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ダゴンの提案~あんた絶対にラスボスタイプだよなあ……~


 水と海の女神ダゴン。

 行動は秩序を重んじる善人……やってる事自体はまともよりなのだが、根底にあるのは腹黒気質。

 腹に一物も二物も抱えているタイプなのだが。


 僕とアシュトレトは共にジト目で告げる。


『なんじゃダゴン……』

『あのなあ、あんたまで直接顕現してくるのはさすがに……』


 よーするに帰れと言っている僕たちを眺め、聖職者の異装を揺らしながらも口元に手を当て、くすり。


『あらマカロニさん、アシュちゃんはいいのに……あたくしが遊びに来てはマズいのでしょうか?』

『まじめな話だ、そもそも神ってもんは見えないからこそ信仰対象にしやすいからな。あんたの計算高い姿はあんまり信徒に見せない方がいいだろう』

『そうですか、ふふふ。あたくしはてっきりこちらを気にしているのかと』


 言ってダゴンが聖職者姿の服の隙間から取り出したのは、書類の束。

 ……。

 こいつ、僕個人の裏帳簿を持ってきやがったな。


 アシュトレトはそれに気づかず、ん? と眉を顰め。


『なんじゃダゴンよ、それがどーかしたのか?』

『これについてちょっとマカロニさんとお話がしたいの、この子を借りるわね?』

『ここで話せば良いであろう、どうせ不正の裏帳簿かなにかであろう? 国を治める王ならばこそ裏帳簿ぐらい堂々と語ればいい』


 いいわけないだろうが。


『アシュトレト、おまえがどんな想像してるのかは知らないがな。裏帳簿の全部が不正の書類ってわけじゃないんだぞ』

『ええ、そうよアシュちゃん。これはマカロニさんがもし自分が去った後にどうするか、誰がどう役職を引き継ぐかが事細かに描かれている帳簿。王として最後の務めを果たすための書になるのでしょうね』

