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『砂漠国家の兄弟』―おそるべきしょうたい―


 【SIDE:帝国第一皇子ダカスコス】


 身内だからといって信用はできない。

 いや、無能な身内こそが最大の敵。

 次代の皇帝最有力候補たるダガシュカシュ帝国の第一皇子、ダカスコスは美貌を曇らせ考える。


 ――あぁああああああああぁぁぁ、このバカ弟はっ、またやらかしおったのか!?


 360度の地平線すら観測できる広大な砂漠の大地。

 その中央にあるのは、現存する神話の香り。

 女神アシュトレトが砂漠に作り出した聖杯の水より生まれし、聖なる水の畔の居城――そのエントランスにて。


 皇帝不在の今、二人の皇子と家臣たちは顔を合わせて緊急会議を行っていた。


 やはりこの地は女神の加護を受けた地。

 その皇族ともなると兄弟ともに、美麗な爬虫類顔。

 だが……第一皇子の美形顔にあるのは、やらかした弟に対しての青筋だった。


 整え後ろに撫でつけた髪を、ぐぐぐぐ……。

 <防御結界付与>の効果エフェクトが施されたアクセサリーを装備する指で掻き毟り。

 再度、第一皇子は奥歯が覗けるほどに吠えていた。


「あれほどっ、あれほどにあの<魔導種>は卑しきペンギンめの罠だと警告したと言うのに! なぜ、なぜ、なぜぇええぇぇぇぇ! なぜおまえは警告を守らず種を植えた!」


 ここは現ダガシュカシュ帝国の皇帝が住まう城とは異なる、第一皇子の城。

 二人の皇子は幼き頃からそれぞれに父たる皇帝より城を下賜され、それぞれが家臣を従え生活をしていたのだが――その理由は極めて単純だった。

 皇帝が子供嫌いだったのである。

 いや、嫌いと言ってしまうと語弊があるか。

 皇帝は子供にどう接していいかわからず、我が子であってもいつも睨むように眺めてしまっていた。


 それを子供自身が怖がった。


 皇妃も皇帝に苦言を呈すほどだった。

 それでは我が子を見定めている、値踏みしているような視線だと――どうか止めてくださいまし、と。

 だから皇帝は二人の我が子に城を与えた。

 怖がらせないように、傷つけないように。

 遠ざけたのだ。


 家臣も皇妃もこう思っただろう。


 皇帝は子供が嫌いなのだと。

 けれどその時、賢き長男ダカスコス第一皇子は畏れながらも皇帝を見上げ言ったのだ。


 父君は僕たちにどう接していいか、分からないのですね。

 と。

 ダガシュカシュ帝国は実力主義。

 恐るべき皇帝も騎士たる力で皇帝の座についた過去がある。

 そんな武勲で成り上がった皇帝の心を、ただダカスコス第一皇子だけが見破っていたのである。


 当時のダカスコス第一皇子の年齢は五歳。

 この瞬間が、第一皇子が次代の皇帝に選ばれただろう瞬間でもあった。

 だから、第一皇子ダカスコスの居城には建設当時から玉座が設置されていた。

 しかし、第二皇子の居城にそれはなかった。

 それは皇帝が暗にこう言っているのだと、皆が思っただろう。


 第一皇子こそが次代の皇帝。

 すなわち後継者。

 この子を最強の騎士として育てよと。


 けれど。

 正式に戴冠式を受けるまではと、第一皇子は決してその椅子には座らなかった。

 成長した今も、その椅子には座ったことがない。


 それでも聡明なる第一皇子はいつも玉座を眺めていた。

 いつかこの椅子に座る日がくる。

 その日までに、親の七光りとバカにされないほどの武芸と知識を極め――誰からも認められる皇帝になろうと。

 そのいつかはもう間近。

 何事もなければ、あと四年もすれば世代交代が起こる。


 筈だった。

 だが、その何事が起こってしまった。

 よりにもよってバカな弟が今、最も警戒しなければならない魔導王国にケンカを売ったのである。


 ダカスコス第一皇子が握り潰しかける説明書にはこう記されていた。


 絶対に植えて増やそうとしないでください。

 万が一、用法用量を間違って使用されたとしても我が国は一切の責任を負いません。

 自己責任でご使用ください。

 と。


 そして、この種を持ち帰った張本人は首を傾げ。


「兄上よ、なーにを怒っておるのだ? 我らが国家は砂漠の地、天の女神様の慈悲によって注がれたオアシス以外の地はまともに使えぬ死の大地。昼は灼熱、夜は極寒の不毛の地。もし、この砂漠を緑にできるのならば民の暮らしも楽になる……そう言ったのは、ダカスコスの兄上ではあるまいか!」

