全ての始まりの父~ヨグ=ソトースの正体~
ドリームランドの最奥で待っていたのは、星の煌めく夜空。
そこは僕の死んだ場所。
無限に広がる弟の部屋。
異能と魔術を巡る事件、その全ての黒幕として僕が討たれた場所を再現しているのだろう。
今になってみると分かる。
僕は時と次元を超越し拡張された弟の部屋……宇宙そのものを見上げた。
マカロニペンギンの赤い瞳に広大な黒が映っている。
同行している者たちも宇宙を見上げ、どこまでも続く部屋の広大さに呆気にとられているようだ。
珍しく狼狽した様子のマキシム外交官の口が、薄らと震えて開く。
「これは……陛下の記憶にあったあの部屋……弟殿下の私室でございますか」
『ああ、そうだな。僕にとってはとても懐かしいとすら感じるよ』
メンチカツもエビフライももっと奥にいるのだろう。
ここに姿はない。
なにしろこの部屋には終わりがない。無限が広がっているのだ。
僕は見慣れた景色に向かい、クチバシを広げていた。
『偽神ヨグ=ソトース、僕が生み出した偽りの父神。それがこの部屋の正体で……だが、それだけじゃないんだよな』
子供の頃の僕は嘘に説得力をつけるため、世界で多く信仰されている宗教の力を頼った。
救世主を生み出した父なる神に、ダニッチの怪物兄弟を生み出したヨグ=ソトースを習合させた。
そして――両親を騙すための、正気を取り戻して貰うための、嘘だった筈の偽神は実際に召喚されてしまった。
それがこれ。
全ての始まりであり、全ての父ともいえる存在。
『おまえ――要するに、宇宙そのものだったんだな』
両親を救いたい。
僕を見て欲しい。
まだ純粋だった頃の僕の願い、それを叶え、答えようとしてくれたのが偽神であり宇宙。
全ての父。
当時を振り返り、なんてモノを創作したのだろうと僕は思う。
なんてモノを呼んでしまったのだと、幼い頃の僕の純粋な愚かさを噛み締めていた。
魔術を知った今なら分かる。
宇宙は無限の魔力空間。
どれほどに使い過ぎても尽きることのない、可能性の空間。
全ての生命の元が、計算式がそこにはある。
じとぉぉぉぉぉっとした目線を向けてきたアランティアが言う。
「なーに言ってるんすか……マカロニさん……ぶっちゃけ、妄想が過ぎて怖いんすけど」
『は!? なんだと!?』
「だって! いきなり宇宙そのものだったんだなって言いだして、あたしもびっくり仰天のドン引きっすよ!? おまえ、よーするに、宇宙そのものだったんだなって、プププ! なにマジになっちゃってるんすか!?」
よほどツボに入ったのだろう――ブヒャヒャヒャヒャ! と、行儀の悪い声が宇宙に向かい広がっていく。
アランティアこいつっ、本気で笑ってやがる。
メキメキメキっとイカリマークの魔力を頭上に浮かべた僕は、くわ!
首を伸ばし吠えていた。
『マジなんだよ! マジであの時に召喚した偽神が、今のこの光景の正体で! 聖と邪、二つの父なる神、絶対神とヨグ=ソトースを習合させたら宇宙になった! それが考えられる唯一の可能性なんだから仕方ないだろう!』
「えぇ……その冗談まだ続けるんすか?」
『おまえなぁっ、魔術に対しての把握能力なら誰よりもすごいんだから。よーく見てみれば本当だって分かるだろう?』
指摘されたアランティアが渋々と言った様子で、あの部屋の夜空を眺め。
じぃぃぃぃぃ……。
どうやら本気で鑑定をしようとしたせいで、僕のドリームランドに展開された宇宙のヤバさにようやく気が付いたようで……。
しばし膠着。
汗をタラタラと垂らしながら言う。
「えーと……マカロニさん?」
『なんだよ! ふざけたことを抜かしやがったら、母親の目の前だからって気にせずフリッパーをかますからな?』
「確認したいんですけど、よーするにマカロニさんたちの世界で父なる神として認識されてる……広く信仰されている……救世主を生み出した名前を口にできない類の超上位存在と、夢世界で時と次元を超越した邪神としての伝説をもってるヨグサハ……父なる神をわざと同一視して。一つの存在として認識した宗教をマカロニさんの嘘で広げまくった……ってことでいいんすよね?」
だから、そーいってるだろう……と、僕はジト目で汗だくのアランティアを見上げるが。
「つまりは、全ての父って性質を持った偽神を、マカロニさんが集めた多くの信仰者によって具現化させちゃったわけで……。それってよーするに召喚儀式っすよね? んで、全ての父ってことは世界を創った神と同一視されるわけでぇ……世界ってのはよーするに惑星ですからね。それら全てを包んで、それらを全てを生み出す父……つまりは……」
『そーだよ、だから本当に偽神ヨグ=ソトースってのは宇宙そのものなんだって』
僕の中には全てを生み出せる、全ての父となりうる宇宙がある。
それが僕の魔術、偽証魔術の原理。
おそらくはこのドリームランドの宇宙にて、あり得たかもしれない現在を捏造し……コピー、外の世界に現実として上書き、嘘を本当にしてしまう魔術ということになるだろう。
そしてこれ、僕を神として信仰し力を借りれば魔術として発動できてしまうのだ。
自衛用とはいえ、こんな魔術をグリモワールにして多くの世界に販売。
バラまいたのだ。
ぶっちゃけ、けっこうヤバイ気もするが――まあ魔術など使うモノ次第で毒にも薬にもなる、誰かがナニカをやらかしても僕のせいじゃない!
