そりゃあまあ、やらかしまくってたからなあ~神とか獣王とかの僕らを除けば、強すぎるのが問題で~
最終決戦の手前で起こった珍事。
かつて世界を荒らしまわった雷撃の魔女王ダリアが、アランティアの希望の力と、僕の中にいる偽神ヨグ=ソトースの影響で降臨してしまったわけだが。
……。
荷物を緊急撤去した僕の私室にて……。
主要人物を集合させて、僕らは緊急会議の真っ最中。
殺すわけにもいかないし、しかし監視は必要だろうし……どうしたものかと困っているので皆の意見を聞きたいと考えたのだ。
そしてあわよくば、彼女の管理を任せたい。
それが僕の本音である。
まさかアランティアに母の監視を頼むわけにもいかないし……。
人類では最強格の最高司祭リーズナブルは困った顔で、僕とダリアを眺め。
「確かに……あの雷撃の魔女王ダリアで間違いないようですが……あの、陛下……どーするおつもりなんです?」
『どーするもなにも、来ちゃったもんはしょーがないだろうが』
「そうは仰いますが、雷撃の魔女王ダリア……この方の多くの逸話は御存じですのよね?」
そう、このお母さん……本当に暴れまくってくれているのだ。
とりあえず周囲の国家の歴史を見れば、大抵この魔女王の記述がある。
「最高司祭リーズナブル、我が雷槍すらも鈍器で弾き返すイカれた狂信者。そうか、貴公もマカロニ殿に下っていたのだな」
「まさかあなたとこうして話をすることになるとは……ですが、はい、そうですわね。わたくしもまたかつてマカロニ陛下に敗北し、その配下につかせていただいている身でございます」
ああ、やっぱりこいつら面識があるのか。
人類最強クラスのダリアには、とりあえず人類最強クラスのリーズナブルを監視につけようと思ったのだが。
雷撃の魔女王ダリアは鋭い目線と声で僕に目をやり。
「婿殿」
『誰が婿だ!』
「貴殿はスナワチア魔導王国の王なのだろう? 婿だのどうだの、そのような些事を気にすることもあるまい。それよりもだ」
『話を逸らすな! 気にするんだよ!』
目を据わらせガァガァと唸る僕に、ふっと魔女王は微笑し。
「ワタシとこの女はダメだ、婿殿はあまり知らぬやもしれぬがワタシは、悍ましくも栄華を極めたスナワチア魔導王国に討たれ死んだ身。互いに多くの兵と将を殺し、戦場を駆け殺し合った仲。互いに遺恨もあろう」
「わたくしの方は別に、そこまでは」
「相変わらずのようだなリーズナブル、その澄まし顔を何度抉ってやろうと思った事か。よもや偽神の導きにより再び相まみえようとは――これも運命か」
わぁ……互いに火花が飛んでいる。
これ、放置しとくとガチで殺し合いを始めやがるな。
まあそれでもリーズナブルの方は僕への忠誠があるので、おとなしめ。
それに、既に過去……もう昔の話という事もある筈。
僕が来てからのスナワチア魔導王国の変革に慣れて、今更そんな空気を出されても……といった様子で頬に手を当て困っているのだが。
はぁ……。
僕は魔女王ダリアに言う。
『あのなあ、もう昔の話だろう』
「お言葉ではありますが、陛下」
『なんだよマキシム』
主要人物ということで、当然この男もいる。
とりあえず面倒ごとをいつも押し付けているマキシム外交官……彼も、今回ばかりはどうも本当に乗り気ではないらしく。
心からの苦言を呈するように、貫禄と野心ある中年顔に皺を作り僕に言う。
「雷撃の魔女王ダリア……この者とスナワチア魔導王国の古き重鎮は、相性が悪いかと存じますれば……ここで管理するのは得策ではないかと」
『対案はあるんだろうな』
「タヌヌーアの里などで匿うのはいかがでございましょうか」
もちろんマロンとキンカンも来ているので、タヌヌーアの長たるマロンが顔を上げ。
「ちょっと待ってくれ外交官」
「何か問題でも?」
「我らが里には本物の王がいる、彼は既に老いさらばえた過去の人物だとしても……心があるでしょう。既に吾輩らの里の仲間。かの王が戦慄する理由の根源にある雷撃の魔女王ダリアと鉢合わせなどいたしましたら”事”でありましょう」
毛を逆立て訴えるマロン、その直後に珍しく援護する形でキンカンが続く。
「それに、考えてもみてくださいな。当方ら、タヌヌーアとコークスクィパーは歴史と王権の裏に潜み、暗躍、縄張り争いをしていた種族でありまして……ええ、はい。多くの国家を揺らし、混沌を招いた雷撃の魔女王ダリア殿について恨みを持っているモノも多いでしょう」
『どうなんだ? マロン』
僕の問いに頷き、タヌヌーアの長としての顔と声でマロンが唇を動かす。
「吾輩らはケモノに近い亜人、縄張りを荒らしまわった魔女王殿への反感があるのは確実であります。陛下とて、愛する方との卵のある巣を荒らしまわった相手は憎いとお思いになるでしょう。おそらく、その感情を制御できないと吾輩は愚考いたします。どうか、ご再考を」
マロンは僕に忠誠を誓っている。
だからこそ本当に問題が起きると警告しているのだ。
まあ実際、しつこいようだが近代史に雷撃の魔女王ダリアの名はでまくっている。
砂漠国家から嫁に出された王族としての危うい立場もあったのだろうが、獅子奮迅の勢いで暴れていたのだとは理解できる。
なにしろアランティアにパンドラの力を継承するまでは、彼女こそが魔術の源。
封印されていた魔術の箱から零れた、魔術そのものとしての性質もあったのだから。
僕はマキシム外交官に目をやり。
『だそうだ、他に案はあるか』
「そうでありますな――いざとなったら雷撃の魔女王ダリアを抑えられる戦力があり、交戦しても被害の少ない場所となれば……あそこなど如何でしょうか?」
言って、野心と忠誠が半々な外交官が指差したのは氷海エリア。
『バシムんところか、まあ妥当っちゃ妥当だな』
じゃあ次の候補をと、フリッパーを胸羽毛の前で叩きパンパン!