『おいこら、勝手にバラすんじゃない!』


 黄金の飾り羽を片方だけピクりと釣り上げた僕の睨みには、結構な魔力がこもっている。

 だが、コレ(ダゴン)が動じる筈もない。


 アシュトレトが言う。


『よーするに、難しい話じゃな?』

『ええ、そうよ。きっとあなたなら頭が痛くなるタイプのお話なの、だから』

『マカロニよ、妾は少々城内の神殿に向かい神酒を楽しんでくる。最高司祭リーズナブルにも会いたいしのう、ふふ、妾が戻る前に面倒な話は終わらせておくのじゃぞ?』


 戻ってこなくていいって。

 そう告げる前に、既にアシュトレトは黄金の輝きと共に転移済み。

 無駄のない転移波動の魔術式を読み解いたのだろう、ダゴンがアシュトレトの生み出した式の余韻に瞳を細め。


『ふぅ……アシュトレト、あの子にも困ったものだわ』

『あんたも色々と大変そうだな。それで、何の用なんだよ。まさかあんたも僕に夢やら希望やらを語って、昼の魔術の制度を上げさせようって腹積もりじゃないだろうな』


 さすがに勘弁して欲しい。


『それも面白そうだけれど、ふふふ――違うのよ』

『あんたがそんな顔で笑うって、絶対いい話じゃないだろ……これ』


 僕の前にはダゴンがいる。

 けれど、いつもと少し姿が違う。

 清らかな聖職者姿とは裏腹……相貌を文字通り真っ黒に染め……口だけを真っ白く蠢かすバケモノとしての女神ダゴンがそこにいたのだ。


『まずは単刀直入に言うわね、あたしなら無理なく夢世界に入り込めるわ』

『そりゃそうだろうな、あんた――あの日僕が生み出した偽神ヨグ=ソトースと同類……クトゥルフ神話由来の神性も持ってるんだろう?』

『ええ、そうなるのよね。偽の宗教を創り出し多くの信仰を集めることができたあなたなら、ダゴン神という神性に入り込んだノイズを知っている』


 あまり長くは説明できないが……。

 よーするに、かつての人類は聖典の中で”敵神としての伝承が残るダゴン神”を相手に、更に風説を流布。

 夢世界クトゥルフの邪神としての性質を加えてしまったのだ。


 かつての女神たち……。

 ”まつろわぬ女神”は、人類の風説の影響を受ける性質を持っていた。

 噂という魔術によって歪められ、神性を変化させていた。


 両親が怪しい宗教にハマって振り回された僕と同じく、彼女たちは人類に振り回された存在だといえる。

 それがアシュトレトが僕に同情し、拾い上げた理由の一つ。

 そんな彼女の仲間のダゴンが提案するのはおそらく。


『どうかしら――おそらくあたくしとあなたなら夢世界を自由に行き来もできるし、調節できるのではないかしら。たとえば、そう……このままあなたの夢の中に発生した偽神ヨグ=ソトースと契約してみる、あたくしはそんな道もあると思うの』

『おい、何をいきなり物騒な話を……』

『だって、夢の世界は無限の可能性の世界。現実世界とは法則の異なる、自由な世界。夢を生み出す主、つまり夢見る者が主神の世界ともいえるでしょう? 今回の事件でいうのなら、あなたは主神としてヨグ=ソトースとされる神性を自由にできる状況にもある』


 邪悪な誘いを告げるように、冷たい深淵を感じさせる空気で。

 けれど少し普段とは違う昂った声でダゴンは話を続ける。


『結論から言うわね、あなたはたぶんあの日――創造神を生み出す創造神の召喚に成功しているわ』

『創造神を生み出す創造神だぁ?』

『あなたも魔術の基本は知っているでしょう? 全ての事象には始まるがある、宇宙が始まるのにもきっかけが必要だって事なのよ。そのきっかけを発生させた存在こそがあなたの夢の中にいるヨグ=ソトース。多くの神話で最高神とされる存在を生み出した存在と言えるのかしら、だから父なる神』


 あたしはそう思っているの、とダゴンは黒く染まった顔を歪め。


『あたくし、多くを考えましたの――もしかしたらあたくしたちを風説で歪めたのも、ヨグ=ソトースの力の影響なのかもしれない。人々がそうであれと願った心を、ヨグ=ソトースが叶えたのかもしれない。だって、自分たちの神を崇め上位存在として祀るためには、既に存在する他の神を落とした方が早いのですもの。きっと、純粋に己の神を信じる人々は願ったのでしょうね。アシュトレトやバアルゼブブ、そしてダゴン。あたくしたちが邪悪な存在であればいいと』


 仮説だ。

 だが実際、僕は僕を掬ってくれる救世主を求め、結果として弟がああして誕生した。

 類似する性質……願いを叶える存在を既に僕も知っている。


 盤上遊戯の主神とされる人々の願いを叶える魔猫の置物、イエスタデイ=ワンス=モア。

 そして、希望の女神アランティア。

 ヨグ=ソトースもそういった、人々の願いに反応するタイプの存在である可能性は否定できない。


 ダゴンはその可能性を示唆し、考えたのだろう。

 だが。


『あのなあ……どっちにしても、当時にあんたたちを貶めた信仰者たちは寿命でとっくに死んでるだろうし、今のあんたらはこっちの世界じゃ創造の女神だ。過去の故郷にもう未練もそんなにないんだろう?』

『ええ、そう。その通りですね』


 暗闇に染まった相貌の奥。

 過去を懐かしむような、悲しむような瞳でふと横を眺め。

 ダゴンの口が蠢きだす。


『そう……全てはもう済んだこと。本当に、あたくしたちを歪めた存在、現象の正体なんてもうどうでもいいのです。ただあたくしたちを歪められるほどに力ある存在が、そこに在った。それだけであたくしは構わない。そしてあなたによって呼び出された多くを歪められる存在が今、あなたの夢という檻の中にいる。あたくしの手の届くところにいる。だから、あなたに問うの。どうかしら、あたしと手を組んで全てを手にしてみないかしら?』


