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犠牲者―幸福の代価―


 奇跡的な偶然の連続で僕こと氷竜帝マカロニは今、ペンギンのペタ足でここに立っている。


 それらの奇跡は全て友である元魔王の三毛猫が仕組んだ、ハッピーエンドへの道。

 奇跡の代償に彼がどれほどの力を使ったのかは、僕にはわからない。

 けれどおそらく、魔王としての力の多くをこのルートを開拓するために使ってしまったのではないだろうか。


 そして彼はおそらくまだ、あの世界で生きている。


『僕が帰りたかった理由の一つは再会、記憶が欠けていても――あいつらとまた会いたかったのかもしれないな』


 感慨深くクチバシを動かす僕に、リーズナブルを通し天から声が降ってくる。

 アシュトレト神だ。


『なるほど、魔王……か。確かにあの者ならばここまでを全て読んで、世界の流れを調整できたとしても不思議ではないであろうな』

『は? あんたも僕の親友を知ってるのか?』

『知っているも何も、かつて風説により穢され悪神へと貶められた妾らを、楽園と呼ばれる世界に誘ってくれたのは、他ならぬ魔王じゃ。もっとも、あの時はまだあの者は魔王ではなく……救世主としての名をもっておったが』


 うわぁ、あの三毛猫……こいつらの恩人でもあるのか。

 アシュトレト神に釣られ神託を下しているのだろう、腹黒女神なダゴンも語りだす。


『奇跡や偶然が重なった場合、そこには必ず裏がある。もしかしたらあたくし達がこうして、この世界で幸せに暮らしていることもまた……もしかしたら、あなたのいう三毛猫の君の計算だったのかもしれませんわね』


 続いて、朝の女神ペルセポネの声が降り注ぐ。


『分からぬ、なれど――朕らはこうして現在いまを生きておる』

『で、でも……だ、だとしたらだよ?』


 バアルゼブブ神のたどたどしい声がそのまま続く。


『メ、メンチカツちゃんは……、こ、この未来を、繋ぐために、し、死んじゃったって事、な、なんじゃないかな?』

『はぁ? そーとは限らねえだろう?』


 バアルゼブブの疑念に直接文句を言ったのは夜の女神キュベレー様。


『もしオレらを救った魔王あいつとマカロニを救った魔王が同一人物なら、人間の残りの運命、寿命が見えてる筈だ。あいつなら、そういった犠牲を極力なくすだろう』

『そうね、生意気キュベレーの言う通りなのだわ。けれど、もし死ぬことで救済となるのだとしたら――どうかしら?』


 午後三時の女神ブリギッドの声も響きだす。


『死ぬ事で救済だぁ?』

『ええ、あのカモノハシさんが人間だった時、もしもあの人が運命に介入しなかったら……そのままだったら、海に落とされ死ぬよりも辛い、惨い死に方をすることが決まっていたらどうかしら?』

『なるほどのう……しかし、やはり分からぬな。それでもあの男ならば、犠牲にするとは思えぬのだが……』


 神々の神託の連続に僕以外が畏怖する中。

 唯一僕と同じく例外なアランティアが、怯むことなく天を見上げ。


「あのぅ、何の話っすか?」

『僕が説明する』


 僕は言う。


『おそらくあの元魔王の三毛猫は僕が今、こうしてドリームランドに入ってくる状況まで全てを計算し、未来を選択した。ここまではいいな?』

「いや、よくないっす」


 こいつ、初手で出鼻をくじきやがった。


「あたしはそっちの世界の時間軸に詳しくないんで、曖昧なんすけど。そもそも、マカロニさんが黒幕として暗躍していた時代って、たぶんまだアシュトレトさんたちが救われていない……あたしたちが神話と思っている伝説が発生する前っすよね?」