転移門を形成。
僕は氷海エリアの酒場を覗きながら、黄金の飾り羽を揺らし。
『おーい、バシム! そこにいるんだろー! 突然で悪いんだがそっちで匿って欲しい要人がいるんだが。聞こえてるか―!?』
「バシム……どこかで聞いたことのある名だが……」
と、眉と髪を密かに揺らしたのは雷撃の魔女王ダリア。
『いや、流星のバシムの名はあんただって知ってるだろう。戦ってる筈だぞ?』
「すまぬが、あまり思い出せないな。強者や厄介な相手ならば覚えているのだが――」
あ、ダメだこりゃ。
こいつ、自分で殺した相手を覚えてねえな。
魔女王に殺された戦士と、その戦士を思っていた姫……そしてそれを眺めていた夜の女神さま。そこで結構大きな物語が動いていたのだが。
まあ……彼女はあり得たかもしれない未来視から召喚された存在、辿っていた道が違い面識がない可能性もゼロではないか。
どうしたものかと、僕が僅かに悩んだ直後。
転移門の奥から野太い、精悍な声が聞こえてくる。
「夜の女神さまからの天啓が下って来てみりゃあ。やっぱりマカロニの旦那か……いったいなんなんだ、こんな時間に。まだ営業前だぞ?」
『こんな時間にって、ああ、営業前の仕込み中だったのか悪かったな』
流星のバシムは現在、愛する我が子と妻と酒場を経営中。
氷海エリアに狩りに出る冒険者のための宿屋を兼ねて、少し店舗を大きくして商売を続けているのだが――どうも、既に厄介ごとだと気付いて、少し警戒気味のようだ。
「それで、どんな話なんだ」
『いや、なに。捕虜かどうか微妙なラインの人を預かって欲しいだけだ』
「捕虜かどうか微妙? よく分からんが……あんたのことだ、どーせかなり面倒な話なんだろう? 正直、うちのガキの世話もしてえし、あぶねえ事はしたくねえんだが」
『大丈夫大丈夫、本当に人を少し置いて欲しいだけだし。なんならたぶん子守もできるから、そっちで使っても構わないぞ』
「子守もできるなら、そりゃあ助かるが……なんか怪しいってか、何が問題なのかぶっちゃけて欲しいんだが」
素直に事情を語ろうとした、その矢先。
雷撃の魔女王殿は転移門の中に映る男を、じっと見て。
ぼそり。
「いずこかの戦場で相まみえたどこかの雑兵か?」
「雑兵だぁ!?」
「すまぬが――弱い相手は覚えていないのだ。気に障ったのなら謝罪をする」
あぁぁぁ……。
煽ってるし。
「(ちょっとマカロニさん! まずいっすよ! 母さんって基本的に唯我独尊で無礼なんで! これたぶん、無自覚でキレさせますよ!?)」
アランティアから僕にだけ届くメッセージ魔術が飛んでくる。
あぁぁぁっぁ……。
この母娘、めんどうくせえ……。
転移門ごしとはいえ、さすがに直接会話をすれば正体に気付いたのだろう。
「てか! こいつ、雷撃の魔女王ダリアじゃねえか! まさか、おい! あんた、このオレにコレを預かれって言ってるのか!?」
マキシム外交官が言う。
「まあ、こうなるでしょうな……次の候補を探しますかな」
『そうだな。んじゃ、邪魔して悪かったな』
転移門をそのまま閉じた僕に向かい、あぁ!? ちょっと待ちやがれ! っと少しメンチカツ味のある怒声が響いていたが、まあ後で詫びておこう。
しかし、雷撃の魔女王ダリアをいざとなったら抑えられる戦力がある場所となると……。
……。
しばし考え、僕は新たな転移門を形成し。
あっけらかんと告げた。
『というわけで、いやあお前と知り合っておいて良かったよギルダース。お前の国に、しばらくこれを置いてくれ』
「というわけで……じゃないじゃろうが! ちゃんと事情を説明されんとわからんのじゃが!?」
おーおー、キャンキャン吠えとる。
そう。
イワバリア王国の新たな王であるギルダースに押し付けることにしたのだ。
僕はかくかくしかじかを発動した。