黒幕の終わり、秘密の始まり―夜鷹の勝利条件―
僕らはそのまま継続して、メンチカツ像が見せる過去を眺めていた。
アランティアとマカロニ隊が煎餅を齧る音が鳴る中、かつてあった僕という名の黒幕がラスボスとして討伐される様子が流れ続けている。
過去の僕は願いを叶える性質のある”歓喜天の秘仏”を用い、弟の力を纏い――常人でありながらあり得ない力を奮っている。
元魔王の三毛猫が全員を守るように、魔術による結界を肉球から発生させガード。
敵対していた異能力者とファンタジー世界からの帰還者たちが協力し、一人の巨悪を倒すために戦う勧善懲悪の物語がそこに広がっているのだ。
優位に見えても確実に押され始めている過去の僕を、じぃぃぃぃぃいいい。
今のマカロニペンギンな僕がジト目で眺め言う。
『この時の僕は、戦闘なんてろくに知らない僕だからな。勝てる筈なんてなかったんだよなあ』
「てか、マカロニさん。あの男女の象さんが抱き合う像、なんなんすか? なーんかかなり怪しい力を放ってますけど」
『歓喜天、日本っていう僕の故郷じゃあ結構畏れられた神性なんだが……海外におけるガネーシャ神が日本に流れ着く過程で変貌した姿。それを模した呪いたっぷりの像だ。願いを曲解してでも叶えようとする性質もあるから、アランティア、性能的にはたぶんお前の類友だぞ?』
アランティアは、うへぇ……っと映像にちらりと映る歓喜天像に目をやり。
「さすがに、あーいうアイテムと一緒扱いはちょっと嫌なんすけど……?」
『そーはいうが、この像にも意識みたいなもんがあったからな。それに、盤上遊戯世界の主神で、おまえと似た性能のあるイエスタデイ=ワンス=モアって猫の置物にもネコとしての意識があるらしいしな。分類するとおまえも似た感じになるんだが』
げんなりと肩を落とし、アランティアが髪を揺らすほどの溜息を漏らす。
「だから嫌なんじゃないっすかあ。はぁ、マカロニさんって本当に、アレっすよね?」
『なんだ、そのアレってのは』
「いや……こうしてマカロニさんの人生を追走しましたけど、ほんとうに鈍感ぽかったですもんね。マジのガチで乙女心とか、そーいう方面での心の機微に弱めっすよね?」
はぁ? と眉間と黄金の飾り羽を揺らす僕に、ふふーん!
ドヤ顔のギルダースが、王にしては不釣り合いな無精ひげを擦りながら言う。
「よーするにデリカシーがないっちゅーことじゃろうな」
「ギルダースさんもマカロニさんの事言えないような気もしますけどねえ」
「な、なんじゃと!? この能天気娘がっ!」
唸るギルダースを無視し、映像に目線を戻したアランティアが、ん? っと眉を顰め。
「あれ? でもこの後、マカロニさんは負けちゃうんっすよね? この像ってどうなったんすか?」
『絶対に周囲に迷惑をかける系の願いのアイテムだからな。発掘してきた神社の防空壕に戻るように異能を発動させておいたはずだぞ』
だから、誰かが発掘でもしない限りは問題にならない。
そして元の場所に返却したのだから、もし何か問題が起きていても僕のせいじゃない。
まあ、ちょっと僕の中にいる偽神ヨグ=ソトースの力と、弟の力を吸ってしまった可能性はあるが……些事であるとしておこう。
こちらがギャーギャーといつものノリを続けている横。
過去の最終決戦を眺めている雷撃の魔女王ダリアが、なにやら気付いた様子で……ふむ、と意味深に吐息を漏らしていた。
「なるほどな――」
「はて、一体何がなるほどなのかな魔女王殿」
「マキシム、貴公には分からぬのか?」
「この過去の陛下が誰一人、死者が出ないように立ちまわっているところならば気付いておるが。まさか、その程度の事ではあるまい?」
この二人は気付いていたようだが。
「へ!? マカロニさん、勝つ気で戦ってるんじゃないんっすか!?」
「ふふ、アランティア。おまえはもう少し駆け引きや戦闘の流れを読み解く訓練をした方が良いな」
「あのぅ、母さん。そーいうのは今度で良いんで、具体的に教えてもらえませんか? ぶっちゃけ、お二人ぐらいしか分かってないと思うんすけど」
雷撃の魔女王ダリアが僕に目線を寄こし。
「構わぬな?」
『ま、好きにしろ――アランティアが本気で知りたいと願ったのなら、それはどんな形であっても叶うからな。だったら母親の口から聞いた方がいいだろう』
「そうか――ならば我が語るが、この勝負、婿殿にとっては勝つ必要などないのだ。勝利条件を考えればむしろ、勝つのは愚策。自身に害がない……無辜なる者の命は取らぬと、とある人物に証明するための戦いでもあるのだからな」
リーズナブルが口元に曲げた指を置き。
「なるほど、そういうことでしたか……」
「あのぅ……勿体ぶってないで教えて欲しいんすけど? たぶんマロンさんもキンカンさんもなんか気付いてるんすよね?」
タヌヌーアとコークスクィパーの長は、それぞれに頷き。