魔術との親和性の高いアランティアは夜空の星を見上げ――髪に星々の光を反射させながら呟く。
「魔術そのものみたいなあたしが言うのもなんですけど、よくこんなの召喚できましたね。さすがに……魔術も知らない子供が一から生み出せたとは思えないんで……なんか別の要因も関わってる可能性がありますねえ、これ」
アランティアの疑念も尤もだ。
魔術を知らない子供が、一から全は作れない。
ならば、元からこの存在が宇宙としてあったとしたら……。
元から在ったものならば、一応は可能か。
しかしそうなると……。
『もしかしたら本当に、フルネームを唱えることができない”イエスなんちゃら”とかいう救世主を生み出した父も宇宙そのもの。人類が望んだからこそ、父としての宇宙がメシアを生み出した。■■■◆の正体も宇宙だ、なーんてことが答えだったりするのかもな』
「ヤハ……なんです、それ?」
『主神レイドを絶対神とするこっちにはない概念だから、まあ気にするな』
本格的に神学を嗜んでいる者に聞かれると、思いっきりぶん殴られそうになる理論なので――敢えて深くは考えないが。
こうして、実際に僕のドリームランドには宇宙が召喚されている。
逆説的に言えば、全ての宇宙としての父は実在している可能性があるのだ。
もしも全ての父としての宇宙が僕の偽証ではなく、本当に実在しているのだとしたらだ。
これ……。
あくまでも魔術理論を突き詰めればだが……救世主を産み出した父たる宇宙と、ダニッチの怪物を産み落とした宇宙が同一存在という可能性も大いにありうる……。
よーするに、人類に受胎を施したヨグ=ソトースの正体は実は■■■◆なんていう、冒涜的で背徳的な説もでてきてしまうが。
ただ! やはりあくまでも僕の理論であり、もっと多くの魔導知識を持っている者が研究すればだ!
まったく別の結論を出す可能性もあるだろう!
ともあれ、こちら側の世界の住人にとってはよその宇宙の話でしかない!
僕もこの理論を証明するつもりも、これ以上追及するつもりもない!
虎の尾を踏みたくはないので、終了!
ただまあ一つ、弟の父がこの宇宙そのものなのは確かだろう
宇宙と人間のアイの子と考えれば、弟が”ああした不完全な状態”で産まれてしまったことにも説明がつく。
たとえばだが……人間と獣人が子を作ると、その子供には獣人としての性質が一部分に現れることが多い。
それが尻尾だったり、獣耳だったり……一部分に特徴がでる。
つまり弟の種族は人間ではなく、宇宙という種族で産まれたハーフヒューマンと考えればいいのだ。
あの肉塊状態は、宇宙の中に発生した人間としての部分。
獣人で言えば獣の部分なのだろう。
だがおそらく、存在としての主導権は宇宙の方にあったのだろう。
だから半分とはいえ種族が宇宙だからこそ弟もまた、宇宙のように際限なく大きくなれたのだと考えられる。
生前のあの日々――思い出の中の、この部屋を侵食し拡大していったように。
なにはともあれだ、さて。
偽神ヨグ=ソトースの正体の解明はここまで、これから先は現実的な話の時間。
ここには、既にあいつらが侵入している。
あり得たかもしれない僕と、メンチカツ。
そして二人の弟。
僕に内緒で来ているのだ、素直に「帰るぞ」とのこちらの指示に従うとは考えられない。
僕は皆を眺め。
『たぶん、どう転んでもメンチカツと戦闘になる。おまえら、せめて自衛はできるようにしとけよ。特にメンチカツの攻撃は、掠っただけでも即死級の物理攻撃だ。防ぐんじゃなくて逸らすか、身代わりでダメージそのものを無効にしろ』
言いながらも、僕も戦闘準備を開始。
僕は六女神の神話を読み解き自作した、六冊の逸話魔導書を召喚。
すぐに発動できるようにセット。
主神レイドの逸話を読み解いた、逸話魔導書もセット。
三獣神の逸話魔導書を更に展開し、恐怖の大王アン・グールモーアの逸話魔導書もセット。
そして最後に、四星獣ムルジル=ガダンガダン大王の魔導書をフリッパーで抱え。
大きく息を吸った。
そして、マカロニ隊を配置につかせ、僕の能力を補助魔術と同族支援でブースト。
フル支援状態で<氷竜帝の咆哮>を発動!
宇宙に、僕の声が響き渡る。
『おい、おまえら! 勝手に別行動しやがって、僕たちが来たのにも気付いてるんだろ! いい加減姿を見せろ!』
宇宙は揺れていた。
それほどの力が今の僕にはあった。
声に応じ、ペタペタペタと足音が響く。
それはカモノハシとハリモグラの足音。
……。
こいつら……。
こっちは事前に展開した”逸話魔導書の要塞”と化しているのに、だ。
呼んだらふつーにでてきやがった。
ってことは……。
アランティアが言う。
「この考えなし……間違いなくメンチカツさん本人の行動っすよねえ」
『はぁ……やっぱり操られてるとか、そーいうのじゃないみたいだな』
つまりはメンチカツは今。
自分の意志で、僕と敵対している。
宇宙の闇と星々の下――カモノハシのクチバシが、にょきりと壁を越えるようにやってくる。
カツのような衣の獣毛を纏う、獣王リヴァイアサンの合成獣だ。
かつて僕のせいで死んだ男は言った。
『よう、相棒。久しぶりだな――』
いつもと変わらぬ、その間抜けな声で。