「どこからどぉぉぉぉみても、罠だろうが!? これ!」


 首に血管すらバキバキに浮かべた第一皇子の慟哭に、形式上は第二王位継承者たるバカ皇子はやはり怪訝な顔で。


「緑豊かになったのだが?」

「では聞くが弟よ。一切の太陽の光が当たらず、土壌には肥沃と真逆の死んだ砂の大地。そして太陽に代わり、四六時中、場所すら問わず天より降り注ぐのは巨大な悪臭実。現状をどう思う?」


 問われたバカ皇子は腕を組んで考え。


「なはははははは……! 兄上はモノを知らぬのですな! これは悪臭実ではなく銀杏といいまして、実と種を分け」

「食べ方など知っておるわ! たわけ!」

「では何が不満なのでありますか。我は兄上ほどに賢くないので、ちゃんと言葉にしていただけなければ分かりませぬ」


 偉そうに断言する第二皇子に、周囲の家臣たちは呆れかえるばかり。


 いつも弟はこうだった。

 バカで無知な事を恥じていない。

 それはある意味で幸いだった、なにしろ王位争いに興味もないからだ。


 ダガシュカシュ帝国は血筋さえあれば誰でも皇帝になれる。

 現皇帝の息子だからと、油断はできない。

 本来なら身内すらも疑わなければならない所を、この馬鹿である。

 もし野心を抱けばすぐに露呈する、だから第一皇子は第二皇子をその観点のみでは信用していた。


 だが。

 バカはバカ。

 疲れもするし、呆れもする。


 ダカスコスは言う。


「まあ、なんだ……太陽の力……天の女神様の力が遮られてしまうと、人は死ぬ。人が死ねば国は死ぬ。それが分かっていて、あのペンギンめ。我が弟に種を持たせたとなると」

「ならば! 敵対行為、宣戦布告とみなし我が全軍を以てして」

「あがががががが! この、たわけぇえええぇぇぇ!」


 怒声が魔力を纏った覇気となり広間を揺らす。

 それは<咆哮>系のスキル。

 自分より格下のモノ(存在)を怯ませる効果のある、魔物すらも用いる一般的な現象だった。

 怯んだほかの家臣とは違い、唯一怯まぬのはさすが第二皇子といったところか。


 もっとも、第一皇子としてはバカな弟に少しは怯んで欲しかった所であるが。


「兄上?」

「宣戦布告を行ったのはむしろこちら! おまえが暴走したせいで、こちらは既に背水の陣なのだぞ!?」

「宣戦布告などしておりませぬ! 我は愛しきアランティアを取り戻そうと、戦力を動員し、降伏勧告をもっていっただけで――!」

「それを宣戦布告というのだ!」

「ご安心を! 戦力には我が私兵を使いましたので、父上や兄上に迷惑をかけてはおりません。問題ないかと!」

「問題あるのだ!」


 ぜぇぜぇ、と女神も認める塩顔イケメンが取り乱しながらも。


「まあ、いい。それよりも今はこの事態をどうにかする方が先決」

「伐採してはならぬのでありますか?」


 オアシス以外の場所は、広大な砂漠の地。

 木材を確保できると考えると、第二皇子の発言も的外れではない。

 だが。

 ダカスコス第一皇子は氷竜帝マカロニの記した説明書の、敢えて細かくかかれた文字の中から、特定箇所を指差し。


「この銀杏は成長すると巨木となり、半魔獣化。攻撃行動に対し反撃を行うと書かれているのが見え……るわけないのだろうな」

「はい! 我は細かい文字を読むことを是としませぬ!」


 実際、伐採しようとした家臣が銀杏の樹から蹴りを喰らい昏倒。

 各地で返り討ちにあっていると報告が上がっている。

 銀杏の怒りを治めるために、衛兵たちが土下座して樹に謝罪した……などという嘘か本当か、判断しにくい報告まで入っていた。


 魔術師たちの見解では、これは極めて高度な品種改良。

 種の段階で既に解析不能……なんらかの魔術が施され特定条件で起動するなんらかの仕掛けがされていたということだった。

 つまりはスナワチア魔導王国の現国王、あのふざけたペンギンは植物を自在に操る能力を有しているということ。


 なんらか、なんらかと特定できないあやふやな文だが。

 普段はまともな報告書を上げる賢人たちが、これを提出してきたのだ。

 本当に特定できず、なんらか、としか記せない状況なのである。


 このような事態に皇帝は不在。

 第一皇子は知恵を巡らせる。

 相手の行動を読む、或いはその正体を探る必要がある。


 そして。

 聡明なる塩顔イケメンはハッと立ち上がった。


「大地を支配せしケモノ……、まさか!?」


 第一皇子は思わず目を見開いていた。

 その額から、冷たい汗が流れだす。


「兄上?」

「バカ弟よ、おまえは……氷竜帝マカロニを直接目にしたと言っていたな」

「ええ、まあ。はい……ただ、人類最強と名高き最高司祭リーズナブルによる妨害を受け、我が必殺の一撃は防がれてしまいましたが」


 その何気ない発言に。

 ……。