「陛下の目的はあくまでも不完全な状態で誕生した弟殿下の、異能や魔術による治療」
「それらの力を集めることが目的なのでしたら、彼らを殺してしまっては本末転倒でありましょうからなあ」
実利や実益を考える彼らの言葉の後に、雷撃の魔女王ダリアが悪を知る顔でゆったりと告げる。
「それになにより――婿殿は彼らを殺せなかったのだろうよ」
「どーいうことじゃ」
「呪われし装備を使いこなす若き王よ。たとえば貴様が自ら拾い育てた草木や花があったとして、それを容易く手折ることができるか?」
「そりゃあ、できるにはできるじゃろうが……」
言葉を詰まらせるギルダースの、詰まらせた言葉の先を辿るように百戦錬磨の魔女王は唇を上下させる。
「そう、少なくとも葛藤があるであろうな。その葛藤をも、婿殿は自らの目的のために利用したのだろうよ」
アランティアが言う。
「ああ、そういうことっすか」
『おまえなあ……なにがどう、そーいうことなのか……ちゃんと説明できるのか?』
いつものジト目に、いつものジト目が返ってくる。
「そりゃあできますよ! 本当ならマカロニさんは元魔王さんと元勇者さん以外の相手を蹂躙できる、殺してその肉を盾にできる筈なのにそれをしない。そこで違和感がバリバリっすからねえ。そんな違和感に……しばらく相棒みたいにセットで行動していた元魔王、そこの三毛猫が気付かない筈がないって事っすよ。つまり迷いも葛藤も全部、目的を果たすための布石って事っすね」
そう。
正解だ。
元魔王は葛藤を抱いたまま攻めあぐねている僕を眺め、悲痛な面持ちで髯を下げている。
僕が拾い、居場所を与えた者たちが皆、僕に裏切られたと憤慨する中。
虹色に発光する肉塊を操り、ラスボスのように宇宙を纏う僕を危険人物と判断した異世界からの帰還者たちが、討ち取るべき敵と武器や魔術を奮う中。
元魔王だけが、あの日の僕を見ていた。
自らを拾った者たちを殺せず、けれど弟を助けたいと葛藤する僕を見ていた。
おそらく、それら全てが僕の計算だと気付いた上で見ていた。
僕はどれだけ言い訳を重ねても重罪人、私欲で意図的に騒動を起こし続けていた。
恨みを買い続けていた。
だから、この場を乗り切ってもいつか必ず誰かに殺されるだろうと悟っていた。
過去の僕が元魔王に目をやった。
元魔王の猫の口が、少しだけ開く。
悟ったのだろう。
僕はもうどう足掻いても助からない。
だから――もし、こんな僕に同情するのならば。
歓喜天像の力で弟の肉塊を纏い、変貌した今の僕を素材に……どうにか僕の弟を助ける手段を見つけてくれと。
僕は死ぬが、どうか。
弟を助けて欲しい、と。
僕は僕の人生全てと、拾った者たちを見捨てられない僕の本心、そのすべてを用い――甘い彼の同情心に付け込んだのだ。
僕は、いつか元魔王と約束した魔導契約書を使用し。
そして――他の誰も巻き込まないように、位置を調整。
元魔王を見た。
元魔王は魔導契約書に縛られはしなかった。
けれど、弟を助けたいその一心で動いていた僕の心を拾い上げたのだろう。
この場を取り繕うべく、異世界の魔術特有の魔法陣を発生させ――。
肉球を翳した。
『さようなら、夜鷹――転生したワタシの初めての友よ』
黒幕として。
ラスボスとして暗躍していた僕の身体は、魔王の魔術によって貫かれ――。
そうして、僕は負けたのだ。
◆
僕は死んだが、一部、異形と化した僕の身体だけは回収されていた。
死んだ僕を抱えた元勇者が、揺れる瞳に僅かな水を浮かべ動かぬ僕の死体に向かい言う。
「夜鷹。キミはバカだよ……もっと早く相談してくれていたら、ボクも初めてできた友を失う事はなかったかもしれないのに」
僕は死んだが、その肉体は必要な素材だ。
そう判断した元魔王と元勇者、二人の手によりこっそりと回収され――。
僕の身体には死霊魔術による一時的な再生と保存が行われた。
元魔王は自身の持つ全ての知識を用い、全力で弟を助ける術を模索し始める。
元勇者が言う。
「いいのか魔王、たぶん……夜鷹の弟はこのまま自然消滅させた方がいい。可哀そうだとは思うけどね。けれどもし助けてしまったらきっと、いつか――夜鷹の死に気付いてとんでもないことをしでかすだろうさ」
『それでも、友との約束だからね。勇者として、ワタシを止めるかい?』
「ボクはもう勇者なんかじゃないさ。あの日あの時、キミの部下の黒猫に噛み殺された時にお役御免になったはずさ」
それは元勇者のはじめての世界への反逆であり。
元魔王と行った、はじめての秘密の作業。
二人は僕を倒すために集まった者たちの情報網を用い、そしてなにより自らの知識を用い――遂に、僕の弟を治す方法、不完全な状態で発生していた弟を助ける手段を発見する。
ここで、このメンチカツ像の記憶は終わっていた。
おそらく次の像で僕の追憶は終わる。
最後の記憶はおそらく――。
僕が冷凍され産地直送される、あの日の出会いと繋がっている筈。