暴力の化身は蠢きだす~既読スルー~
僕の魔導書を販売したことで、偽証魔術対策は既に整っていた。
いつでも突入もできたが、僕はわりと慎重に動き、絶対に勝てるという自信がなければ動かない方針をとりがち。
準備を万全にとかなり綿密に計画していたのだが――予定外のこの騒動だ。
あいつらが関わると本当に全てが乱れ、僕の華麗なる計画に変更を余儀なくされてしまう……っ!
昼の女神の魔術で夢世界へと向かうべく、スピー! クカー!
眠った僕の精神に、昼の女神ブリギッドが同調し<女神の奇跡>を発動。
さきほど揃っていた主要人物を巻き込み、僕のパーティーメンバーとして同行させることに成功していた。
皆の肉体は夢世界ではなく現実世界で転がっている。
今頃は戦闘員ではないメンバーが布団に彼らを突っ込んで、様子を観察していることだろう。
深層心理に向かうイメージ空間の中。
広がるのは無の空間。
ただただ下へ進む長い螺旋階段が見えている。
夢の世界へと潜る螺旋階段を足並み揃えて駆けながら、僕はクワ!
『あぁぁぁぁの、アホカモノハシっ!』
「婿殿……そのメンチカツ殿とやらがどのような人物か説明願いたいのだが」
今の問いかけは、凛とした女帝の声。
もし僕があの時、夜の女神さまの魔術で羽毛を強化していなかったら、羽毛を貫通しダメージを与えることも可能だっただろう雷撃の魔女王ダリアである。
ぐるぐると長い螺旋階段を降り、ドリームランドに向かいつつ僕が言う。
『毒竜帝メンチカツ――海の女神ダゴンが僕と同じ世界から引っ張ってきた魂で、獣王リヴァイアサンをベースにベヒーモスとジズを合成した器に転生してきた男だ。能力は暴力に特化しているんだが、回復も得意とする海の女神の眷属だから回復系魔術のエキスパートでもある厄介なカモノハシで……人格面にけっこうな問題があるヤツなんだよ』
「問題……この者たちの反応を見る限り、よほどの人物なのか?」
『ああ、よほどのやつなんだよ……』
転移門を形成していたせいで、ドリームランドへの転移に巻き込まれたギルダースがちゃっかりフル装備を装着しながら、無精ひげを擦り。
「ワイも共に行動しちょった事もあったがのう。サンマを買いに行ってくる言うて市場に出よったのにじゃ、竜山脈でドラゴンを狩ってドヤ顔で持ち帰ってきよるような変人じゃ。行動が読めん」
タッタッタタタと螺旋階段を団体で降りる音だけが響く中。
「いや……なぜサンマがドラゴンに?」
「ワイが聞きたいぐらいじゃき……」
「ところで若造、貴公は何者だ――妙に翻訳魔術に多くの訛りが入っているようだが」
ああ、そういや知らないのか。
『イワバリア王国の新しい王様だよ』
「そうか、王が直接戦地に出向くとはなかなか見どころがあるではないか。どうだ、我が娘の二番目の側室に入る気はないか?」
ちなみにこのお母さん、わりと真面目な顔でこれを言っているのだ。
おそらく冗談ではなく本気でそう提案しているのだろう。
ギルダースがジト目で僕に言う。
「相変わらず……あんたの周りには変人しか集まらんのじゃな」
『まあ……その変人の中からも変人と思われてるのがメンチカツだ』
「なるほどな――そやつも我が娘を支える器にあるかどうか、試さねばならぬか」
咀嚼するように呟く母に、アランティアが言う。
「あのぅ……母さん? 悪いんすけど、あたしももういい歳ですし。そこまで過保護にされるのはぶっちゃけ困るんすけど」
「そう言われてもな。娘を案じ、その道を照らすのも母たる者の務め。おまえを一人にしてしまった過ちもある、少しは母としての役目を果たさせてほしいのだ。どうだ?」
……。
ごく自然に会話に割り込んできたが、なんかおかしいぞ。
おい。
僕はギルドシステムを利用したメンバー表を見渡し。
マキシム外交官や最高司祭リーズナブル。
マロンにキンカン、そのほか……スナワチア魔導王国の戦える連中の中にある、アランティアの文字を見て。
『って! なんでお前がいるんだよアランティア!』
「は!? なんでって、あたしを置いていくつもりだったんすか!?」
『おまえが捕まるとアウトなんだって分かってるのか!?』
「だーかーらー! 言ったじゃないっすか! あたしは待ってると絶対悪い願いを叶えちゃうんで、絶対に一緒に行かないとまずいんですって!」
こいつが心の底から願えば……想ってしまえば、それはどういう形かを問わず実現してしまうのは事実だ。
その最たるは僕という存在。
『だいたい、どうやってきたんだよ! 昼の女神も事情を知ってるからお前を巻き込まなかった筈だろう!?』
「そりゃあ来たいって願ったら一瞬でボン! 簡単っすよ?」
『あぁ……おまえもおまえでメンチカツみたいな問題児でやがるな』
リーズナブルがフレイル状の鈍器をガシャガシャガシャ。
鳴らしながら階段を駆けつつ声を挟む。
「実際問題として、いかがいたしますか? 弱点がひとつ増えることになりますが……」
『とはいってもなあ、たぶんアランティアは置いていかれたら本当になんか面倒なことを願うだろうし……連れて行くしかないだろ。こーいうのも面倒だから僕一人で行きたかったんだが』
フリッパーを後ろに流し揺らしながら、ペタペタペタ!
