『イレギュラー』~なぜならモフモフは特別な存在だからです~
【SIDE:ネコの行商人ニャイリス】
猫といえばこの世界で最も祝福された存在。
そして彼らがこの世界において特別な存在であり、神からの遣いであることも有名だろう。
猫達はこの世界にて自由に動く許可を与えられており、その多くが外の世界からやってくる行商人。
彼らはご自慢の肉球にて世界を渡り歩く異邦人。
ダンジョン内や見果てぬ孤島。
果ては滅びかけた古城や夜の路地裏。
そんな、誰が来るかもわからぬ場所でひっそりと臨時の商店を開くことでも有名か。
ダンジョン内に突然湧いて出てくるショップの正体の九割は、<ネコの行商人組合>なのである。
残りの一割は、そんなネコの行商人を真似たこの世界の商人たち。
しかしこのモフモフな白の獣毛を持つ行商人ニャイリスは四足歩行にて、魔術を操り、肉球で大地を踏みしめ歩くケモノ。
その種族も魔術を操る魔猫。
本物の<ネコの行商人>である。
夜の隙間を駆け抜け、朝の次元に侵入した彼はニャハ! っと上機嫌。
名うての行商人ニャイリスはその日、自らの勝利を確信していた。
思わず鳴らす喉と共に、尻尾の先端がススキのように揺れている。
『ニャフフフフフ! これはボロ儲け間違いなしなのニャ!』
ネコの行商人アイリスがアイテム保管庫たる魔法の絨毯に収納していたのは、<砂漠騎士の鎧>。
それも大量の鎧。
一万人の装備を丸々販売できる、いわば一個師団に向けた彼御自慢の商品である。
そう。
在庫を抱えた彼はダガシュカシュ帝国に数日限りの商店を開くつもりだったのだ。
ネコの行商人ニャイリスは猫特有の特権、この世界の創造神に愛される存在ゆえに様々な制限をスルー。
壁抜けも当たり前に行うし、転移も自由自在。
彼らネコには全ての場所や環境で自由に行動できる、ネコ特権が与えられているのだ。
だから魔力の渦が入り乱れている氷海も気にせず通過。
人類ならば越えるのも困難な山脈とて、散歩感覚で素通り。
死を覚悟しながら通過しなくてはならない、悪魔蛸が棲む海域も堂々と闊歩。
もはや彼らを邪魔するものは何もない。
何故ならネコの行商人ニャイリスは猫。
ネコだから全てが優先される。
何の苦もなく、彼は目的地に到着。
ニャイリスは意気揚々、ゴロゴロ喉を鳴らし――。
砂漠に垂らされた聖水の畔の国へと辿り着き。
そして、ガーンとまるい口を開く!
『ニャア! ニャニャニャ!? にゃんだこりゃ!?』
彼が見た光景はいつもの赤い砂の砂漠ではない。
月を反射する青色の夜の砂漠でもない。
そこにあったのは、ただ一面の銀杏の樹木。
ネコの行商人ニャイリスは慌てて座標……世界の空間位置を確認し、ここが間違いなく砂漠の国だと理解し困惑する。
日中の砂漠は灼熱。
夜は極寒。
故に、ダガシュカシュ帝国の騎士が装備する鎧は<耐熱性能>に特化した、この地特有の文化を持った装備だった。
この世界においての耐熱装備とは、同じ熱エネルギーの温度の違いでしかない<熱気>と<冷気>、二つの耐性を兼ね備えた装備であり、二つの効果を組み合わせるせいだろう。
製作難易度は極めて高い。
魔術構成も複雑。
作れる職人は限られ、貴重。
砂漠騎士の鎧の値段はそれなり以上に高価であった。
しかし、耐熱の<効果>を付与されていない騎士鎧では、この国では生きていけない。
耐火性能だけに特化させた三流品ではアウト。
陽射しの熱には確かに耐えられる、けれど極寒の夜となるとその耐火性能が悪さをする。
安価な耐火鎧の原理は極めてシンプル。
弱冷気の魔法陣が鎧の内側に刻まれていて、常に冷気を発し、熱を放出する仕掛けとなっているだけ。
つまりはそのまま夜になると、安価な騎士の鎧は反転……自動冷却装置と化してしまう。
砂漠の夜の極寒を知らぬ者ならそれくらい我慢しろ、と思うかもしれないが。
現実は厳しい。
冷えすぎた金属が肌に触れるとどうなるか?
