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嗤う黒幕―あの日を眺めるペンギンと夢世界―


 メンチカツ像が齎す過去の追憶。

 終わりの一ページは、この部屋から始まった。


 僕がいつものように、眠る弟に今日の話を寝物語として聞かせてやろうと帰宅。

 兄弟以外誰もいなくなった家で、水入らずの部屋に入った時である。

 僕が封印されていた扉を開けると同時に、彼らはやってきた。


 宇宙のような部屋の中。

 弟が広がる空間。

 弟が放つ命の輝き、虹色の発光球に包まれた空間の静寂は破られていたのだ。


 限界の近い弟はもう眠っていて、いつ死んでしまってもおかしくない状態。

 弟の成長と共に拡大していった部屋はどうやら、僕以外のモノがみるととても異様に見えたようだ――。


「な、なんなんだい、これは――」


 それは女子高生ではなくなった元勇者の声だった。

 その肩には元魔王の猫も乗っている。

 その後ろには――それぞれの組織の主要人物が揃っている。


 あの日、両親を正気に戻すため僕が立ち上げた宗教団体。

 そこから派生した、国家転覆を企てる異能力集団。

 組織に属していなかった異能力者たち。

 そして、異世界からの帰還者たる魔王と勇者、他にも何人かの帰還者を連れている。


 全て、僕が騙し裏切り、結果として全てを知りつつ僕が戦わせていた者たちだ。


 本来なら敵対していたはずの彼らが、こうして共に行動しているという事は……やはりここまでなのだろう。

 振り返りながら――。

 僕はいつもと変わらぬ声で言う。


「全員を招待した覚えはなかったんだけどな」


 多くのモノは部屋に広がり発光する僕の弟を直視して、蹲り……嘔吐。

 正気を保てなくなっている。

 それでも異世界を知っている連中は耐性があったのだろう。


 元魔王は見た瞬間、全てを悟ったようで――少し切なそうにネコヒゲを下げ……淡々と告げた。


『これは時と次元を操る魔術……だろうね。そこの肉塊の成長と共に次元を拡大させたのだろう。皆、気を付け給え、その肉塊も……彼も、普通じゃない』

「いやだなあ、普通じゃないっていうのは君たちのことだろう?」


 元魔王と元勇者以外は異能力者たちと大して変わらない。

 けれど僕よりは強い。

 異能力者よりも異世界からの帰還者の方が、僕の弟に忌避感を持っているようだ。


 結界と呼ばれる防御の力を巡らせながらも、それでもすぐには向かってこない。

 虹色に発光し、シャボン玉のような球体を宇宙のように広がった空に流す弟を、警戒しているのだろう。


「夜鷹、キミ……っ、自分が何をしているのか分かっているのか!?」


 言葉を詰まらせるように、けれど元勇者はまっすぐに僕を眺めて聖剣を召喚。

 僕を相手に臨戦態勢を取っている。

 僕が応えるより前に、元魔王と元勇者が連れてきていた連中が叫びをあげる。


「あなたは教団に出入りしてた馬鹿な夫婦……夜鷹のところの!」


 子供といいたいのだろう。

 今のは偽神ヨグ=ソトースを主神と仰ぐ宗教団体の表の教祖である。

 もはやこれまでとばかりに、僕は「くくくくっ」と悪役のように嗤っていた。


 苦笑する僕に腹を立てたのか、表の教祖が口を開く。


「何がおかしいのですか!」

「いや、すまない――そうか君たちは知らなかったのだね。失敬、まさかそんな子供相手に従っていただなんて、思いたくはないだろうから。黙っていたんだったか、すまないね。君たちの役目はほとんど終わっていたから忘れていたよ」


 言って、僕は詐欺師の手腕で声を切り替え、裏の教祖だった時の壮年の声を出し。


「馬鹿な夫婦、夜鷹の……か、おまえも随分と偉そうな口を吐くようになったんだね。けれど、上司に向かってそれは失礼ではないだろうか。神が信じられなくなったおまえを苦悩から解放し、新しい神の教えを説いてやったのは誰だったのか、もう忘れてしまったのかい?」

「その声は……っ」


 膝から崩れそうになる教祖に、元勇者が言う。


「どーいうことだい?」

「教祖様……我々の、裏の……いつも、あなたさまこそが……正しい導きをくださった、我らの」

わたしは言ってあっただろう、他人を信じすぎるのはいけないよって、はは、まあこれくらいでいいだろう? そうさ、十五年かな、いや十六年だったか、ともあれ君たちの信じる偽神ヨグ=ソトースの教えを作ったのはこの僕だよ。残念だったね、いや、悪かったねというべきかな。あれ、全部僕が考えた嘘なんだ。ごめんね」