『世界の流れは統一されていないから、まあそうだろうな』


 大魔帝ケトスの逸話魔導書を読み解く限り、僕が起こした騒動が終わった後のあの世界には大きな騒動が連続する。


 元魔王と元勇者の娘も母と同じく勇者として生まれ、地球の勇者として運命を縛られる。

 彼女は数度の異世界転移現象に巻き込まれ、そして幾度目かの転移において大魔帝ケトスと運命の出会いを果たす。

 女子高生勇者として力をつける彼女に、勇者としての運命が何度も襲うのだ。


 その隣には常に、大魔帝ケトスの姿がある。


 異能力者集団の残党。

 恐怖の大王アン・グールモーアの帰還。

 楽園と呼ばれる滅びた神々の地、魔王たち神々が元住んでいた世界の残滓に発生した――世界を滅ぼしかねない冥界神の騒動。

 他にも多くの騒動が、僕が死んだ後の地球を襲うのだ。


 ま、まあ……異能力者集団の残党やら恐怖の大王アン・グールモーアの帰還やらは、僕のせいの気もしなくもないが。

 それに……。

 なんというか、たぶんなのだが……大魔帝ケトスの逸話魔導書を見る限り、僕が利用し返還した歓喜天の像も、なにやら大きな騒動を引き起こしたっぽいので。


 これ、僕って実はあっちの宇宙……三千世界にとっては、本気で、大事件に対するフラグ発生装置になっていた可能性があるな。


 心を読んだのか、アシュトレトの声が響く。


『マカロニよ、おぬし……おそらく本当に多くの騒動のきっかけとなっておるぞ』

『証拠はないしセーフだセーフ!』

『まあ、それにより救われた者もいるであろうしな。そしてなにより、元魔王が運命に介入するより前のそなたの暗躍が影響しておるのなら、止めようもなかったのであろう。まあ些事ということで妾が許す』


 何が許すなのよ! 何様なのよ! と午後三時の女神が吠えているようだが。

 ともあれ、僕は許された体で言う。


『とにかくだ、うちの六柱の女神が救われるのも主神レイドが主神となるのも僕が死んだ後の話。元魔王は観測地点から僕が遺したイベントフラグみたいなもんを読み解いて、僕と弟がこうして獣王として完全な状態で降臨する未来を見つけ出したんだろうな』

『朕にも信じられぬが、おそらく彼の者は……幾千、幾万の六面ダイスを何度も振り続け、全ての目が6を出すような奇跡を手繰り寄せたのであろうぞ』


 朝の女神が推察する中。

 心底驚いているのだろう――夜の女神さまの、うへぇ……とした声が僕の羽毛を揺らす。


『でもよぉ、未来なんて十重の魔法陣が使われる度に変動しちまうだろう? それこそオレらや三獣神の連中が咳をするだけでも、バタフライエフェクトが発生しやがる。望まなくとも神の行動は未来を簡単に切り替えちまう。そこを全部読むなんて――ありえるのか』

『ふふふ――だからこそあの人は、魔王であり救世主。そういうことなのでしょうね』


 魔王を敬愛しているのだろう。

 ダゴンの、凛とした聖女のような声が響いていた。

 朝の女神の重厚な声も続く。


『然り。為れど、その代償は重く大きく反動となりて、彼の者を蝕んだであろう』

『そうね、おそらくそうなのだわね――それほどの奇跡を再現して、彼はあたしたちがいる現在を手繰り寄せたのだと思うの。あなたたち人類が神話と呼ぶ時代、多くの経験を経た大魔帝ケトスの介入により……あたしたちが救われた今に辿り着いた。そして救われたあたしたち女神は、獣王となるあなたたちを拾った。その全てを異能と彼の能力、そして勇者の力で引き寄せたのだとしたら――』