答えは単純だ。
皮膚に張り付きまともに動けなくなる。
動けなくなるだけならまだいいが、砂漠用の騎士鎧を扱う商人は口を揃えてこう警告する。
お客さん、今度ギンギンに冷やしたあんたの剣の平たい場所を、ちょっと自分の唇にあててごらんなさいな。
と。
客は金属とくっつき離れなくなった唇を想像し、それを引きちぎってはなすシーンを想像するだろう。
それがほぼ全身の騎士鎧となると。
……。
ならば次にと新米騎士が考えると、商人はこう冷笑するのだ。
まさかお客さん、夜は騎士鎧を脱げばいいとか思ってるんじゃないですか?
騎士が鎧を脱ぐ?
ははは! そんな騎士がどこにいますか、と告げるのだ。
大半の騎士はプライドを刺激されるだろう。
魔力を込めた糸で編まれたインナーとて、その耐久性能には限界がある。
毎回使い捨てにするのならば対応はできるだろうが、それでは一月も経たずに破産する。
だったらこの高い、耐熱性能がちゃんと付与された高級な騎士鎧を買うべきだと、商人たちはニコニコとした顔で新米騎士を諭すのだ。
ならばコストダウンを考え――冷気への耐性に特化させ、耐火性能を下げればどうなるか。
これは分かりやすいだろう。
少しでも日中の灼熱を歩けばお陀仏、騎士姿の干物の出来上がりである。
だからこそ砂漠の地で騎士鎧を装着できる時点で既に裕福な証。
騎士の職業に就いただけでは騎士を名乗れない。
砂漠の地でも問題なく装着できる騎士鎧を装備していなければ、騎士としては落第。後ろ指をさされる三流以下の騎士扱いされてしまう。
耐熱の騎士鎧こそがダガシュカシュ帝国の憧れの的。
一種のステータスとなっていたのである。
これは一獲千金のチャンスだと、見るものが見れば思った事だろう。
だからネコの行商人ニャイリスは貯まっていた黄金を担保に元手を確保。
今までの売り上げの全てを<砂漠騎士の鎧>の製作に当て、大儲けをするつもりでやってきた。
なのに。
『砂漠じゃニャくなったら! ニャーの騎士鎧が売れニャいではニャイか!』
ネコの行商人ニャイリスは憤怒。
毛を逆立てての憤怒。
憤怒、憤怒、憤怒。
当然、彼は抗議をした。
誰に抗議をするのか。
そんなの決まっている、六柱の女神の更に上。主神たる創造神に訴えでたのだ。
『ここには砂漠があった筈にゃ! どーなってるのニャ! ニャーたちはここで商売を成功させたら砂浴びをして遊ぶつもりだったのニャ! 砂漠を元に戻すのニャ!』
と。
肉球を輝かせ、フシャーフシャー!
最高神がたかがネコの行商人の言葉に耳を傾けるだろうか?
無論、人類の行動すらも基本的に干渉せず、自由を重んじる神が些事に耳を傾けるはずがない。
最高神はネコの行商人の言葉を一蹴……。
◇
できなかったのだろう。
「で? マカロニさん……。最高神様から『やらかしたからにはご自分で何とかしてくださいね?』って、マジでガチな神託が下ったと……それ、本当なんすか?」
砂漠だった地にて。
一面の銀杏の森を見上げ――。
能天気代表、アランティア元王女が沈黙する面々に向かい、そう告げていた。
それは数分前の事。
スナワチア魔導王国の一団がダガシュカシュ帝国に足を踏み入れた。
その時だった。
直視を許されぬほどの光が降臨し、なにやら氷竜帝マカロニに告げたのだ。
最高司祭リーズナブルは察しただろう。
その光こそが、六柱の女神さえも凌駕する強大な存在であると。
この世界において六柱の女神を超える存在など一柱しかいない。
つまり、それは最高神。
なにやら別世界の言葉で氷竜帝マカロニが光に向かい抗議をしていたが、光はこれだけは譲れないとマカロニの言葉を完全否定。
頼みましたよ、と、この世界の言語で人類にニコリと微笑み、天の彼方へと消えたのだが。
マキシム外交官が恐る恐る。
おい! ふざけるなよ神! 猫が最優先って、この世界の基準は間違ってないか!?
