詐欺師―人の心を縛る反則―
氷竜帝へと繋がる僕の追憶。
既に中ボスは倒されていた、メンチカツとエビフライは奥に向かっているだろう。
けれど、さほど時間は経っていない。
戦闘で発生していた熱がまだ周囲に残っていたのだ。
本当なら合流するなり止めるなりした方がいいのだろうが――僕自身もこの先をあまり知らない、ここから先は死んでいた時の記憶なのだ。
だから僕は――最後のメンチカツ像に触れ、終わりの記憶を呼び起こす。
僕が死んだことにより、弟の部屋は世界から隔絶されていた。
放置しておけば、後は勝手に死ぬだけだ。
けれど――元魔王と元勇者は僕の最後の願いと仕掛けを知り、僕の夢を叶えてくれる気になったのだろう。
元魔王と元勇者の生み出したファンタジーな魔術。
特殊空間の中――元魔王の三毛猫と元勇者が、僕の死体の前で皆に全ての事情を説明していた。
『つまりは――キミたちのこれからの生活は保障されている。夜鷹はこうなることが分かっていたのだろうね、人生をやり直すための戸籍も偽名も、預金通帳も揃っている。組織は解散だ、これをもってキミたちはキミたちの人生を取り戻すといい』
突き放したようにも取れる元魔王の言葉に、異能力集団も宗教団体も混乱している。
彼らの大半はいきなり最高責任者が全ての黒幕であったと知り、私利私欲のために動いていたのだと知らされたのだから。
あの場にいて事情を知っていた教団の表の教祖が言う。
「待ってください、これからの生活が保障されている……戸籍も、偽名もあるというのはいったい」
『言葉通りの意味さ。夜鷹はこうなることを予想していた、だから自分が起こした問題の後始末を先につけていたのだろうね』
「待ってください」
『キミたちを導き、キミたちを拾い長年騙し続けていた事へのせめてもの贖罪だと思えば、まあ、キミたちはこれらを受け取る権利があるだろう』
淡々と告げる元魔王に今度は異能力集団の中の一人が叫ぶ。
「待てと言ってるだろうが!」
『なんだい』
「ボスが……っ、オレたちを殺せないから殺されたってのは本当なのか」
『ああ、間違いないだろうね』
元魔王は魔術式と呼ばれる世界を構築する計算式を展開、元魔王が生み出した空間に提示して見せ。
『あの肉塊……彼の弟はおそらく、神の子だ。ただし、不完全な存在として生まれた、言い方は悪いが失敗作だ。けれど、神は神。そして夜鷹が所有していた歓喜天の像はおそらく戦時中の呪いと願いを吸い続けた呪物、異世界を一から構築できるほどに悍ましい魔道具だった。それら二つを所有し、行使していたからね。正直、肉体そのものはただの人間でしかない異能力者など、望むだけで肉を破裂させ殺す事とてできただろう』
「じゃあ、なんで」
『彼は目的のためには手段を選ばない男だったが、それでも身内と思ってしまった者には甘かったのだろう。キミたちを殺さなかったんじゃない、殺せなかったんだ。それはワタシよりもキミたちの方が詳しいのではないかな?』
実際は、その自分自身の葛藤すら布石……僕と知り合った全ての者に、弟を治す手段を探させる状況を作るための手段なのだが。
元魔王はかつて、ファンタジーな世界で魔を統べる王をやっていただけあり、うまく嘘をつく……あるいは、嘘ではないが本当の事でもない発言を通すのが上手いようだ。
元魔王の言葉は効果が抜群だったようで。
「オレっ、あの人に……とんでもないことを言っちまった」
『とんでもないこと?』
「あ、ああ……あんたらに全部の裏にボスがいるかもしれないって聞かされたときに、ボスに向かって裏切り者だって、他人を利用することしかできない卑怯者だって。オレたちの前から消えろって」
それは僕が黒幕として敗れた最終決戦の前日の話だ。
まあ実際に彼が言う通り、僕は他人を利用し続けた卑怯者であり、異能力集団に関しても僕の目的のために立ち上げたに過ぎない。
彼の指摘通りだったのだ。
けれど。
元勇者が言う。
「それでも、キミたちを拾ったのは間違いなく善意からだった。死ぬ寸前だった、消える寸前だった……社会に捨てられたキミたちを救いたいと思っていたのは、確かだったのだろう。だから、あいつはタチが悪いんだよ、本当にね」
言って、元勇者もまた魔術を発動させる。