螺旋階段を駆ける僕もおそらく可愛いのだろう、なにやら螺旋階段の遥か上空……おそらく、現実世界の空中庭園から僕を眺めるアシュトレトと主神の気配を感じる。
こちらの様子を神々も見守っているのだろう。
僕が意識をやると、女神ダゴンがウフフフフフっとにっこりしている。
やはり、メンチカツを送り込んだのはあの腹黒だろう。
そして他の女神も主神もそれを容認している。
まあ騒動が終わるのならば、メンチカツが解決しても別に問題ないと考えているのだろう。
なんか、賭け事をしている気配を感じるが……。
はて……女神たちに賭け事の趣味などあっただろうか。
ともあれ。
メンチカツがなにかやらかす前に合流、或いは回収するべく仕方なく僕は切り札の一つを発動。
『おい! 聞こえてるんだろう! あり得たかもしれないもう一人の僕! メンチカツが来てる筈なんだが、何か知らないかー!』
内通者に連絡である。
声が返ってくる。
「はぁぁあぁぁぁ!? おまえっ、なんで希望の女神を連れてきてるんだよ!? バカなのか!?」
『うるさい! こっちだって困ってるんだよ! それよりもそっちの状況はどうなってる!?』
「どうもこうもっ、なんなんだよあのカモノハシは!?」
うわぁ、これもう絶対に何かやらかしてるな。
『とりあえず、状況を早く教えろ』
「あのカモノハシ、どうやってかは知らないが――おまえの方の弟と僕の弟を説得しやがった」
は?
『おまえ……何言ってるんだ?』
「だからー! ハリモグラと肉塊状態の僕とお前の弟を引き連れて、三人で大暴れ! ヨグ=ソトースを回収しようとドリームランドの中を荒らしまわってやがるんだよ! その証拠に、そっちにお前の弟はいないだろう!?」
言われてみれば確かに。
メンチカツと同様に、エビフライもいない。
アランティアが言う。
「あぁ……なんつーか、利害が一致したんじゃないっすか?」
『いやいやいや、あいつらに共通の利害なんてあるか?』
「はぁ……やっぱりマカロニさんって自分のことになるとダメダメっすよねえ。たぶんマカロニさんのためになるとか、マカロニさんを考えると動いた方がいいって判断したんじゃないっすか? メンチカツさんも、弟さんもマカロニさんへの火力が強火っすからねえ」
火力が強火という表現もいまいち理解しにくいが。
『いや、だってエビフライを説得してタッグを組むまではギリギリ分かるが、あり得たかもしれない弟の方はどっちかっていったら敵だろう』
「メンチカツさんに、そーいう常識が通じると思います?」
……。
ギルダースが言う。
「だいたい、きさんも敵を内通者にしとるんじゃ、それと似たようなもんじゃろうが」
「陛下がなさっているので、メンチカツ殿とて同じことをしてもありえなくはない、ということでしょうな」
マキシム外交官の言う通り。
既に僕がこうしてあり得たかもしれない僕を内通者にしているという事例がある、ならば類似した何かが起こっても不思議ではない。
僕は確認すべく、メンチカツとエビフライに緊急連絡。
メッセージ魔術を飛ばしたのだが、あいつらは気付いているのにスルー。
確信犯のようだ。
というわけで、メンチカツがどうやら大暴れしてるのは確からしい。
がぁああああああああああぁぁぁ!
さすがにこの想定はしていないので、準備ができてないんだが!?