犬猿の仲~勇者と魔王と学生服~
本来なら一人で来るはずだった最終ダンジョン。
転生前の僕の追想。
再びメンチカツ像に辿り着いた僕らは、次の記憶の残滓を発動させていた。
僕にとっては追憶となるだろう。
この像が見せるのは元勇者と元魔王との出会いだった。
アランティアが言う。
「この元魔王を名乗る三毛猫さん、なーんか主神のレイドさんに似てませんか?」
彼女が指摘するのは、異世界の魔術を操る三毛猫のオス。
『さあ、僕にはよく分からんが……おまえがいうなら、関係者だったのかもな』
地球で暮らしていた元魔王はファンタジー世界に神として転生後、様々な経験を経て堕天。魔術を得た人類に迫害されていた魔物たちを守るために、魔王となったらしい。
そして魔王として滅んだ後に地球に再び転生したらしいのだが、なぜか猫の姿で転生されたというのだ。
ネコのように自由に生きたい。
そう願った結果かもしれないと元魔王の三毛猫は、高校の学生服を着こむ僕の肩に乗り語っていた。
そう、既に映像の中の僕は元魔王と知り合っていた――元魔王と少なくとも昔を語って貰える仲にはなっていたのだ。
ネコのままでは文字通り人権がない。
家を借りることも買い物もできないからと元魔王は元魔王なりに苦労していたようなのだが、そこに偶然、元魔王の正体を知ってしまった不登校気味な高校生がいた。
高校生は魔術としゃべるネコに興味を持ち、屈託のない笑みを浮かべ言ったのだ。
――おまえ、ネコのフリをしてるがもしかして人間なんじゃないか?
と。
三毛猫は驚いた様子で、けれどどこか嬉しさを隠しきれない声で、こういった。
ワタシが人間に見えるのかい?
と。
僕は元魔王の三毛猫が欲する言葉を選ぶことに成功したのだ。
僕は猫から事情を聞き、そして協力を仰がれ共に行動する。
そういう筋書きだった。
ようするに国家転覆を邪魔している異世界からの帰還者に、僕の方から接触を図ったのである。
僕らはしばらくコンビで行動をした。
実際の歳と同じ高校生を演じた僕は変わり者で、お喋りで――けれど病気の弟を気にする好青年。
彼は元魔王を名乗る変なネコと契約を交わすのだ。
――なんでこんな世界を守ろうとしているのかは知らないが、僕も暇だし、知り合ったからにはなんかの縁だ。野良猫暮らしに困ってるようだしこのまま協力してやる。けれど、そうだな。あまり期待はしてないんだが、もしいつか弟の病を治す手段が見つかったその時には、どんなことがあっても必ず協力して欲しい。
魔術による契約用アイテム、基本的に絶対に破ることのできない魔導契約書がこの時はじめて僕の前に差し出された。
僕らはコンビで、そして仲間だった。
なにより僕が毎日弟のすばらしさ、可愛さを延々と語るから元魔王も油断していたのだろう。
耳を後ろに倒しながらも元魔王は頷き、契約は交わされた。
僕は元魔王から魔術を習ったが、僕には才能がないらしく何も発動できなかった。
弟が特別なだけで、僕はやはりただの人間だったのだろう
元魔王の三毛猫は、僕こそが国家転覆を企んでいる異能力集団の総帥だとは知らずに、多くの知識を語りだす。
元は厳格で威厳溢れた武人だったと自称し、三毛猫となったことで性格が緩くなったのだそうだが……実際のところは分からない。
ただ魔王という重責から解き放たれ、素が出ている可能性も大いにあったのだろう。
僕らは友になった。
裏さえなければ、奇妙なネコと高校生の奇妙な物語だ。
ここまで眺めアランティアが言う。
「これ、元魔王ニャンコを完全に騙してるじゃないっすか……」
『結局最後はバレるんだから――どこまで騙せてたのか分からないがな、だが、きっとこの時のこいつは僕を信じたかったんだろうな。ネコに生まれて初めて対等な友ができたと喜んでたし、寂しい奴だったんだろうよ』
孤高に生きた僕みたいに、な! っとふっふっふ!
マカロニペンギンの顔でニヒルに言ってやがったのだが、アランティアの反応は薄い。
「それはまあどーでもいいんっすけど」
『他国の貴族相手にもそうだったけど――おまえ、なんか急にドライになる時あるよなあ……』
「あたしのことはどーでもいいんすよ! それで、結局どーなるんすか!」
自分で話の腰を折っておいてこれである。
『そもそもが僕のしかけで恐怖を煽りやすい状況になってるって言っただろ? そこに元魔王ってことで魔力も強さも本物らしい三毛猫が現れたんだ、そりゃあ国家転覆を狙っている犯人だって思われても仕方がない』
「よーするに」
『元魔王がなにか暴れていると勘違いしたファンタジー世界からの帰還者、つまりは転生して戻ってきた元勇者がいたってわけだ』
映像の中に、元魔王を聖剣で襲う女子高生の姿がある。
彼女こそが元勇者であり、後にこの元魔王の三毛猫と恋仲になる帰還者だった。
魔王と勇者が戦う光景を見ながらギルダースが、眉間に皺を寄せ。
「分からんのう。なして、こやつらが戦っちょるんじゃ?」
『まあこいつらがいた異世界だと、勇者ってのは魔王と戦う存在らしいからな。それに、実際に社会の裏でナニカ……ってか僕が暗躍してたんだ。その辺の違和感にも勇者は気付いていたんだろう。犯人を捜していたら怪しい元魔王と出会った――その結果の戦闘ってのはそう変な話じゃないだろ』
「で――ペンギン陛下は勇者の力も弟を治すのに使えないかと考えよった、ちゅーことであっちょるか?」
正解である。
元魔王と元勇者の戦いを止めた過去の僕は、白々しく元勇者に語り掛ける。
不俱戴天の仇であるはずの彼らを、僕は詐欺にかけ仲を取り持ったのだ。
全ては、僕の私欲。
異世界の魔術に弟の治療を見出すために。
こうして僕は国家転覆を狙う異能力者集団の裏のトップでありながらも、その裏では真逆の立ち位置。
国家転覆を阻止しようとするファンタジー世界からの帰還者たちの、実質的な協力者として――その最も奥へと入り込むことになったのである。
学生服姿の僕は元魔王の三毛猫を肩に乗せ、味方のフリをして全てを掻き乱し。
壮年に真似た僕は、正当な復讐、理不尽へのカウンターとして社会を恨む異能力者たちを従えて、社会を大きく揺らし続けた。
やがて僕は学生服ではなくなり、スーツを着るようになり――子供ではなくなっていた。
数年が経ったのだ。
詐欺による印象操作は時間経過と共にその成功率も維持率も、どんどん下がっていく。
――いつか破綻が来ることも、その時の僕にはちゃんと見えていた。
どちらの陣営にも優秀な人材が集まりつつあったからだろう。
小さな綻びであっても、そこに気付く者が出る。
だから、それは僕の余命のカウントダウンでもあった。
結果的に僕は多くの命を救った。
けれど、その裏で全員を裏切っているのだから。
全てが大きくなり過ぎていたせいで、破綻が来たときには僕は必ず殺されるだろうと確信をもっていた。
僕が気にしていたのは、弟の事だけだった。
けれど、弟は神の子であり救世主なのだ。
不完全な状態ではなくなったのならば、きっと……一人でも生きていけるだろうと、その時の僕は確かにそう思っていた。
だから、なんとしてでも弟を治せる能力者を見つける。
そのために――敵も味方も友さえも裏切り騙し続ける。
あの日の記憶の終わりは近い。