勝手に調べたのだろう、僕の部屋の写真を取り出し彼らに見せたのだ。
それはファイリングされた山のような資料。
弟の次元を操る力で拡張した部屋に、大きな図書館よりもさらに大きな書棚が並んでおり、そこにはズラりと整理整頓されたファイルの背表紙。
「これは――」
「キミたち全員の拾った時の状況や、事細かな精神状態……フォローしないといけない事柄や誰がキミたちを不幸にしたのか記された資料だろうね。あいつさ、社会を恨むほどにあんたらを不幸にした連中を全員見つけ出して、相当にきつい詐欺にハメて再起不能にしてたっぽいんだよ」
律儀って言うか、なんというか――と元勇者はまるで男のようなガサツの仕草で自らの長い髪を掻き。
「全部済って書いてあるからね、たぶん全員分の復讐はもう終わってるんだろうね。まあ、あいつは悪意ある罪人ならどんな目に遭わせても問題ないって判断して、キミたちの不幸な過去を利用していただけだろうけど」
元勇者、正解である。
けれど。
異能力者の一人、高校生程の少女が言う。
「それでも――、本当に。じゃ、じゃああたしのお父さんを殺したヤクザの事務所が負債を出して、上から潰されたっていうのは」
「いつ頃の話だい?」
「た、たぶん……」
元勇者は魔術を用い遠隔操作。
異能力者の提示した日時のファイルを探り――。
「ああ、全部書いてあるね。やっぱりあいつの仕業らしい。うわ、あいつ……本当にハメてもいいって思っている相手には容赦ないんだな。結構えぐい手段も平気でやってたみたいだが、見てみるかい? お嬢ちゃん」
頷いた異能力者の少女は資料を目にし。
大粒の涙を零しながら、ファイルを落とし嗚咽を漏らす。
「そんな……っ、じゃああたしっ、お父さんの仇を討ってくれたあの人を、殺すのに加担しちゃったってこと」
「お嬢ちゃんたちには悪いが、結果としてはそうだろうね――」
「なんで、なんでっ。だって、それならそうと言ってくれたらあたしはっ!」
まあ、僕がそうなるように調整したせいなのだが。
宗教団体の方の表の教祖……僕に代わり、僕の指示に従い前に出ていた教祖もまた悲痛な顔で天を見上げ。
偽神の偶像ともいえる十字架を握り言う。
「我らは、あの方の本当の心に気付かぬ愚か者……だったのでしょうね」
「こんなのって、こんなのって……なんで、なんで……あたしたちがもっと、あのひとの話を聞いていたらっ」
僕は彼らを僕の目的のためだけに集めた。
その事実だけを隠して、あとは本当に救っていた。
だから、ここまで突き刺さる。
僕の仕掛けた、死による詐欺だ。
人間とは、恩人を裏切ってしまったと知った時に大きく心を動かす。
もしあの時気付いていたら、その後悔は一生、心を縛り付ける。
そして時に死とは、最も人間の心に深い傷を残す事象となるだろう。
これで――彼らの心は僕に囚われ続けることが確定した。
僕が死ぬ事によって最後の詐欺が完成するのだ。
教祖が元魔王に言う。
「どうか……あの方の遺体をお返しください」
元魔王は言った。
『それはできない』
「なぜ……! 我らはあの方を裏切ったっ、ならば、ならば、せめてその弔いだけでも」
『弔いかい? だったら――弔いよりも償いの方がいいとワタシは思うのだけれど。ワタシの話を聞いてくれないだろうか』
「償い……?」
元魔王が僕のシナリオを読み解くように、告げた。
『ああ、ワタシはね。友として彼の目的……不完全な状態で産まれてしまった神の子を、完全な状態で降臨させるつもりだ。キミたち異能力者とワタシたち異世界の魔術、そして一度、不完全とはいえ神の子を降臨させた彼の遺骸を用いてね』
僕にはそれはできなかったが。
元魔王ならば――それができる。
僕が揃えた手札があれば、彼ならば――。
ネコの姿をした元魔王が、まるで救世主のように後光を背負い。
告げる。
『安心したまえ、これでもワタシは本当に異世界で魔王をやっていたからね。これは彼からの挑戦状でもある。友のためにも……ワタシはね、魔王の名は伊達じゃないと証明してみせたいんだよ』
魔王というには彼は眩しすぎた。
それほどのカリスマが、この三毛猫にはあった。
だからだろう。
『さあ行こう、諸君。まだ彼の詐欺は終わっていないのだから』
僕の集めた、僕に拾われた彼らの瞳に希望の光が灯り始めた。