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サブリミナルなカモノハシ~法律で禁止されてる、一瞬だけ映るアレ~


 螺旋階段を降り切って、僕らが辿り着いたのはドリームランド内部。


 女神たちの説明によると、ドリームランドとは夢世界。

 夢見る主を主神としたエリアであり、ある程度の強力な存在となった強者の中に発生する、精神内部の世界でもあるらしいのだが……。

 辿り着いたそこは、ただただ広くて暗い廃墟のような聖堂だった。


 記憶をだいたい取り戻した僕にはまあ、この光景がなんなのか理解もできていた。

 これは僕が幼い頃に創り出したエセ宗教の残滓だろう。


 並ぶのは古今東西を問わない装飾と調度品。

 一番目立っているのは偶像か。

 様々な文献に記された神々……それらを模した、朽ちた神像。


 精密な神の像なのだが、それらが錆びたまま放置された状態でズラりと広がっているのである。


 なんというか、廃棄された教会のような寺院のような、神殿のような……。

 ものすっごいホラーな空間だ。

 そして暗い廃墟の聖堂の壁には、ヨグ=ソトースを父たる神と定義するこじつけの文章が淡々と刻まれている。


 周囲に走っているのは緊張だ。

 壁画のような文字を眺め雷撃の魔女王ダリアが、頬から玉の汗を流し言う。


「なるほど、異なる宗派の神仏を習合させる魔術式か――神の子を孕んだ受胎告知の逸話と、怪物を産み落とさせた邪神の逸話を重ね……同一視したのであろうな。いったい、何者がこのような複雑で繊細かつ悍ましい術を組み込んだというのだ」


 まあ、子供の頃の僕なのだが。

 ここは黙っておこう。

 そう思ったのだが、空気を読まないアランティアが僕のペンギン頭を、指先でトントン叩き。


「あれマカロニさん? 褒められてるのになんでそっぽ向いてるんです?」

『あ! こら!』

「なに!? ではこれを婿殿が!?」


 ああ、バレた。

 フリッパーを垂らしながら、はぁ……。

 吐息で空気を揺らしつつ、観念して僕は皆を振り返り。


『まあ、昔の話だ。かくかくしかじかで少し説明された連中は気付いてたんだろ?』


 そう、ここは言うならば妄想が具現化された世界。


 僕が生み出した偽神話の神殿の中。

 かくかくしかじかで一部の知識を共有した者には、ここが過去に僕が作った”嘘から生まれた宗教”が反映された世界だと察しているだろう。

 手に天の魔術で光を翳したマキシム外交官が、興味深げに周囲を探りながら。


「陛下が子供の頃に親が、人を救うわけではない怪しげな宗教にハマり……その目を覚まさせるために偽神ヨグ=ソトースを創り出した、でしたかな。これは素晴らしい! 素晴らしいですぞ、陛下!」

『おい、野心が漏れてるぞ……』

「失礼いたしました、偽証魔術の元となる理論もここから発生しているのかと思うと、年甲斐もなく少々興奮してしまいましてな」


 ったく、このおっさんもこのおっさんで……。

 少し痛ましい顔をした最高司祭リーズナブルが言う。


「けれど、少し……いえだいぶ物悲しいですわ。こんな嘘の世界、嘘の神話を五歳前後の子供が組み立てていただなんて」


 おー、まともな反応である。

 僕は頷き、子供の頃に刻み捏造した偽典を思い出しながら、静かにクチバシを動かしていた。


『この壁にかかれているのは全部ノートへのメモ書きだな。多くの人を騙すには多くの準備がいる。嘘の神を信じさせるには既に多くの人間から愛されている宗教と、既に恐怖の創作神話として語られていた神とを混ぜる必要があったってわけだ』

「それにしても……」


 と、タヌヌーアの長マロンもまた、雷撃の魔女王ダリアのように頬に汗を浮かべ。


「ここがマカロニ陛下が生み出した嘘の神話の世界ならば、この壁に記されている多くの神もこの世界には実現されている……ってことでいいんですかね?」

『まあヨグ=ソトースが偽神として具現化しているんだ、たぶんいるだろうな』

「いや陛下……そんな他人事みたいに……」


 タヌキの尾を下げてぼやくマロンに続き、コークスクィパーのキンカンが糸目を薄く開き。


「ふむ、ならば神には届かぬ当方らは邪魔になるのでは?」

『本当だったらそうだったんだが……メンチカツがいるなら話は別だ。あいつはあれで無駄に義理堅いんだ。顔見知りや一度仲間と認識した相手を殺さないからな。おまえらがいるだけである程度の抑止力にはなる』


 言いながらも僕はマカロニ隊を召喚。

 僕が生み出した魔法陣から、ペペペペッペ!