 第一皇子は、頬をヒクつかせる。


「おう、今おまえ、何ていった?」

「ですから、最高司祭リーズナブルに妨害され」

「おまおま、おまええぇええぇぇ! 妨害ってことはっ、まさか、あちらの国王に刃を向けたのか!?」

「無論であります!」


 美形皇族のドヤ顔が、苦労性の兄の顔面を更に硬直させる。


「暗殺未遂までしていたなどとは聞いておらんぞ!」

「そうでありましたか?」

「まずい、まずい、まずいぞ! これはっ、急ぎ伝令を! いや、しかしっ」


 第一皇子にしては珍しく狼狽の極み。

 第二皇子が言う。


「何がまずいので」

「全部がまずい……っ、というよりもだ! 普通の状態、普通の相手とて極めて問題になる行動であるのにだ! おまえが手を出したのは、手を出したのは……っ」

「マカロニペンギンでありますが、何か?」


 違う。

 おそらくそれは、そんな可愛い魔獣ではない。

 第一皇子は乾いた笑いをこぼしていた。


「ふふ、はは……」

「あ、兄上!?」


 もし、この考えが正しければ。

 もはや終わったと、そう思ったのだろう。


「あれはおそらくマカロニペンギンの皮を被った、神話のケモノ。地の獣王、ベヒーモス閣下であろう」


 家臣たちの顔色が、蒼白となる。

 だが、全ての辻褄が合う。

 皆がダカスコス第一皇子の答えに、よもや……だが、ありえる……と騒然とする中。


 第二皇子が言う。


「ベ、ベヒーモスとは?」


 沈黙が走る。


「おい……神話を知らぬのか、おまえは」

「はあ、まあ……昔話に興味はあまり……」

「人類が魔術を悪用し、神々を激怒させたときに降臨されるとされる盟約の獣の名だぞ? 大地を等しく蹂躙するために、その四肢は極めて平らだとされている。思い返してみよ、やつの足はどうであった?」


 第二皇子は考え込み。


「た、たしかに……平たい足でありました!」

「であろうな、やはりおそらくはスナワチア魔導王国を支配している新国王、珍獣たる魔獣王の正体は神話の獣ベヒーモスに相違あるまい。噂にあった、氷海に遠征した魔導船団の消失も頷ける。あの国め、眠る獣王を呼び起こし虎の尾を踏みおったか」

「しかし――我らは魔術の悪用などしておりませんが」


 その筈だった。

 だが、しかし。


「――それは悪用の解釈次第なのだ」

「といいますと」

「――あの神話、あの契約には範囲が指定されておらぬ。いや、もしやかつては指定範囲の記述があったのやもしれんが、少なくとも、今は失伝。伝承されておらんのだ。もし、魔術で人を殺める事を悪用とするのならば、我が国は大罪人だらけの帝国であろうな。そして我もまた、世間に言わせれば……非道なる外道であろうからな」


 騎士として民を守るために悪人を魔術で屠る。

 それを悪とみなされないとも限らない。

 実際、優秀な第一皇子への評価はかんばしいが――それでもその裏では、良くも悪くもこう言われていた。


 第一皇子は優秀ゆえに、恐ろしいと。

 バカで実直でなにを考えているか分かりやすい弟とは違い。

 非道で冷徹、人の心がない、血の通っていない恐るべき騎士だとされていたのだ。


 だが、バカな弟は詐欺師とは違いまっすぐに兄を眺め。


「兄上は正しき皇帝となる方、我はそのようには思いません」


 バカゆえに、そこに駆け引きはゼロ。

 心の底からそう思っているのだろう。


 安堵と呆れを同居させた苦笑で、第一皇子が鼻梁の奥から声を漏らす。


「神々がおまえのように単純ならば話が早いのだがな」

「しかし、いったい……ベヒーモスは何を目的にスナワチア魔導王国を支配したのか。やはり! あの鳥畜生めが、アランティアを手籠めにしようとしておるのでは!?」


 それはないだろう。

 だが。


「契約のケモノの降臨と、その目的……か。分からぬな、それが分かれば或いは交渉も有利に動かせようが」


 第一皇子は憂いを帯びた表情で、エントランスから外を眺めた。


 太陽を失った国は、既に極寒。

 永遠の闇に閉ざされている。

 降伏するならば早い方がいいだろう、だがその前にこの寒さをどうにかせねばと――賢き皇子は行動を開始した。


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― 新着の感想 ―
[一言] エルフと冥界のお兄さんズがおいでおいでしてるのが見えたよ…… そして人々は勘違いしたまま話は進む
[良い点] いつも読ませていただいてます。 銀杏無双とは書いたけど本当に銀杏が無双してる?! 銀杏暴れすぎ…! アニマルだけでなく植物までも暴れるとは… 今回は全部においてすごくパワーアップしてますね…
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