 随分と今日のダゴンはおしゃべりである。

 まあ僕の中に偽神の気配を感じ、ずっと裏で狙っていたのかもしれないが。

 想像以上の腹黒である。


『何が目的か聞いてもいいか』

『もし今後、あたくしの旦那様に害をなせる存在がいるとしたら……候補となるのは二柱のみ。大魔帝ケトスと、救世主すらも生み出した父なる神だけですもの。大魔帝ケトスとは友好関係を築けるけれど、偽神ヨグ=ソトースとは無理。あれは人々の心に反応し力を発揮する性質があるようにみえる、世界の外側、法則の異なる外部からこちらに干渉するような――そういうどうしようもできない力を感じるの』


 だから、と言葉を区切り女神ダゴンは告げる。


『あなたの中のヨグ=ソトースを一緒に使役し全てを手に入れてみてはどうか、そうあたくしは問いかけているのですよ――』


 ヨグ=ソトースの力で宇宙征服をしないか、そういう提案か。

 めちゃくちゃ邪悪でやんの。

 いや、まあそーいう存在だとは知っていたが。


『それ、あんたの旦那はさすがに止めるんじゃないか』

『ふふ、そうですわね。けれどあたくしは旦那様を守れればそれでいい、そう考えておりますから。いつもはあたくしが止めなければ、他の女神たちがやらかすでしょう? だからいつもは真面目に、真っ当に、秩序を重んじていますけれど……本音を言えば、あたくしにあるのは旦那様ヘの愛だけ。他には何も要らないの』

『そんな力を手にするチャンスってわけか』

『もちろん、力を手に入れてどうこうするつもりはありませんわ。ただ、いざとなったら旦那さまだけは残せる力が欲しい。そう願うのは妻としての我儘でしょうか?』


 おそらく、本当に彼女が影ですべてを支配するルートも未来にあるのだろう。


 それほど危険な存在が僕の中にいるということか。

 そりゃあまあ外の連中から身柄の要求もされるわな、これ。

 僕は言う。


『で――僕がなんて言うかもおまえならもう分かってるんだろ?』

『くだらない事を言っている暇があるなら、僕の裏帳簿を返せ――でしょうか?』

『分かってるならとっとと返せ!』


 言って、僕はダゴンから裏帳簿を取り返し。

 フン!

 勝手に取りやがってと羽毛を逆立てる僕を眺め、邪悪な女神が言う。


『返事を逸らすという事は、NOというわけではないのかしら』


 まあようするに保留である。

 僕は共犯関係の顔で、にひぃ!


『そりゃあいざとなったらあんたと協力して、そいつを使役する道も残しておいた方が便利だからな』

『邪悪な事であっても否定はしない、いざとなったら簡単に手を汚す。あなたはけして善人というわけではない。そこがとてもあたくし好み――と、言ったところかしら』


 うわぁ、こいつ……顔を真っ黒の闇に染めている奥で本気で嗤ってやがる。

 信仰によって捻じ曲げられた影響のせいか、はたまた素がこうなのかは分からないが……。

 やはり存在が邪神よりなのだろう。


『今からでも遅くありませんし、あたくしの眷属になってくれたりは』

『ないない、百パーセントない。僕を最初に拾ったのはアシュトレトだからな。まあ、その辺りの義理は果たすつもりだからな』

『ふふふ、そうですわね――ではこの話はおしまい。昼の魔術を使う方針に戻しましょうね』


 次の瞬間にはいつものダゴンがそこにいて。

 僕は改めて思ったのだ。

 三女神ども、怖いしめんどうくせー……と。


 何が怖いって。

 たぶんこいつ、僕が了承していたらおそらく本気でやらかしていただろう。

 ということだ。


 ただまあ正直、僕とは同類の気配も感じるので。

 そんな可能性も特に気にせず、僕はペタペタペタ!

 そのままアシュトレトと合流した。


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