 武装したマカロニ隊が飛び出てくる。


『弱い連中はマカロニ隊の中央に移動だ、範囲に効果があるアイテムをマカロニ隊から買ったらそれぞれ持ち場につけ』

「って、配布じゃのうて買わせるんか!」

『マカロニ隊の連中はこれでも商人だからな……。しかも、どーも恐怖の大王アン・グールモーアに会ってから悪知恵を身に着けやがって、稼げる機会は見逃さなくなりやがったんだよ』


 後で経費で落とすからと告げて、編成を開始。

 リーズナブルが言う。


「流星のバシムをお呼びしなくてよろしいのですか?」

『夢の中に全戦力をってのも問題だし、なにより子供の御守もあるだろうから……ちょっとな』

「マカロニさんって子供関連だと甘々っすからねえ」


 何故か自慢げに言うアランティアである。

 まあ実際そうなのだが、こいつに言われるとなんか無駄にムカつくな。


『仕方ないだろう。僕は子供が理不尽に不幸になる話って嫌いなんだよ、たとえそれが物語でも神話でも――』

「ああ、自分の過去と重ねちゃうんっすねえ」

『……あのなあおまえ』

「なんすか?」


 よくそーいうことを平然と本人の前で言えるな、そう突っ込もうと思ったのだが……。

 僕は止めていた。

 実際、その通りなのだ。


 僕は過去の自分が刻んだ偽りの世界を見上げていた。

 空っぽの世界に嘘を塗り重ねて生み出した偽りの教義に、偽りの神。

 たかが子供が生み出した偽の物語に、多くの大人が入り込んでいった。


 思えばあの時、大人すらも騙せてしまうほどの偽の宗教団体を生み出さなければ。

 見抜かれていたら。

 そして、そこまでして両親を止めたいと願っていたと気付いて貰えていたら。

 全てが変わっていたのかもしれない、と――僕は僕自身を狂わせた虚像の世界、ドリームランドを眺めていたのだ。


 そーいう重い空気を、アランティアが解除。

 あっさり雑に消化してくれたと言えなくもないのだが。

 まあいいか。


『お前の力でメンチカツとエビフライが今どの辺にいるか、分かったりしないか?』

「マカロニさんが心から願えばたぶんいけると思いますよ」


 なかなか便利な力である。

 希望の女神の力も研究したらかなり面白そうだが、とりあえずはこちらに集中。

 僕は本気で、心からあいつらの位置や行動を把握しようと念じる……。


 あ、マジで魔術として発動するなこれ。


 僕はそのまま夢世界を観測し……あいつらを捕捉。

 顕微鏡のピントを合わせる要領で、魔術を調整。

 そして見えてきたのは――。

 ……。


『なにやってるんだ、あいつら……』


 僕は思わず、クチバシから呆れの息を漏らしていた。


「何が見えたんすか?」

『とりあえず、回収するなりぶっ飛ばすなりするから……おまえら、戦闘準備しながら出発だ』

「いやいやいや! めちゃくちゃ気になるんで! 教えてもらえませんか!?」

『あいつら……なんか知らんが、このドリームランドに自分自身の像を立ててやがるんだよ』


 カモノハシの像とハリモグラの像を建設中だと、簡易的な図説にして見せてやったのだが。

 僕の言葉と映像に、一同も困惑で返すのみ。

 そんな沈黙空間の中でアランティアだけは、ふむ……と考えこみ。


「ここってマカロニさんの夢の中の世界なんすよね?」

『ああ、厳密には違うだろうが方向性はそれでいいと思うぞ』

「たぶん、マカロニさんの深層心理の中に自分たちの偶像を立てて、マカロニさんの精神に影響を与えようとしてるんじゃないっすかねえ。たとえばですけど、今までだったら断られていたワインダンジョンへの支援を通しやすくするように、深層心理にメンチカツさんの意見を肯定しやすくなる”カモノハシのビジョン”を埋め込む……みたいな感じっすかね」


 サブリミナル効果というやつだろう。

 ……。

 まあ、ほんの少しは影響を与えるのだろうが、逆に言えばおそらくほんの少ししか影響はない。

 答えを得ることができるアランティアの言葉ならば、おそらく外れていたとしても似たような理由だとは推測される。


 しかしおい、なんだ……。


『あいつら、本当にろくなことしねえな』


 夢の中に残念な獣王像なんて建設されても困ると、僕は内通者ぼくに連絡。

 妨害するように指示を出しつつ、編成を迅速に進めた。


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