 午後三時の女神の声に答えを出すように――。

 しばし瞳を瞑ったアシュトレトが唇を開く。


『おそらく、元の魔王としての力の大半を使い果たしてしまったのであろうな……』


 だからきっと、僕の友は本当に……僕を友と思っていたのだと僕は思う。

 まあ、後に結婚する元勇者と彼をくっつけたのは僕だ。

 その感謝もあるのかもしれないが。


 ただ、やはり――どうしてもこのルートに来るにはかなりの無理があったはず。

 僕は揺れる黄金の飾り羽を見た。

 僕は今のマカロニペンギンの姿を受け入れている。

 けれど、あのバカはどうだろう。


 僕も弟も、今はこうして面白おかしく生きている。

 それでもメンチカツは違う。

 今を楽しんでいたとしても、それが捻じ曲げられた運命だったのならば。


 ……。


 天を見上げたまま、僕はダゴンに問う。


『おい、ダゴン。メンチカツはやっぱり僕のせいで死んだのか』


 しばしの間の後。

 女神は女神としての威厳ある声で神託を下した。


『彼はあなたに偶然救われていた。あなたが多くの組織を計略にかけ潰した行動、その全てが……生前の彼の命を繋ぎ続けていたでしょう。彼はあなたが動かなければ、悲惨な運命に晒されていた。けれど、けれどです』


 言葉を選ぶように、けれど毅然とした女神の声音で神託が続く。


『そうですね……あなたのせいで死んだかどうか、それを問われれば。イエスかノーの二択ならば、はい……おそらく彼はこの未来を選ぶために発生した唯一の犠牲者。だから答えはイエスとなるのでしょうね。毒竜帝メンチカツ、かつて毒島辰也どくじまたつやと呼ばれた殺し屋はあなたのせいで死んだのです』

『そうか』


 だからダゴンは彼に最高の力、最高の器を授けたのだろう。

 その魂に触れた時に、全てを先に悟っていたのだろう。

 だからあいつは、強い。

 それは海の女神が渡した、犠牲者への愛。


 腹黒ゆえに、メンチカツを拾ったその瞬間に――ここまで見えていたのか。

 慈悲と慈愛に満ちた声でダゴンが言う。


『あの子も、このことは全て知っています。もしかしたら、知っていたからこそあの子は今、あなたから離れて行動しているのかもしれません。そしてあたくしはあの子を拾った女神として、唯一の犠牲者といえるあの子を想い、その自由を許すだけの恩寵を授けました』

『偽神ヨグ=ソトースさえ捕縛できるだろう力をって事だろ? あんたなぁ……あいつがどんな野望を抱いてるかもわからないんだぞ? 腹黒ならその辺もちゃんと考えてから行動してるんだろうな?』


 ダゴンは、くすりと微笑んだのだろう。

 邪神の笑みを浮かべていそうな微笑の吐息と共に、言葉を紡ぐ。


『理性があったのならば、きっとあの子は止まってしまう。だから、あたくしはあの子の知恵には能力を割かなかった。あの子には自由に、奔放に生きる権利があるとは思いませんか? あの子だけは、あたくしが贔屓をしてあげてもいいと思いませんか? だから、どうか――マカロニさん。あなたはあなたでこの事態を解決してください。それが、多くのフラグを蒔いたあなたの責任でもあるのです』


 こいつ、無給でメンチカツをこき使っていたくせに、想像以上に大事に思っていたようだ。


 どうやら他の五女神も、うわぁ……とダゴンの腹黒さに呆れているようだが。

 それでも、メンチカツにはその資格があると思っているようだ。

 アランティアが言う。


「どうします?」

『どうもなにも、あり得たかもしれない僕もいるし……メンチカツに説得されたあり得たかもしれない弟もいるしな。放置してたら何をするか分からないし、先に進むしかないだろ。なにしろあのメンチカツだ、偽神ヨグ=ソトースを手に入れたらなにをするか、本気で想像できないんだよ……』

「そ、そうっすね……」


 あいつは、僕を恨んでいるのだろうか。

 ……。

 まあ、会ってみないと分からないか。


 ともあれ、僕にも告げずに勝手に行動しているのだ、何か思うところはある筈。

 弟たちが協力しているというのも、若干気になるが。

 やはりこれも、会ってみれば分かる事。


 僕は、迷宮の先を見た。メンチカツ像はもうこれで終わり。


 僕たちは、道を進んだ。

 偽神が蠢くドリームランド……僕の深層心理の最奥に、歩みだす。

 ペタ足で歩く僕の中には、一つの想いが浮かんでいた。


 あいつ……。

 人間だった頃は毒島辰也とかいう名前だったのか、と。

 そして、女神ダゴン……こいつ、毒島だから毒竜帝って……。


 ネーミングセンスあんまりよくないな、と。


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