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崩壊の前日~普通だからこその異常~


 ここではないいつかの記憶。

 氷竜帝マカロニとして生まれる前の、僕の残滓への追憶。


 次のメンチカツ像に到着した僕の横では、わっせわっせ!

 続きが気になっている面々が、早くしろーっとせっつくように閲覧準備を開始。

 マカロニ隊も露店設置技術が上がり、既においしい香りがドリームランド内に広がっている。


「そんなわけで! じゃあ次の記憶をどうぞ! マカロニさん!」

『おまえらなあ……この先はもうそんなに面白い話じゃないぞ?』

「それでも、やっぱりあのマカロニさんがどうしてこうなったのか! そーいうのって結構興味の対象っすよ? それに」


 アランティアの言葉を引き継ぐように、僕に味方してくれそうな筈の最高司祭リーズナブルも頬に手を当て首を傾げ。


「氷竜帝の魔術を極めるにはやはり、その逸話を詳しく知っておいた方がいいじゃろうと……我が女神さまは仰せなので、申し訳ありません」

『おいアシュトレト! おまえならもう僕の過去ぐらい知ってるんだろう! この先は本当に暗いんだから、こんな明るいテンションで見るもんじゃないだろうが!』


 僕らの頭上、おそらく現実世界から天の声が降ってくる。


『そーはいうがマカロニよ、この機会でもなければおそらくそなたは一生、クチバシを噤むじゃろう?』

『言いたくない過去なんだから当たり前だろう!』

『諦めることじゃな、妾らとてその逸話は多くのモノに勝手に閲覧されておる。それが神たる者の義務でもあるのじゃろうな。それに……』


 アシュトレトはドリームランドの天井に、大陸よりも広大な巨大な図書館の景色を投影してみせ。


『神々の物語は、アダムスヴェインと呼ばれる魔術体系の一つ。逸話を再現することこそが魔術の奥義。時と次元の狭間にあるとされる”赤き魔女の図書館”にて、今もなお物語は編纂され続けておる。かの魔女猫は知識欲の権化。そなたの書も必ずやそこに蒐集されるじゃろうからのう。いつかは漏れる物語じゃ』


 その魔女猫とやらが<逸話魔導書グリモワール>を管理。

 自ら編纂し、時も次元も空間さえも関係なく世界の流れを変えるために”神の逸話と力を宿した魔導書”を落とし、可能性の芽を蒔き続けているらしいが……。


『だからってこいつらに直接見せる必要はないだろうが!』

『だいたいじゃ! おぬしが自分の逸話魔導書を編纂した時に、こーいう部分をテキトーに済ませたのが悪いんじゃろう! 逸話は正確に知れば知るほど、良い! 逸話魔導書による魔術の効果が増す! これは神としての義務じゃ!』


 タヌヌーアの長マロンが女神の言葉の終わりを見届けた後、目線を僕に向け。


「陛下、実際どうなんですかね?」

『どうって』

「本当に見せたくない嫌な記憶だっていうなら、たぶん、陛下がここで本気で拒否すればそれはそれで吾輩らも納得すると思いますので、その」


 側近を自称する希望の女神さまたる若干一名と、僕を相手に舐め腐った態度をとるマカロニ隊を除き同意しているようだが。

 僕は両のフリッパーを項垂れるように下げ。


『知られることが嫌なんじゃなくて、知った後でお前らが面倒な反応をしないか――それが嫌なんだよ』


 雷撃の魔女王ダリアが、ふむ――と息を吐き。


「もし面倒なことになりそうならば記憶を消してしまえばよいのではあるまいか? ここは婿殿の夢の中、婿殿には主神に近しい能力補正が働いているであろうからな」

『それはそれで乱暴だが、まあそうだな……』


 僕は告げて、メンチカツ像にタッチ。

 先ほどまでの同じ流れで映像を展開する。

 けれど――映像の中の景色は先ほどとは違っていた。


 僕らは映像に目をやり。

 あの日の終わりが映りだす。


 裏で暗躍していても、どれだけ他人を欺けても僕は何の力もない一般人だった。


 仮に戦いとなったのならば、異能力者やファンタジー世界の連中にはどうあがいても敵わない。

 そして遂に、そんな場面が来てしまったのだ。


 元凶は元勇者。


 異世界からの帰還者というアドバンテージは相当なもので……なにより厄介だったのはその性格か。

 異能によって広がっていた僕の常識すらも破る非常識さで彼女はまっすぐに、事件に向かっていた、そしてなにより――。

 異常なほどに強く、前向きなのだ。


 ある日の彼女が僕に言った。


『ファンタジーの世界に飛ばされた生前のボクはさ、世界の運命に囚われてそりゃあもう散々な目に遭ったからね。今回の命は自分の好き勝手に生きるって決めているのさ。文句があるかい?』


 たしか僕は、おまえ……女のくせにボクって、漫画の読みすぎだろとジト目を向けていた記憶がある。

 元勇者の彼女は言った。


『異能力集団の敵ってさ、なんかきっと訳ありだったんじゃないかな。なんでって、そりゃあ勇者の勘ってやつさ。はぁ? 勇者ってもんを嫌ってたんじゃないのかって? そりゃあ便利な能力は使うだろ、あいかわらず夜鷹はバカだなあ』