と、天に向かいペタ足地団駄で抗議する氷竜帝マカロニに問いかけ、返って来たのがさきほどの答え。
なんか最高神から。
やらかしたからにはご自分で何とかしてくださいね? って言われた。
である。
ブスーっと眉間に邪悪なしわを寄せるマカロニが言う。
『マジのガチだよ! なんで魔術の悪用でもないのにっ、神如きに命令されないといけないんだよ! これ、ルール違反じゃないか!?』
「うへえ、じゃあさっきの凄い光。まーじで最高神様だったんすねえ、リーズナブルさんもその家臣たちも最高神様の降臨にめっちゃ動揺してるじゃないっすか」
『まあこいつらは腐っても聖職者だからなあ……』
タヌヌーアの長も動揺はしているようだが、冷静。
最高神の勅命となると……と、マカロニに動かないとさすがにまずいと目線を寄こしている。
マカロニは仕方ない、と思考を切り替えたようだ。
状況を正確に把握するべくマキシム外交官が再び問う。
「王よ、どのような事が問題視されているのかお聞かせいただきたいのですが」
『まあよーするに、銀杏で封鎖しちゃった砂漠を元に戻せって話だろうな』
「天の女神様が慈悲により、死の大地へと注いだ聖杯の水がダガシュカシュ帝国の始まりとされております故。なるほど、神はこの地を見捨てなかったと」
マカロニは考え。
『んー。そーいうのじゃなくてだな、もっと私利私欲的な空気を感じたが、まあいいか。とりあえず銀杏をどうにかすれば砂漠は元に戻るんだが、そこが問題なんだよなあ』
「陛下が品種改良なされた種でありましょう? もちろん、こうなった場合の対処も考えておいでなのでは?」
『いや、砂漠を失ったこの国を買収する手段は考えてたけどさ。さすがに樹木で埋まった砂漠を元に戻す方法は想定外、考えてなかったぞ』
「考えていなかった、でございますか……」
『ああ、こんなの神の介入でイレギュラー。さすがに僕の責任じゃないだろ』
マカロニは平然と言い切り。
『いやいやいやいや、だって僕はやっちゃダメだよってちゃんと書いたし。口頭でも説明したし、それになによりさ、銀杏を切ったらそれはそれでどーなんだ? 樹だって厳密にいえば生命、それに半魔獣化してるんだ。ふつーに可哀そうじゃないか』
むろん、マカロニにそのような、植物に向けるヒューマニズム的な精神があるとは思えなかったのだろう。
「いやマカロニさん、ぜったい銀杏が可哀そうだなんて思ってませんよね? 最高神さまから面倒なことを命令されたから、なんとか口で逃げ切ろうとしてるだけっすよね?」
『そーだけど?』
「そこは否定してくださいっすよ! あぁああぁぁぁぁあぁぁ! どーするんすか! ガチの神からの勅命っすよ!?」
最高神に対する感覚がマカロニとこの世界の住人とでは違うのだろう。
皆は深刻そうだが。
マカロニが言う。
『ま、じゃあ事情を話して協力させるしかないだろうな』
「協力って、誰にっすか」
『バカだなあ、そりゃあこの国の連中に決まってるだろ』
「え? 自分で罠を仕掛けておいて、協力を頼むんっすか!?」
図々しいのはいつものことだが、さすがにと思ったようだが。
マカロニは言う。
『は? 何言ってるんだよ、協力を頼むのは向こうだろ?』
「どーいうことっすか」
『こっちはあくまでも善意で食用の種を渡しただけ、この前提は崩せないからな。相手もこの状況をどーにかしないと詰む以上、僕たちに頭を下げるしかないってことだよ』
そう邪悪な顔で告げて。
氷竜帝マカロニがフリッパーにて、指差す先はオアシスの畔にある三つの城。
それぞれが現皇帝の城。
第一皇子ダカスコスの城、そして第二皇子たるバカ皇子の城。
『いいかおまえたち! ちゃんと相手からの依頼ってことを確定させるまでは、最高神の降臨のことは内緒だからな! で、だ! 報酬をごねたら最高神の名前を出す! おそらくさっきの光はここの連中も観測だけはしてる筈、それが勅命だったって説明すれば勝手に色々と誤解をしてくれるだろうからな。今回もきっちりバッチリ稼いで、一儲けだ!』
神だって利用してやる!
と。
最高神からの勅命すらも悪用し、かの獣王は前進。
邪悪なペンギンは堂々と、正面から皇帝たちの居城を目指した。