残念だが、オレは今回の件で怒ってるからな。それは相棒、てめえが一番分かってる事だろう?』
『なら、仕方ない――僕は宇宙大王ペンギンやらになるつもりもないし、他の宇宙にケンカを売る気もない。おまえたちを力尽くにでも止めて見せるからな』
言って、逸話魔導書を魔術で操作し。
バササササササ!
周囲を氷海エリアに変更しつつ、マカロニ隊に指揮官としてのバフを発動!
メンチカツもメンチカツ隊を召喚し。
ニヒィ!
まるでスーパーカモノハシになったか如く、オーラを全開にしゴゴゴゴゴゴ!
ゴムクチバシを開いたメンチカツが吠えていた。
『あと少し、あと少しでオレはあいつに勝てる。なあ、そうだろう! 相棒!』
『ん?』
あいつって誰の話だ。
戦闘開始の空気が流れる中、僕は言う。
『おい、何の話だ』
『決まってるだろうが! オレはあいつを許せねえ、オレが、オレこそが相棒の親友であり一番のダチだ! なのに生前だかなんだか知らねえが、相棒の一番の座を奪いやがった、あの三毛猫だけにはぜってぇに負けるわけにはいかねえんだよ!』
なんか、こいつ。
『ちょっと待て! おまえ!? 僕のせいで死んだことを恨んで』
『あぁん!? そんなことどーでもいいだろうが! オレは、この宇宙の力を手にして、相棒の一番のダチになるんだよ! そんでだ! てめえの深層心理とやらに植え込んだオレさまの像の力を用い、オレさまのワインダンジョンへの融資を二割増額させることを約束させる!』
ん?
まさか。
これ、全部……けっきょくはワインダンジョンの資金繰りをなんとかするための行動なんじゃないか?
目的がショボいわりに、手段が宇宙規模ってだけ。
よーするに、僕が「はいはい、友達友達」とテキトーに頷き、ワインダンジョンへの融資額を上げれば、全部解決できる気が。
……。
さすがにふつーならば、ワインダンジョンへの融資のために、こんな大規模なことをしでかすメリットなんてないんだが。
そういや、こいつ。
バカだったんだった。
『ストップ! ストップだ、この馬鹿カモノハシ! おまえまさか、ワインダンジョンへの融資額を引き上げるためだけに、こんなくだらない』
『くだらなくなんかねえ! 完成されたワインダンジョンで一番のダチと一緒に一番のワインを飲む、それがオレの夢だ! クソみてえな世界で死んで海底に沈んだオレが見た! この世界で浮かんだ! 初めて欲しいと手を伸ばしたいと思った、キラキラ輝く、オレの一番星なんだよ!』
人の想いの重さなど、他人が量れるモノではない。
傍から見ていると夢はショボイが、彼の決意は重いのだろう。
闘志に満ちたメンチカツが、唸りを上げる。
『悪いが、オレはもう止まらねえ! それがたとえ相棒でもな!』
『だーかーらー! 融資ぐらいまじめに相談してくれればだな』
『問答無用!』
あぁああああああああああぁぁぁ!
このカモノハシ、相変わらず人の話を聞きやがらないっ。
はっきりいって、これなら僕を恨んでくれていた方がよっぽどマシだったぞ!?
もはや戦闘は避けられない。
とりあえず一度ぶっとばさないと、この馬鹿は止まらないだろう。
やっぱり、言いたくはないが言ってしまう。
『見てるだろうから言ってやる! おい、女神共にアホ主神! お前らの世界、本当にどーしようもねえな!』
空中庭園にいる連中の反応はない。
彼らは彼らで、爆笑中。
メンチカツの目的が……突如湧いて出た親友レースのライバルに負けたくないから、宇宙を手に入れ僕の一番の親友になる。
そしてワインダンジョンへの融資だけだと知り、笑いを堪えられなくなっているのだろう。
後でおぼえとけよ、女神ども!