 いや、街中で聖剣を振り回すおまえのほうがバカだろ……と、僕はたしかそう答えたのだ。

 実際、映像の中の僕はそう答えている。

 彼女はまるで恋を初めて知った男装の麗人のような空気で、僕に言った。


『夜鷹はさ。あいつのこと、どう思う?』

『あいつって』

『元魔王の三毛猫に決まってるだろ、本当に改心したのか――いやそもそも僕が知っている魔王と、あいつは違う魔王ってことは分かってるんだがさ。魂の質? そーいうもんが一緒で、たぶんね。あいつとボクが知ってる魔王は違う宇宙の同一存在なんじゃないかって、そう思っているんだけど……って、夜鷹! キミ! なんで全く聞く気のない顔をしてるんだよ!』


 仲間を演じる過去の僕が言う。


『あぁぁぁぁぁ! うるせぇ、わからん! おまえらファンタジー世界の連中の理論は、一般人の僕には意味が分からないんだよ。なんだよ、違う宇宙の同一存在って!』

多次元宇宙論パラレルワールドぐらい常識だろう。ほら、漫画である青い狸猫の話でも』

『かつての勇者様がテレビアニメで宇宙を語るって、おまえの元の世界の連中が知ったらどう思うんだろうな』


 元の世界というと、元勇者はわずかに顔色を暗くする。


『どう、だろうね――』

『なんだ、勇者なら仲間とかもいたんだろう? あんまり好きじゃなかったのか?』

『好きとか嫌いとか、そーいうのも途中から分からなくなっていたからね。ボクは勇者であれという世界からの呪いってか、強制力みたいなもんでだんだんと自我を失っていたし。ボクが勇者だからかな、最初はまともだった連中なかまもだんだんと狂っていくんだ』


 彼女は語る。


 彼女を英雄視し、狂った先に勇者教を立ち上げた宣教師の話を。

 彼女を英雄として愛し、離れたくない一心で無辜なる人間を惨殺した、女神の末裔の話を。

 彼女を盲目的に信用し、世界の安定を何よりも重んじ、共にその道を歩み続けると信じ続ける司書の話を。


 勇者の仲間は皆、次第に狂って壊れてしまった。


 それがトラウマらしいのだが、あの日の僕は、そこまで興味なく聞いていた。

 実際、それは弟を治す道に繋がっていると思えなかったからだろう。

 語り終えた元勇者の女が言う。


『夜鷹はさ。やっぱり夜鷹だね。キミはボクを前にしても狂っていかないんだね』


 本当に、仲間がどんどん狂っていくのは彼女にとっては忘れがたい恐怖なのだろう。

 僕は言う。


『狂うって。いや……悪いが、自信過剰な女はあんまり好みじゃ』

『は!? 恋愛感情とかそーいう意味じゃないっての! ったく、あんたぐらいだろうさ。ボクやあいつといても……そんな冗談を言えるのは。キミは狂っていかない、キミは変だね。こんなボクらにふつうに接し続けられるヤツってさ、他にはいないよ』


 僕は自らの失敗を悟っていた。


『キミ、なにかボクたちに隠してない?』

『はぁ? そりゃあ人間なんて隠し事だらけだろ。全てを語ったからって友達になれるってわけじゃない、互いに触れちゃあいけない部分、距離感を守るからこそ、友達になれるんだろ』

『そーいうのじゃなくて。はあ、もうはっきり聞くよ』


 元勇者が少しだけ悲しそうな顔で言う。


『ボクもあいつもね、きっとキミといて楽しいんだ。狂わないキミを大事だと思ってる。けれどね……ボクとあいつに関わって普通のままでいられるのってさ、どう考えても異常なんだよ』


 それは僕が世界を騙しているから。

 普通であり続ける演技をしているから。

 僕が見ているのはきっと、弟の生きる未来だけだから。


 僕は既に狂っているから、魔王にも勇者にも狂わない。だから普通でいられる。


 そんな心をどこかで察したのか。

 元勇者が。

 言う。


『キミ、もしかしてボクらみたいな存在と知り合いだったりするんじゃないか』

『弟が――』

『弟? って、ああ病でずっと部屋にこもっているって子か。その子がどうしたのさ』


 あの日の僕が言う。


『もしかしたらおまえらと似た存在なのかもしれない。今度、いつかでいい――会ってやってくれないか』

『それは構わないが。って、どこに行く気だ、まだ話は』

『はは! そろそろあいつが来るだろうからな。気を利かせて二人にしてやろうっていう僕の優しさに気付かないもんかねえ!?』


 揶揄うように言って、僕は元魔王とすれ違って道を歩く。

 きっと、あいつらは恋人になるだろう。

 そしていつかは夫婦になるだろう。


 ファンタジーな連中だ、猫と人間でも子供ができるだろう。


 けれど、それを友たる僕は目にすることはない。

 あの時の僕は、もう既に……ここで終わりなのだと知っていた。

 最後の後始末に向かっていたのだ。


 メンチカツ像はまだ過去の映像を映し続ける。

 おそらく、僕という黒幕の崩壊も映し切るのだろう。

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