 僕の声と、裏教祖の声を混ぜたトークに教祖はわなわなと震え。

 頭を抱えて泣きながら絶叫を上げていた。

 そして裏教祖としての声は他のモノにも響いていた。だから彼は聞いたのだろう。


 かつて、僕と同じくまだ子供だった異能力者の青年の震えた声が、僕の鼓膜を揺すっていた。


「待ってくれよ、その声。間違えねえ……オレたちはこいつらの宗教から派生したんだろう!? だったら、あんたがっ」

「そうだね、君たちのトップ。総帥って事になるんだろうね」


 僕がこの姿で異世界からの帰還者と行動を共にしていたことを、彼らは知っている。

 おそらく敵対者と認識していただろう。

 そんな僕が、総帥だった。


 もはや詐欺はバレている。


「この異能力を使って、オレたちを苦しめた、オレたちを救ってくれなかったっ、オレたちを大事にしてくれなかった社会に復讐するって! そう言ってくれた声は、あんたの言葉のおかげでっ、オレたちは生きてこれた! なのに、なんで、なんでなんだよ!?」

「なんでだろうね」

「オレたちと一緒に、オレたちを捨てた社会に復讐してくれるって! あの日、手を差し伸べてくれたのも嘘だったのかよ!」


 異能力者の叫びが、僕の髪を揺らしている。


「君たちは勘違いしているね、わたしは君たちの望み、復讐をただ手伝っただけだ。僕も国家転覆を成功させるメリットがあったから、君たちを拾い、導いた――ただそれだけだ」


 悲痛に顔を歪める異能力者たちを眺め。

 あの日の僕は僕の声で言う。


「僕はね、僕に必要な情報さえ集まれば他はどうでも良かったんだよ」


 名も知らぬ異世界からの帰還者が叫ぶ。


「ふざけないでよ! じゃあなんであんたっ、異能力者集団の情報をこっちに渡してきてたのよ!」

「異能力者も異世界人も、世界の法則を書き換える力があるからな。だったら、弟の病を治してくれるかもしれない。そう考えたら行動していた、それだけの話だ」


 泣き崩れていた表の教祖が言う。


「それだけ、それだけのためにっ、我らを騙したのですか!?」

「騙したのは事実だけど、人聞きが悪いなあ。僕は一度でも君たちに強制したことがあったかい? 行き場を失くしていた君たちを無条件で拾い、去る者は追わず来る者は拒まず、全ての自由を与えていた筈だ。後で文句を言われた時に言い返せるように徹底していたからな、これはおまえたち自身の選択の結果だ。他人のせいにしたらいけないよ」


 最後の言葉は裏の教祖としての声だった。

 だからこそだろう。

 偽神ヨグ=ソトースを神と仰いでいた表の教祖が、できるはずがないとばかりに唇を震わせ。


「けれどあなたはあの時、まだ子供だった!」

「ああ、五歳だ。僕は五歳のころからずっと、この日のためにだけ生きてきた。この日のためだけに、君たちを集めた。世界の法則を書き換える、君たちの力を求めたのさ」


 言葉は彼らに向いている、けれど、僕の意識はそこにはない。


 僕の目線は、死にゆく弟にしか向いていないのだ。

 弟もそれが分かっているのだろう、宇宙のように拡張された部屋の中で、煌々と虹色の輝きを返してくれていた。

 あの日の僕が腕を伸ばす。


 肉塊が、触手を伸ばし僕の手を取る。

 肉塊の中心から、僕の教えたニンゲンの言葉が発生する。


『兄、さん? だれか……きてる、の?』

「ああ、そうだね。でも何も心配要らない――僕はお前を守るためならなんだってするって言っただろう? 兄ちゃんだからな、僕が嘘を言ったことがいままで一度でもあったか?」


 それはいつもの冗談のやり取り。

 嘘つきな僕のお決まりな言葉。

 誰かが言う。


「なによ、このバケモノ……っ」


 目線だけを戻し、失礼な相手を睨んだ僕が言う。


「土足で勝手に弟の病室に入り込んできてその言い草は、どうなんだろうな?」

「だって! バケモノじゃない!」


 ああ、そういう連中しかいないからこそ。

 僕はこの世界と分かり合えない。

 この時の僕は、そんな事を思っていた筈だ。


「それでも弟だ――僕の大事な、ただ一人の愛する家族。僕がたったひとつだけ信じた、人間だ」


 あの時の僕は無力だった。

 けれど弟は違う。

 そして超常が実在する世界だからこそ、不思議な道具も実在した。


「見られたからには――生きて返すわけにはいかないんだろうな」


 告げた僕は”歓喜天”と呼ばれる、願いを叶える性質のある秘仏を弟の肉から取り出し。

 掲げる。

 弟の触手が肉塊となり僕を守るように張り付いていく、僕の周囲を虹色の発光体が回転しだしたのだ。


 これがその、とても恥ずかしいのだが……。

 自画自賛を差し引いたとしても――そこには、黒く微笑する美しい男が顕現していた。

 まるでラスボスのように変貌した、背筋が凍える程の美形の黒幕がいるのだ。


 実際、これはただの過去の映像なのに。魅了されている者がいる。


 全てを眺める神鶏が観測した未来視。

 あり得たかもしれない可能性の僕は、おそらくこの時の状態をコピーしていたのだろう。


 過去の景色では。

 黒幕を前にした彼らは、まるで狂人を見るように僕を眺めていた。


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